『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(9)大事件‼

 騒ぎが起きたのは、その翌日のことだった。

 生徒会室近くの広報掲示板に『怪文書』が貼られていたのである。

 

 そこに書かれていた内容を簡単にまとめると、こうだ。

 

『一年C組の担任は、クラスの数名の女子生徒と共謀して、とある女子生徒を無理矢理生徒会長にさせようと画策して、精神的な苦痛を与える行為に及んでいる。これは紛れもない虐めであり、決して許すことは出来ない。このまま放置するようであれば、私はこのことを実名でマスコミに告発する』

 

 他にもあれやこれや細かいことが書かれていたが、俺はこれを読んで絶句した。

 まさにそこにあったのは、昨日俺が奉仕部の部室で話した内容そのものであったから。

 俺は背筋に悪寒が走るのを感じつつ、自分がまるで自分ではないような、なにやら恐ろしい存在を感じつつ、ただ茫然とその張り紙を興味津々に見る生徒たちに視線を送っていた。

 みんな面白がって写メを撮りながら読み合っているし。

 まあ、当然だろう。

 なにしろ、実名がないにしても、その存在を示唆する文言が多くそこにはちりばめられていたのだから。

 なんとなくでも、そのクラスの内情を聞きかじってでもいれば、この文章で誰がどんなことをしていたのか、簡単に察することが出来るのだから。

 

「全員すぐに教室へもどれ! ほら、さっさと散れ!」

 

 そう大声を張り上げながら近づいてきたのは平塚先生だ。

 俺は思わず身体がびくりとはねてしまったことを感じつつも、先生が笑い合っている生徒たちの垣根を掻き分けて、貼ってあるその文書をべりりっと剥がすのを見つめていた。

 先生はそして、それをくるくるっと巻くと、再び周囲へ早く帰れと促した。

 生徒たちも銘々別れ、散っていく。

 そんな中、先生はまだそこに立ち尽くしていた俺へと向かって歩み寄ってきた。

 

「比企谷……まさか、お前……」

 

「い、いえ……」

 

 先生の短い問いかけに俺ではないと反論しようとして、だが、それが出来ずにただ俺は顔を背けてしまった。

 それを先生はどう思ったのか……

 一つため息を吐いた後で、静かに言った。

 

「これと同じものが、校長とPTA会長の元にも届いたらしい。現状、この内容に関しての聞き取りを当事者たちに対して行うことが決まったところだ。これから一色いろはからも聞き取りを行うことになる。なあ、比企谷……」

 

 先生は俺の頬に手を当ててそっと俺の顔を正面に向け直してから言った。

 

「この結果がどうなるのか……よく、見ておくといい」

 

 俺の目をまっすぐに見て、先生はただそう言った。

 そして、白衣を翻して元来た道を戻る。

 俺はただ、それを呆然と見つめていることしか出来なかった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「なんかぁ、一年でひどい虐めがあったみたいだよ?」

「聞いた聞いた。先生も一緒にやってたんでしょ? ほんと、最低だよね」

「そうそう、あれ、どうもね、先生のお気に入りの女の子が先生を誑かして、嫌いな子を一緒になって虐めたんだってよ」

「生徒会長にしようとしてたんだろ? 一年なのに、無理矢理とか可哀そうだよな」

「ひでえよな。でもあれだろ? その虐められてた一年って、めっちゃ可愛いらしいぜ? あれだよ、女の嫉妬とか、そういう奴だろ? どうせ」

「こええ、女子こええ!」

「あははははは」

 

 クラスへと戻ってみれば、そこかしこで笑い合いながら、このホットなニュースでみんな盛り上がっていた。

 俺は自分の机に静かに腰を下ろす。

 そして湧き上がってくる得体の知れない恐怖に静かに怯えた。

 おかしい、おかしすぎる。

 俺は何もしていないぞ。なのに、この展開はなんだ? まさに俺が昨日あの場で言ったことと同じじゃないか。なら、これはどうして……

 もうその答えの様な物に辿り着いているにも関わらず、俺は俺の言ったことでこのようなことが起きたのではないか……と、そう思いながらジッと息をひそめた。

 『これで私もスッキリ出来そうですよ』

 昨日俺にそう言った一色いろは。つまり、あいつは自分でこれを起こしたのか……

 いや、やり方を示したのはこの俺だ……つまり、俺はあいつに『復讐の手ほどきをした』ことになるのか……

 それが脳裏をよぎったあと、俺はこの後の展開を予測する。

 心的外傷を負ったことになる一色の訴えがどこまで汲まれるのか……

 身体にケガを負わせるレベルの暴力事件を教師が起こせば、今は高い確率で教職の罷免となるはずだ。今回はケガではないにしても、心に傷を負ったと判断され、体罰として取り扱われるかもしれない。

