『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

73 / 184
(6)北の国の由比ヶ浜結衣

「ふふん、ふふふん……ふふ……」

 

「随分ご機嫌ですね、由比ヶ浜先生。鼻歌まで歌って」

 

「は……あ、いやはや……失礼しました」

 

 あたしの隣の席の青葉若菜先生が、にこやかに話しかけてきた。

 

「ふふ……、噂になってますよ。由比ヶ浜先生に彼氏が出来たって。男の先生達ヤキモキしてますよ」

 

「へ? いや、そのことは誰にも言ってないはず……あ……」

 

 あっちゃー、ひっかかった。

 こんなに簡単にカマを掛けられて、あっさり白状しちゃうなんて……あたしって本当にバカ。

 青葉先生は横目であたしを見ながら、ニヤリと笑った。

 

「で、先生……相手は誰です? この学校の人ですか? それとも幼馴染とか?」

 

「ち、違いますよ。別に、本当に付き合ってなんかいませんし」

 

「あら? でも、『付き合ってないけど、気になってる人はいる』ってことですよね」

 

「んぐ……」

 

 もう……青葉先生は、自分だって私とほとんど年も違わないし、彼氏だっていないはずなのに、どうして人のこういうゴシップネタに食い下がって来るんだろう。

 

「駄目ですよちゃんと教えてくれないと。この出会いのない閉鎖環境で、若くて可愛い独り身の女性は貴重な財産なんですから。抜け駆けはご法度ですよ。放っておくと勘違いしちゃう先生が出ちゃう危険がありますからね」

 

 いや、危険て。

 

「それなら、青葉先生も同じ立場ですよね? 先生の方こそどうなんですか?」

 

 あたしがそう言うと、ふふんと鼻をならした青葉先生は腕を組んで立ち上がり、声を張り上げた。

 

 

「あたしは大丈夫です。だって、彼氏……できましたし!」

 

 

 ガタガタっと何人かの男性教諭が立ち上がって、こっちを見る。

 それから、肩をがっくり落として再び座った。

 なんだかなぁ……

 

「ですから、彼氏が出来たなら出来たで、きっちりお知らせするべきなのです! いまの私の様に!!」

 

 とその胸を張りつつ宣言する青葉先生。

 

「たはは……」

 

 あたしはもう笑うしかなかった。 

 そうは言っても……本当に別に付き合ってるわけじゃないし。

 ヒッキーがあたしのことどう思ってるのかも分からないし……

 あたしだって……本当にヒッキーを好きなのかどうかも……

 青葉先生が詰め寄ってきたけど、今は何にも言えないので、黙るしかなかった。

 

 

 帰りに守衛さんの待機室に立ち寄ると、何人かの子供たちが、守衛さんとベーゴマで遊んでた。

 

「やっはろーみんな。そろそろ帰る時間だよ」

 

「ちぇー……おっぱい先生が帰れってさ。つまんね」

 

「だ、誰が、お、お……」

 

「まあまあ由比ヶ浜先生。子供のこいとることですから」

 

 守衛さんがニコニコとした顔で立ち上がると、子供たちの支度を手伝って外へ出した。子供たちはきちんとお辞儀をして帰って行く。

 

「ずいぶん、みんな礼儀正しいですね」

 

「みんな良い子達ですよ。なまらおがっとるだわ」

 

「おがっとる?」

 

「ああ、成長してますよってことだべさ。あの子らも、ちょべっとずつ出来るようになりました」

 

 いつでも優しい守衛さんは子供たちの人気者だった。いつも放課後はここが子ども達のたまり場になっている。守衛さんは仕事しなくていいのかな?なんて、割と本気で心配してたけど、その必要はなかった。だって、先生方が手分けして守衛さんの仕事を手伝っていたから。もはや、この人は、わが校の象徴と言ってもよさそうだ。

 

「で、由比ヶ浜先生。彼氏はできましたかね?」

 

 私は旅行中に会ったヒッキーの事を話した。守衛さんは純粋に私の心配をしてくれてるから、別に隠す気もなかったし。それに、やっぱり誰かに聞いて欲しかったし。

 

「その人は間違いなく先生に惚れとるわ」

 

「え? そ、そうですか?」

 

「んだね。5年ぶりに会って、好きだの嫌いだのの話なんか普通はしないもんだわ。先生が気になるからその人はしたんだわ」

 

「でも……あたし……自信なくて……」

 

「先生もその人の事好きなんだべさ」

 

「う……ええ……まあ」

 

「なら話は簡単だべ? 気持ちをこけばいいんだべさ」

 

「そうなんですかね。あたしが告白したら上手くいきますか?」

 

「そうだなぁ、わかんねぇけど、きっと大丈夫だべ」

 

 守衛さんは、ずっとニコニコしながら話してくれた。それで最後に『上手く行ったなら二人に良いものを見せてあげる』って言っていたけど、なんのことだろう。

 守衛さんに言われてから、不思議と気持ちが楽になった。

 ヒッキーとの再会は、あたしを昔の自分に戻していた。一度は諦めた恋。捨て去った恋に再び向き合ってる。あの時のヒッキーじゃないことは、分かっている。でも、17歳で止めてしまっていた自分の想いが彼を求めていた。

 

”あたしはヒッキーを好きなんだ”

 

 それを改めて自覚した。再会してから、まだほんの少ししか経っていない。でもその少しの時間の中で押し留めてきた想いが一気に解き放たれたように感じている。あの時の彼への想い。それを今、もう一度……

 

「明日……」

 

