『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(2)北の国の由比ヶ浜結衣

 タキシードに身を包んだその男性は、間違いなく『彼』だった。

 背は少し伸びている。肩幅も、あたしの知っている彼よりもがっしりしていて、逞しく見える。

 でも、彼だ。見間違えるはずがない。

 

「あ……」

「ゆ、由比ヶ浜……なんでお前がここに」

 

 あたしが話しかけるより先に、ヒッキーが声をかけてきた。彼の視線はまっすぐあたしの瞳に向かっている。

 

「ひ、ヒッキーこそ……なんで……」

 

 久々に口にする彼の呼び名に、口の中が一気に乾いていくように感じながら、どうしてなんでが頭の中でリフレインし続けた。

 ヒッキーは腰に手を当てると、ふぅとため息をついた。

 

「お前な……こういう雰囲気の中で『ヒッキー』はないだろう」

 

「あ、ごめん。じゃあ、八幡君?」

 

「うッ……ま、まあ、いい。俺は今『雪ノ下建設』で働いてるんだよ。今日は雪ノ下姉の代理みたいなもんだ。で、お前は?」

 

「パパが招待してくれたんだよ。うちのパパ、ここの取引先なんだって」

 

「そうなのか」

 

 ヒッキーと少し立ち話をしていたら、ヒッキーの後ろから髪を結い上げて、肩の大きく開いた紺のドレスの女性が声をかけてきた。

 

「あら、お知り合い?」

 

「ええ、はい。高校の同級生です」

 

 彼女はハンドバックから名刺入れを取り出して、あたしの前に来て名刺をそっと差し出してきた。

 

「ふーん……珍しいこともあるのね。初めまして、雪ノ下建設設計部の橋本です。よろしくね」

 

「は、初めまして、由比ヶ浜結衣です。あの……名刺とか持ってないんです。ごめんなさい」

 

「いいのいいの、気にしないでね。それにしても、比企谷君、こんなに可愛いお知り合いがいたなんて、隅に置けないなぁ……陽乃さんに言いつけちゃおうかな」

 

「別にいいですよ。陽乃さんも知ってますし」

 

「ちぇー、なんだつまんなーい」

 

 橋本さんと名乗ったその女性は少しおどけた感じで口を尖らせた。

 それにヒッキーは明らかにげんなりした様子になってため息を吐いてからあたしを見た。

 

「それにしても由比ヶ浜、久しぶりだな。会うのは高校以来だから、もう5年ぶりになるのか」

 

「う、うん……そうだね。ごめんね、なかなか会いに行かなくて」

 

「それはこっちのセリフだ。悪かったな、ろくに連絡もしなくて……あのな、後で少し話さないか」

 

「え?」

 

「お前も俺に聞きたいことたくさんあるだろう。俺も話したいし」

 

「う、うん。いいよ。じゃあパーティーの後で……」

 

「了解」

 

 ヒッキーと橋本さんが向きを変えて、他の人の集まりに向かおうとしていた。その背中にあたしは言葉を投げた。

 

「ヒッキー……なんか変わった?」

 

 ヒッキーは一瞬私を見てから、苦笑した。

 

「『ヤッハロー』はどうしたんだよ……お前も元気なくて、らしくないぞ」

 

 そう呟いた。

 

 

 

 

「知り合い?」

 

 江ノ島さんがあたしに声をかけてきた。さっきまでのやり取りを見ていたはずなのに、あたしになんで聞いてくるのか。

 

「はい、高校の時の……同級生です」

 

 そう言ったあたしの言葉には興味が無いらしく、江ノ島さんはすぐに近くの取引先の方との話に戻って行った。

 あたしはポツンと会場の隅に佇む。

 

「やっはろー……」

 

 そう言えば最近言ってなかったな。毎日毎日空回りしてばかりで、気持ちに余裕なんて全然なかった。

 それに気が付いて、少し憂鬱になった。

 

 教師になったのは偶然ではない。もちろん憧れがあった。自分がそうであったように、上手く周りに解けこめない子供達を助けたいという、純粋な正義感もあった。

 でも、そんな思いだけではどうしようもない現実があることに、教師になって初めて気が付いた。

 日々の仕事は減るどころか、刻々と増え続け、資料を作りながら、雑務をこなしながら、授業の準備を行う。それだけでも1日は終わってしまうのに、保護者の方との面談や、子ども達への指導も行わなければならない。

新任だから……慣れていないから……

 そう言い訳しながら頑張ってきたけど、気が付いたら、余裕なんて全くない荒んだ生活をしていた。

 

「あたしって、本当にダメだな……」

 

 ヒッキーに言われるまでも無く、今の自分が情けないほど弱い事は知っていた。

 

”前はこんなんじゃ無かったのにな……”

 

 

 

 

 

 

「俺の部屋に来い」

 

「ふぇ? ちょ、ちょっと……ヒッキー?」

 

 私服に着替えてから、ヒッキーとロビーで待ち合わせしたら、開口一番にそう言われた。ヒッキーも、スウェットの上下に着替えている。

 

「そんな……まだ、心の準備が……」

「いや、お前、もう良い歳なんだから、気にする必要ないだろ」

「き、気にするし! そ、それにそんなにお酒持って、あたしを酔わせてどうする気……ですか?」

「大丈夫、つまみもたっぷりある。それに俺も酔うし」

「い、いや、そういうことじゃなくてぇ」

「つべこべ言わないで、さっさと来い」

「えぇー!」

 

 ヒッキーに手を引っ張られて、彼の部屋まで連れて来られた。

 そ、そう言えば、ちゃんと手を繋いだのって、初めてかも……

 

 部屋に入ると、ベッドが二つくっついて並んでる。

 

「ヒッキー? この部屋他に人は?」

「ああ、今日は俺一人だとさ」

「や、やっぱり帰るよ!!」

「まあ、落ち着けって……何もしないから……………たぶん」

「………」

 

 ヒッキーは、中央の机とか、テーブルとかを全部端に寄せると、床のカーペットの上にドカッと直に座った。

 そして、前に、お酒とつまみ置いた。

 

「お前も座れよ」

 

「むう……やっぱりヒッキーかなり変わった。前はもっと優しかった……と思う」

 

「そうか? そうかもな……俺も色々あったんだよ」

 

 そう言ったヒッキーの顔はどことなく翳を帯びていた。あたしはそんな彼の表情に不安を感じてしまった。あたしの知らない間に何があったのだろう。

 あたしは覚悟を決めてヒッキーの正面ではなく、彼の左隣に座った。一瞬、ヒッキーが顔を赤らめたのが分かった。それを見て少しホッとしたのだけど。

 

「ゆ、由比ヶ浜、なに飲む?」

 

「ビール」

 

「良し……じゃあ、乾杯しよう。俺達の再会に……」

 

「ふふ……似合わないセリフだね」

 

「うっせ」

 

「じゃあ、あらためて……」

 

「「かんぱーい」」

 

 

 こうして、二人っきりの同窓会が始まった。

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