『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(21)やっぱり比企谷君のところにお嫁に行くべきかしら

 雪ノ下さんに続いて部屋を出てすぐに、彼女が俺を振り返る。

 

「まだ間に合うわよ? このまま引き返しても私は文句を言うつもりはないし、雪乃ちゃん達だってあなた達が来ていることを知らないから何も変わることはないんだよ?」

 

 やはり雪ノ下さんなりに気を使ってくれているのだ。

 それだけでも幾分か救われる思いだが、やはりこのままにする気はない。 

 少なくとも俺は知ってしまったのだから、雪ノ下達の現状を。

 そして約束してしまったのだから。

 『なんとかする』と。

 そう、全てを俺に託してくれた彼女のためにも。

 

「行きますよ。もう決めたことですから」

 

「そう……物好きなのね、ではどうぞ……」

 

 言いながら雪ノ下さんがカチャリとその部屋のドアを開いた。

 そしてその中へと先に入って行くのを見ながら、俺も続いて入り、その部屋の入り口で立ち止まった。

 部屋の中の様子は先ほど俺達が居た部屋とほとんど変わらない。

 高級そうな調度品の数々と、大きなテーブル、そこに着物姿の二人の婦人と、その横で落ち着いた色彩の紺のブレザーを着た葉山と、雪ノ下姉と同じような青いワンピースドレスを着た雪ノ下の姿が。

 二人の母親はお喋りに興じていてこちらへと視線は向けていないし、雪ノ下と葉山の二人も自分たちの母親の方へと視線を向けていて、まだ俺の存在には気が付いてはいない。

 そんな中、雪ノ下さんが自分の席であろうそこに着くと、軽く会釈をしてから話し出した。

 と、そのタイミングで、ちょうど俺を横に見る形で葉山と雪ノ下が俺に気づき、驚愕の表情をその顔に張り付かせていた。

 まあその反応もあるだろうな、急に俺みたいな一般人が現れれば誰だってそんな反応になるだろう。だって知らされていないんだから。

 二人ともが慌てた様子で俺へと何かを訴えかけるような視線を送ってくるも、だがこの場で声を出すことはなかった。

 当然だろう。こいつらは自分たちの立場を弁えているのだから。

 この場を支配しているのは母親たち……特に立場だけで言うなら雪ノ下の母親の方が上なのだろう。そんな場の空気を壊そうなどとは普通は思わないものだ。それが出来るのなら、もうとっくの昔にこんな胃の腑がきりきり痛むような状況からは抜け出せているのだろうしな。

 ま、そんなことをやる馬鹿は……

 

 俺くらいだろうって話なんだよな。

 

「ふへ」

 

 自分の考えていること、やろうとしていることを思って思わず笑えてしまった。

 他人の家族の食事会に乱入しようなどと……いや、他人の家の事情に首を突っ込もうなどという気が起こるなんて、つい最近までの俺には信じられないような話だ。

 当然、今だって緊張しているし怖いし身体は震えていて全く止まる気配もない。

 だが、そんな状況にあってなお、自分が何かをなそうとしているそれ自体が、とても奇妙で、とても滑稽だった。

 ふと顔を上げてみれば、俺を見つめる全員の訝しい目つき。明らかに不審者を見る目に変わってしまっている。

 まあ、そうだろうな。だってその通りなんだから。

 雪ノ下さんの紹介が終わったということなんだと理解して、俺は緊張も恥ずかしさも全部、普通であれば感じるだろ感情の数々を無視して改まって頭を下げた。

 

「初めまして葉山君と雪ノ下さんの同級生の比企谷八幡と言います。今日は雪ノ下さんと葉山君のお祝いだと伺いまして挨拶に来させていただきました」

 

 雪ノ下さんが俺のことを何と紹介したのかは分からない、というより、まったく聞いていなかった。

 だが、先ほどから聞き耳を立てていたことで覚えたいくつかの言葉の中から、『お祝い』というところをチョイスしてそれに絡めての挨拶としたのだ。

 状況からして『雪ノ下と葉山の婚約、もしくは結婚を前提にしたお付き合い』とか、どうせそんな感じの会なんだろうしな。

 だからこそこう言ったわけだが、雪ノ下の母親の対応は冷たいものだった。

 

