『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(17)一色いろはの恩返し

「由比ヶ浜にああは言ったものの……はぁああ……」

 

 深いため息しか出やしない。

 帰宅し自室でベッドに横になって天井を俺は見上げていた。そして様々な出来事を思い出していた。

 俺の脳裏にはあの二人の表情が焼き付いて離れないでいた。

 雪ノ下の何もかもを諦めてしまったかのようなあの虚ろな様子と、由比ヶ浜の泣き腫らした悲し気な顔。

 このままではもうどうしようもないということだけは分かっているのに、ではどう対処したらいいのか皆目見当もつかない。

 あの転校話がいったいどういう経緯で発生したのか、その理由は不明だが、問題なのはそれを雪ノ下がどういう心境下であれ同意してしまっているということ。嫌なら嫌とあいつなら言いそうなものだが、それをしないというのは転校するのもやぶさかではないと彼女自身がすでに思っているということに他ならないのではないか? 

 いや……あの部室での言い方から察するに、雪ノ下は俺達に欺かれたことを気にしていた。

 となれば、転校すること自体は本意ではなく、ただ俺達という存在から離れたいが為だけにああ言ったとも考えられる。なら実際はあいつもまだ学校に残りたいのか?

 転校先の学校がどこなのかは分からないが、あいつのことだからより上等の学校であることはまず間違いあるまい。ならば、今後のあいつにとってそれはプラスになるのでは……

 いやいや、そう考え始めればどんな展開も受け入れざるを得ないではないか。

 今回の本当の問題はあいつの転校云々ではなくて、俺達……特に由比ヶ浜とあいつの関係の修復が出来るかにある。雪ノ下に誤解していただけなのだと気が付かせることさえできれば、その後転校しようとなにしようとどうでもいいではないか?

 いやいやいや……やっぱりそれだけではだめだ。

 結局のところ雪ノ下にそれを気づかせること、イコールあいつに様々なことを吹き込んでいる存在……多分雪ノ下陽乃さんだろうが、彼女に勝つ必要がある。そうでなければ、雪ノ下が何かを気づいたところで、再び丸め込まれて俺達に不信感を抱くことにもなりかねない。

 それにしても、雪ノ下って、あんなに人の言動に左右される奴だったか? いつも強気で俺にあれやこれやド直球に正論と毒舌を畳みかけてくる感じで、相当自己中心的な奴だと思っていたのに……ひょっとしてあれか? 世界が違うから、俺と一緒にいた雪ノ下と、こっちの雪ノ下は実は性格が違うとか? それとも、いつもただ虚勢を張っているだけで、実はどちらの雪ノ下も自分に自信のない、他人の言動に左右されやすい性格とかなのか? 

 うーん、分からん。

 少なくとも、こっちの世界の雪ノ下は、自分の姉の言動によって俺達を不信に思い、今回拒絶するにいたった。

 これを掻き決するためには……

 

「やっぱり雪ノ下さんと対決するしかねえのか……」

 

 ポソリと口をついた独り言を、自分の耳で聞いて、それこそそんなこと出来るわけないと悟って陰鬱に沈む。

 いや、無理だろう。

 だってあの人、人の話全然聞かねえし、自分の言いたいことしか言わないし。

 そもそも、あの人の言い分からすれば、もう俺はつまらない存在だそうだから、お願いしたって会ってはくれないだろうし、会えたとしてもいったい何をどう話せばいいのやら。

 それに結局のところ、この件は雪ノ下家の家庭の事情だ。

 雪ノ下が転校するかどうかを最終決定するのは、彼女の保護者である両親なのだから。

 

「うう……マジで最悪だ」

 

 考えれば考えるほどに胃が痛くなってくる。

 自分が考えていることがむちゃくちゃだと分かってはいるが、この話を白紙に戻すには雪ノ下姉だけではだめだということだけは理解した。

 理解して、ただでなくても高いハードルの先に、更に高いハードルが聳えていることに気が付いて、俺はただ絶望した。

 

 そんな時だった……

 

 かちゃり……

 

 俺の部屋のドアが開いてそっちを見ると、パジャマ姿にナイトキャップを被った小町が大きくあくびをしながら俺の方を見ていた。というか、小町可愛いよ小町。

 

「ふぁああぁぁああ、お兄ちゃん起きてた?」

 

「お、おう……なんだよ?」

 

 今更だが、開ける前にノックしてねと、心の中でお願いしつつ、でも今は平気な状態でマジで良かったと滅茶苦茶安堵する俺……男の子はいろいろあるのよ、色々と。

 とか思っていたら、小町が俺に向かってぽーんと何かを投げてきた。

 慌ててそれをキャッチすると、それは小町の小さな携帯電話?

