『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
八結ね!
暑い……暑すぎる……
空を見上げれば鮮やかな一面の青。この屋上からは遠く海の向こうの富士山も今日は顔を覗かせている。
そしてそんな俺に一陣の風が……
熱風を運んできた。
いや、マジで暑いから。地獄だから。
何ここサウナなの?
湯気を全身に浴びている感じ!
普通こういうときは涼風が運ばれてくるもんでしょうが! 何が悲しくて夏休みにわざわざ学校まで来てこんな思いを味あわなければいけないんだ。
「ねえヒッキー、ちゃんと掃除してよね」
唐突に熱気むんむんの中、俺に声をかけてきたのはこいつだ。
うちの部のおバカ担当にして、仲裁役の苦労人、由比ヶ浜結衣である。
短パンTシャツで更に腕捲りをしているその姿は正直目の毒だ。あれ? 可笑しいな? 正面から見ているのになんで二の腕が見えないのだろう? あのTシャツの盛り上がりマジで凶悪すぎる。
「ち、ちょっと……何見てるの?」
「べ、べべべべつに見てねえし」
急に言われ、首を振って逸らすとまるで凝視していたようになっちまうので視線だけそらす。
よく顔は見えなかったが、由比ヶ浜が後ろをむいたのでとりあえず難は逃れた。ふぅ、あぶねぇ。
台風5号が関東に掠りもせずに北に消えた今日、俺たちは総武高校の屋上の清掃をしている。
実は夏休みに入る前に屋上の掃除を頼まれたのをすっかり忘れ、そもそもなんで俺達がやらなきゃならないのか不明であるにも関わらず、半ば強引にキチンとやっておくようにと命令された。
あ、命令したのは言わずもがな、アラサー女史である。
んで、つい今朝方雪ノ下と由比ヶ浜の二人が俺を迎えに来ていやでござるを連呼した俺ではあるが、無理矢理引きずり出され、今に至るというわけだ。
まったく、なんで今日なんだか。
ホースで水をじゃんじゃん流しながらデッキブラシで掃除中。全然終わらねえ。というかこの面積三人でやれとかマジ拷問だ。
ちなみに雪ノ下は現在ダウンして保健室で就寝中。マジで体力なさすぎだろ。
それで由比ヶ浜が「ゆきのんの分まで頑張ろうね」とひとり張り切りだしたものだから、俺も逃げられなくなったわけだが。
それにしても暑い、暑すぎる。
「はあ~、あちぃ」
「大丈夫ヒッキー?」
由比ヶ浜にそう言われ見てみれば大粒の玉の汗を全身に掻いているし。
「お前こそ大丈夫か? 凄い汗だぞ?」
「あ、これくらい平気だし。それに今日はヒッキーもいるから……ゴニョゴニョ」
「は? なに?」
「な、なんでもない! なんでも! それよりちゃんと水分とってね。倒れちゃうよ」
言われて、ポケットのポカリを飲もうとしたらもうすでに空だった。
「あ、もうないの?」
「いや、金はあるから大丈夫だ。後で買いにいく」
そう言った途端に由比ヶ浜がだだだっと近づいてきた。
「だ、ダメだよすぐ飲まないと。あたしのあげるね、はい」
と、黄色いエネルゲンを差し出してくる。
「い、いや、それはちょっと」
それお前の飲みかけだろ? なにこの娘、恥ずかしくないの?
すぐ逃げようとしたのだが、しかし俺は回り込まれてしまった。
お前はドラクエのモンスターか!
「ちゃんと飲まないとダメだよ」
何故か強気の由比ヶ浜の真っ赤な顔に圧倒され、俺はそのペットボトルをうけとる。そして見えたのは由比ヶ浜のピンクのくちびる。
いかん! 意識しすぎだ! こんなんで飲めるか!
その瞬間……
チュッ
え?
えええ?
えええええええええええええええええっ!
「……ま、おま、な、なにやってんだ!」
錯乱しつつも、頬を染めた由比ヶ浜の恥ずかしそうな顔と、くちびるに触れた柔らかい感触の両方が何度も何度もプレイバックされ続ける。
由比ヶ浜は横を向いたまま、ぽそりと言った。
「あ、えと……ヒッキーが間接キス嫌かなって思って、なら本当にキスしちゃえば平気かなって……あれ? あたしなに言ってんだろ、ちょっとふらふらして……き……た……」
「お、おい、由比ヶ浜?」
いきなりフラりと倒れかかる由比ヶ浜を俺は抱き締める。全身汗だくでぐっしょりの上に、柔らかい感触と由比ヶ浜の甘い良い匂いが感じられて俺も、頭が……
はれ? どうなって……ん……だ?
由比ヶ浜を抱いたままその場に倒れかかる俺……
その時、足で踏んだホースが暴れて頭から全身水を被った。それはもう凄い勢いで二人ともびっちゃびゃのびっしょびしょ。
しばらくしたら頭が冴えてきて、由比ヶ浜を見れば同じように覚醒したのだろう、真っ赤になって震えていた。
俺はとりあえず水を止め、由比ヶ浜にタオルを渡して階段へと移動する。そこで由比ヶ浜に言った。
「ま、まあ、あれだ。お互い熱中症寸前だったみたいだし、あれは夢ということで」
由比ヶ浜を見れば少し寂しそうに俯いている。確かに暑すぎたせいだが、別に適当だったなんて俺は思っちゃいない。だから俺は続けた。
「今のは夢だったが……絶対わすれられない夢だが、まあ、実際にああなるように俺も努力する。今はこれでいいか?」
「ヒッキー……」
濡れたままポスンと頭をおしつけてきた由比ヶ浜が言った。
「あたし、待ってるね」
「ああ」
「だから今はこれだけね……」
「え?」
チュッ
またもや衝撃……
でも今度は頬にだった。
俺はどんな顔をしていいかわからないまま由比ヶ浜を見た。彼女は優しく微笑んだ。
「誕生日おめでとう! ヒッキー!」
「あ、今日か!?」
「エヘヘ……」
と笑ったところで再び由比ヶ浜は倒れかかった。
はい、完全に熱中症でした。しかも俺も。
このあと三人並んで氷枕に頭を乗せつつ保健室で苦しんで寝たことは言うまでもない。
熱中症マジ恐い! 本当に死んじゃうから気をつけようね! 誰に言ってんだ俺は!
まあ、こんな感じではあったが、今年も無事に誕生日を迎えることができた。本当に無事か?
さて、あのこっぱずかしい夢の続きはどうしましょうかね……
了