『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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何年も前に書いて一度完結させた作品のリメイクです。
リメイクと言ってももはや完全に別物ですけどね。
一部二部は八結が中心で、三部はなんと材木座さんの恋愛物になっていますw



【北の国の由比ヶ浜結衣】※ストーリー追加中
(1)北の国の由比ヶ浜結衣


「ヒッキー……大好きだったよ」

 

 いつまでも一緒に居れると思ってた。この不自然な安心がいつもまでも続いてくれると信じていた。そうじゃない、そんなわけないことを頭では理解していても、あの時のあたし達にとっては、かけがえのない時間を無くしたくなかった。

でも、それは突然崩れ去ってしまった。理由は簡単……わたしが両親の都合で引っ越すことになったから。

 最後に、静かに、こっそりと、あの人にだけ聞こえるように、私は告げた。

 わたしの想いを…

 

 返事は……

 

 いらなかった。

 

 だって、分かっていたから……

 

 あの人は優しい。きっとあたしの望む答えをしてくれただろう。そして、そうすることで、あたしのとても大事な親友を傷つけてしまうことになってしまうことも。

 

 いなくなる人間は、未練ばかり残しちゃだめだ……それがあたしに出来る唯一の恩返し。

 

 でもなぜだろう……

 

 あの人の顔が忘れられない。いつも嫌そうにして、不貞腐れた顔ばかりしていたのに、あの別れの日……

 

 あの人は泣いていた。

 

 あたしの泣き顔を見たからなのかな。私は泣き虫だもの。きっとそうだ……

 ああ、また泣いてるのか……

 嫌だなこんなの……

 恥ずかしい……

 

 ストーブの上に置いたやかんがシュルシュルと音を立てる。露のついた二重ガラスの窓の外はもう薄暗く、そこには悲しそうな顔で涙ぐんでいる、少し幼い教師の顔があった。

 

「やあぁ、由比ヶ浜先生、今日はようけ雪が降っておりますよ。ここは温くてあずましいですな」

 

 そう言ってこの宿直室に入ってきたのは古参の守衛さん。去年からこの小学校に赴任した私に、色々と親切に接してくれる。右も左も分からず、知り合いもいない私にとって、まるで孫の様に面倒を見てくれるこの守衛さんのおかげでなんとかできているようなものだ。

 

「そういや、明日からでしたっけね。先生旅行にいかれるのは。誰ぞ、良い人でも見つかったんでないかい?」

 

「え? ち、違います……両親に一緒に行こうって誘われただけです」

 

「先生はなまらめんこいから、男も放っておかねぇでしょ。選び放題でないかい。早う相手見つけなさい」

 

「へへ……が、がんばります」

 

 守衛さんは悪い人じゃないんだけど、ちょっとばかりしつこい。会うたびに、彼氏はどうとか、結婚はどうとかって話を振られる。

 

「後は私が代わります。戸締りも済みましたんで、どうぞお帰りください」

 

 その言葉を受けて、あたしは帰ることにした。

 

 

「ふぁー、寒いし」

 

 厚手の手袋と、長靴を履いて、ファーの付いた大きなコートを纏って雪の中を一人で歩く。すでに、氷点下まで気温が下がっているから、呼吸をするだけでも、胸が苦しくなる。

 まさか私が北海道で生活するようになるなんて……

 

 父の仕事先は、北海道の道東の会社の支社だった。そこではかなり重要な立場の仕事だったらしく、1年や2年で終わる仕事ではないとのことだった。だから、母とあたしも一緒に来たわけだけど、もともと大学志望していたあたしは、なんとかここの地元の高校に編入して、そのまま道内の大学に進学、そして教員として就職することになった。両親は喜んでくれたけど、実際の所あたしは、自分でつかみ取って、ここまで来たという自覚はない。

 仕方なく、出来ることをやって、流されて、ここに着いてしまった……そんな思いに苛まれることがある。

 友達が出来なかったわけでもないし、苛められていたわけでもない。

 

 ただ……

 あの時の……

 あの高校生だった時の自分と比べると、今のあたしはなんと寂しい存在なのか。

 あの時、毎日ときめいていた想いは、全て過去に置き去りにして、あの時大事にしていたあの場所も、思い出の彼方に追いやって、残ったのはがらんどうの自分。

 

 『彼女』とはメールのやりとりをしていた。

 地元の国立大学に入り、今は大学院へ通っているらしい。でも将来は、ある男性との結婚がもう決められているのだそうだ。

 それを聞いて、あたしにも思うところはある。酷く切なくて、悔しい気持ち。これが、あたしの気持ちなのか、彼女の気持ちなのか、それとも……二人の揃った気持ちなのか……

 正直、分からない。でも、寂しい。あの大事な思い出が切り刻まれていくようで、辛くてたまらない。

 

 『彼』にはメールはしていない。でも、手紙を偶に送っている。内容は簡単。こんなことがあった。あんなことがあった。近況報告ばかり。でも、彼の返信を読むのが嬉しい。嬉しくていつも泣いてしまう。わたしの想いはまだあの時のままなのかもしれない。

 

 プップー

 

 車のクラクションが近くで軽く鳴った。

 

「結衣さん。一人でこんな時間に歩くのは危ないですよ。私がお送りします」

 