 それに、虐めの一環だとされたとすれば、刑事事件にもなり得るし、そうなればもう犯罪者。

 また、一色を嵌めた集団が誰なのかまったく知りはしないが、実名が明らかになればやはり加害生徒として扱われひょっとしたら停学……悪くすればそれこそ退学ということも……

 いやいや、人を貶めて楽しんでいたような連中だ、何が起きたって同情する必要なんかはないはずだ。いっそ、全員退学になった方がすっきり……

 いや、そうではないな。

 今回の件、あくまで言い出したのはこの俺だ。

 俺が事の顛末がどう推移するのか考えもしないで、依頼者である一色を唆したのだ。その事実は覆りはしない。

 いったいこの後、この話はどう進むのか……

 俺は自分が呼びこんだにも関わらず、このように現実になってしまったことへの罪悪感に苛まれた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 放課後……

 

 部室へと行ってみれば、そこには雪ノ下と一色いろは、それに平塚先生の3人がそろっていた。

 俺は、無言の三人をちらりと見てから、静かに自分の椅子へと腰を下ろした。

 

 そんな中で最初に口を開いたのは一色いろは。

 

「い、いやぁ、まいりましたよぉ。なんかぁ、私のことを心配した友達がぁ、勝手にあんな張り紙用意したみたいでぇ、先生もあの女の子達もぉ、みんなで私に謝りにきてぇ……」

 

 そう怯えた感じで勝手に話す一色の言葉を、平塚先生が手で制して、そして俺を見て言った。

 

「今回、この話の発端となった一色と担任、それと一色を立候補させるために署名を集めた複数の生徒に対して、学校側で聞き取りを行って、悪質な悪戯であったと学校は判断するに至った。その上で全員が一色へと即時に謝罪、一色もこの通り、その謝罪を受け入れて示談は成立した……一応な」

 

「へ? い、一応?」

 

 そう思わず声に出してしまった俺の前で、一色と雪ノ下は渋い顔に変わっていた。

 それを見てから先生は言った。

 

「そう、一応だ。話はそれだけで済んではいない。この件は既に様々なSNSに生徒たちの手によってアップされ、すでにかなりの範囲で拡散してしまっている。それと、教育委員会や警察、市役所などにも連絡がすでに行ってしまっているようだ。進学校と名高いうちだからな、そこで起きた『不祥事』ということで、どこの方面も関心が高くてな、今後学校としてこの『不祥事』の説明をすることになるかもしれない……と、そう先ほど職員会議でまとまった」

 

 先生はただ淡々とそんな話をした、俺を見ながら。

 

「な、なんでそんなことを……俺に話すんですか? そ、そもそも悪いのは一色を陥れた連中の方じゃないですか。こうなったのは自業自得で……」

 

「そうだな……確かにそうだ」

 

 俺の抗弁を聴きながら先生は静かに言った。

 

「君は正しい……『正義』を振りかざしたことで多くの賛同を得たのだから。だがね、『正義』というものは非常に強力な凶器でもある。心にやましいところがある者はその刃から逃れることは出来ず、そしてその苦しみに苛まれ続けることになる。たとえ、どんなに後悔していたとしてもね……」

 

「な、なら先生は悪いことをした相手を放置しろと……?」

 

「いや、これは当然の帰結だ。後は司法に委ねればいい。だから君は特に気に病む必要はない。でも、ひとつだけ残念に思うのは……」

 

 先生は一度大きく息を吐いた。

 そして目を細めて俺を見た。

 

「こうなる前に彼らに気づかせてあげたかった……ただそれだけだよ」

 

「あ……」

 

 その時俺は雪ノ下と目が合った。彼女は少し寂しげな様子で、ただ俺を見つめていた。

 そして思い出す。いつか雪ノ下が話していた、この『奉仕部の理念』のことを。

 

 『魚を与えることではなく魚の取り方を教えること』

 

 雪ノ下は常にこのことを念頭に置いていた。特に深く意識したことはなかったが、彼女は依頼人に対して自分が考え得る最大限の助言を与えていたように思う。

 俺はといえば、基本材木座の持ち込み小説に目を通して、ああでもないこうでもないと適当な添削を指示していただけ。まあ、俺が言ったことで材木座が自分で書き直したりしているのだから、あの行為も奉仕部の理念に反していたわけではなかったのだろう。

 だが、今回のこの案はどうだったか?

