『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(8)北の国の由比ヶ浜結衣

「お前のことが……………好きだ。ずっと好きだった」

 

 急にヒッキーがあたしのことを抱きしめた。突然のことに頭が混乱する。

 ヒッキーはあたしの背中にまわした腕に力を込めた。そのあまりの強さに、ヒッキーって力強いんだな……なんて、冷静に考えてしまっている自分が居た。

 彼の体に包まれているうちに、自分でも彼を抱きしめたいという欲求が沸き上がる。

 

 でも、そんなことしたら、恥ずかしいかも……

 

 自制心のような物が働こうとするのを感じつつも、自然と彼を求めてあたしも抱きしめた。得も言われぬ一体感に、全身が麻痺したように震える。

 密着した彼の温かさと、彼の力強さに酔いしれて、頭がぼんやりしてしまう。

 だた……一つだけ分かっていること……

 

 彼の愛が今あたしにだけ向けられている……

 

 その幸福感にあたしは支配された。そして、されるがままに彼に身を委ね、いつまでも抱きしめ、抱かれ続けた。

 

 

 

 ふと気が付くと、辺りは暗闇に包まれていた。肌を刺す冷気も強くなってきている。

 あたしは、あたしの頬に顔を埋めるヒッキーの頭に、自分の額をゴチンとぶつけた。

 

「いってぇ」

 

「いつまでやってんの……もう」

 

 私はニヤケルのを我慢しながら、ヒッキーを見る。

 

「せっかくいい雰囲気なのに、頭突きすることないだろ」

 

「断りもなく抱き付いてくるからでしょ、バカ。それに自分でいい雰囲気とか言わないの、バカ」

 

「おい……バカバカ言うな」

 

「バカだから、バカって言ってるの! だってこんな演出頑張っちゃって! ヒッキーバカでしょ。本当にバカ。バカバカ……」

 

 急にヒッキーの口許が緩んで、優しく微笑んだ。どうやらあたしはバカバカ言いながら、にやけてしまってたみたい。

 

「なあ……き、キスしていいか?」

 

「本当に……バカ……なんだから」

 

 あたしはヒッキーの首に腕を回すと、そのまま飛びつくように抱きついて、唇を重ねた。

 ヒッキーはさっきよりも強く私を抱きしめる。

 

 こういう時って、どうやって息をすればいいんだろう……

 

 全身が爆発を繰り返すように激しく彼を求めていながら、どこか冷静な自分がいた。

 

 長い口付けの後、あたしは彼の腕に抱き付いた。そして、もうしばらく、満点の星空の中にその身を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

「さ、寒い!! ほんとヒッキーってバカ。車のエンジンくらいかけておいてよ」

 

「な! お前が俺を離さなかったんだろ? 人の所為にすんな」

 

「風邪ひいたらどうすんの!?」

 

「お前なぁ……さっきまであんなに可愛らしかったのに、急につっかかってくんな」

 

「もう遠慮んなんかするわけないでしょ。誰のせいだと思ってんのよ。バカ。しっかり責任とってもらうからね。ベェー!」

 

「うぉ……」

 

 あれ? このやり取り前にもやったことあるような……うん、デジャブだね。

 

 口じゃこんなに悪態ついちゃってるど、あたしの心は今までに感じた事ないくらい幸福感に満ちていた。

”ヒッキーに好きって言われた”

 好きな人に愛される。それを真っすぐに伝えてもらえる。これがこんなにも嬉しいことだなんて……あたしは初めて知った。

 運転席のヒッキーを見ると、何だか不機嫌そうな顔をしてる。あ、ちょっと言い過ぎちゃったかも。

 

「ごめんね、ヒッキー。ちょ、ちょっと言い過ぎた……かも。今日はありがとう、本当に嬉しいよ! 怒っちゃった?」

 

「ああ、別に怒ってない。ただ、ムカついただけだ」

 

 それを怒ってるというんだよ。

 

「本当にゴメンね……ねえ、なんでも言うこと聞いてあげるからさ、許して……ね」

 

「ば、ばか、急にくっつくな! は、ハンドル……取られる!!」

 

 そのまま暫く蛇行しながら車は走った。

 