「そうですか、それはわざわざありがとうございます。二人の事、これからも見守ってあげてくださいね。それでは御機嫌よう」

 

 顔は微笑んでいるが目はまったく笑っていない。というより、明らかに俺を煙たがっている感じを漂わせている。葉山の母親について言えば、もはや俺に視線を向けることすらしていない。

 当然の反応ではあるが、これでは話が進まない。

 当事者でもあるはずの雪ノ下は、一言も話さないままに複雑な表情に変わってしまっていたし。おいおいお前がノーリアクションじゃあ、どうしようもないんだよ。仕方ない仕方ないのオンパレードで、じゃあ本当にこのまま帰るしかないこの状況……

 

 そういうわけにはいかないんだよ。

 

 ここで問題。

 話を聞く気がない奴に、話を聞かせるにはどうしたら良いでしょう。

 答え。

 

『聞かざるを得ない状態にしてしまう』

 

 俺は一度ほくそ笑んでから顔を上げた。

 

「そういうわけにはいかないんですよ。雪ノ下……俺はお前と『別れたくない』んだ。俺はもうお前なしじゃあ生きていけないんだ。お前の『身体( からだ)』が忘れられないんだよ。頼む俺を捨てないでくれ」

 

「え?」「は?」

 

 俺のその言葉に、二人の母親が息を呑んで俺を見た。この時初めて俺のことを見たのかもしれない。

 目を見開いてそう言った俺のことを凝視し、そして睨みつけてきた。

 

「あ、あ、あなた!? い、今なんと言いました?」

 

「ですから、俺は雪ノ下さんとお付き合いしてたんです。将来の約束までしていた仲でしたのに、それなのに急に振られてしまって……納得いかなくて」

 

 慌てて焦って俺にそう問いかける雪ノ下の母親。俺は冷静にそれに返したわけだが、彼女は首を振りつつ言った。

 

「そうではありませんわ! いえ、それもありますが、あ、あなた、まさか雪乃と……その、身体を……!? 雪乃ぉっ!? あ、あなたっ!!」

 

 当然そこに喰いつくわな、母親は絶叫して俺を睨んだ後に高速で雪ノ下を向いて、今度はそっちを睨みつけた。

 雪ノ下はといえば、口を半開きにしてしまって、なにやら慌てた様子で俺を見つめ、そして母親へも視線を送り何かを言おうとしていた。

 おっと、今は何も話すんじゃあねえぞ。

 葉山、お前もだ。正義感ぶってしゃしゃり出ようとかするんじゃあねえよ。大人しくしてやがれよ?

 

「雪ノ下さんとは本当に仲良くさせて頂いていたんです。もう少ししたらご両親にご挨拶に行かせていただこうと思っていたのに、それなのに……こんな形でお母さまとお会いしてしまったことが本当に残念です」

 

 もともと考えていたことではあるとはいえ、よくもまあスラスラ出てきたもんだよ、俺も。

 雪ノ下母はといえば、その俺の言葉をどう受け取ったのか、真っ青になってただ黙ってしまい、葉山母の方は、どうしていいのか分からないといった具合でオタオタしてやはり青くなっていた。

 今のこの状況を俯瞰して見てみると非常に面白い。

 雪ノ下母は俺の言葉に動揺して何がほぼほぼ俺の言を信じてしまっている。そして雪ノ下が何も言えないでいることで、その解答らしきものを得ることも叶わず慌てふためいてしまっている。

 葉山母も同様だが、その内容の真偽はどうでもよいらしく、ただ雪ノ下母が困惑している状況に戸惑ってしまい、本当は自分の息子を問い詰めたいのだろうがそれも出来ないでいる。

 その葉山はといえば、まだ冷静な感じではあるが、やはり驚いた衝撃から立ち直れていないのか、なにも話せないでいた。

 雪ノ下は……俺のことをただジッと俺を見ていた。

 俺はその視線を受け流す。

 この場のホストが雪ノ下母である以上、彼女の動向に場の流れは全て左右されるのは明白だ。

 だからこそ、この場でもっとも先に雪ノ下母に反応させる必要があったのだ。

 そして、それは成功していた。

 雪ノ下母は立ち上がり激昂する。

 

「あ、あなた……急に現れて何を言っているのか、分かっているのかしら? 無礼にも程があるわ! 未成年とはいえ訴えることもできるのですよ。そ、それに、大事な人の娘に、なんてことを……すぐに警察を呼びますよ」

