『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
突然背後からそんな大声が!!
慌てて雪ノ下と二人で首を捻れば、そこには茶髪お団子ヘアーの由比ヶ浜……? ん? あれこいつ髪の毛こんなに長かったっけ?
彼女は真っ赤になってふうふうと荒い息遣いのままに俺が手にした手紙をがっしと掴んでいた。そしてそれを涙目のままぎゅうぎゅうと引っ張っている。
「お、お前!? 今降りたんじゃなかったか? なんでまた後部座席にいるんだよ!!」
そう言った瞬間にひょいっと俺の手から手紙を奪った彼女はそれを自分の胸に押抱いた。そして真っ赤なままで言った。
「やっぱりヒッキーが言った通りになったね。『この後記憶の混濁が起きて話が通じなくなると思うけどきにするな』って。まあ、いいけどね。でも、ヒッキーとゆきのんの二人だけでなんかラブラブな雰囲気になるの禁止!! せめてあたしがいないときだけにしてよ!!」
そんな訳の分からないことを宣う長髪由比ヶ浜。
「はあ? だからお前はいったい何を言ってるんだよ!! 俺と雪ノ下はもうじき消えて……」
「消えないよ!! だって歴史は書き替えられたんだから!! はいこれ!!」
「へ?」
自信満々にそう宣言する由比ヶ浜に呆気にとられるも、俺は彼女が手にしたそれを見てさらに驚愕した。
「お、お前、それまさか……『プルトニウム』か? ……いったいどうしてそれを」
由比ヶ浜が手にしていたアタッシュケースの中には、つい昨日見たのと同じ円筒形の冷たく冷却された容器。つまりあれにはプルトニウムが……!?
「これ用意したのはヒッキーなんだけどね。あのね? もう少ししたらいろいろ思い出すと思うけどさ、ヒッキー達があたしをこうやって送ってくれた後ね、みんなに無事を報告した後でヒッキーとゆきのんと3人で『タイムマシン開発部』を作ったの! それでいっぱいいーっぱい勉強して、このデロリアンを作ったんだよ。3人で、ほら、これが証拠」
そう言って彼女が指さしたダッシュボードには一枚の写真が……そこにはデロリアンを取り囲む俺と由比ヶ浜と雪ノ下の三人の姿が!!
これはいったい……デロリアンは俺が一人で作り上げたはずだ。それこそ人生のすべてを掛けて!!
でも、これは、まさか……
「でさ、あの夜の九十九里浜に17歳の私を迎えに行って、で、ついさっきこのデロリアンに『
さも当然とそう話す由比ヶ浜だが、俺も雪ノ下もまったくついていけてないのが現状だ。
「あ、プルトニウムはヒッキーが防衛省の協力で時空転移実験に使うからって特別に二つ貰ったんでしょ? でさ言ってたじゃん!! これで元の時間に戻ったらデロリアンも研究資料も全部破棄するって。実験は失敗だったってことにするって‼ で、もう誰も過去に干渉できないようにするって!! ね、言ったよね? 言ったんだよ!!」
全然何も反応出来ない俺達に、なにやらだんだん泣きそうになってきた由比ヶ浜が何度も念を押すように詰め寄ってくるわけだが、なんとなく現状は理解した。
「オーケー分かった。つまりこういうことだな? お前も含めた俺達でデロリアンを作って、今回のルート……つまり俺がひとりでデロリアンを作って、雪ノ下が北○○から極秘に核燃料を買ってタイムワープした今回の事象を、お前たちのルートで完全再現することで、過去で消えるはずだった俺達の存在を上書きしようとしたと、つまりそういうことか?」
「??? えと……あはは、その辺考えたのヒッキーとゆきのんだから、あたしいまいちなんだけど、つまりそういうこと。これでうまくいけば前のルートも今回のルートも記憶を持ったままでいられるかも? ってそんなことをヒッキーが言ってたよ」
「そ、そうか……」
まだ理解は追いついていないが、なんとなく察することは出来た。
