『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「この小説に書かれている内容と、比企谷君が話している内容はほぼ一致しているわね……やはり読んだことがあるようね」
材木座の持ち込んだ紙束を手にして雪ノ下がそう結論付けた。
それは当然のことだ。なにしろ俺はこの材木座の作品を実際に読んだのだから。
夏休みに入る少し前に、奴が傑作を閃いたと完結もしていない、中盤スカスカで書き終えてもいないこの小説を持ってきて、仕方なく俺は全部読んで、奴の精神世界を垣間見てしまい、大いに苦しんだのだから。
前述したとおり、既存の名作のほぼコピペ同然の作品で、キャラの名前もいちいち似ていたのにも関わらず、超展開しまくりで、これが二次小説だというのなら、完全な原作レイプそのものだったのだから。
はっきりいって、クソ作品なのだが、どうしてこいつはこんなに自信満々に持ってこれるのだろうか……
一度小説投稿サイトでフルボッコにされてみるといい。豆腐メンタルだからな、このままメンヘラになられても面倒くさすぎるが。
材木座はといえば、思わぬところで女子たちに自分の小説を読んでもらえて、なにやらそわそわしているようだが、とりあえずお前、感想聞かない方がいいと思うぞ……
「むおっほん!! 我が大作の感想や如何に!」
聞いちゃったよ、この馬鹿。
「えと……こ、今回も難しい漢字いっぱいだったね」
「ファンタジー小説みたいでした」
「登場人物に感情移入できない。世界観が頭に入ってこない。何を説きたいのか伝わってこない。まったく文法を理解できていない。それと人に読んでもらいたいのならば、せめて誤字脱字くらいは修正してからにして。他には……」
「へぶぅっ!!」
目の前で材木座が悶絶してぴくぴく痙攣しているのだが……
由比ヶ浜は半笑いで漢字の話しとか、それそもそも作品読むまでもないし、一色のはまあ当たらずも遠からずの回答なのだが……一応、これファンタジー小説なんだがな……哀れ、材木座。
で、雪ノ下だ。そこまで言った挙句、まだ追撃しようとか、それ本当にやめたげて! こいつのライフはもうゼロよ!
床にトドのように転がっている材木座は放っておくとして、俺達はとあることの確認ができたわけだな。
「俺は確かにこの材木座の小説を夏前に読んだよ。で、確かにこいつに色々ダメ出しをした。今回ほど痛烈にではなかったが」
そう俺は言い切った。
「でも、彼はまだ誰にも読ませてはいないと、言っているわね。そうする理由も特に思い当たらないということは、やはり貴方たちの話の齟齬の理由は……」
「比企谷君はやっぱり異世界から来たってことなんだよ。比企谷君は、向こうの世界の中二の作品をもう読んでいたんだよ。並行世界で」
雪ノ下と由比ヶ浜がそう結論めいたことを言ったのだ。
「ふう……そんなことが本当にあるとは信じられないのだけれど……あなた……比企谷君は、本当に文化祭も、千葉村も、葉山君たちのチェーンメールの件や、戸塚君の応援、それに由比ヶ浜さんの依頼も知らないということで間違いないのね?」
「ああ、そうだよ。そもそもお前が言っている内容の全てを俺は理解できていないと付け加えておこう。俺にとっては意味不明だが、お前らの言う通りなら、俺は春先には由比ヶ浜と会っていて、由比ヶ浜や葉山や戸塚の依頼をすでにしていたということなんだろ? それこそ俺には信じられねえよ」
誰かが嘘をついている……もしくはみんなが……
それならもっと簡単にこの事態を把握できるのだ。しかし、そうではなく誰ひとりとして嘘をついていないのであれば……
もう俺はため息しか出なかった。
「つまり、異世界がどうとかは置いておくとしても、俺は、お前らの知っている俺とは別人ということだけは間違いなさそうだな」
