『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
(1)オレガイル
「こんな風に考えたことはないかしら? 今の自分はただ夢を見ているだけ。目の前に起きている全ての事象は夢の中の出来事で、実際の自分は深く深く……眠っているだけ。本当は誰とも出会っていないし、何も起きていないし、何も得ていない」
「何が言いたい」
「ふふふ……私とあなたとの出会いはただの幻。本当は出会ってもいないし、あなたは実在しない架空の人物」
「いや、これは夢でもなんでもない現実だ。お前と二人で積み上げてきた全ての記憶は正しく、そしてそれによって俺たちは一緒にいる。それの何がおかしい?」
「そうね……その通りよね……でも何か……大事な何かを私はどこかに置き去りにしてしまった……そんな感覚に囚われるの……そう、まるで今の自分が偽りで、本当の姿を忘れてしまってでもいるかのような」
「考えすぎだ。お前はお前。昔から何も変わっていない。強い決意と信念と、そして努力の先に新しい自分を見つけようと必死にもがく存在がお前だ。そうしてお前は今までだって数々の『依頼』をこなしてここまで来たんじゃないか。文化祭だって、クリスマスイベだって、お前の努力があったからこそ成功した。俺はそれを見てきていたし、お前もそれを理解している」
「分かっているわ。でも……何か……大切な何かが欠落してしまったような……そんな気がするの……私は本当に『一人』でそんな色々なことを成し遂げたのかしら? 実際にそんなことが可能なのかしら? 私には……」
「おい、雪ノ下」
「なに? 比企谷君」
やっと『包帯』の取れたその額に手を当てて、彼女……『雪ノ下雪乃』は俺へと困惑の籠ったままの瞳を向けてきた。その怯えた瞳からは一条の涙が流れていた。本人は果たしてそれに気が付いているのだろうか。ただ茫漠としたままの彼女の身体は、記憶からは消えてしまった存在のことをきっと覚えているのだろう、彼女の身体はそれを涙で表現したのだ。
俺はそんな雪ノ下の手を握り、そして言った。
「大丈夫だ、俺が居る」
「…………」
それに彼女は何も答えない。ただ涙を流したままで亡羊とした様で中空を仰ぎ見ていた。
俺は雪ノ下に、具合がまだ良くないのだからもう少し休むようにと促した。彼女はそれに薄く微笑んで頷いて、でも俺の手をぎゅっと強く握って放さなかった。
だから俺は、彼女が完全に眠りにつくまで、その場に留まった。
彼女が入院している病室に……
× × ×
あの日……
あの水族園に訪れたあの日、俺は
あの夜、暫くの間公園で話し込んでしまった後で、一緒に帰ると言った二人とその場で別れ帰途に着いた。
だが、その直後、あの事故が起きたのだ。
並んで歩道を歩いていた二人……その彼女達に向かって大きなタンクローリーが飛び込んできた。
それを目撃した人は多かった。
信号を無視し、彼女達のいる歩道に乗り上げつつ高速で迫るタンクローリー……その衝突の直前頭にお団子を結った少女が、車道側を歩いていた黒い長髪の少女を押し飛ばしたそうだ。
それは一瞬の出来事……
押し飛ばされた少女はそのまま猛スピードのタンクローリーの風圧で押し上げられ宙へと舞い上がりそのまま路上に投げ出され頭を強く打った。
そして押し飛ばしたお団子の少女は……
破壊的な勢いの大型車はそのまま道路わきのビル一階の既に閉店していた宝飾品店に、めり込むように突入し大破……そして、命からがらに運転手が逃げ出した直後に炎上、牽引していたタンクに引火し大爆発、辺りは火の海に包まれた。
事故後、必死の消火活動の後、生存者の捜索が行われたが、結果として誰一人の遺体も見つけることはできなかった。
そして報道された内容……それは……
『軽傷20、死亡0、行方不明1』
……『行方不明1』
「本日午後8時頃、千葉県検見川浜の路上にてガソリン移送中のタンクローリーが歩道に乗り上げ、少なくとも女性一人を巻き込み道路わきのビルのテナントにめり込むように衝突し爆発炎上する事故が発生しました。この事故により多数のけが人と、衝突に巻き込まれたとみられる女性一人の行方が分からなくなっています。行方が分からなくなっているのは千葉県○○市に住む学生、由比ヶ浜結衣さん(17)と見られ、警察と消防は目下全力を上げて行方を捜索しています……』