『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(13)雪ノ下陽乃はいつでも見ている

 生徒会長選挙は無事に終わり一色いろはが生徒会長に就任した。

 当初立候補者がいないということで、選挙の時期は相当に遅れるだろうというのが大方の見方であったのだが、結局あの怪文書事件後はスムーズに事が運び、一年の一色を応援する声も非常に多かったがために、あっという間に準備が整い、結果、例年よりも早いくらいの感じで選挙を迎えることになった。

 当然俺達は一色の選挙の手伝いに奔走することにはなりはしたが、選挙演説の草案を考えたり、ポスターの印刷をしたりとほとんどが雑用で、大変は大変ではあったのだが、特に問題も起きなかったために、心労は殆どなかった。

 そのおかげか、俺達は穏やかに日々を過ごしていた。

 

 そして、今。

 

 俺は千葉の某紳士御用達っぽい感じのドーナツショップにいる。

 トレイに適当にドーナツを乗せ、飲み物も頼んであるのだが、その量は多い。なぜなら、俺のトレイには二人分のドーナッツと飲み物が載っているのだから。

 俺は今日ここに、由比ヶ浜と二人で来ていた。

 この前あいつに『ヒッキー』の話を聞いてやる約束をしたこともあって、たまたま今日は暇だったから一緒に行くかと誘ってみれば、由比ヶ浜はめちゃくちゃ驚いたが、少し悩んでからはにかんで了承した。

 内心、『っよし!』 とガッツポーズしていたわけだが、そんなことおくびにも出すわけにもいかない。

 努めて平静を装って彼女と歩いた。

 こ、これって……で、で、デートだよな? まさか俺がこんなリア充みたいなこと出来るようになるなんて……マジヒッキー君グッジョブ! って俺のことか。などと、くだらないことを妄想しつつ色々と聞いてみれば、出るわ出るわヒッキー君伝説。

 戸塚の依頼を達成するべくテニスで葉山たちと試合をして、俺が魔球で勝った(ありえないだろう)だとか、川……なんとかさんの不良化事件(勘違い)を俺の提案で解決したりだとか、千葉村ではいじめられた女の子を助けるべく、葉山たちに悪い大人を演じさせ(どんだけ葉山が好きなんだヒッキー君は!)、いじめっ子たちの心を折ってその子の環境を変えたりだとか……本当にそれ俺なのかよ? まったく信じられない話のオンパレードに、流石に俺の理解を超えてしまい、由比ヶ浜が嘘をついているのでは? と思いもしたが、こいつが嘘の類が下手なのはもう十分分かっているからそれはないのだろうな、と納得するに至ったわけだ。どうせ雪ノ下に聞いたところで同じような感想がかえって来るに決まっているわけだしな。

 そしてもう少し話をしようということで、このドーナツ店に入ったわけだが、俺がおごってやることにして、先に由比ヶ浜に席につかせたというわけだ。

 これ本当にデートっぽくなってきたな。

 由比ヶ浜が好きなヒッキー君は、要は俺なわけで、これはひょっとするとひょっとして、俺にもワンチャンあるかも!?

 そんな下心丸出しでさあ、会計をと思った。時だった。

 

「おや? めずらしい顔だ」

 

 突然そう声を掛けられてちらりと向けば、そこには俺が超苦手な年上の女性が居た。

 ふわっとした穏やかそうな微笑みをしていて、その胸部も由比ヶ浜ほどではないが、強烈に自己主張しているその女性は、まるでアイガーの北壁を髣髴とさせる我が部の氷の女王・雪ノ下雪乃と似て非なる存在なのだが、その正体はと言えば彼女の姉、雪ノ下陽乃さんその人であった。

 確かにこう見れば、一部のパーツを除いて非常に良く似た姉妹なのだということがわかる。

 だが、俺はこの人の笑顔が超怖い。

 正直、何を考えているのか全く想像も出来ないことで、対処の仕様がないことに一番のストレスを感じるのだ。

 本当におれなんかと接点があっていいような人ではないとさえ思うのだが、俺が雪ノ下と二人きりで部活をしていると知った時から、ちょくちょく俺へと近づいてくるようになった。

 そして、雪ノ下との関係をちょくちょく聞いてくるようになって尚うざかったのだから。

 俺があの雪ノ下……ええと、ここの少し柔らかくなった雪ノ下のことではないな、あの、まさに氷の……いや、ドライアイスの如き凍てつく波動を放ち続ける雪ノ下部長と俺がどうこうなるわけがないではないか。

 そうだというのにあまりのしつこさに、俺も相当辟易としていたのである。

 手を振りつつにこりと微笑む彼女を無視して俺は奥のテーブル席の方へと向かおうとすると、雪ノ下さんはとてててと、俺に追いついてきた。

 

「別に逃げることないじゃない、失礼だなあ」

 

「ぅぐ」

 

 思わず変な声が出るも、本当に俺はこの人にはなんの用もない。

 それに今日は当然だが、先約がいるのだ。

 顔を上げた先では二人掛けのテーブル席に由比ヶ浜が腰を下ろして、手に携帯を持ってなにやらその画面を眺めていた。

 俺は背後に迫る雪ノ下さんには構わず、まっすぐにその席を目指して進む。とその俺に気が付いたのだろう由比ヶ浜が、すっと笑顔で俺へと顔を向けて、その直後に明らかに怯えた感じの表情に変わる。

 雪ノ下さんの存在に気が付いたのは間違いなさそうだ。

 

「あれ? あなた……たしか……ガハマちゃん……だったかな? 何ガハマちゃんだっけ?」

 

 なにその『ガハマちゃん』って。それ全国のなんとかガハマに失礼すぎるだろう。石川の『琴ケ浜』とか鳴き砂で有名なんだぞ! まったく関係ないけど。

 というか知り合いなんだな、この二人。

 

「こ、こんにちわ、雪ノ下さん」

 

 由比ヶ浜は緊張した面持ちで立ち上がってそう挨拶をするも、雪ノ下さんはそんなことにはお構いなしに周りをきょろきょろと見回し始めた。

 そして……

 

「で、雪乃ちゃんはどこなの?」

 

 そう軽く聞いてきた先はなぜか俺。なんで俺に聞くんだよそんなこと。

 俺はとりあえずテーブルに持っていたトレイを置く。そこにはドリンクが二つと、ドーナツも二つ。

 それを雪ノ下さんがちらりと見たのを感じて、俺はそっと彼女を見た。そこには……

 

 何の感情も存在しない、まるで何もかもが抜け落ちたかのような無表情の雪ノ下さんの瞳が、俺を見据えていた。

 

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