「そのようね。あなたの言っていることが正しいとの前提が必要なのだけれど、それも今回の材木座君の小説の照らし合わせで確認が取れたようだし……」
恐ろしいことだが、まさにその通りだ。俺は間違いなくこの作品を一度読んでいる。ただし、いまよりも話数も少なかったし、内容も若干変更されているかんじではあった。でも、キャラクターなどは同じだし、大まかな流れも一緒。
こいつが俺を嵌めるために雪ノ下達と共謀して嘘をついている可能性だってあるにはあるが、その方が俺異世界人説よりももっと可能性が低いだろう。こいつが女子と何かできるとは到底思えないからな。
「はあ……」
再びため息が出てしまった俺だが、とにかく今はやらなければならないことがあることだけは理解していた。
「まあ、分かったよ。由比ヶ浜やお前らの意見に俺は賛成だ。だけどな、今はやらなきゃならないことがあるだろう。なあ、一色?」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
俺の声にびくりと身体を震わせる一色。
とりあえずここでは平常を装っていた彼女だが、根本的にまだ問題は解決していないのだ。
それこそ、あの怪文書を作成し、公開したのは一色本人であると、彼女自身が暴露してしまっているのだから。
で、あれば、先ほど提案してように、だれかを人身御供としなければ……誰かが犯人として名乗りでなければこの事態は収まらないだろう。まあ、俺はその役目を譲る気はないがな。
「じゃあさっき言ったように俺がやったことにするからな。異論は聞かない」
「駄目だってば、だからあたしが言うの!」
「いえ、ここは部長の私よ」
「あ、あの……それなら私が正直に謝って……」
結局このパターンだ。
なら、もうこうするしかないだろう。
「わかった。なら平塚先生に相談しよう。あの人ならきっと……間違えない」
そう言うと、雪ノ下たちも同意して立ち上がる。
そして、4人で部室を後にした。
「はぅぁっ! い、いったい我は何を?」
床で悶絶していた材木座を連れて行かないのは当然のことである。
× × ×
「それで……君たちは私のところへやってきたというわけだな? よし、なら全員すぐに私に頭を下げたまえ」
生徒指導室に案内されてから、そこで平塚先生にそう言われ、理解出来ないままに俺たちは4人並んでそっとお辞儀をした。そうしてみたら……
ペチリッ! 「い、痛っ!」
ペチリッ! 「キャッ!」
ペチリッ! 「ひあっ!」
ドッゴォッ!! 「げヴぉぁああああああああッ!!」
「ふう、困ったものだな。まったくまだ理解できていないではないか」
頭を擦る女子三人を見ながら腕を組んで、やれやれと嘆息している先生。そんな先生に軽くたたかれた女子たちは何やら驚いた様子で……
「って、なんで俺だけ鉄拳なんすか!? しかも頭じゃなくてリバーブロウとか!! マジで死にますから!」
「3人加減したのだ。一人くらいちょっと本気を出してストレス発散しても良いとは思わないか?」
「やられた本人に同意求めないでくださいよ。っていうか、精神的苦痛ないじめの話してるときに、肉体的苦痛与えちゃうとか、俺も体罰で訴えちゃいますよ」
「へ? え? あ? ああ、いやあ、あ、あはははははは……は……、すまん」
ちょっと後悔しちゃったのかな、先生は冷や汗を掻いて誤魔化してた感じだったが、結局は謝って項垂れてしまった。しょんぼりしてる先生、なんだよ、ちょっと可愛いな。
だが、ここで調子にのるとさっきの二の舞必至だからな。俺は努めて平静を装うのだった。
「ま、まあ、あれだ! 君たちなりに色々考えたことは分かった。うん、分かったようんうん」
しどろもどろな平塚先生。別にもういいですよ、面倒くさいので。