つまりこの由比ヶ浜は新しいルートの俺達と一緒に居た存在、で、今のおれと雪ノ下は前回のルートの記憶のままでいるだけ……いずれ、新しい記憶が上書される……と。
そんなことを思っていた俺に、隣の雪ノ下が言った。
「比企谷君……これはあなたのした適当な『約束』が現実のものになった……そういうことじゃないかしら?」
「約束……」
そうだな……
確かに俺はあの時適当に言ったのだ。あのタイムワープ前に。またきっと会えると。なんの根拠もなく、ただ由比ヶ浜をもとの世界に送り戻す為だけに言ったあの言葉。
あれを由比ヶ浜は……
『本当のこと』にしてくれたんだな。
そう思い当たり俺は胸がくるしいほどに熱くなった。
そして由比ヶ浜。
「さ!! そろそろ帰ろうよ! あんまりもたもたしているとまた何か起きて過去が変わっちゃうかもだよ?」
「そ、そうだな。それもそうだ」
俺は慌てて車を降りて、そして核燃料を核融合炉へと装填した。見れば見るほど俺が作ったままのデロリアンなのだが、細部にハートやらクローバーやらのシールが貼ってあったりとか、なんとなく由比ヶ浜の趣味が垣間見えることから、やはりこれを作ったのは次のルートの俺達ということらしい。
それを見てから車へ乗り込み、そして俺はエンジンを掛けた。
「よーし! じゃあ帰ろう!!
「は!? こ、子供!?」
「ゆ、由比ヶ浜さん、あ、あなた比企谷君とけっこん……」
そう口をあわあわさせて言った雪ノ下に、由比ヶ浜はぽかんと口を開けて、少し怒ったように言った。
「もう、そろそろ思い出してくれないと本気で怒るよ!! ゆきのんにもいるでしょ? 子供たち!! あたし達の子供が!!」
言って自分の左手を立ててその薬指に光る銀の指輪を見せる由比ヶ浜。
それを見てハッと気が付いた俺と雪ノ下も同じように左手を持ち上げてみれば、そこには由比ヶ浜とまったく同じ形の年季の入った銀の指輪が……
その指輪の形状に合わせて指が変形しているまであった。
「こ、これは……!?」「ま、まさか……」
二人で驚いて顔を見合わせたそこへ由比ヶ浜が言った。
「さあ、帰ろう? あたしたちの未来へ!!」
× × ×
「これは本当に夢なのかもしれないな……自分が自分でないような、今目の前にあるものすべてが実は夢の世界の出来事で、本当の俺はただ眠っているだけ……でも……」
「でも……?」
俺のすぐそばにはお腹が大きくなった二人の女性の姿。
もうずいぶんといい歳だし、子供をつくるのは控えようと二人とは語り合いはしたが、まさかここに来てほぼ同時に二人が妊娠するとは思いもしなかった。
大学の教授陣にはかなりからかわれたしな。まあ、いくら少子化対策で法律が改正されたからといって、二人の奥さんをもらってサッカーチーム分の子供を作ってしまうことになるとは、それこそ夢にも思わなかったが……
まあ、それもこれもこの二人との関係があったればこそなんだが……
「八幡、私幸せよ?」
「あたしもだよ、八幡」
そう語る二人の手を握り、俺は言った。
「ああ、俺も幸せだ。これが夢でないことを本当に祈るよ」
ふふふと二人は微笑んでいた。
これから先、どうなるのかなんて本当に分からない。でも俺はこの幸せだけは守りたかった。
未来の可能性は無限にある。
でも、その無限の全てを手に入れることなんてできはしない。
だから俺はこの目の前のたった一つだけの幸せを守り抜こうと心に誓った。
穏やかな昼下がり、遊びに行ったこどもたちのいなくなったリビングのソファーに三人並んで座り、微睡の中で確かな幸せを俺達は感じていた。
コテンと俺に頭を預けてきた結衣の髪をそっとなでてやりながら、ふと気になったことを俺は聞いてみた。
「そういえば結衣? あのときのあの手紙にはなんて書いてあったんだ?」
彼女は上目づかいで俺を見上げたあとに、いたずらっぽい笑みを浮かべて返した。
「それはね……」
こしょこしょと耳打ちしてきたその言葉に、ほんのり俺の顔も熱くなった気がした。
了