 俺が一色へと提案したのは、あくまで一色への虐めを『もっとも楽に終わらせる方法』。

 あの時俺は、なんの迷いもなくただ説明した。事件を明らかにすることで一色の立場の回復を図れると同時に、連中への報復も可能だな……と、その程度の認識でただ話しただけだ。そして、このようにSNSなどを通じて炎上していくだろうことも予測してもいたのだ。

 ただ安易に……

 俺には関係ないことだし、誰がどうなろうと知ったことではなかったから……

 だから俺は『教えてしまった』。

 もっとも安易に『人を破滅させる方法』を……この一色に……

 そう思いつつもう一度一色を見て見れば、しょんぼりと項垂れてしまっていた。

 雪ノ下もやはり何かに耐えるような顔をしている。

 先生は……俺を見て微かに微笑んでいた。

 

「そんな顔をするな、今回君は何もしていないじゃないか。まあ、これが良い経験になればいいとはおもうが」

 

 そう言いつつ、俺の頭を軽く撫でてから、先生は教室を後にした。

 

 残されたのは当然俺と雪ノ下と一色の三人のみ。

 誰一人言葉もなく、ただ重く淀んだ空気のままで佇んでいた。

 暫くしてから俺は椅子に座りそして鞄からラノベを取り出した。その様子を見ていた雪ノ下が俺へと近づいてきた。

 

「比企谷君……」

 

 そう声をかけて少し俯いた彼女はただ黙っていた。それを俺はそっと見上げると、彼女は口を開いた。

 

「何と言っていいのかは良く分からないのだけれど……、私、あなたのやり方、嫌いだわ」

 

「はわわわ……、ま、待ってくださいよぉ、雪ノ下先輩。せんぱいはただ私のことを考えて言ってくれただけで、やったのはせんぱいじゃないですから」

 

「一色さん、そういうことではないわ。今回のことで貴女は更に厳しい状況に進むことが考えられるのよ、貴女はそれを分かっているのかしら?」

 

「え?」

 

 慌てた様子でそうフォローしようとしている一色だが、雪ノ下に言われるまでもなく俺は正直申し訳ない思いでいっぱいだった。

 今回の件……

 これでやはり終わりではないのだ。

 人を訴追した人間は、結局は恨みを買う事にもなりやすい。今は一色が被害者であるから彼女に正義があるが、いずれ彼女は『クラスメートと先生を排除した張本人』という肩書が生じることになりかねない。当然そうならないように、クラスを替えたり、担任を替えたりなど施策はあるのだろうが、彼女の都合でそうなった事実を快く思わない人は確実に増加する。

 その上で、一色が今までと変わらずに高校生活を送れるかといえば、その保証は何一つないのだ。むしろ、酷くなる可能性の方が高い。

 

「誰も付き合いにくい相手とあえて仲良くしたいなどとは思わないものだしな。俺が言うのだから間違いない」

 

「そ、そんな……ど、どうしよう……」

 

 俺の言葉に今度は本当に泣き出してしまった一色いろは。両目から涙を溢れさせ肩を震わせて椅子へと腰を下ろした。

 正直、この事態を招いたのが俺の言動からだということが本当に心苦しい。では俺はどうすればよいのか? 俺はあることを閃いてすぐに雪ノ下を見た。

 

「な、なあ、今回のこの告発。俺がやったことにしねえか? それで俺が全校生徒の前で謝れば一色への注目はそれて……」

 

「ダメよ、それだけは絶対にダメ。そんなことをすれば、今度こそあなたが学校へ来れなくなるわよ? 忘れたの? まだ文化祭からそんなに日が経っていないのよ?」

 

「は、はあ? また文化祭かよ!? いったいなんのことだ、文化祭に俺が何をしたっていうんだよ」

 

「え?」

 

 急に雪ノ下の雰囲気が一変した。

 まるで狐につままれたような顔で俺を凝視しているし。

 

「あ、あなた……それを本気で言っているのかしら?」

 

「本気? ああ、本気も本気だ。いったいどうなってんだよ? 由比ヶ浜といい、お前といい、昨日の城廻先輩もそうだったが、あのなあ、俺は文化祭はずっとクラスの受付をしていて他に何一つやってなんかいねえよ! それどころか、たびたび聞くが、千葉村だとか、花火だとかいったいなんのことだ? お前らそろって俺に適当な事ばっか話してんじゃねえよ」

 

 俺はそこまで一気に言った。

 正直かなり溜まってもいたのだ。まったく理解できない話を他人にされることはやはりストレス以外の何物でもないのだから。

 これで漸くこいつらのこの『悪戯』も収まるだろう。

 いったいなんのつもりでこんな戯言を言い続けていたのか本気で分からなくなってしまったが、もはや何も期待するまい。俺はさっさと全てを終らせてあの平和な日常を取り戻したいだけなのだから。

 そのためなら、一色の身代わりになることだって大した問題ではない。

 どうせ、他人からの俺の評価など、地に落ちているままで変わることはないのだから。

 

「どういう……こと?」

 

 ただ、目の前では雪ノ下が非常に困惑した顔で固まってしまっていた。

 もはや俺を謀る遊びは終わりにしてよいはずなのに、そうなる様に促したというのに、いったいこの反応は……なんだ?

 

 その時だった。

 

 ガラガラ

 

「ゆ、ゆきのん! 分かったよ! これだよ! 『パラレルワールド』! その『比企谷君』は並行世界から移動してきたんだよ!」

 

 開いたドアの前に、息を切らせて手にある本を掲げた由比ヶ浜がそこにいた。

 手にしていた本のタイトルは……

 

『ム〇』???

 

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