 そう、明日はあの罰ゲームの日。彼がケーキを持ってうちに遊びに来る。

 どんな顔をして、どんな感じで来るのか、考えるだけでウキウキしてしまう。

 

 もう、気持ちを抑えるのは止めよう。ヒッキーを迎え入れよう。

 ひょっとしたら、ヒッキーもまだあたしの事を好きでいてくれているのかもしれない。

 淡い幻想を抱きながら雪道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 あたしの住んでいる町は田舎だ。大きなデパートも、商業施設も殆どない。唯一色々買えるのが、郊外にあるショッピングモール。でも雪の中を車で30分もかけなければならない。

 こっちでは、車がないと本当に不便だ。出歩ける距離にお店があることの方が稀で、ここのような田舎だと、コンビニに行くにも車を使う。特に冬の時期には雪道を長距離徒歩で移動なんて、ほぼ不可能。だから、あたしもすぐに免許を取った。

 

「よし……じゃあ行こう」

 

 少し気合を入れて、愛車の四駆の軽自動車のエンジンをかける。

 明日のヒッキーとのデートに向けて、少し買い物をしたかったから。でも正直運転は苦手。この前も、信号待ちをしている車に追突したばかりだ。だって、ブレーキ利かないんだもの。まあ、多少ぶつかるていどなら、許してくれる人も多いのだけど、やっぱり運転は怖い。

 

 そろりそろりと雪道を走り、大分時間をかけてショッピングモールに着いた。

 

「とりあえず買うのは、ごぼうと、人参と……あ……」

 

 食料品売り場へ向かう道すがら、小物類のお店の前のショーケースのあるものに目が止まった。そう言えば、プレゼントの事を何も考えてなかった。

 人に贈り物をするなんて、久しくしていない。別に今回はプレゼントが必ず必要という訳ではないと思うのだけど。

 ヒッキーって、どんな物貰うと嬉しいんだろう。

 今更ながら、彼の好みが解らないことに気が付いた。

 

”お前が頑張ったんだっていう姿勢が伝わりゃ、男心も揺れるんじゃねーの”

 

 ふふ……なんで急にあの時の事を思い出したんだろう。

 

 あたしの作った美味しくないクッキーを、これでいいんだよって言ったヒッキー。ヒッキーに食べて欲しくて頑張ってたのに、あんな風にあしらわれたのは正直嫌だったな。でも、あの後も頑張ったんだよ。少しは美味しいクッキー作れるようになったんだよ。

 

 

「結衣さん。お買い物ですか?」

 

 不意に声を掛けられて振り向くと、江ノ島さんが立っていた。

 

「先ほどお電話したのですが、お出にならなかったので、もしかしたらって来てみました」

 

「すいません。今日は携帯を仕舞ったままだったので。なにか急用ですか?」

 

 江ノ島さんは少し頬を赤くして、

 

「い、いえ……今日は早めに仕事が終わったので、もし良かったら一緒にお食事でもと思いまして。私の取引先のホテルの料理長が、この近くでオーナーシェフのフレンチを始めまして、そこへどうかな……と」

 

 江ノ島さんはきっちりスーツで正装をしてる。あたしは、トレーナーにジーンズにコートのラフな格好。当然すぐにフレンチに行けるわけない。それに…

 

「すいません。せっかくのお誘いですが、ちょっと色々と買うものもあるので、今日は失礼します」

 

「ああ、それなら、私もお手伝いしますよ。こう見えて、料理とか好きなんです。食材の買い出しは任せてください」

 

”俺は料理はできねえぞ”

 

 思い出の中のヒッキーが私に話しかける。目の前の江ノ島さんとのあまりのギャップに思わず吹き出してしまった。

 

「あ、あの……私何かおかしなこと言いましたか」

 

「いえ、ごめんなさい。ちょっと変なことを思い出してしまいまして」

 

「はぁ」

 

 江ノ島さんが肩を落としてあたしを見た。

 

「やっぱりごめんなさい。今日は一人でお買い物したいの。せっかくのお誘いですが、本当にすいませんでした」

 

「そうですか……ではまた次回に。今度は前もって連絡させてもらいますね」

 

 江ノ島さんはそう言うと、両手をズボンのポケットに入れて、駐車場へ歩いて行った。

 あたしは暫くその後姿を見送った。

 

 

 

 

「ちょっとちょっと由比ヶ浜先生」

 

 振り向いた先に居たのは青葉先生。

 

「今の人が『気になる人』ですか? 如何にも仕事できますって感じのイケメンじゃないですか」

 

 青葉先生が野菜のたくさん入った買い物袋を手に持って、ニヤニヤしながら聞いて来た。これだから地元は……壁に耳あり、障子にメアリー……ん? メアリーって誰?

 

「ちがいますよ。あの人は父の会社の方です」

 

「え? ということは、あの人の他にも、あんな感じのイケメンの『彼氏』が居るってことですね。二股になっちゃいますね」

 

「えぇ!?」

 

 もう何を言っても、突っ込まれちゃう。

 

「あの……あたし、買い物があるので……」

 

「そんなこと言わないで教えてくださいよぅ」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 ダメだ。この人しつこい。田舎の所為でゴシップ少ないから、喰い付いちゃったのか。

 うわー誰か助けてよー。

 

「よお由比ヶ浜。お前もここで買い物なんだな」

 

 突然、あたしと青葉先生に声をかけた一人の猫背の男性。スーツ姿で紺の長いマフラーを首に巻いてる。

 

 

 アッチャ~タイミング最悪だし。

 

 

 青葉先生の目がキラリンと輝いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。