『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「あ、れ?」
ヒッキーが、渋い顔をしているあたしと、鼻を膨らませて目をキラキラさせている青葉先生を交互に見ながら、不思議そうな顔をした。
「あ、あの。私、由比ヶ浜先生の同僚で、青葉若菜って言います。失礼ですけど、由比ヶ浜先生の彼氏さんですか?」
「え、えーと……いや、彼氏って訳じゃ……」
ヒッキーがあたしの顔を見ながらブツブツ声をだす。そして視線を泳がせつつぽそりと言った。
「い、いや、まあ、そうです、はい。」
ぷっは……い、いきなり何言い出すの!!
「ちょ、ちょっと、ヒッキー!」
「いいだろ別に、明日デートするんだし」
青葉先生があたしに急に抱き付く。
「うわ、うわわ……これは来ました……今年一番です。なにこの萌え萌え感!! き、来ましたわぁー」
わわわ……青葉先生が姫菜みたくなってるし!!
「あ、それでな由比ヶ浜。明日お前んちに行っても大してやること無いだろ? だからちょっと俺と出かけないか?」
「家でだって、あんなことや、こんなことや、色々出来ますけどね……ぬふふ」
青葉先生が壊れちゃったよ。
「ちょっとヒッキー、人前なんだから、少しは考えてよ。は、恥ずかしいし」
「はあ? せっかく行き会ったんだから要件くらい伝えないと面倒だろうが」
「そうじゃなくて、時と場所を考えてって言ってるの! それに
あたしが一気に捲し立てたら、ヒッキーも少し真面目な顔になった。
「分かった……悪かった。じゃあ、また明日な」
あたしにそう言った後、青葉先生にぺこりと頭を下げて、ヒッキーはすぐに店を出て行った。
後に残った青葉先生がやっぱりニヤニヤしてる。ああ、もう色々聞かれるの嫌だな……
でも先生はそれ以上何も茶化さずに、一言だけ言ったの。
「明日、楽しんでね」
むぅ……みんなして……
あたしは急いで買い物をして周った。
◇
朝6時。
あたしは台所に立ってる。
昨日の夜にヒッキーからメールが入って、オホーツク海沿いをドライブデートすることになった。だから、あたしが今作っているのは、もちろん『お弁当』。ふふん、感謝しなさい。昨日あれだけ恥を掻かされたのに、それでもお弁当を 用意してあげちゃうんだから。
ヒッキー……喜んでくれるといいな……
お弁当の次は今日着ていく服とお化粧。
12月も半ばのこの時期は、雪が降ってなくてもものすごく寒いから、結局は厚手のコートが必須なんだけど、車の中は温かいしね……
一応、それなりの勝負下着と、お気に入りのインナーを着て、ニットのワンピースを合わせる。ハイソックスを履いたら、なんとなくゆきのんを思い出した。今頃何をしてるんだろうな。
それからお化粧……
いつもほとんどノーメイクに近いから、デートの時くらいはきちんとしなきゃ……でも、濃すぎるのは多分嫌われちゃうかもだから……
ああでもない、こうでもないと色々してたら、あっという間に約束の時間になってしまった。
「これで……よし」
黒髪のお団子ヘアーもばっちり仕上がった。今日はそのお団子にヒッキーから貰った青いシュシュを付けている。
用意はできたけど……なんだかそわそわする。
デートの前って、こんなに緊張するんだっけ…
自分の家なのに、なんとなく居心地が悪くて、ついフラフラ歩いて回ってた。
ピンポーン
「おーい、由比ヶ浜……着いたぞ」
「は、はい、はいはい……今開けるね」
扉を開けると、ヒッキーが頭を掻いて立ってた。
「よし!! じゃ、じゃあ……行こう」
「おい、ちょっと待て。ケーキ買ってきたから、まずそれ食べてからだろう」
「ふぇ? そ、そっか……へへへ、そうだね。じゃあ、上がって上がって」
もうあたしったら慌てまくってて、全然何していいか分かってないよ。
そういえば罰ゲームでケーキ買って来てって言ったのはあたしだった。
急いでヒッキー用のスリッパを出して、パタパタと台所にお茶の準備に向かう。そうしたら、ヒッキーが後ろから、
「あ、そのう……き、綺麗だな、良く似合うよ……その服……」
「へ? やだ……あ、ありがと。な、なに、どうしたの、ヒッキー」
まさか急に褒めてくれるなんて思わなかった。顔がカーッと熱くなる。
「いや、ほら……やっぱり大事だろう……そういうのって」
ヒッキーも緊張してるのか、少し声が上ずってた。
あたしはケーキのお皿と、お茶を二人分煎れて用意すると、カーペットの上の丸いローテーブルに向かった。そして、ヒッキーの左隣に座って、テーブルにお茶の準備をする。
「ゆ、由比ヶ浜、け、ケーキ好きな方選べよ。モンブランとショートケーキ」
「いいの? じゃあショートケーキで」
お皿にケーキを盛りつけると、二人で並んで食べた。めちゃくちゃ美味しい……
これ商店街のあのお店のケーキだよね。
いつも人気で売り切れちゃっててなかなか食べられなかったやつだ。
そんな美味しいケーキを頬張りながら何気無く、食べながらヒッキーを見る。
