『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(6)跳躍

   ×   ×   ×

 

 

 五階建ての駐車場のその二階の隅に、俺のデロリアンは鎮座したままだった。

 丁度パレード前ということもあって、今、帰り客は少ないようではあるけど、人はそこそこ歩いているし、随時車が発進して出口へと向かっていた。

 俺は辺りを観察しながらデロリアンへと近づく。するとそこでは一人の男性がスマホのカメラでデロリアンを撮影していた。

 俺はいそぎ彼へと近づき、声を掛けた。

 

「あの……車を出したいので退いていただけますか?」

 

 その言に彼はにこりと微笑みながら振り向いた。

 

「あ、失礼。あまりに再現度の高いデロリアンだったのでつい写真を撮ってしまいました。あ、他の方も撮られていましたし、問題はありませんよね?」

 

「ええ……別に写真を撮るくらい構いませんよ」

 

 そう言いつつ車のドアを開いて後部座席に二人をすぐに乗せた。そして俺も乗り込もうとしたその時、その男性が言った。

 

「本当に……『核燃料』も搭載していそうですものね……」

 

「!?」

 

 にやりと微笑んだ彼がそう言いつつ懐に手を差しれたのを見て、俺は驚愕。

 慌てて車に飛び乗るとそのまま一気にエンジンをふかしてそのまま発進した。

 男性はまだ懐に手を差し込んだまま……急に走り始めたことで態勢をくずし、よろめきつつ後方へと退く。

 俺はサイドミラーでそれを見止めつつ、すぐに駐車場を出た。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「あいたたたた……何も急に走り出すことないのに……。あんなに見事なデロリアンだもの。これは記事にしない手はないと思ったのになぁ、名刺交換もできなかった」

 

『月刊カーオ〇ト 記者 山〇一〇』

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「くそっ! もうエージェントに嗅ぎつかれちまってるのかよ」

 

俺はすぐに高速に乗り、そのまま東関道を東京方面に走った。夕時は交通量がやはり多く、道は混んではいる。だが、こんな状況で襲撃してくればそれこそ大規模テロ事件にも成りえるだろう。そんなことは流石にしないとは思うのだが、ことがことだけに実際どうなるのかは分からないのが現状だ。

 

「どうするの? 比企谷君」

 

「…………」

 

 雪ノ下にそう問われるも俺もなんと言っていいのか分からなかった。

 本来であれば昨日の深夜に人気のない九十九里の沿岸道路でタイムワープして、17年前に戻って由比ヶ浜に逢って全てが『終わるはず』だった。

 でも、今はその時と状況は全く違う。

 由比ヶ浜はあの若い時のままの姿でここにいて、俺は再会を果たしてしまっている。

 そしてなにより違うのは、この追われている現状だ。

 プルトニウムの所持が判明し、しかもそれを購入したのが雪ノ下ということが知れてしまっている以上、このままにしておけば雪ノ下の身にどんな不幸が降り注ぐかわかったものではない。

 それに由比ヶ浜だ。

 17年間も行方不明だった彼女が、このまま家に帰り普通に生活することが果たしてできるのかどうか……

 戸籍上彼女は17年の空白を持ったまま34歳として生活することは出来るかもしれないが、少なくともそれは自然な状況とはいえない。

 なにより、俺や雪ノ下と同様に、北○○に狙われる可能性も大だ。

 くそっ!!

 くそくそくそっ!!

 

 いったいどうしたらいいんだ!!

