『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「つまり、俺が雪ノ下の母親に言うわけだな? 『お嬢さんを俺にください』って……」
「そうそう! まさにそれです!」
俺の目の前で、両方の頬を掌で押さえて、キャーっと言いながら目をキラキラさせている一色と、そこまで前のめりではないが、顔真っ赤でこちらをチラ見している三浦の二人。
こいつら一体何を話すのかと思って聞いていれば、ノートに書かれていたのはまさしくこのセリフを言うまでの一連のチャート。
雪ノ下家が待ち構えるであろう、待合場所のホテルのレストランのテーブルについて、ほぼ土下座でこのセリフを言うまでの流れをいちいちレクチャーしてくれたわけだが……
「これ言われたら、どんな乙女もいちころですよ!!」
自信満々な一色に俺は言い放ったのだが!
「却下だ! こんなの却下に決まってんだろうが!!」
「なんでですか! これすっごくときめくじゃないですか! 少なくとも私ならいちころりですよ! 私なら!!」
自分で書いたノートをぴらぴらと揺すっている一色はなぜか『私なら』を連呼しつつにじりよって来るわけだが、ええい、うざい、可愛い、鬱陶しい!!
俺はそんな一色を押し返して、言った。
「あほか! これじゃあ完全にプロポーズのセリフじゃねえか!! いったいどこの昭和メロドラマだよ! 何?俺雪ノ下と結婚するのかよ?」
「最終的にはそうなることも含めての、まさに合理的な解決法だと思いますけど? 雪ノ下先輩良いとこのお嬢様っぽいですし。だいたい部に残って欲しいから転校しないでくれなんて、理由がしょぼすぎますよ! ここはホラ、もう『雪乃なしの人生なんて考えられない』とか、そんな感じで理由をでっちあげてですね……」
「でっちあげてって言っちゃったよ、この子は。いいか? あいつは俺たちに不信感を持ったからこういう行動に移ったんだぞ? なのに、意味不明な告白したって駄目に決まってんだろうが! 却下だ却下!」
「むうぅぅ……結構真剣に悩んだんですけどね」
そう言って不貞腐れた感じの一色いろは。
お前がそんなんになってどうすんだよ? まったく俺の方だよ、泣きたいのは。
こいつ、思った以上に発想がポンコツだった。
いったいどこの世界に好きでもない相手にいきなりプロポーズしちゃう奴がいるってんだよ? 節操ないのかよ? トニカクカワイイのか? そろそろハヤテ君出てくるんじゃないのか……げふんげふん。
まあ、いい。
とりあえず、まったく参考にならない計画だということは分かった、良くわかった。
「ふう、お前も一筋縄じゃいかないって考えてるってことだけは良くわかったよ」
「そうなんですよねぇ、簡単にはいかないんですよねぇ。それで、三浦先輩……同席するらしい葉山先輩はどうすればいいですか?」
「へぇっ!?」
いきなり一色に振られて素っ頓狂な声を上げる三浦。顔真っ赤でもじもじし始めてるんだが……
「え、えーと、ハヤトは多分……優しいから、何も言わない……かな。あーしにもそうだし……」
オーケーこっちも良くわかった。まるっきりノープランなんだな、いったい何しに来たんだ、この女王様は。
もじもじするのはいいけど、そのバリギャルな見た目で恋する乙女をするのは本当に勘弁してくれ、見ていて恥ずかしい。
「お前な……葉山と付き合ってるんならもっとちゃんと管理しとけよ。首に縄付けるとかよ」
「はぁ!? ヒキオのくせにうっさいし! キモッ! つ、付き合ってなんかないし! マジでキモッ!」
キモイキモイ連発しやがりましたよ、こいつ。それほんとマジで心抉られちゃうからな。
「それこそ『は?』だろ! お前らあんだけクラスでイチャイチャしてるくせに、あれで付き合ってないとかどの口が言ってんだよ」
「!? つ、付き合って……るように見える?」
三浦はポッと頬を赤らめて急にしおらしい感じで答えた。
「お前ら只でなくても目立つからな、4月に同じクラスになって早々ずっといちゃいちゃしてただろうが!」
そう、こいつらはずっと一緒にいたんだ。
ほとんどクラスに関心のない俺だったが、同じ教室であれだけ騒いでいれば嫌だって目につくし、耳にも残る。
こいつのうざったらしいあーしあーしも年中聞いてたからな、これは間違いない。
「あんだけ一緒にいて良く言うよ」
「ちょっと待ってくださいよ、先輩? 今4月からって言ってましたけど、4月っていえば先輩ってまだ『向こうの世界』ですよね? なら、向こうの世界で三浦先輩と葉山先輩ってイチャイチャしてたんですか?」
不思議そうな感じでそう聞いてきたのは一色だ。というか、その向こうの世界のことについて、三浦は理解しているのか? それを疑問に感じつつも俺は答えた。
「まあ、そういうことになるわな。俺が体育祭の後にこっちの世界にきたのだとしたらな」
「じゃあですよ、ひょっとして向こうの世界では三浦先輩と葉山先輩って、完全に恋人だったんじゃ……あれ? 三浦先輩? もしもし? もしもーし?」
見れば完全にフリーズしている三浦の姿。
その赤い顔の前で一色が手を振っているが反応はない。
「あ、あーしとハヤトが……恋人……恋人……恋……」
何かうわ言の様に繰り返しつつ、見る間に赤く染まっていく三浦の顔。
お前このままだときっと赤鬼になっちゃうぞ。
と、そんなふうに考えていたら、三浦が俺に詰め寄った。
「ヒキオ! それ本当なん? あーしとハヤトは本当に付き合って……?」
「いやいやいや、落ち着けって! お前らのことをなんで俺に聞くんだよ? だから付き合ってんだろお前らは」
「付き合って……」
三浦はすっと表情を曇らせて答えた。
「ない」
「は? そ、そうなのか? お、俺はてっきりお前らは付き合ってるものだとばかり……」
そこまで言った時だった。
急に三浦が表情を曇らせて語りだした。
「ハヤト……何を考えてるのか、あーしにはわかないし……一緒に居たいのに、いつも話逸らすし……本当のこと……言ってくれないし……」
さっきまでの勢いはどこへやら。急に泣きだしそうになるあーしさんに、俺の方が困惑しきりだよ。
なんだよ、こいつのこの反応は? これじゃあ完全に『恋する乙女』じゃねえか。
そう感じたことで、こいつが今どうしてここに居るのかを完全に理解した。
こいつはただ、知りたかったんだ。
葉山が何を思って、何を考えているのかを……、三浦自身についてどう思っているのかを……
それが知りたくて、関係ないと思いつつも、一色に誘われて自分の知らない葉山の姿を見たくてここに来たのだろう。
ふう……まさに恋する乙女……で、応援したい感じではあるのだが……
要は、今は助っ人でもなんでもないただの役立たず!