 

 

 

 

 

「そうですか……えがったすな、仲良くなれて」

 

「はい。おかげ様で」

 

 あたしとヒッキーは今、あたしの勤め先の学校の守衛さんの部屋に来ている。今日は土曜日でお休みだったけど、守衛さんは仕事をしていた。

 突然あたしに、連れて来られたヒッキーは何のことかさっぱりって顔をしてるけど、お茶を出してもらってからは自己紹介したり、世間話したりしていた。

 

「そうしたら、由比ヶ浜先生。約束通り『良い物』みせてやんねばな」

 

「あの……良い物って、何ですか?」

 

「そりゃあ、見るまでのお楽しみだべ。先生も、彼氏さんも、明日5時にここに来てください」

 

「5時!?」

 

 あたしとヒッキーは顔を見合わせた。

 

 

 

「優しそうな人だな」

 

 守衛さんと別れて車に乗ってから、ヒッキーが私に言った。

 

「うん、良くしてもらってるし。その……正直今の仕事、辛くて。何度も逃げ出そうとしてたの。でも、いつも守衛さんが励ましてくれて……だから、あたしには恩人なんだ」

 

 ヒッキーはあたしの手を握りながら、

 

「そうか……そういう人って……大事だよな」

 

「うん……大事」

 

 二人でのデートの帰り道。まだまだ幸せの余韻に包まれていた。

 

 

 

「でも……5時か。今日由比ヶ浜の家に泊まって良いか?」

 

「えと……それはもう少し……心の準備が出来てからで……ね?」

 

 あたしに拒絶されたヒッキーは憮然としていた。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 ダウンコートで丸々となって眠そうなヒッキーの手を引っ張って、小学校の入り口まで来ると、守衛さんが軽トラックで待っていた。

 

「はい、おはようさん」

 

「その軽トラックに乗るんですか? 3人で?」

 

「ああ、まあ、乗れるでしょ。先生が彼氏さんの膝の上にでもおっちゃんこすれば」

 

 ああ、座れば……てことね。

 狭い軽トラックの助手席にヒッキーと私がお互い押し合うように乗り込む。

 

「うお! こ、これは、きつい」

 

「そ、それあたしのセリフだし……いたたた! 手がつぶれるう」

 

「ほれ、しっかり捕まらんと、てっくりかえるぞ」

 

 守衛さんは笑いながらそう言うと、山の方へ向けてトラックを走らせた。

 しかし、このドライブ……想像を絶する苦行だった。

 何故って?

 それは……

 

 ずっと悪路(ダート)だったから!

 

 舗装路だったのは最初の5分だけ、その後は、雪を深くかぶった、砂利道と土の道。(わだち)が酷くて、もう、全身をシャッフルされてる感覚。それを50分!

 正直ちょっと気持ち悪い。

 

 ヒッキーを見たら、ヒッキーも目が死んでた……まあ、元からなんだけど。

 

「さあ、着いたべ。こっから、ちょべっとばかし歩きますよ」

 

「ふえぇ……」

 

 二人で、グロッキーになりながら、守衛さんの後をついて歩く。山の中の雪の道を踏みしめながら進んだ。辺りはまだ薄暗いけど、空は大分白んできている。

 少し歩いて林を抜けると、そこには山間に白い平原が現れた。微かに小川の流れるような音も聞こえる。

 雪に埋まったそこは、多分水田か何かだろう。

 

「ほれ、おりましたよ。あそこです」

 

 守衛さんが腰をかがめて、指をさす。そこには、二羽の、頭の頂点が赤い、白くて大きな鳥がいた。二羽はお互い向き合って羽を大きくひろげ、まるで踊るように舞っている。

 

「こっりゃあええもの見れましたね。あれは『求愛の踊り』だべさ……なかなか見れませんよ」

 

「綺麗な鳥……あの鳥は何ですか?」

 

 私がそう聞くと、守衛さんが、

 

「あれはタンチョウだわ」

 

「へえ……」

 

 名前くらいは聞いたことある。でも見るのは初めてだった。タンチョウは確か釧路とかの湿地にいると思っていたのに、こんな山間にもいるものなのかな。

 その疑問を感じ取ったのか、守衛さんが教えてくれた。

 

