『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
× × ×
あの日から俺の人生は一変した。
なぜこんなことになってしまったのか……
俺は激しく絶望するとともに、同様に自分を責め立てた。
あの時、俺が二人と一緒に居れば……
あの時、もう少し早く二人を帰していれば……
そう何度も自分を責め、どうしようもないと理解しつつ尚自分を責め続けた。
それは、事故によって記憶の一部を失ってしまった雪ノ下の顔を見て拍車がかかることになる。
あの事故の瞬間、彼女は突き飛ばす由比ヶ浜を最後の一瞬まで見つめ続けていたようだ。
そして弾き飛ばされ落着し、頭部に激しいダメージを負ってしまった。
近くにいた人が慌てて彼女を引きずり、爆発しようとしているタンクローリーから距離を取ろうした最中、彼女は狂ったように由比ヶ浜の名前を叫び続けていたらしい。
そして、ビルの店舗に突っ込んだまま火だるまになる車の全容を見た瞬間、彼女はこの世の物とは思えない悲鳴を上げたのだそうだ。
そして雪ノ下は壊れてしまった。
病院に運ばれ治療を受けるも外傷はそれほどではなかったが、意識は一週間戻らなかった。そして漸く戻ったそこへ会いに行けば、俺のことは分かっても由比ヶ浜のことにはまったく触れることはなかった。
初めは後悔や辛さから話題を避けているのかとも思ったが、警察などの聴取で由比ヶ浜のことを尋ねられても、首をかしげるばかりで全く思い出すことがなかった。
そもそも、忘れているというよりも、知らないとでもいった具合か……
医者曰く、あの事故の瞬間の激しいストレスによって、雪ノ下の深層心理が由比ヶ浜の存在を忘却させたのではないかと。
由比ヶ浜が消えた今、そうなってしまった理由をもし彼女が自分の責任であると思ってしまえば、それだけで雪ノ下は命の危機にさらされてしまう。そう思えたからこそ、俺はああやって雪ノ下に話を合わせ、由比ヶ浜のことに触れないようにしたのだから。
それが俺の心を蝕み続けていた。
どうしてもやるせない、どうしても許せない。
どうしてこんなことが起きてしまったのかと、俺は狂いそうになるのを必死に堪え続けていたのだ。
結果から言えば、由比ヶ浜はついに見つからなかった。
警察や消防の見解では、事故現場捜索の結果、誰の遺体も見つけることは出来なかったとのことだった。
しかし、ガソリンの他に、化学燃料の燃焼も見られたことから、超高温によってすべてが灰になってしまったのではないか……
そんな話もちらほら出てきてしまっていたのだ。
俺は……
もう限界だった。
× × ×
あれから俺は千葉を離れた。
俺は辛かったのだ。
雪ノ下の顔を見れば、必ず笑顔の由比ヶ浜の顔を思い出してしまうし、何をしていても全ては自分の後悔に繋がる。そんな自分を見るのも嫌だった。
そして月日が流れ、34歳になっていた。
俺はあれから必死にもがいた。
どうしたらこの苦しみから逃れることが出来るのかと。どうしたら俺は前を向くことが出来るのかと。
そして俺はついにこのマシンを完成させた。
『DMC-12 デロリアン』
かつて映画で観たあの乗り物だ。俺はそれを完全再現すべく、ありとあらゆる物理学の書物を漁りまくった。そして一つの結論に達した。
『未来・現在・過去』という一連のタイムサーキットは、あくまで不可逆的なものであり、それを飛び越えることは既存の物理学の枠を超えている……と。
で、あるならばその物理学の枠を超えたエネルギーを用いたとしたらどうなるのか……?