 

 彼女は手元の呼び鈴を持ち上げる。そしてそれを振る素振りを見せた。きっとあれが鳴ればすぐに店員が駆けつけて、俺は御用となるのだろう。

 そう思った俺は、まっすぐに雪ノ下を見た。

 

「……ってなことを言われたら雪ノ下、お前はどうする? 転校を考え直してくれるか?」

 

「え?」

 

 雪ノ下母は一言そう漏らして絶句した。

 そして俺と雪ノ下を交互に見る。

 そしてまだ唖然としたままでいるその合間に、もう一度雪ノ下へと言った。

 

「なあ雪ノ下。転校を考え直してくれよ」

 

 その時だった。

 突然雪ノ下母が怒鳴りつけてきた。

 

「なんですのあなたは! いったい自分が何をしたか分かっていますの? 他人の大事な家族の時間に土足で踏み込んだだけにとどまらず、あまつさえ、人の娘に対していかがわしい与太話で嘲弄までして、これで済むと思っていますの? すぐに警察とあなたのご家族をお呼びします」

 

 そう言って、チリリンと彼女がベルを鳴らすと、すぐに扉が開いてそこから先ほどのタキシード姿の給仕が入ってきた。そして俺を困惑した顔で見つめ、すぐに警察を呼んでというその母親の叫ぶ言葉にくるりと向きを変えようとしたその時だった。

 

「待って……ください」

 

 はっきりと……雪ノ下が立ち上がってそう言った。

 給仕の人はその言葉に立ち止まり、そして恐る恐る振り返ってその場の面々の顔を見ている感じだったのだが……

 

「雪乃! あなたは何も言わないで! ここはお母さんに任せてあなたは座りなさい!」

 

 じろりと雪ノ下を睨んだ母親に俺は言った。

 

「あの、お母さん? 俺は雪ノ下と話したいだけなんだけどな」

 

「お黙りなさい! この不良!」

 

 凄まじい剣幕だ。しかもこのセリフ。確かに俺は『不良品』の『出来損ない』だろうけどな、今だけはその称号を甘んじて受けるよ。

 語気も荒くいい放つその母親に、一瞬たじろいだ雪ノ下だったが、彼女は深く一度深呼吸をしてから俺を見た。

 見てそして言った。

 

「比企谷君……なぜあなたはこんなことをしたの? こんなことをしてもあなたにはなんのメリットもないじゃない。私の進路は私が決める。それでいいじゃない」

 

「そうですよ雪乃。雪乃は雪乃の為に時間を使えば良いのです。こんなどうしようもない野蛮な男子と一緒にいることはありませんよ」

 

 畳みかけるように言ってくるその母親の言葉を俺は全て無視して雪ノ下へと言った。

 

「俺にとっての意味なんてな、もう何もないんだよ。だから何も気にしなくていい。だけどな、お前と由比ヶ浜は違う。お前らがここまで積み重ねてきたことは、他に変えようがないほどに大事なモノのはずなんだ。それなのにお前は人の話も聞かず、何も信じず、何も考えないままに去ろうとした。それが許せないんだ。いいか雪ノ下?」

 

 俺は一拍置いてからまっすぐに雪ノ下を見つめて言った。

 

「俺も由比ヶ浜も、何一つお前を騙してはいない」

 

「!?」

 

 その言葉に、彼女は目を丸くした。

 そして固まってしまった。その表情には困惑の色がありありと浮かんでいた。

 彼女は俺たちに言った。『欺かれたくはなかった』と。

 それは心を開きつつあった彼女にとっては最大の痛手となったのだろう、たとえ思い込からだけであったとしても。

 だが、俺も由比ヶ浜も何一つ嘘はついていないし、彼女をだましてもいない。

 俺という存在が、別の世界の物であるのかどうか、そんなことは分かりはしないしどうでもいい。だが、少なくとも俺は、雪ノ下と由比ヶ浜と時間を共にした『ヒッキー』ではないのだ。

 雪ノ下の心をここまで解きほぐし、由比ヶ浜が密かな想いを寄せたヒッキーはここにはいない。いるのは、そんな全てを知らないこの俺だけ。

 俺がヒッキーのふりをすればよかったのではないか?