「タンチョウは冬の間は人里に来るんだわ。まあ、そんでもこの辺に来るのは珍しいんだけんど、たまたまこの前見つけたんさ」

 

 それにしても綺麗な鳥。その華麗な舞に心を奪われた。ヒッキーはさっきからカメラを覗いて写真を撮りまくってるし。暫く見惚れていたら、守衛さんが話した。

 

「タンチョウは、つがいになると一方が死ぬまで生涯同じ相手と添い遂げるんだわ、相手が死んでもその場をなかなか離れないこともある。そんだけ愛情の深い生き物なんだわ」

 

 どちらか一方が死ぬまで……

 

 チラリとヒッキーを見ると、ヒッキーもあたしを見ていた。あたしは、かつて三人で見た、あの日のペンギンのことを思い出していた。そして、ここにはいない彼女のことも……

 

「わたしはね、由比ヶ浜先生、彼氏さん。昔、今の女房と一緒になるちょべっと前に、よせばいいのにいいとこのお嬢さんと恋仲になりましてな。その人と駆け落ちみたいなことをしたんだわ。女房を捨ててな」

 

 守衛さんはタンチョウを見つめながら、ぽつりぽつりと話した。

 

「そのいいとこのお嬢さんは、なんてことはない……私とはただの遊びじゃった。わたしもそこそこ色男じゃと己惚れておったんだわ。飽きられてその遊びはおわり。散々町のみんなに罵られてここに戻ったときな、女房はわたしの事を待っていてくれたんだわ。でも……」

 

 一瞬守衛さんは悲しそうな顔をした。

 

「わたしが駆け落ちをするとき、女房は妊娠しておったのだわ。わたしが居なくなって、女房は気がおかしくなってしまってな……お腹の子は流れてしまったんです」

 

 あたしは立ち上がって、ヒッキーと手を繋いだ。こんなに優しい守衛さんにそんな過去があったなんて……

 

「後悔は先に立ちません。何が大事かなんて最初から分かってることだわ。だからな彼氏さん。先生を大事にしてあげてください。いやいや結婚するでもないのに……説教臭くていけませんな。申し訳ない」

 

 守衛さんはいつものニコニコした顔を私達に向けると、ぺこりと頭を下げた。

 

 暫くその場に佇んだ私達は、こっそりと元来た道へ戻った。

 

 愛し合う二羽を邪魔しないように……

 

 

 

 

 

 

 守衛さんに送られて家まで帰ると、もうだいぶ日が昇っていた。今日の貴重な体験にあたしの心は揺れていた。

 ただ好きってだけじゃない……そのもっと先にある物……

 それは、多分ヒッキーの求めていた物。

 

 二人分の朝食を用意しながら、あたしはヒッキーに話しかけた。

 

「ねえ、ヒッキー。あたしを……大事にしてくれる?」

 

 そう言った後で、急に恥ずかしくなって顔が熱くなった。

 気が付いたらヒッキーがあたしを後ろからきつく抱きしめてくれた。

 

「ああ……頑張るよ……」

 

 その言葉と、彼の温かさに、あたしの心は満たされた。

 

 

 

PU・LU・LU・LU・LU

 

 

 

 二人で抱き合って、いい雰囲気になってたところで、ヒッキーの携帯が鳴った。ヒッキーはあたしを置いて、携帯にむかう……んもう。

 

「はい、もしもし………………なんだ……お前か……何の用だよ……」

 

 急にぶっきらぼうな話し方になったヒッキーが、携帯を持って外に出る。

 あんな話し方するなんて……相手は誰だろう?

 ま、とりあえず朝ごはん作っちゃおうかな。

 美味しそうな香りを漂わせている、お手製のコーンスープを少し掬って味見する。

 

「うん! 美味しい!」

 

 さて、ヒッキーとの初めての二人きりの朝食、頑張って用意しようっと。

 

 これからの生活にウキウキしながら、あたしは幸せな気分で出来たばかりの二人分の料理をお皿に盛った。

 

 

 

 

 

第一章 北の国の由比ヶ浜結衣 Fin

 

第二章へ続く

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