『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(6)あなた……誰?

「俺は……お前のこと……す、す、す……」

 

「え?」

 

 雰囲気が少し良くなってきたところで、俺はいよいよ覚悟を固めて彼女への『告白』を敢行しようとしていた。

 言うのはこの言葉。

 

『俺はお前のこと好きみたいだ』

 

 少し意気地がない感じの言葉ではあるが、これはあくまで良い雰囲気に流されて言ってしまいました風を装うことが出来るニュアンスも含ませてあるからだ。

 今は修学旅行中の非日常であり、しかもここはデートスポットとしても有名な観光地。そこに男女二人きりでいるのだ。これで何もない方がかえっておかしいのではないか?

 普通ならそう考える……はずだ。普通を俺は知らんけど。

 彼女の気持ちもなんとなく確認できている。場所も環境もオールクリア―。

 だというのに、やはり告白という行為について俺には抵抗が強かった。

 

『かおり、ヒキガヤに告られたんだってぇ』

『ええ!? 超可哀そう』

『あたしならもう学校来れないよぅ』

 

 脳裏にあの時の様々な誹謗中傷が蘇る。

 中学時代のあの時、俺はとある女子に告白をして振られ、そのことを多数のクラスメートの物笑いの種にされた。

 言いたい奴は勝手に言え。俺はお前らに何を言われたって平気だ。俺はお前ら程度と同じ視点にいないのだから。

 俺は連中をシャットアウトした。あの程度の連中と同じレベルでいたくなかったから。

 

 今、再びあの事を思い出してしまうのは仕方がないだろう。どんなに確信があったとしても告白をすることで関係は変わるのだから。

 また再びあのような孤独が襲い来る可能性もなくはない。だが、今の俺には失うモノなんてないはずだ。基本ぼっちだし、現に今は嫌がらせを受けている最中の様だしな。

 もしこの告白がうまくいったとしても、それを公表するつもりは俺にはない。言ったとたんにアンチの連中の嫌がらせましましが確定しているのだから。

 由比ヶ浜が吹聴したとしたら? その可能性もある。女子はとかく自分の恋愛武勇伝を語りたがると聞いたこともあるしな。

 しかし、それで終わるならそれでもいいだろう。彼女が女友達からの言葉で俺から離れるというなら、それは彼女の問題であって俺の問題ではないからだ。俺はあくまで自分という人間の真摯さを貫けばよい。ただそれだけだ。

 ここでうまくいったとして俺に残されるメリット、それは。

 

『高校生時代に彼女が出来た』といういかにもなステータス。

 

 以前はこんなものに興味はまったくなかったが、手に入るかもしれない状況に遭遇して手を伸ばさないのは愚の骨頂、まさに据え膳喰わねばなんとやらだ。

 つまり、ここで俺は引く理由は。

 

 一切ない。

 

「ふう……」

 

 俺はもう一度深く深呼吸してから由比ヶ浜を見た。

 頬を染めて、少し緊張した様子で俺をまっすぐに見つめてきている。

 そんな彼女に俺は言ったのだ。

 

「俺……お前が……好きみたいだ」

 

「!!」

 

 それは間違いなく驚愕の顔だった。

 目を大きく見開いて、口も半開きになってしまい、それを慌てて手で隠していた。

 それが怒る前の予備動作の様にも感じられて、俺は恐ろしさに身震いしはじめていたのだが、次の瞬間にはそれが消し飛んでしまっていた。

 なぜなら……

 彼女が微笑んだから。

 再び少し瞳を潤ませた彼女が、その目を細めつつ笑ったのだ。そして……

 

「うれしい……うれしいよ、ヒッキー……」

 

 彼女は確かにそう言った。

 これは紛れもなく、『肯定』!? い、いや、落ち着け、このあと接続詞の『でも』なんかがついたら、それこそ一巻の終わりじゃねえか。となれば、そこまで確認を……そう思った時だった。

 

「うん。あ、あたしもヒッキーのこと、す、好きだよ」

 

 なんと、彼女が今度は告白してきた。

 俺は思わず飛び上がりたくなるのを必死に抑えつつ、やはり真っ赤になってもじもじしている由比ヶ浜をジッと見つめた。

 これは完全に俺の状況把握の勝利だ。

 なにしろこの由比ヶ浜は、俺と付き合いたいがために、あのわけのわからない奉仕部なる部活へ入部したのだからな。そしてスキンシップこそなかったものの、初対面の俺にこんなにも近づいてアプローチしまくりだったのだもの。これで気が付かない方がどうかしている。

 俺はやったぜと叫びたいのを我慢しつつ、さて、次は何を彼女に言えばいいか、そう思考を巡らせていたのだが、そこへ彼女が口を開いた。

 