「どうぞ、気にしないで話してください。別に訴えたりしませんから」
「ひ、比企谷~~~」
おおっと、そのまま抱き着かれてラッキースケベとか、女子の前でやられて平静でいられる自信ないのでマジ勘弁してください。この先の俺の評価に著しく影響しますので。でもどうしてもっていうなら抱き着いていただいてもかまわ……げふんげふん。
結局先生は抱き着いてこなかったわけだけども。なに、純なの? 実はピュアなの? 頬を赤らめた先生やっぱ可愛いいんだが。
と、そんな女子っぽい反応はそこまでだった。
先生は表情を引き締めて俺たちを見た。
「君たちなりに良く考えはしたんだろうが、先方がすでに謝罪して一色がそれを了承したあとだ。それを蒸し返して、しかも君たちが嘘をつくことでどういう事態になるか、想像できないわけではあるまい」
そう言われ、雪ノ下がハッと気がついたとでもいう感じで口を開いた。
「つまりこの件はもう終わっている……ということでしょうか? あの告発文の作成者の件も含めて……?」
先生はそれには特に何も返さなかったが、ただジッと雪ノ下を見る。そして言った。
「ま、隠そうとしても隠せないことはあるというだけのことだよ。これはあくまで私の独り言だがね、生徒たちと一緒に一色に謝った後にあの先生は、『私の浅はかな思い付きのせいで、善良な生徒をこのような行為に走らせてしまった。とても許されるようなことではない』と、そう仰っておられたが、多分今回のことででもう同じようなことは起こらないと私は思っているよ」
「え? じゃあ、先生たちは一色がやったことを……?」
平塚先生は特に何も言わないままにただニッと微笑んでいた。
なんだよ、ここまで全部終わらせて、片付けておいて何も言わないとか、どれだけカッコいいんだよ、この先生は。
「だが……君達が今回の件を穏便に終わらせたいと考えていたことは良くわかった。それを相談してくれたことも嬉しく思うよ。ありがとう、お疲れ様」
先生にそう言われ、ホッと肩の力が一気に抜けたような気がした。
特に何をしたわけでもなかったのだがな。
今回は、俺が不用意な助言を一色に与えてしまったがためにこのような事件になった。だが、それは多くの人を巻き込んで、一色自体の今後にも影響を与えかねない事態へと進んでしまったのだ。
そして、そのせいで、雪ノ下や……由比ヶ浜も傷つけることになりかねなかった。
そう思うと……
隣で俺と同じように安堵に胸を撫でおろしている雪ノ下と由比ヶ浜の二人を見て、心底安堵した。
× × ×
「で、結局お前は生徒会長に正式に立候補したのか?」
部室で待っていた俺たちの前に、少し話があるからと、平塚先生の元に残された一色が遅れて戻ってきて、開口一番そんな話を小首を傾げながらしたのである。
「そうなんですよー。なんかですね? 今なら全校生徒が私に同情してくれてますし、間違いなく応援してくれるから、いい機会だからやってみたら? って提案されちゃいましてぇ。で、私が立候補して当選すれば、今回の怪文書事件も完全に消滅することになるからって。私、なんかそれもいいかなーって思っちゃいまして、つい」
そう言って、でもまだ頭にハテナマークを浮かべているような一色の顔。
「いや、ついって……お前がそれで良いなら良いんだが……」
「うーん、まったく分からないでもないんですよね? 私が立候補すれば、私に嫌がらせしたあの子たちがしたことも無かったことに出来そうですしねぇ。なんというか、貸しを作るのって最高じゃないですかぁ!」
にこりと善良に微笑んでそんなことを宣う一色いろは。
こっわ! いろはすこっわ! こいつ、そんな打算して生徒会長立候補しやがったのかよ。怪文書といい、この立候補といい、こいつ……実は相当腹黒なんじゃ……いろはじゃなくてハラグロハなんではなかろうか?