 そう呼びかけたのは、パパの会社の江ノ島さんだった。

 

「支社長から、結衣さんをホテルまで送るように言付かっていますから、遠慮なさらないでください」

 

「えっと……あ、ありがとうございます。でも、家はすぐそこですので、今日は大丈夫です。明日の朝、よろしくお願いします」

 

「わかりました。明日8時にお迎えに上がります。今日はゆっくりお休みください」

 

 江ノ島さんは軽く手を上げると、車を進めて帰って行った。

 ふう……

 彼のことは苦手だ。いつも色々と気を回して、あたしに接してくれるのだけど、少し積極的過ぎて気持ちが引いてしまう。

 パパはすごく信頼しているみたいで、何かあれば江ノ島君に相談しろ……って言うんだけど、正直あまり話したくはない。

 こんな時『彼』なら、どうなんだろう……

 きっと迎えには来るけど、面倒くさがって、話しかけても来ないかな。

 

 あたしは雪を落として家に入ると、すぐにお風呂に入って、その日はすぐに眠った。もう、旅行の準備は出来ていたから。

 

 

 

 

「おはようございます。では参りましょう」

 

「おはようございます。よろしくお願いいたします」

 

 江ノ島さんが、青色の四駆のハイブリッドカーで私を迎えに来た。彼は背が高くて、黒髪をきっちりとワックスで撫で固めていて、如何にも仕事が出来そうな営業マンって雰囲気だ。今日はスーツではなく、シャツにスラックスのカジュアル。まあ、雪靴なのが残念な感じだけど、今日行く先が行く先だけに仕方がない。長靴じゃないだけ、おしゃれってことかな。

 

 今日泊まるホテルは、パパの会社も取引をしているスキーリゾート。今回、大型の改装工事を入れて、リニューアルオープンする運びとなった。

 あたしの住んでいるところからは車で3時間くらいかかる。電車は走っていないところなので、車で行かざるを得ないのだけど、車中で彼の話を聞くのは正直辛かった。色々と仕事の難しい話をしてくれるけど、相槌を打つのがやっと……

 やっぱりあたしは難しい話しは苦手。

 

 山間に、突然30階立ての高層ホテルが現れた。

 バブルの頃に建てられたのだそうだけど、はっきり言って異様。何もこんな大自然の中に、こんな物を建てなくてもいいじゃない……というのが率直な感想。

 でも、周囲の庭や、施設や、建物そのものは、大分手を加えられていて、古いというイメージはなかった。

 

「結衣さん、今日は支社長と奥様はお見えになりません。お一人になりますが、お部屋でおくつろぎください。もしお寂しければ、電話を頂ければすぐに参りますので、遠慮なくお呼びください」

 

 ホテルにチェックインしたわたしに、江ノ島さんがそう言って声をかけてくれた。江ノ島さんはかなり気を使ってくれているな……

 あたしが心配なのか、それとも、そうするように言われているのかな。

 

 あたしは一人で広い部屋に入ると、窓のカーテンを全部開け、目の前の山の全容を眺めた。

 そしてそのまま、ベッドに横になって、一人ボッチの時間を過ごした。

 

 

 

 

PI・PI・PI・PI・PI…

 

 

 スマホが鳴っている……いつの間にか寝入ってしまっていたようだ。

 

「はい……結衣です」

 

『江ノ島です。そろそろパーティーの時間です。もしよろしければご一緒しませんか』

 

「はい、わかりました。暫くしたら行きます」

 

 私は、軽くシャワーを浴びて、ドレスに着替えた。別に、このホテルにドレスコードがあるわけではないけど、取引先の家族として来ている以上、適当にという訳にはいかない。

 

「これでよしっと」

 

 手にお守り代わりの青いシュシュを付ける。これがあるといつも頑張れる気がする。

 

 2階の大ホールで、今日は関係者向けの立食パーティーが催されることになっている。入り口で江ノ島さんが待っていた。

 

「おお……結衣さん。とてもお綺麗ですよ」

 

 歯の浮くようなセリフを言われたけど正直あまり嬉しくない。人にジロジロ見られているというのが堪らなく嫌だった。

 中に入ると、もうたくさんの人が集まっていた。壇上では、司会の方が、準備を進めている。

 周りを見ると、料理がたくさん運び込まれてきているところだった。

 

「結衣さん、あまりきょろきょろしないで。ほら、もうはじまりますよ」

 

 江ノ島さんがわたしの腕に、自分の腕を絡めてきた。

 あたしは思わずそれを解いて、少し離れて立つ。

 

”もう……嫌だな”

 

 正直、この場から逃げ出したかった。

 

 ふと、あたしの左手の壁際を見た。紺のドレスを着た女性とタキシードを着た猫背の男性が目に入った。女性が男性に腕を絡めようとして、男性が思いっきりのけ反って逃げている。

 

”あのひとも同じだな……ふふ…”

 

 そう思った瞬間、その彼と目が合った。

 

 それは長い時間という鎖で縛られた分厚い壁が、音を立てて崩れ去る瞬間だった……

 

「ゆ、由比ヶ浜……」

 

「ヒッキー…………」

 

 突然の再会は、あたしをひどく震えさせた。

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