本当に使えない。
結構お気楽に考えてる一色と、恋する乙女な三浦。この二人がここに居る理由については完全に把握できたが、問題は雪ノ下をどう攻略すればいいかということ。
俺はとりあえず今までの話を整理してみることにした。
雪ノ下姉は俺を今日、件のホテルのレストランへと招待した。それはいい。
彼女は俺を呼びはしたが、そこに誰がいるとまでは言わなかった。
今さっき聞いた一色の話からすれば、その場にいるのは、雪ノ下母、姉、本人、それと葉山と、あと由比ヶ浜がいることになるらしい。
その場を設けるきっかけを作ったのは由比ヶ浜で、例の文化祭の実行委員長とも話をつけて、雪ノ下が転校しないで済むような環境を作っている様子。
そして今も尚、一人で何かを準備しているようだ。
ここで色々疑問が出てくる。
まず、なぜ雪ノ下陽乃さんは俺に今日の『話合い』の参加者のことを言わなかったか。
俺はああ言われて、雪ノ下さんと一対一かと思い込んでいたが、この理由は単純かもしれない。
俺にメンバーを話せば、尻込みして来なくなる可能性が高いと思ったのではないかということ。流石に雪ノ下母がいると知っていたら、最初から俺は行きたくないと思うに決まっているし、実際にいかないかもしれない。
あとは、メンバーが複数いることを俺が知って驚くさまを見て楽しみたいという、彼女の嗜虐趣味の表れか。いずれにしても、俺に言わなかったこと自体は大した理由ではないように思えた。
だが、由比ヶ浜については違う。
雪ノ下さんの言動は、一色の話を聞く限りでは何か恣意的なものを感じるのだ。
まるで、由比ヶ浜に何かをやらせようとしているかのような……
それが何かは、よくわからないのだが、いろいろと引っ掛かりを俺は確かに覚えていた。
もう一つあるとすれば、一色たちについてだ。
雪ノ下さんは由比ヶ浜に言うと同時に、同席していた一色や城廻先輩にも同じことを話している。だからこそ、一色はこうやって俺の前に現れて、事前にレクチャーなるものを催しているのだから。
そう考えてみて、俺はまたしてもなにやら得体のしれないものに操られているような感覚を覚えた。
それをしているのは雪ノ下姉なのか、それとも……別の何かなのか……
ゾッとしつつも俺は二人へと言った。
「まあ、状況はかなり把握できた。本当に助かる。今回は雪ノ下の転校をどうやって思い正させるかを考えなくちゃならないわけだが、正直今の俺には打つ手はない。だけど、まだ少し時間もあるから、俺はもう少しここで考えてみようと思う」
だからお前らはもう帰っていいよというつもりで、言ったのだが、
「そうですね! 私ももう少し考えてみます。うーん」
「ハヤト……何を考えてるの……」
と、何やらまた考え込んでしまい帰ろうとしない。
俺、どっちかといえば一人になりたい派なんだけどな……
いい加減俺も考え疲れたなあとか思っていたその時だった。一色がポツリと言ったのだ。
「いっそ、三浦さんに葉山先輩に告白でもしてもらいましょうかね?」
何を言われたか良くわからないでいた俺の前で、急に三浦がまた赤くなって素っ頓狂な声を上げた。
「はぁあああ!? あ、あんた……何言って……」
もういいよ、このツンデレラさん。君が葉山何某を大好きなのはもう分かり過ぎるくらい分かってるんだから……いいじゃん、今更告白くらい……
ん?
『分かり過ぎる?』
その時、全身を電流が駆け抜けた。
一気に頭の中の疑問のピースが嵌まっていく感覚を味わいつつ、そして急速に答えが組みあがっていった。
いや、もうなんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ! 俺の馬鹿、アホ、とんま!
罵りまくってしまうほどに、俺ははっきり言って自分に呆れた果てていたのだ。
だから、俺はとにかく宣言した。
とにかく行動に移らないといけなかったから。
「よし三浦! これからすぐに葉山に告白するぞ!」
「ぇ……ええっ!?」
乙女三浦の絶叫が高級喫茶店に木霊した。