「あ、あのね? あたし本当に嬉しいの。最初はただ『事故のお詫び』をしたかっただけだったのがね、いつの間にかヒッキーとずっと一緒に居たいって思うように変わっていって、でも、ヒッキーってさ、絶対にあたしに近寄ろうとしなかったじゃん? それはさ、あたしやゆきのんを守ろうとしていたってことは分かってるの。でも、それでもあたしはヒッキーにはずっとそばに居て欲しかったんだ。だから、『文化祭の時』、あたしああ言ったんだよ? あたしはずっと後悔してたの。『花火大会』のときも、『千葉村』のときも、もっとちゃんと自分の気持ちをヒッキーに伝えておけば良かったなって……そうすれば、きっとヒッキーはあんなに『辛い目』に遭いはしなかったんじゃないかなって……だから……あれ? ヒッキー?」

 

 微笑みながら語り続ける由比ヶ浜の前で、俺はいったいどんな顔をしていたのだろうか?

 彼女が話しかけているのは間違いなく俺だ。でも、その言葉の中にいた存在はまったく俺ではなかった。

 彼女の思い出の内容を俺はまったく理解できていなかったから。

 『事故』? 『花火大会』? 『文化祭』? いったいなんのことだ?

 それに……ここでもまた『千葉村』なのかよ……?

 俺にはなんのことやらさっぱりだ。

 事故が何を指すのかまったく覚えがないし、そもそも花火大会など、千葉や八千代の花火大会のことは知ってはいるが、それはあくまで親が話しているのを聞くレベルの認識しかないわけで、良くてテレビで見る程度。文化祭に至っては、俺は単にクラスのロミジュリだったかの舞台設営と受付をしていただけだ。しかもまた千葉村……

 そのどれにいたっても俺は目の前の由比ヶ浜との接点を見出すことが出来なかった。

 それに……『由比ヶ浜と雪ノ下を守ろうとした』?

 いったいなんのことだ?

 俺は一度だって、由比ヶ浜はおろか、雪ノ下だって守ろうとしたことなんかは、ない。

 

「知らねえ……そんなこと……俺は知らねえ……」

 

「え? それはどういう……」

 

 慌てて口を噤んだが、もう遅かった。あまりに驚いて勝手にしゃべってしまっていたのだ。

 彼女は、明らかに挙動不審になっているだろう俺の腕を掴んだ。

 女子に触れられたことでドキドキするとか、そんなこと今はどうでもいい。

 ただ、彼女は、俺をまっすぐに見つめてきていた。

 

「ヒッキーどうしたの? 顔……真っ青だよ」

 

 当然だろう。俺は目の前のこの女子から、俺の知らない過去の話を聞いたのだ。言ってしまえばまさにホラー。由比ヶ浜はまさか夢見る妖精か、それか妖怪かなんかなのか? それとも俺とは別にもう一人の俺がいて、そいつが由比ヶ浜たちと何かをしてたってのか? ドッペルゲンガーとか、出会ったら死んでしまうという俺のそっくりさんとか、そんなダークファンタジーもあるし。

 

「ヒッキー……」

 

「よ、寄るな!」

 

「!?」

 

 俺はあまりの恐ろしさに再び近寄った彼女にそう声を出してしまった。それがまずいってことはすぐに分かったのだが、だが、今の俺にはどうしようもできなかった。

 そして彼女は不安そうに言った。

 

「あなた……誰?」

 

 その言葉に俺は再び震えあがる。

 彼女は間違いなく俺を普通ではないと認定した。つまり、今の俺にとって彼女が異常であるように、彼女にとっても俺は異常。もし彼女が怪物の類であるなら、この場で俺は始末されてもまったくおかしくはない!

 そう判断してしまったがゆえに、俺は取り返しのつかないことを口にしてしまったのだ。

 

「お前こそなんなんだ? 俺をいったいどうする気だよ。俺はお前とのことなんか知らねえよ。もう俺に近寄るんじゃねえ」

 

 そう、怒鳴りつけてしまった。

 今思えば、いったいなんて愚かなことをしてしまったんだと、そう後悔しかないのだ。

 動揺していたとはいえ、あんなことを人に言っていいことでは決してなかった。しかし……

 現実は何も変わりはしない。

 過去へとその姿を変え、硬く硬く、固まったコンクリートのように、そうなってしまった事実は刻み込まれて、決して二度と消えることはないのだ。 

 恐怖の中で叫んだ俺の目の前で、彼女はいったい何を考えていたのだろうか……

 

「何で……、どうして……?」

 

 大粒の涙を溢れさせた彼女が、本当に、本当に悲しそうな顔のままで……

 俺の前から……

 

 消えた。

 

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