『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(3)由比ヶ浜結衣は今を聞く

×   ×   ×

 

 

「ゆ、由比ヶ浜……さん……? ゆ……う……うぅ……」

 

「ん? なぁに? ゆきのん? え?」

 

 突然胸に手を当てた雪ノ下が、由比ヶ浜の名前を口にした。そしてツツーっとその頬に涙の筋を走らせた。

 辺りはまだ暗く、そんな雪ノ下の状況を確認できなかったのだろうか、由比ヶ浜は不思議そうに雪ノ下を見つめ疑問の言葉を漏らしていた。

 

「雪ノ下……お前ひょっとして、思い出して……」

 

 思わずそう呟いた俺の脇で、雪ノ下はこくりと頷いた。頷いてそして泣きながら由比ヶ浜へと抱き着いた。

 驚愕する由比ヶ浜だが、雪ノ下はそんなことはおかまいなしにぎゅうぎゅうと抱きしめていた。

 そして泣きながら彼女は言った。繰り返し繰り返し、何度も何度も……

 

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……うう……うあぁん……」

 

「え? え? なんで? ど、どうしてゆきのんが泣いてるの? ホントになんで?」

 

「由比ヶ浜お前……、全然わかってないのかよ……」

 

「へ? だからなにが? どうしたの……え? ええ!? う、海だ! 海!! あれ……? そういえばなんで私、海に?」

 

 薄っすらと白み始めた空のおかげで、足元の砂浜のその黒っぽい地面がはっきりと見えて来ていた。そして穏やかであっても激しい九十九里の波の音が響き続けていた。

 それに視線を向けた由比ヶ浜は、抱き着いている雪ノ下と海とを交互に見て、本当に困惑した顔になった。

 

「由比ヶ浜……此処がどこかは置いておくとして、俺と雪ノ下を見て、何か思うことはないか?」

 

 そう尋ねてみれば、彼女は色々考えを巡らせてでもいるのか、俺達を注視してそして『あー』と大きな声で叫んだ。

 

「ゆ、ゆ、ゆきのんの胸がおっきくなってる!!」

 

「は?」「へ?」

 

 あまりに唐突なそんな返答に雪ノ下も思わず身体を仰け反らせ、俺は俺で予想外の反応に目を見開いてしまった。こいつはいったいなんでいきなりこんなことを……と思っている目の前で、抱きあっている二人の胸の辺りを見て見れば、なんというか柔らかそうな二人のそれがふよふよと押しつぶしあって変形しまくっていた。

 

「ゆきのんまさか整形……」

 

「し、してないわ!! ほ、本当にしてないから!!」

 

 愕然となった由比ヶ浜がそんなことを言っているのだが、言われてみれば確かに雪ノ下の胸はかなり豊かになった様子……こいつ昔は確かに寂しい小丘だった気がする、自他ともに認める。いつの間にあんなに立派に成長したのやら……お父さん本当に嬉しい!! じゃなくて、初めて認識しちゃったじゃねえか、そのこと。まったく今まで気にならなかったのに、これじゃあ意識しちゃうじゃねえかよ、なんてことしてくれたんだ。

 ま、まあ、確かにあの爆乳姉の血をひいているのだから、こんな展開もあるかもとは思っていたけれども……ドキドキ。

 

 コホンと咳払いをしてから、俺は気を取り直して由比ヶ浜へと言った。

 

「あ、あのなぁ、そういう細々したところじゃなくてだな、他に色々思うところはあるだろうが。俺が老けたこととか、なんでこの6月にお前はそんな真冬の最中みたいな厚着でいるのかとか、雪ノ下の雰囲気とかさ。どうだ?」

 

「あ、え? え?」

 

 彼女は改めて思案を巡らせた。そして色々と悩んだ末にポロっとこぼしたそれは。

 

「あ……タンクローリー……、あ、あたし達タンクローリーに撥ねられそうになってそれで……」

 

 目を見開いてそう話し始めた内容を聞いて俺は確信に至る。

 そう、彼女は巻き込まれてしまったのだ。この『超常現象』に。

 

「これで確定したな。この由比ヶ浜は間違いなくあの事故の時の由比ヶ浜だ。何が起きてこうなったのかは予測するしかないことではあるが、事実としてこいつは、『あの事故の瞬間からこの14年後に跳んだ』、所謂、『時空跳躍』を為したってことになるわけだ」