 

 渋滞にはまりつつ、周囲の車に乗っている連中から奇異な目で見られつつ、俺はいったいどうしたら良いか悩み続けていた。

 すると……

 

「比企谷君……このまま17年前に行きましょう」

 

「ゆ、雪ノ下……?」

 

 唐突に雪ノ下にそう言われ、俺は驚愕した。そして同時にすぐに言った。

 

「だ、ダメだ!! ダメに決まってるだろうが!! お前このまま過去に行ったらどうなるのか分かっていないのか!?」

 

「???」

 

 怒鳴った俺の声に由比ヶ浜が不安そうな顔になったことが分かったが、雪ノ下の方が冷静に答えた。

 

「ええ、承知しているわ、比企谷君。このまま過去に行き、そこで由比ヶ浜さんを救えば、この今いる私たちの未来線とは別の未来線に私たちは移動することになる。そうね……最悪私とあなたは消えてしまうということでしょうね。だからあなたは一人で過去に行こうとした。自分の『存在の消失』を代償に、私達のいるこの未来線と、修正後の未来線と、その両方を残そうとした。違うかしら?」

 

「き、消える!? ゆきのんとヒッキーが?」

 

 二人の言葉に俺は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受ける。

 そのことを理解したままで、雪ノ下は言い切ったのだ。それが俺には信じられなかった。

 

「お前……消える覚悟が出来てるってことなのかよ……」

 

「そうね……でも、消えるのは私ひとりじゃない。あなたも一緒なのでしょう? ふふ……本当は最初からこうしたかったの。私一人だけになんかなりたくなかったもの……もう私は記憶のない私ではない。今は貴方たちのことを何よりも大切だと思っているのだもの……」

 

 そう微笑む彼女に俺の心は締め付けられた。

 実際のところはどうなるかなんて俺にだってわかりはしない。

 でも、世界は矛盾の解消に必ず動くはずなんだ。

 時空を超えることで存在してしまった同一の存在を、世界は決してそのままにはしておかないだろう。そもそも、俺達の存在は要らないものになる。

 由比ヶ浜を求めてデロリアンを俺は作ることはないのだろうし、プルトニウムだって入手することはないだろう。

 でもそんなことは覚悟の上だった。俺一人だったならば……

 

「もう後戻りはできないぞ」

 

「ふふ……『未来戻り』でしょう?」

 

「そうだな」

 

 まさに映画のタイトルそのものの雪ノ下の返答に思わず俺は苦笑した。そして今思いつたもう一つの可能性を口にした。

 

「由比ヶ浜は助けられるかもしれないしな」

 

「「え?」」

 

 驚いた声を上げる二人に俺は言った。

 

「あの事故の時、由比ヶ浜はあの世界から消えた。だからあの後由比ヶ浜は存在していないんだ。だから、事故が起きた後に、ひょっこり今のお前があの世界に現れれば……」

 

「そ、そういうことね!? つまりあの事故の前に戻って由比ヶ浜さんを助けるのではなく、事故後に連れて行くだけでいいと……」

 

「そういうことだ」

 

「え? え? なんのこと? 二人は何を話しているの?」

 

 問いかけてくる由比ヶ浜を俺はルームミラー越しで見た。

 

「由比ヶ浜……お前を17年前のあの事故の直後に連れて行ってやる。そうすれば、お前は事故に遭わなかったことになるだろうし、お前を死んだと思って記憶を消失した雪ノ下もたぶん軽症で済むはずだ。そうすればお前は俺達と残りの高校生活も送れるし、一緒に成人することだってなんだって出来る」

 

「そ、そうなの? でも……」

 

 由比ヶ浜は不安そうに言った。

 

「ヒッキーとゆきのんはどうなるの? 高校生の二人じゃなくて、今の大人の二人は……」

 

 悲しそうに見つめてくる由比ヶ浜にもう苦笑しかない。

 こんなところばっかり、なんで察しがいいんだよ。もう気が付かないままにいてくれればよかったのに。

 

「嫌だよ……ふたりが消えちゃうなんて本当に嫌だよ!!」

 

「由比ヶ浜……」

 

 その叫びが本当に痛かった。

 そして俺は思い出したのだ。

 由比ヶ浜は誰よりもずっと優しいのだと。

 彼女は強いわけでも、器用なわけでもない。ただ、ひたすらに傲慢とも思えるほどに自分に近しい存在を欲し続けるのだ。そしてその強い執着に自分自身苦しみながら、そして優しくありたいと願う存在、それが彼女だった。