 異世界の人間だのなんだの、俺の存在の意味なんて気にせずに、彼女たちと楽しく刹那の享楽を共にすればよかったのではないか? 

 自分を捨てた、こんな犯罪まがいの行動を取る必要はなかったのではないか? 

 もっと楽しく、お気楽に……

 

 そう思っていた時期も確かにあったのだ。ぬるま湯のようなこの日常に癒され流され、俺は確かに安穏とした日々を満喫していたのだから。

 

 だが……

 

 そんなものは全て『欺瞞』だ。

 そこに何一つ『本物』何て存在しない。

 すべて嘘で塗り固められ、自分がただ毎日を楽しむためだけに人を騙し欺き、そして、俺は彼女たちが築き上げたのであろう、優しい関係を踏みにじろうとしていたのだ。それを知って、それが分かって、それで俺は……

 

 それを壊すことなんて出来るわけなかった。

 

 ただ……

 

 それだけのことだったんだ。

 

「ふふふ……」

 

「ん?」

 

 唐突に微かな笑い声が聞こえ、俺は最初、声の主は面白がっている雪ノ下さんなのかと思い、近くの椅子に腰を下ろした彼女に視線を送るも、雪ノ下さんは笑うどころか、真っ青になって俺を見上げてきていた。あれ? この人がこんな顔になるなんて、実は相当に俺の状況ってやばい? まあ、やばいのだろうが、今はそんなことはどうでもいい。

 なら、今笑っているのは誰だ?

 

 俺は少し顔を巡らせてそしてその笑顔と出会って少し驚いた。

 笑っていたのは雪ノ下であったから。

 

 彼女は小さく声を漏らし、でもその表情は穏やかなままで確かに笑っていた。それに気が付いたのであろう雪ノ下の母親が雪ノ下へと何かを言いかけたその時、彼女は俺を見ていったのだ。

 

「たったそれだけのことを言うために、わざわざこんなことをしてしまったの? 引きこもり谷君」

 

「お前、それ完全に俺の悪口になっちゃってるからね? 俺引きこもりじゃないから、出まくってるから、外に」

 

 いつもと同じ調子でそう言われ、俺も思わず同じように対応してしまう。

 この場にいるのがこのメンバーでなければ、いつもと本当に何も変わらない奉仕部の一幕であっただろう。だが、ここはそうではなかった。

 だから俺はこれが最後と、彼女へと言った。

 

「そうだよ。それだけを言いたかった。俺も由比ヶ浜もお前を騙していない。そしてお前の存在が必要なんだ。だから、転校しないでくれ」

 

 もう一度言った。

 なんて自己中心的で、自分本位なお願いだろう。そう思う。

 だが、これだけのことなんだ。

 雪ノ下が何を思おうと、雪ノ下の家族が何を思おうとそんなことは関係ない。

 あの関係を壊したくない、失いたくない……少なくともそれが俺と由比ヶ浜の確かな願いだったのだから。

 

 俺はここで、もうひとつのことを思い出した。

 間もなく俺はここを摘まみ出される。だから、やるならその前にやらねばなるまい。そう思い、俺は静観しているだけのそいつへと視線を向けた。

 

「おい、葉山。お前にも用があるんだよ。お前のために、お前の大事な奴を連れてきてやった。今隣の部屋に由比ヶ浜と二人でいて、丸聞こえのここの話をずっと聞いてくれてるよ」

 

「え? それはどういう……まさか……優美子?」

 

 俺はそれに適当に相槌入れ、黙って表情をこわばらせている葉山を適当にあしらって頭を掻いた。

 葉山は、何やら思い詰めたような表情でグッと拳を握り混んでいた。

 

 さあ、これで俺はもうおしまいだ。

 雪ノ下の家族と、更に葉山の家族までも巻き込んで、さんざん馬鹿にしたというこの状況。

 まさに最悪だ。

 由比ヶ浜に俺がなんとかしてやるとは言ったものの、要は雪ノ下に俺達の潔白を表明することと、その場にいるだろう葉山に三浦のことをぶつけて、場を混乱させるまでのシナリオが俺の全部だった。