 

「??? ん?」

 

「時空跳躍……って、それはまさに比企谷君が研究していたことじゃない。確か時間と空間の壁を飛び越えるには、そこに連続して存在し続ける質量の壁を突き破ることが必要で、それを行う為に核エネルギークラスの莫大な電力が必要であると……」

 

「んん?」

 

「その通りだ。だから俺はデロリアンを作った。こいつの本当の存在意味は内部の人間をその『時間の質量』から守るための言わば鎧としての機能なんだよ。もしその鎧なしに時空の壁に突入すれば、人間なんて一瞬でぺっちゃんこだ」

 

「んんんんんんん??????」

 

「そうよね……ではなぜ由比ヶ浜さんはここに存在しているのかしら? あの時少なくともあそこに時間移動機は存在していなかった。であれば生身で突入したことになるわけで……いえ、そもそも、時間の壁を破るような力も作用していたようなことはなかったはずだわ」

 

「お前、そんな具体的なところまで思い出せたのか……まあ、それに関しては確かに俺も少し思うところはあるんだが、由比ヶ浜は時空跳躍ではなく、『時間の狭間』に落ちてしまっていたのではなかろうか? あの時のタンク内のガソリンと液化燃料の合計が〇〇〇〇㍑で、予想される火力は○○○○㌍、エネルギー総量で言えば○○○○ジュールしかなくて、たったそれだけのエネルギーで時空跳躍は不可能だ。で、あれば、もう一つの可能性。特殊相対性理論によって導き出された『空間と時間の長さ』の概念にあって、その時間の部分において別次元にはじかれた可能性が……」

 

「……あなたの推論はもっともね。確かにそれならばあの時罹災したはずの由比ヶ浜さんがほぼ無傷でここに存在している理由も納得できるわ。ということは、彼女が時間ではなく次元の壁を超えたエネルギーは、あの燃焼エネルギーにはなくて、なんらかの超常的な力が作用したと見る方がむしろ合理的であるともいえるのかしらね」

 

「その通りだろう。あの日は雪が降っていたし、関東上空の大気は不安定だった。仮にあの時、上空の寒気の中でイオン摩擦などが発生し、局所的に、それこそ由比ヶ浜に対して直接的にそのエネルギーが放たれたと考えれば、それこそそこにあった空間を破壊しうるだけの――――――」

 

「ちょ、ちょーーーーーーーーと、待って! 二人ともねえ待ってよ!? ね、ねえ? さっきからいったい何を話してるの? あたし本当に全然わかんないだけど、それ全部あたしのこと話してるよね? ねえ?」

 

「そうだが?」「そうよ」

 

 焦った様子で俺たちの間に割って入った由比ヶ浜だが、冷や汗を垂らして当たり前のことを聞いてきた。そもそもぜんぜん分からないって、俺たちだって全然分からないから話合ってるわけなんだけどな。

 なんていえばいいか分からないでいた俺たちに由比ヶ浜は困惑顔で聞いてきた。

 

「あ、あの……あのね? あ、あたしにもわかる様に話して欲しいかな……って」

 

 そうもじもじしながら言った彼女を前にして、俺と雪ノ下は一度顔を見合わせた。

 

「つまりはこの現状の説明からということ……か?」

 

「そう! それそれ!!」

 

 うんうんと頷く由比ヶ浜に、そういえばまったく何も説明していなかったなと思い至り、俺は頭を掻きつつ言った。

 

「まあ、分からなくて当たり前だよな。じゃあ分かってることから教えてやる。今日は西暦20○○年6月18日、ここは九十九里浜沿いの○○市の駐車場で、今午前4時ってとこだな。で、お前のことだが、あの日トラック事故に巻き込まれてから17年の間、行方不明になっていたってわけだ。俺はまあ……その、お前に会おうと思ってこのタイムマシン、デロリアンを作ったわけでだな……でも、時空跳躍(タイムワープ)する前にお前の方から現れたってことだ。了解したか?」

 

 そう一気に言って顔を見てみれば、由比ヶ浜は真剣な顔でうんうん頷きながら言った。

 

「えと……頑張って聞くからもう一回!!」

 

 

   ×   ×   ×

 

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