 

「由比ヶ浜……だいじょうぶだ。俺達は消えない。そしてきっとまた会える」

 

「!?」

 

 俺の言葉に驚いた彼女は顔を上げた。

 

「で、でもさっきは二人が消えちゃうって……」

 

「確かにそう言ったけど、あれとは少し状況が違うんだ。あの世界にお前が戻っても結局事故は起きる。つまり、この未来を知っているお前が戻ることでその後にどんな未来も作ることができるんだ。そう、こうやってタイムマシンを作る未来だって」

 

「そ、そうなの? そ、そうなんだ……?」

 

 由比ヶ浜はそうぶつぶつと繰り返しながら俺と雪ノ下を交互に見た。

 

「ああ、だから大丈夫だ。きっと俺達はまた会えるから」

 

 その言葉に彼女は何も言わなかった。

 ただ、しばらくじっとルームミラー越しに俺の目を覗き込んでそしてただ頷いたのだ。

 

「さてと……話はまとまった。雪ノ下も覚悟はいいか?」

 

「ええ……もうとっくに出来ているわ」

 

 俺は周囲を確認する。

 渋滞はすでに解消され、結構なスピードで走れるようになった。

 看板を確認すれば、今はお台場で、このまま左の側道に入ればレインボーブリッジ。俺は左にウインカーを出しつつ、タイムサーキットの時間座標を変更した。

 

「跳ぶのはあの事故の日の深夜2時にする。レインボーブリッジも深夜なら交通量は少なかったはずだからな」

 

 そうは言っても車は走っている可能性が高い。もしもその場所に車がいたら……

 いや、今はそのことは考えまい、その時はその時だ。

 俺は二人に目配せして、運転に集中する。

 緩い上りのコーナーの先にはライトアップされた海に架かる橋、レインボーブリッジの全容が。

 俺は交通量の少ないその橋の頂にむけて、一気に車を加速させた。

 アクセルを踏み込んだことで、タイムサーキットに流れる電流も増大する。後部のサーキットが仄かに白く輝きだした直後、車体全体も白い光に包まれ始めた。

 速度はまもなく130キロ。法定速度は軽く超えているが、尚も加速はつづけた。

 俺はデロリアンを二車線道路の丁度中央、センターラインに中心軸を合わせて加速を続けた。こうすれば万が一にも出た直後に車が居たとしてもぶつかる可能性は低くなると思えたから。

 だが、其の前に問題が発生してしまった。

 

「比企谷君! 渋滞しているわ!!」

 

「!?」

 

 見れば丁度レインボーブリッジの向こう側、下り始めているその坂に赤いテールランプの輝きが増し始めていた。これは事故か!? くそっ! ツイてない。

 速度は現在137キロ。 もう少しで142キロだが、ここは橋の上り坂、思ったよりも加速が遅い。

 車体全体は真っ白な光に包まれ始めていて、タイムサーキットは完全に作動してしまっていた。

 すでに核エンジンに灯が入ってしまっている。つまり燃料はすでに消費状態に入っているのだ。ここで止めれば時空跳躍はもう不可能に! だが、迫る渋滞を回避するにはすぐにブレーキを踏まなくては!! くそっ!!

 その時だった。

 

「行こう! ヒッキー! 過去に行けばきっとこの渋滞はなくなってるよ!!」

 

 その由比ヶ浜の声に俺は一気にアクセルを踏み込んだ!!

 覚悟なんてとっくに出来ていると思っていた。だが、躊躇してしまうのはやっぱり俺の弱さなんだ。

 そんな俺をいつでも信じてくれる存在……それが彼女。俺は由比ヶ浜を求めていたんだと、この時改めて理解した。

 バチバチと放電が始まり、真っ白い光に包まれたままで……

 俺達はその渋滞の車の中に突入した。

 

 

   ×   ×   ×

 

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