 

「お兄ちゃんに電話。お兄ちゃんの番号もちゃんと教えておいてよね。じゃあ小町もう寝るから。ふあぁあ……」

 

 かちゃりとそのまま戸を閉めて小町は部屋と帰っていく。

 電話? 俺に……?

 良く分からんがとりあえずそれに出てみると……

 

「はい、もしもし」

 

『あ、比企谷君? わたし! 君ってさぁ……やっぱりおもしろいね! いいよ、会ってあげる。明日の夕方6時に千葉駅の────』

 

 その声は紛れもなく雪ノ下陽乃さんの声だった。

 

「はぁ?」

 

 いったい何のはなしなんだか。

 俺は疑問符交じりに彼女に反応してしまっていた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「で、これはどういうことなんだよ?」

 

「だからこういうことですってば! 鈍いですね先輩は」

 

 俺にそう言うのは、俺の正面に座って美味しそうにクリームソーダを飲んでいる亜麻色の髪の一年。つい先日生徒会長になったばかりの一色いろはだ。

 いったいなにがどうこういうことなのか、皆目見当がつかないが、当の一色はさも当たり前とでも言った感じでニコニコしたままだ。

 というか、俺は本気で居心地が悪いのである。なにしろこのテーブルにはもう一人……一生関わることが無いはず……というより、関わりたくない感じの人物が座っていたのだから。

 

「あーしを見るんじゃねえし」

 

「…………」

 

 ただチラ見しただけでこれだ。金髪縦ロールがめっちゃ睨んできやがった。なんでこんな奴と一緒にいなきゃいけねえだよ、と正面の一色を見れば、今度はクリームソーダの上にのったアイスを掬って口に運んでいるところだし。

 いやお前普通に食ってんじゃねえよ。呼んだのお前なんだからこの空気をなんとかしろよ!

 と文句を言いたくなっていたところだが、当然俺がアクションを起こせるわけもなく、俺は仕方なく手元のコップの水を口に含むのだった。

 ここは千葉のとある総合デパート内の喫茶店。

 普段であれば安くて美味しいファミリーなイタリアンレストラン直行となるところなのだが、この目の前のあーしあーし言ってるみょんみょん金髪縦ロールに、『ヒキオとサイゼ~~!? チッ!!』と思いっきり舌打ちされて睨んできたかと思ったら、一色の奴が、『じゃあ美味しいデザートのお店にしましょう』とほいほいと先に歩いて、気が付いたらこの店に入っていたというわけだ。

 まあ、周りは大人ばかりだし、ここなら他の学校の奴に見られる可能性も低そうではあるが、別に見られたからってどうということはあるまい。女王様と、ぶりっこ女子と一緒にいる俺の存在など、所詮はこいつらの引き立て役のただの取り巻きAくらいの存在。そもそもこいつらからして全く人目を気にしていないしな。俺の存在なんてそんなものだ。

 だが、正直この店は高級感には圧倒された。というか、価格がとんでもないことに! なにここ、コーヒー一杯でサイゼのドリンクバー3人分なんですけど!? 

 ガクブル戦々恐々としていたら、『あ、今日は先輩のために来ましたので、お会計は先輩もちで』。『じゃあ、あーしチーズケーキ食べたい』とか、こいつら相当に良い性格してやがった。

 俺は自分の財布の中身に静かにお別れをしたのだった。

 

「で、だからなんでこうなってんだよ? 雪ノ下姉が急に面白がって会う約束になったわけだが、お前だよな? お前が何かしたからこうなったんだろ? で、それを聞きたいだけなのにこんな所に呼び出しやがって……」

 

 おまけに金髪女王様まで連れてきやがって……絶対仲良く出来なさそうな感じなのに、なんで一色はニコニコしているのか。

 と、そこまで聞いたところで、一色が言った。

 

「あー、先輩って異世界の人だけあってこの世界の常識何にもわかっていませんねぇ。こんなに可愛い女子二人とお茶してる時点で、もっと喜ばなくちゃですよ」

 

「はあ?」

 

「あーしはあんたと話したいわけじゃないし! っていうか、ヒキオのくせに頭に乗るんじゃねぇし!」

 

「んんん?」

 

