『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(1)ヒッキーと同棲したい

 今日も雪が降っている……

 いつも通りとはいえ、やっぱり凍える。町はクリスマスイルミネーションが至るところで輝き、その明かりに少しだけ心は温められる。

 あ、パンさんのクリスマスバージョンだ。

 雑貨店のショーウインドウにある、目つきの悪いそのぬいぐるみは、ディスティニーランドの名物キャラのパンダのパンさんだ。これに目の無い人物を、あたしは一人知っている。

 

 ふふ……ゆきのんもきっとこの子買ったんだろうな。

 

 一人でパンさんを見て微笑むあたし。こ、これって……傍から見たら、ただの変な人だよね。

 あたしは気を取り直して、背筋を伸ばして歩いた。でも……

 本当なら、二人で歩いてた筈だったんだよね……

 なんで、急に……もう! ヒッキーのバカ。

 

 そう、今日は本来ならヒッキーと二人で並んで歩いていた筈だった。

 クリスマスも近づき、あたしも子供たちに渡す『あゆみ』の記入に追われて、かなり忙しかったのだけど、付き合って初めてのクリスマス。と言っても、まだほんの一週間くらい。

 それでも、やっぱりちゃんとお祝いをしたい。だから今日は二人でお互いのプレゼントを買う約束をしていた。

 ん? 二人でなんで選ぶかって?

 それはやっぱり、本人が本当に欲しい物をあげたかったから。

 サプライズはあげるのも貰うのも嬉しいけど、本当に欲しかったかどうかは良く分からない。だから、そこはお互い聞いてしまおうということになった。そして何より、これなら一緒に居られる。やっぱりデートは嬉しい。これが本音なのかも。

 

 ヒッキーは今日は急な仕事とかで来れなくなってしまった。その連絡があったのがほんの5分前。あたしはもうとっくに待ち合わせ場所に着いていたのに。

 

 ヒッキーだって仕事してるんだもの……

 

 仕方ないよね……

 

 頭ではそう分かっていても、胸の辺りにぽっかりと穴が空いてしまったようで、凄く寂しかった。雪の降るなかを、一人傘をさして佇むのも切なかった。

 

このまま一人でいても、寒いだけだし……帰ろうかな……

 

「由比ヶ浜先生~!!」

 

 通りの向こうから、あたしを呼ぶ声が聞こえた。その方向に顔を向けると、白のダウンコートの青葉先生が手を振っている。そのとなりには、かなり恰幅の良い大柄な青年が、黒いコート姿で傘をさして立っていた。

あたしは、車を避けながら通りを渡って、彼らのそばへと近寄った。

 

「こんばんは、青葉先生。お隣のかた、ひょっとして彼氏さんですか?」

 

 あたしがそう聞くと、二人して赤い顔をして、そうです、と答える。一見して仲が良さそうなのが微笑ましい。彼氏さんの手には大きな買い物袋が二つ握られている。

 

「由比ヶ浜先生も彼氏さんとデートですよね? お互い、頑張りましょうね」

 

 青葉先生はあたしの側に寄って小声でそう囁く。いったい何を頑張るんだか……

 この人本当に無邪気で、可愛いなあ。

 青葉先生達は小さく手を振ると、腕を組んで雪の中を歩いていった。あの二人の所だけ、とても温かそうに感じたのは気のせいではないと思う。あたしは、小さくため息をついていた。

 寂しいという思いが、更に強くなってしまった。今すぐにでもヒッキーに会いたかった。それが、今日は無理なんだと頭では理解しているハズなのに、気持ちがそれについていけてない。どうしようもない恋しさに胸がつぶれてしまいそうだった。

 

 気が付けば、あたしは雪の中をヒッキーの会社まで歩いて来てしまっていた。

 ここには以前ヒッキーを車で送ってきたことがあったから場所は分かっていたのだけど、今日はここまで来るつもりなんて全く無かったのに……

 ヒッキーの勤め先……雪ノ下建設の北見事業所は、三階建てマンションの一階の一部屋。そこの扉に、金属のプレートで会社名が張り付けられている。外はもう真っ暗だけど、その部屋からは明かりがこぼれていた。

 きっとまだ仕事をしているんだろう……

 まさか、彼を訪ねてなんか行けないし……

 訳もなく戸惑っていると、不意にその扉が開いた。ここはマンション前の通路。身を隠す場所なんかない。あたしは恥ずかしさでいっぱいのまま、ただ立っているしかなかった。そして、中から一人の女性が出てくる。

 

「ん? あれ? あなた確か……」

 

 目の前に立っていたのは、以前スキー場のホテルで見かけた……確か、そう、橋本さんだ。彼女は、ファーの付いた赤いコートに、ロングブーツを履いている。そしてあたしへと近づく。

 

「こ、こんばんは……と、突然、す、すいません……」

 

「えーと、確か由比ヶ浜さんだったよね? ひょっとして比企谷君と約束でもしてたの?」

 