映画では、『1.21ジゴワット(ギガワット)』という莫大な電力によってそれを可能としていたわけだが、まさに核分裂による爆発にも匹敵するそのエネルギーを、ごく限定的な空間のみに作用させたとしたら……それが出来るとしたら……
そう、だから俺は作ったのだ。このデロリアンを。
タイムチャンバー内で発生させた核エネルギーをタイムサーキットへ一気に流し、この車体全体で時空を飛び越える。
そして俺はあの事故の前に戻るのだ。
戻り、そして彼女を救えるのならそれでもいい。だが、それが出来なかったとしても、もう一度だけでいい、俺は彼女に……由比ヶ浜に会いたかった。
幻の様に俺の前から消えてしまった彼女……俺は……
彼女との『約束』をまだ果たせていなかったのだから……
「待たせたわね」
「いや……」
ここは九十九里浜のとあるパーキングエリア。
俺は約10年ぶりに故郷である千葉の地を踏んでいた。
そしてそこに現れたのは、黒い髪を潮風になびかせた美人……歳は俺と同じはずなのに、まったく老けた様子の無いその顔に思わず苦笑した。
「元気そうで良かったよ、雪ノ下」
「あなたもね……ついに完成したのね」
「ああ、やっとだ」
雪ノ下と二人で俺の作り上げたデロリアンを見る。外観は正に映画そのものだが、細部が色々と違う。
トランク内に収納したタイムサーキットには超小型の核エンジンを搭載出来たために、当初の2シーターから4シーターへと室内を広く拡張することが出来た。本来はガソリンエンジンのみであったが、各エンジンからも電力を供給させることで、モーターを回転しての走行も可能とした。
つまりこの車は、ガソリンと核のまさに夢のハイブリットカーなのである。
「ではこれを」
そう言って雪ノ下は手にしていたアタッシュケースをボンネットに乗せ、それを開いた。
そこにあるのは当然これ。
『プルトニウム』
「ブラックマーケットから漸く購入することが出来たわ」
「本当に済まない」
「いいのよ……多分、『本当の私』はそうしたかったのだと思うから」
雪ノ下はまだ記憶が戻ってはいない。多分一生戻ることはないだろうとも医者に言われていた。それだけ彼女の傷は深かったのだ。
俺は彼女に感謝を述べると、すぐさま燃料棒を核融合炉へと装填した。
たちまちに過熱を始め、タービンが始動しはじめる。その出力を確認した俺はガルウィングのドアを開きそこに乗り込みつつ彼女へと言った。
「じゃあ、言ってくるよ」
「ええ……彼女に宜しく……」
ふと寂しそうに微笑んだ雪ノ下。俺はそんな彼女に手を上げてから、タイムサーキットの時間座標を指定した。
行くのはあの事故の直前、俺と雪ノ下、由比ヶ浜が別れたあの時間だ。
そして俺はあの事故の前に必ず彼女に会ってみせる。
だが……
もし仮に由比ヶ浜が助かったとしてこの世界の歴史が変わったら……
この今の世界はどうなってしまうのだろうか……
ここにいる雪ノ下は……
それはもう何度も考えたことでもあったのだ。
だから多分、これでお別れなんだ。
俺はそう思いつつドアを閉め、静かにアクセルを踏み込んだ。
凄まじい勢いでモーターが回転しタイムサーキットの磁場が一気に形成されていくのを感じた。
よし、いよいよスタートだ。
このまま波乗り道路に出て、そのまま一気に142km/hに到達すれば俺はついに……
その時だった。
「きゃあっ!!」
「へ?」「え?」
クラッチを繋げないままにもう一度空ぶかしをした瞬間、背後のタイムサーキットが眩しく輝いたかと思うと、なんと目の前の空間に光の『穴』が!!
そして、そこから一人の女の子が飛び出してきた。
「あいた……いてててて……あ、あれ? ここは……?」
そう言いつつ、辺りをきょろきょろと見回す彼女の頭には『お団子』が。
俺は車から思わず降りその場で立ち尽くす。雪ノ下もやはり同様にその場に立ち尽くしていたのだが、そんな俺達を認めたそのお団子の彼女が、ぱあっと明るく微笑みつつ俺達へと近づき、そして……
「ヒッ……キー……? あれ? 老けちゃった?」
と、小首を傾げて呟いた。
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