 人をおちょくってくる後輩の生徒会長様と、ほっぺにチーズケーキの欠片をつけたまま見下してくる女王様。うう、言いたい! おまえ食べかすつけたまま何いってんだ! とか。いや、怖いから絶対言わないけども。

 

「あ、三浦先輩、頬っぺたになんかついてますよ? とりましょうか?」

 

 一色がそう言った瞬間、あーし三浦は超高速でそのカスをとって、真っ赤になって俺を殺しそうな勢いで睨んできた。

 というか、理不尽すぎるだろ、俺何もしてねえのに。

 

「あーもう、俺の常識はどうでもいいんだよ。いったいこれは何の集まりかと聞いてるんだ。ただでなくてもこの後雪ノ下姉に呼び出されてるってのに、お前らいきなり家まで押しかけてきやがって……いったい雪ノ下姉になんて吹き込んだんだよ?」

 

 俺がもう我慢できずにそう言い切ったところで漸く一色が居住まいを正して俺を見る。

 そして、言った。

 

「私たちは何もしてませんよ。したのは、結衣先輩です」

 

「ゆ、ゆい? 由比ヶ浜が……? な、なんで……」

 

 唐突に出た由比ヶ浜の名前に俺の意識は一気に昨日の部室でのやり取りへと戻った。

 由比ヶ浜は……そう、必死だった。必死に雪ノ下を説得していた。そう……由比ヶ浜は誰よりも真剣だったのだ。だが……

 あの後彼女はとぼとぼと一人で歩み去った。

 俺は確かにそんな彼女の背中へと声をかけはしたが、だからってあの状態から何かの行動に移るようには思えなかった。

 

「由比ヶ浜はいったい……どうして?」

 

 そんな独り言を聞いていた三浦が俺を睨みつつ言った。

 

「そんなのあんたが腑抜けてたからに決まってるし! だから自分で動いたんだし。あんた、ユイがここ最近ずっと泣くのを我慢してたのに気が付かなかったん? ユイはずーっと一人になると泣いてたし」

 

「由比ヶ浜が……泣いていた?」

 

 それを聞いて思い出す。

 あいつは俺と話すときいつも困ったような顔をして微笑んでいた。あれは困惑していたのではなくて、我慢していたということ……なのか。

 由比ヶ浜は俺を見て……もう一人の俺を思い出していたというのか……

 あの、ヒッキーのことを……

 瓜二つどころか、俺とヒッキー君は同一人物、似ているいないの次元ではないレベルで、由比ヶ浜はヒッキーのことを思い出していたのだろう。

 だというのに、俺は……

 俺は自分のことしか考えていなかったのだと改めて思い知らされ、本気で自分を痛めつけたい衝動に駆られるも、今はその時ではないことをはっきり分かっていたから、彼女たちに言葉を促した。

 そして一色。

 

「昨日結衣先輩から、雪ノ下お姉さんに会いたいって連絡があって、私は城廻先輩に頼んで連絡先を教えてもらったんです。それでそのままだと何か起きるんじゃないかって心配になりまして、城廻先輩も一緒に雪ノ下お姉さんのところに3人で行ったんです。そうしたらですね」

 

 一色はジェスチャーを交えつつ大仰に話す。そして深刻そうな顔をして言い切った。

 

「雪ノ下お姉さんは、結衣先輩に言ったんです。『もう雪乃ちゃんに会わないで』って」

 

 その一言にいったいどれだけ由比ヶ浜が傷ついただろう。俺はそれを想像して胸がちくりと痛むのを感じていた。

 だが、話はそれで終わらなかった。

 

「でも結衣先輩は納得できないですって食い下がって、で、結局その後、あなたと比企谷君が仲良くすれば良いでしょう? 邪魔者もいなくなるんだしいくらでもイチャイチャすれば……とか、そんなことをお姉さんが言い初めまして、そうしたら結衣先輩が言ったんです。『比企谷君は異世界から来たんです! ゆきのんと一緒に彼が返る方法を探さないといけないんです!』って」

 

「え?」

 

 つらつらと真顔で話している一色だが、当事者の俺が言うのもなんだがこれはあんまりだろう。そもそも『俺異世界人説』に関しては、俺だって信じるのは難しいレベルの話だ。

 今は別に疑ってもいないが、当人でさえこれだ。赤の他人がそれを聞いて何と思うのか……

 俺はその時の陽乃さんの反応が気になって、一色へと聞いてみた。そうしたら……

 

「大爆笑してました」

 