 まさか寂しくて彼氏の職場まで来ましたとも言えず、私はコクリと、頷くしかなかった。

 

「あ、ごめんね! 急な仕事が入っちゃってね。明日までにどうしても資料を用意しなくちゃならないのよ。あたしもこれから先方と打ち合わせなの。比企谷君にも残業してもらうことになっちゃってね」

 

 それは仕方ないことだ。だって、仕事だもの。ヒッキーを困らせたくないし……このまま帰ろう。

 そう思った時、橋本さんがあたしに言った。

 

「そうだ! もし良かったら、事務所で待ってていいよ。もう事務の子も帰っちゃったし、比企谷君だけだから……遠慮しなくていいからね」

 

「そ、そんな……迷惑かけちゃいますよ」

 

「いいの、いいの……所長は私だし、管理者権限で許可しますから! あ、でも、仲良くハッスルし過ぎて事務所汚しちゃダメよ」

 

「なっ! そ、そんなことしません!」

 

 ははは……と笑った橋本さんが、笑顔で私に手を振った。

 

「じゃ、そういう事で。比企谷君に、きちんと戸締りするように言っておいてね。じゃあね」

 

 言うだけ言って橋本さんは、コートをひらりと返して、駐車場の車へ向かって行った。

 私は呆然とするしかなかったが、許可をもらった以上このまま帰るのも気が引けた。

 

 暫く悩んでから、大きく深呼吸したあたしは、ドアをノックすると、中から、ヒッキーと思われる男性の気のない返事が返ってきた。

 あたしはドアノブに手を掛けて、そっと開けて中に入った。

 

「しつれーしまーす」

 

「お……ああ? ゆ、由比ヶ浜? ど、どうしたんだ?」

 

「あ……えっと……さっき橋本さんに会って、中に入ってて良いよって……だから……」

 

「そ、そうか……そこ、寒いだろ……こっちに来いよ」

 

「う、うん。ありがと……」

 

 中は十畳ほどの広さで、入口側にカウンターが置かれ、その向こう側に大きなコピー機と、広めのデスクが三つ置かれていた。一番奥が橋本さんの机なのだろう。良く分からないが図面が何枚も置かれている。その後ろには、製図用のテーブルも置いてあった。

 ヒッキーはその手前の机。デスクトップパソコンの大きなモニターに向かって、なにか文章を打ち込んでいた。

 彼は一度席立つと、自分の机のわきに椅子を一脚持ってくる。

 

「由比ヶ浜、ここに座れよ。今日は悪かったな……ほれ」

 

 ヒッキーが急に机の下から黒と黄色の縞模様の缶を取り出してあたしに差し出した。

 

「え? なんで、足元からMAXコーヒーが出てくるの? それになんかあったかいし」

 

「あ? 俺用のウォーマーを置いてあるんだよ。いちいち買いに行くのも面倒だしな。悪いけど、もう暫くかかりそうなんだ。それでも飲んで、時間潰しててくれ」

 

「う、うん……ありがと」

 

 あたしとヒッキーは缶を開けると、簡単に乾杯をした。そして、一口飲んだヒッキーは再びパソコンの画面に向かう。あたしはそんなヒッキーを見ながら、とっても甘くて温かいそのコーヒーのおかげで、心も体も少しずつ温かくなって来ていた。

 

 

 

 

 

 

「ふう~……やっと終わった」

 

「うん、お疲れさまでした」

 

 ヒッキーが打ち終わって印刷した書類を、あたしがホチキスで束ねて人数分の冊子にした。学校では毎日子供達用のプリントを作っているから、この手の作業はお手の物。

 

「お前のおかげで、本当に助かったよ……今日は帰れないかもって覚悟してたんだ」

 

「へっへーん。そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあ、そろそろ帰ろう」

 

「ああ……ストーブ消してくれないか。俺、戸締りしてくるから」

 

「うん、分かった」

 

 あたし達のすぐ後ろにある灯油ストーブのスイッチを切る。そして、借りていた椅子を元の位置に戻して、ヒッキーと一緒に事務所を出た。

 外は雪がしんしんと降っていて、いよいよ寒い。ヒッキーがさっき、車のエンジンを掛けておいてくれたおかげで、車の中は温かかった。車に乗って、ホッと一息ついた時、何気なくヒッキーと目が合った。そして、お互い何も話さないまま、手を握りながら自然と口づけを交わした。

 この雪に閉ざされた車という密室にたった二人きり。何てことは無い状況なのに、それが妙に心を掻き乱した。唇を離した後、ヒッキーは顔を赤くして。

 

「お、送るよ」

 

 それだけ言った。

 あたしは今本当に幸せだ。好きな人と一緒に居られて、好きな人があたしの事を見てくれていて、温かく包んでくれている。だけど……

 

 これだけじゃ……

 

 やっぱり足りない……

 

「ヒッキー……今日は一緒にいたい……な、あ、朝まで……」

 

 あたしの手を握るヒッキーの手に、力が込められるのを感じた。

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