『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「ぷはー! 美味しい。ねえヒッキー、飲んでる? ん?」
「はいはい、飲んでるよ。お前……そろそろ控えた方がいいんじゃないか?」
「まだまだ飲めるし……こんなんじゃ酔ったうち入んないし」
「酔ったやつほどそう言うんだよ。まあ……いいんだけどね」
正直言えば、勢いに任せて結構飲んじゃったから、割とキツイ。ヒッキーもなんだか呆れたような顔をしてるし。でも、良いの。こうでもしないと、今のあたしには何にも出来ないから。
でもヒッキーってば、あたしを誘ったのに、さっきからつまみを食べながらチビチビ飲んでばっかだし。何か話したいことがあったんじゃないのかな?
「ねえヒッキー……何で話さないの?」
「ん……お前が聞かないから」
「むう。なにそれ」
これじゃあ、飲みまくってるあたしがバカみたいじゃない。
「……じゃあ、聞く。ゆきのんとなんで付き合わなかったの?」
ぶふっと、ヒッキーがむせ込んだ。
「い、いきなりだな……」
「だって、聞けって言ったし」
「それはそうなんだけどな……。あのな……俺と雪ノ下は元々なんでもなかったんだよ。なんていうの? そう、天敵? みたいな? 俺が何かすれば、アイツが喰いついてきて、俺をネタにいじくってただけだ。頭と口じゃ、アイツに全く歯が立たなかったしな。ずっとそういう関係だった」
「それって、あたしには超仲良しに見えてたんですけど。あたし、二人の間に割って入れなかったし」
「だから、それが勘違いなんだよ。大体、アイツと俺で釣り合う訳ないだろ」
ヒッキーは不貞腐れた顔をして、頭を掻きながら話した。
ふふ……昔のまんまだね。でも、やっぱり分かってないし。ゆきのんの本当の気持ち。ヒッキーが大切だから、大事だからあんなに口を出したっていうのに……
好きじゃなければ、ゆきのんは口もきかないよ。
梅酒ソーダの缶を開けながら聞いた。
「あたしが転校した後……」
「ん?」
「あの後、『奉仕部』ってどうなったの?」
ヒッキーは少し目を細めた。そして、ぽつりぽつりと話した。
「お前が居なくなった後は……寂しいもんだったよ。依頼があっても、俺と雪ノ下の二人じゃすぐ喧嘩になってな、まるで上手くいかなかった。そのうちに受験も近づいて、自動的に廃部。まあ、仕方ない。平塚先生の個人的な管理の部活だったしな」
やっぱり無くなってしまったんだ。私の大切な青春のつまった部活が。それはやっぱり辛い。
「でもな……俺達が卒業した後に、小町達が復活させてな。確か、今でも奉仕部は残ってるぞ。何する部活か良く分からないのは一緒みたいだけどな」
「そうなんだ。それは嬉しいね」
あたしの言葉を聞いて、ヒッキーもちょっと笑ってる。嬉しかったんだね。
「さっきの話、ゆきのんのこと」
「ああ」
「ゆきのんはヒッキーの事、本当に好きだったんだよ。ヒッキーだって分かってたのに、いつも必死になって分からないふりをして……それを見てるあたしも辛かったし。なんで素直にならなかったの?」
「……あの時の俺には、そんなこと分からなかったよ」
「嘘だよ。だってヒッキーはいつも優しかったもん。あたし達の気持ちをいつも考えてくれてたし。それで、ゆきのんの気持ちが分からないなんて、絶対嘘だよ」
ヒッキーは、するめを噛みながら遠くを眺めた。
「本当に分からなかったんだ。ていうか、分かりたくなかった。だって、俺の勘違いなら、全て何も無かったことにできるだろ。本気で俺を好きになる奴なんていないと思ってたんだ。あの時までな……」
あたしにはそれ以上言えなかった。だって、本気でこの人を好きになったのは、他でもない、あたし自身だもの。
「なあ、由比ヶ浜……今度は俺が聞きたい。お前なんであの時、俺にあんな告白したんだよ。なんで別れ際なんだよ」
そうだ……”ヒッキーの事……大好きだったよ”あんなに酷い告白はない。でも、ああ言わなければ、あたしも、ヒッキーも一歩を踏み出せないと思ったんだもの。大切な物との別れの告白。あたしにはあれ以上の言葉はなかった。
「あの言葉でヒッキーを傷つけたのなら、謝るよ……。でもね、あの時、ヒッキーの事大切に想ってる気持ちを知っていて欲しかったの。それから、あたしが居なくなれば、ヒッキーとゆきのんはきっと上手く行くと思ったし」
「そんなわけないだろ」
「そうなんだってば。だって、ヒッキーの事を好きだって気持ちは、あたしもゆきのんも同じだったもの」
そこまで言って、我に返った。
この想いは今の物ではない。5年前のあの時、二人と別れた時の私の気持ち。あの時のヒッキーと、ゆきのんと……
それを今話したところでどうなる物でもないことだ。
ヒッキーは顔を赤くして頬をポリポリ掻いてた。
「ま、面と向かって好きって言われるのも……悪い気はしないな……」
「ばーか。ヒッキーがもっと早く素直になってればこんなになってやしないよ。この偏屈、捻くれもの。ゆきのんのこと大事に思ってたくせに、なんで、好きだの一言も言ってあげなかったの」
「だから、そうじゃない。俺が本当に好きだったのは……」
そこまで言って、ヒッキーは黙ってしまった。あたしも何も言わなかった。その先の言葉は、今は聞きたくなかったから。暫くチビチビとチューハイを飲んでいると、ヒッキーが話しかけてきた。
「なあ、由比ヶ浜……お前今付き合ってるやついるか?」
「べつに、いないけど……ヒッキーは?」
「俺はまあ……付き合ってるやつはいないな」
むぅ。何かありそうな言い方。気に入らないな。
「どうせ陽乃さんとかと仲が良いんでしょ。いいですね。モテる男は」
「ばっか、そうじゃねえよ。ただ、『もっと一緒に居たい』と思ってる相手はいるってことだよ」
もうやだ……人の惚気なんて聞きたくない。
5年も経って、あの時のままでいるなんてあるわけない。もうあの頃にはどうしたって戻れない。ヒッキーがボッチで自虐的だったのなんて昔の話。だって今のヒッキー、カッコいいもんね。以前とは大違いだ。
「なあ、由比ヶ浜……もしよかったらな」
「ん? なに?」
「今度………しよう」
あれ? 今なんて言ったの?
目の前がぐにゃりと歪んだ。やっぱりお酒はほどほどに……ね……
ぱたり。