『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(3)ヒッキーと同棲したい

「……先生! ……由比ヶ浜先生!」

 

「へっ! は、はいっ!?」

 

 ふと、顔を上げると、すぐ前に青葉先生の顔があった。そして、そんなあたしに他の先生たちも顔を向けてきている。青葉先生が小声であたしに囁いた。

 

「だいじょうぶですか? 赤い顔してぼーっとして。もう、朝の会議終わりましたよ? まだ熱あるんじゃないですか?」

 

「え? あ、あー……そ、そうなんです……ま、まだ、ちょ、ちょーっと熱があるかなぁ……なんて、あはは……」

 

「無理しちゃだめですよ。もうすぐ冬休みなんですから。せっかくの休みに具合悪かったら、彼氏さんと良い事出来ませんよ」

 

 ニヤァッと笑った顔を近づけて青葉先生がそう話す。

 ぶふぁっ! が、学校でなんてことを言うの!? この人はもう!! 

 でも、そんなあたしは、仕事休んでヒッキーと……

 うわわわわ、な、何考えてるのあたしは! 

 そ、そんなこと思い出しちゃダメ! 絶対ダメェ!!

 俯いた私に青葉先生がさらに声をかけてきた。

 

「あらら……やっぱり具合悪そうですねぇ? 今日は、私も手伝いますから、早めに上がってくださいね」

 

「そ、そんな、悪いですよ」

 

「ま、ま、気にしないで。困った時はお互い様ですよ。私もお願いするかもしれませんしね」

 

 パチリとウインクをした青葉先生は、すぐにあたしの手元から、子供たちに配る学級通信の原稿を奪い取ると、それを見ながら、パソコンに向かった。

 あたしは、申し訳ない思いでいっぱいになりながら、1時間目の授業の教材を手にして、職員室を後にした。

 

 

 

 

 ヒッキーの家でのあの時間は、まるで夢の様だった。

 思い出せば……ううっ、あの日の事を考えただけで、顔が熱く火照ってしまうけど、同時にこれ以上ないくらいの幸せに包まれる。

 この世の中にこんなにも愛しくて幸せな行為があることをあたしは初めて知った。だから、ヒッキーと少しでも離れたくなかったんだ。

 

 青葉先生のおかげというか、自分の身勝手のせいというか、とにかくあたしは早くヒッキーに会いたくて、定時に上がることにした。今日はまた二人で会おうと約束をしていたし。

 ふふ……こんなに早く会いに行ったら、驚くだろうな……

 そうだ! 今日は会社まで行ってしまおう。

 そんな思いに胸を躍らせながら、あたしはいつも通り守衛さんに挨拶してから正門を出た。

 なんとなく守衛さんにはあたしの変化を見破られているような気がして、恥ずかしい気分になる。でも、いつもと変わらない笑顔を向けられると、やっぱり安心出来た。

 なんだか、おじいちゃんに見守って貰ってるみたいで……そんな年齢じゃないから、こんなこと面当向かっては当然言えないけど、こういう優しい人が近くに居てくれて本当に良かったと思う。

 あたしは恵まれているな。

 全ての幸せが、目の前で形になってあたしを包んでくれている。

 そんな思いを抱けるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

「では、きちんと話してもらおうかしらねぇ」

 

「は、はい?」

 

 あたしとヒッキーが並んで座るソファーの反対側に、ニヤニヤと微笑みを浮かべた橋本さんが脚を組んでこちらを眺めていた。

 横に居るヒッキーはといえば……

 なぜか、頬を赤く染めてお茶を飲みながらそっぽを向いてるし。

 な、なに? どういう事? なんで顔を背けるの?

 橋本さんはソファーに深く寄りかかったまま、脚を組み替えると、大げさな感じで言った。

 

「あーあ。この前のプレゼンは大変だったなー……どっかの誰かさんが急に病気になっちゃうから、一人で……一人ぼっちで、ぜーんぶやったんだよねぇ……絶対失敗出来ないプレゼンだったのになー、あー、本当に大変だったー」

 

 え? なんでこんな事言うのかな? 

 入った瞬間にここに連れて来られちゃったし……って、ま、まさか、あの日の事!?