 ああ、あの人らしいな。

 そりゃあ、目の前の人物が大真面目でそんなことを言えば、爆笑するか訝しむかそのどちらかだろう。考えるまでもなく、あのお姉さんは前者だった。

 

「はあ……由比ヶ浜……何をやってんだよ……」

 

 思わずため息交じりにそう言った俺だったが、一色は言った。

 

「でもそのおかげで話が進んだんですよ。結衣先輩、お姉さんに会いに行く前に文化祭実行委員長の相模さんのところに行って、教育委員会に出した訴えを取り下げてくれるように頼んで、実際にそうしてきてたんです。どうも相模さんと結衣先輩はお友達だったみたいですね? それで訴えの一つも無くなりましたし、雪ノ下先輩の転校の話を考え直してほしいって頼み込んだらですね……」

 

 一色はそこまで言って、いったん水を飲んだ。そして続けた。

 

「雪ノ下お姉さんが言ったんです。『なら、私の母と隼人と雪乃ちゃんの前で説得してみて』って、それで『もし雪乃ちゃんが自分から学校に残りたいって言ったなら、私は考え直してあげる』って」

 

「隼人……? 葉山隼人か? なんでそこであいつの名前が出てくるんだよ」

 

「さあ? そこまでは私も知りませんよ。でも、そこで葉山先輩の名前が出てきましたから、助っ人を頼んだってわけです。というわけで、三浦先輩です」

 

 三浦は我関せずといった感じで、スマホを弄って視線も向けてこないが、ただちょこっとだけ手を挙げた。

 

「三浦先輩は結衣先輩のことも心配してましたし、今回私が声をかけたらホイホイついてきたって感じです!」

 

「ちょっと何言ってんの? マジうざいし。あーしはただユイとハヤトが心配でついてきただけだし、勝手に語るなし」

 

「というわけですです!」

 

 にこりと微笑む一色だが、何お前猛獣使いかなんかなのか? 何上級生の女王様手玉にとっちゃってんだよ、怖いよこの後仕返しされたりとか……

 だが……

 そうか……由比ヶ浜はそんなことしてたんだな。

 あいつは俺に色々教えてくれた。

 ヒッキーのことがほとんどだったけど。

 でも、なんども言っていた。ヒッキーは凄いと。ヒッキーはどんな無茶なことでも絶対やりとげると。自己犠牲も厭わず、必ず依頼を達成するんだと。

 聞いたときは、どれだけ話を盛ってやがるんだと呆れたわけだが、実際に由比ヶ浜はそう信じていて……

 信じて、そしてこの世界にヒッキーがいないからこそ、自分がヒッキーのように行動しようとしているんじゃないのか……

 唐突に俺にはそう思えてしまった。

 由比ヶ浜は自分が悲しいのを堪えて、ヒッキーの様にふるまうことで自分を慰めているのではないのか……と。

 そう思えた時、俺は本当に彼女に申し訳なくなってしまった。

 その痛みを感じつつ、俺は聞いた。

 

「で、あの電話か。どうやって調べたのか知らないが、雪ノ下姉は俺の妹経由で電話してきて、そしてこの後会うことになった。つまり、この後、俺は由比ヶ浜と二人で雪ノ下家と対決する……そういうわけなんだな?」

 

「ですです!」

 

 まったく頭が痛い。

 俺は単に雪ノ下姉と一対一で話すのかと思っていた。

 でも、その場にいるのは、雪ノ下母、雪ノ下、雪ノ下姉、そしてなぜか葉山。

 そんな面々に何を話せばいいというのか。そんな頭を抱えたところで俺に一色が言った。

 

「だから、この場なんですよ、先輩。結衣先輩は一人で色々準備しているみたいですし、先輩には私が考えてきた、『雪ノ下先輩奪還作戦』についてレクチャーしてあげます! そのために三浦先輩にも来てもらったんですから」

 

「別にあんたのためじゃねーし、勘違いするなし」

 

 いや、絶対勘違いしやしないけどな。ちょっと照れて俺にツンデレするのはやめろ、怖いですから。

 俺はいろいろ思うところはあったのだが、そんなこんなでもこうやって助力してくれようとしてくれているこいつらに素直に感謝した。

 でも一つだけ疑問が……

 

「なあ、一色……お前なんでこんなにしてくれるんだよ」

 

 その俺の言葉に彼女は可笑しそうに微笑んだ。

 

「ただの恩返しですよ。忘れちゃいました? 先に助けようとしてくれたのは先輩の方なんですよ?」

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