「そう……一色さんが決めたことなら私たちに異論はないわ」
「うん! いろはちゃん、応援するからなんでも言ってね!」
「わぁ! ありがとうございます、雪ノ下先輩、結衣先輩! じゃあ、さっそくなんですけど、選挙応援のお手伝いをお願いしますねぇ。あ、応援演説は是非雪ノ下先輩にお願いしまーす! あ、ついでに比企谷先輩もお手伝いお願いしまぁす!」
と、さりげなくまるっと選挙の手伝いを放り込んできやがった。ってか俺はあくまでついでなんだな。
まあ、こんなにニコニコしているのだ。なら、頑張って手伝ってやろうかね。
そんな時だった。
不意に俺は……
穏やかな気分でそんなことを思っている自分に気が付いて、驚いてしまった。今まで俺は、女子はおろか男子とだってこんな風に和やかに会話したことなど無かった。
無かったのに、俺は今この状況をすんなりと受け入れてしまっていた。
それは、この部のこの雰囲気……
差し込む陽の光によって輝いているかのような、雪ノ下と由比ヶ浜、二人の穏やかな表情……それが醸し出す安心にも似た安らぎを、俺は当たり前の様に享受していたということなのだ。
そう思った時……
俺の脳裏に一人の人物の姿がよぎる……
それは俺とまったく同じ容姿、同じ名前の人物の姿。
俺とは違う道を歩んで、この奉仕部の二人と一緒に思い出を刻んできたであろう男……
いったい彼は、どのようにして彼女たちの信頼を勝ち得たのか……
そしてどうしてこんなにも安らげる場を作ることが出来たのか……
俺はそれを思い……
静かに……
嫉妬した。
× × ×
「本当に、特に何もなくて良かったね」
「ああ、そうだな」
色々の話が終わり、帰宅しようと駐輪場へと向かっていた俺に、由比ヶ浜がいつかのようにトテトテとついてきた。そして無難な会話をしつつ並んで歩いているのだが、正直俺は相当に気まずい。
何しろ俺はこの由比ヶ浜に告白までしてしまったのだ。あの修学旅行の竹林で。
そして、そのせいで由比ヶ浜に色々と情けない俺の噂を吹聴されていると、勝手に被害妄想に囚われて学校へもこれなくなっていたのだから。実際、由比ヶ浜は何一つしていなかったのだが。
そうだというのに、こいつはとくに何もなかったかのようにこうやって俺へと話しかけてきている。
さすがにもう、勘違いをしたりはしない。こいつが想いを寄せている相手のことを俺はもう知っているのだから。
「なあ……由比ヶ浜……その……『ヒッキー』って奴は、どんな奴なんだ?」
俺は由比ヶ浜へとそう問いかけた。
特に前触れをしたわけでもなく、俺は唐突にそう聞いた。
俺は気になったのだ。俺とは違う俺。もう一人の俺。
そんな非現実的なことが起こるなんてありえない。ありえないとそう思っているにも関わらず、俺が味わっているこの穏やかで心休まる『奉仕部』の現状から、そのもう一人の俺の存在を確かに感じていたのだから。
そんな『もう一人の俺』に、この由比ヶ浜は心を寄せている……
それはいったいどういうことなんだ……
俺とは全く違うのか……それとも、同じところもあるのか……
俺はそれが気になったのだ。
由比ヶ浜は……
「あ、えと……なんかさ、ヒッキーの顔でそう聞かれるのは、やっぱりちょっと変な感じがするね。あはは」
頬を掻いて笑う由比ヶ浜はなんというか、この前の竹林とはまったく違う存在だった。
彼女はもう完全に俺を『別人』と見なしているということなんだろうな。
そう思うと、まるで自分の存在それ自体を『否定』されてしまったようにも感じて、心が重くなる。
由比ヶ浜はひょっとしたらそんな俺の変化した様子に気が付いていたのかもしれない、彼女は言葉を選んだ感じで言った。
「ヒッキーはさ、比企谷君と殆ど同じだよ。見た目も、話し方も、仕草だって一緒。だからあたしも気が付かなかったんだ」
「そ、そうなのか?」
「うん」
由比ヶ浜のその答えに俺は安堵していることに気が付いた。
やはり俺は心のどこかで不安で居続けているのだ。
自分という存在がひょっとしたらこの世界のただの異物で、俺はここにいてはいけない存在なのではないか……もしそうであったとしても、少なくとも俺がここに居ていいと、誰かに認めてもらいたいという思いが確かにあったのだ。
そんな不安を由比ヶ浜は察したのだろう。
やはり彼女は優しかった。
「なら……俺とどこが違うんだ?」
そう聞いた。
見た目も話し方も一緒なら、それはもう俺と同じなのではないか? そう思ったからこそ聞いたのだが、彼女は少し遠くを見るような目で言ったのだ。
「ヒッキーは……あたしのヒーローだから……」
その言葉にどれほど特別な想いが込められているのか……聞かずとも俺には分かったような気がした。