 雪ノ下に関しては、ここまでやれば少なくとも由比ヶ浜の思いだけは汲んでくれると信じられた。

 それと同時に葉山だが、どうせ親や家の都合で交遊関係を制限されているだろうことは分かっていたから、なら、葉山が本当にしたかったことをさせてやれば、ひょっとしたら上手く話が逸れるかも? ただそれだけの思い付きだったのだ。

 三浦が葉山を気にしている以上に、葉山が三浦に執着している様は、門外漢の俺にとっては明らかすぎる事実だった。こいつは修学旅行の時だって、他の時だって、だれよりも三浦に気を掛けてたんだよ。

 何が『みんなの葉山』だ。要は三浦を好きだと言わせて貰えなかっただけじゃねえか、家の都合で。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、これで完全に終わりだ。

 やることはやったが、後はもう成り行きにまかせるしかない。

 雪の下母が言うように、俺みたいな不良が、資産家の権力に太刀打ちなどできようはずがないのだから。

 結局は雪ノ下家がどう思うかというだけのこと。雪ノ下を転校させて、不届きを働いた俺には報復措置をしてくるのだろうな、良くて停学とかかな。

 この後一応俺は、入学式の日の交通事故の事を持ち出して、脅迫まがいの申し出をして雪ノ下母から逃れようとか考えてもいたが、それももうどうでもいいやと思っていた。

 やるだけのことはやった。

 そして雪ノ下も話を聞いてくれた。

 もう何も聞こえてはいないが、近くで雪ノ下母ががなり続けているこの状況。これを脅迫までしてなんとかしようとする気力はもうなかった。

 だから俺はただ雪ノ下を見つめた。見つめて、そして不思議とおかしくなって笑えてしまっていたんだ。

 もうどうでも良かった。

 達成感と徒労感の狭間で苦笑したまま、ただ俺はこの後どう転がっても、それを全て受け入れようとだけ決めていた。

 

 その時、やはり俺と同じように微笑んでいた雪ノ下が、囁くように言ったのだ。

 

 唐突に……

 

「私も……『あの日の夜のこと』、一度も忘れたことはないわ……比企谷君」

 

「は?」

 

「雪乃っ!?」

 

 いったい何を言ったのか、俺にはまったく理解できない。だが、確かに雪ノ下は言ったのだ。この場の全員に向かって。滅茶苦茶な『嘘』を。

 

「雪乃っ! あ、あなたいったい何を言っているの!? う、嘘よね!? あなたがそんなこと、するわけないわよね!? あなたはしっかりしているもの! 絶対そんなことないわよね!!」

 

 そう詰め寄る雪ノ下の母親に彼女は薄く微笑んだまま、こう答えたのだ。

 

「やっぱり比企谷君のところにお嫁に行くべきかしら? 『初めて』を『彼に捧げた』のだもの。どう思う? お母さん?」

 

「!!!!〇×△□◇!?!?」

 

 雪ノ下の爆弾発言に、俺もそうだが、もはや雪ノ下母が形容しがたい言語不明の絶叫を上げていた。

 いや、お前はいったいなんてことを言いやがるんだよ! 知らねえよそんなこと! っていうか、どんな状況で何があってお前が俺にどうやって何を捧げたのか、そこんとこ、くわしく! kwsk!!!!

 そして雪ノ下は微笑んでから俺と母親を見て言ったのだ。

 

「ふふふ……冗談よ」

 

 いや、爆弾発言過ぎてもうそれ撤回不能なレベルなんじゃ……

 そう思っていたら、そういや俺がさっき言ったこともこれとほぼ同じレベルで撤回不能なのか? ならおあいこか?

 今更になって、強烈に冷や汗を掻いた俺。

 目の前の雪ノ下母は、蒼白になって、そのまま椅子へとどすんと落ちるように座った。

 その様子に、俺はなにやら本気で罪悪感が芽生え始めていたのだが。

 

 しかも……これで終わりではなかったのだ。

 

「母さん。こんな時にごめん。母さんに紹介したい人がいるんだ……俺、今好きな女の子がいるんだよ。その子は母さんの知らない子なんだ……」

 

 少し離れたところでそう語り始めた葉山の言葉を聞きながら、葉山母も雪ノ下母と同様に真っ青になって撃沈してしまっていた。

 

 その場では……

 

 警察をお呼びした方が宜しいでしょうか? などと俺に声をかけてくる困惑した様子のタキシードのおじさんが右往左往するばかりだった。

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