「なんかさ……こうやって並んで、ケーキ食べてると、奉仕部に居た時を思い出すね。ヒッキーがその位置でしょ、それでゆきのんがこっち。ああ、前はヒッキー、もっと、ずーっと離れて座ってたけどね」
「ほっとけ」
「ふふふ」
ほんのちょっとしたことだけど、あたしには嬉しかった。ここにゆきのんがいたらなあ……なんて、そんなことも思ってしまった。
その時、何気なくヒッキーの顔を見た。
ヒッキーは、少し……何か言いたそうな様子に見えたのだけど。
「どうしたの、ヒッキー。何かあった?」
「いや……えーと、あのな……」
「ん?」
「い、いや……なんでもない。さて、食べ終わったし、そろそろ行こうか。今日はお前に見せたいものがあるんだ」
「え? なになに? 教えてよ」
「駄目だ……それに着いてからじゃないと意味がないんだ」
「むぅ……けち。まあいいか、あたしもヒッキーの為に腕によりをかけてお弁当を作ったからね。楽しみにしてて」
「え? 弁当作ったのか」
ヒッキーの笑顔が引きつった。
◇
結論から言えば、今日のドライブデートは大成功だった。ヒッキーは最近こっちで買った大きめの黒いSUVを運転して、まあ、初心者だから仕方ないけど、結構すべりまくりながら雪道を走った。それでも、国道まででると、かなり圧雪されているので走りやすかったみたいでヒッキーも上機嫌。空は雲一つない晴天で、二人で昔流行ってた曲を歌いながらおバカなデートを楽しんだ。
お昼頃、網走に入って、誰もいない漁港で車のハッチバックを開けて、そこに腰かけて海を見ながらお弁当にした。日差しはあるけど、ちょっと寒かったけどね。
「はい、ヒッキー」
あたしが作ってきたのは、卵焼きと、鶏のから揚げと、きんぴらごぼう。それとおにぎり。
「ゴクリ……いただき……ます」
ヒッキーが悲壮な顔で、から揚げを口に入れた。むぅ……なんかムカつくし。
「え?」
ヒッキーが急に変な声をだす。
「どうしたの?」
「旨い……あれ? 旨いな……」
なに? 美味しかったらいけないみたいな、それなんなのよ。
「おかしいな……旨いぞ」
「しつこいってば‼ なに? あたしの料理が美味しいといけないの?」
「いや……ほら、お前料理苦手だったろ?」
「そんなの……4年も一人で自炊してれば、多少出来るようになるし。もう……失礼しちゃう」
「悪い悪い……これ本当に美味いぞ……いくらでも食べられる」
急にがつがつ食べだして、あたしもちょっと嬉しくなった。
後で聞いたのだけど、ヒッキーはヒッキーで、昼食に帆立の美味しいお店に連れて行ってくれようとしてたみたい。
あたしも行ったことはないからちょっと興味があった。まあでもそこは今度の機会にとって置こう、ということに二人で決めた。へへへ……次のデートか。
「うーん……美味しかった。ごちそうさま。さて、この後まだ少し時間があるんだけど、どっか行きたいとこあるか?」
急にヒッキーに聞かれて、あたしも悩む。
「えーと、網走だから……監獄とか?」
はい……真冬の極寒の中……二人で行ってしまいました。雪に佇む網走監獄(観光地)に。
すいません。もう二度と悪い事しません。
何にも悪い事したわけでもないのに、二人でそう心に誓いました。
それからまた暫くドライブ。車の中が温かくて、ついウトウトしちゃった。寝ながらふと気が付くと、ひじ掛けに乗せていた私の手を、いつの間にかヒッキーが握っていた。
ちょっと気恥ずかしくて寝たふりしたままだったけど、ヒッキーの温もりが心地良かった。
「さあて、着いたぞ。今日は最高だ」
ヒッキーのその声で目が覚めた。目の前が妙に赤くて明るい。ここ……どこ?
目を開けた途端、その絶景に思わず息を呑んでしまった。
「……すごい」
世界が朱に染まっていた。空も海も……湖も……
「ここ……サロマ湖?」
「そうだよ」
「こんなに綺麗なんだ」
広大なサロマ湖の向こう岸と言えばいいのか……地平線に真っ赤な太陽が淡く輝きながら沈みかけていた。
湖面はキラキラと赤く輝きながら、周りの景色を映している。あたし達の真上の空は、徐々に夜の星空の用意を始めていた。
あたしはいつの間にか自然にヒッキーと並んで手を繋いでいた。
「綺麗……本当に綺麗……」
あたしにはそれしか感想がなかった。この感動をもっと上手く伝えられたらどんなにいいか。でも、その一番に伝えたい相手はあたしのすぐ隣にいる。それが堪らなく嬉しかった。
「ヒッキー、今日はありがとう。はい、これ……プレゼント」
「お、おお……開けていいか」
「うん」
ヒッキーにあげたのはシルバーのネクタイピン。
「これ……高かったろ?」
「へへへ、気にしないで。
言った。
ヒッキーの顔を見て、素直に言った。なんて清々しい気分だろう……ありがとうヒッキー、今日のデート本当に楽しかった。一人で満足して、沈む夕日を見つめた。
「由比ヶ浜……」
「ん? なに?」
「お前のことが……………好きだ。ずっと好きだった」
そう言って、ヒッキーはあたしを急に抱きしめた。