 

「まあね。あなた達が作ってくれた資料が良かったからさ、特に問題もなかったんだけどねぇ。でもねえ、まさか本当に二人でイチャコラしてたなんてねぇー、由比ヶ浜ちゃんには冗談のつもりで言ったのになぁー」

 

「な!?」

 

 慌ててヒッキーの方に首を向けたら、更に向こうに首をねじって、あたしから逃げた。

 ひ、ひ、ひ、ヒッキー!? 

 ま、まさか……言っちゃったのぉ!?

 愕然となって、顔を橋本さんに向けたら、彼女は不敵な笑みを浮かべてあたしに話しかけてきた。

 

「いいな、いいな! こっちは男日照りで苦しんでるっていうのにな! で、貴方達、何回シたの?」

 

 ぶふぉっ!

 

 急にヒッキーがお茶を吹き出した。き、汚いよ……ホントに!

 あたしは慌ててハンカチを出して、吹きこぼれたところを拭く。ヒッキーは顔を赤らめたままで、橋本さんに言った。

 

「い、いや……橋本さん。もういいでしょう。俺だけならともかく、由比ヶ浜まで巻き込まないで下さいよ」

 

「ええー!? いいじゃなーい。どうせ寝る間も惜しんで励んでたんでしょ!? ほら、こういうのなんて言うの? 『しあわせの御裾分け』? じゃない? だから、もっと、具体的にね、ほら、こんなことしちゃった、とか、あれが凄かった! とかさ! ねえ!」

 

「い、いや……そんなお裾分けありませんから。やっぱり人にいう事じゃないでしょう」

 

「えええー? ケチ」

 

 ケチって……

 ううう……顔あげられないよぅ。

 なんで、こんなに嬉々として聞いて来るの? この人は?

 でもひとしきり弄って、満足したのか、橋本さんは真っ赤になってるあたし達を見て、ケラケラ笑いながら、一枚のプリントを差し出した。

 

「本当に可愛いわね、貴方達って! だ・か・ら……これはお姉さんからのプレゼントだよ」

 

 その差し出されたプリントを、ヒッキーと二人で覗きこむ。

 それは賃貸住宅のチラシだった。

 でも……随分と広い。玄関から入ってすぐに大きなリビングダイニングキッチンがあって、そこを囲むように3部屋もある。そのわきにやはり大き目のお風呂と、トイレが並んでいた。普通の家ではなさそうな感じ?

 なんだろうと疑問に思いながらヒッキーと顔を見合わせた。そんなあたし達の事を見ていた橋本さんが口を開く。

 

「実はね。あるお客さんから頼まれて、今流行りの『シェアルーム』用の部屋をこの北見にも作ったんだけど、需要がほとんど無くてね、借り手がなかなか見つからないのよ。それでね、リフォームするにもお金かかるし、大家さんも借り手さえいればこのままで良いって言ってくれててね。そこで、この部屋を丸々、雪ノ下建設が借り上げることにしたのよね……そこで」

 

 橋本さんは、上着のポケットから電卓を取り出すと、凄い速さでそのキーを叩いた。そして、ひとしきり計算した後、あたし達にそれを差し出した。

 

「もしあなた達が良いなら、ここに二人で住んでも良いよ……で、あ、家賃はこれね」

 

「こ、これって、いまあたしの住んでるアパートより安いんですけど!?」

 

 むふふんと笑った橋本さんが、手を揉み始める。

 

「こんなに良い物件他にありませんよ。しかも去年建ったばっかりのマンションの1階。決めるなら今でしょ!!」

 

 目をぴかりんっと輝かせて、営業トークであたしとヒッキーに迫る。正直どうしていいのか分からないけど、

これってつまり……

 

 

 『同棲』だよね。

 

 

「わわわわ!!」

 

「どうしたの由比ヶ浜ちゃん?」

 

 急に色々思い出して恥ずかしくなって顔を覆ったあたしに、橋本さんが声をかけてくる。うう……今は何も聞かないで!

 

「あのですね」

 

 そんなあたしを他所に、ヒッキーが声を出した。

 

「急に言われても、すぐには決められませんよ。俺も由比ヶ浜も。だから、ちょっと待って貰えませんか?」

 

「ええー!? 比企谷君、こういうのは出会いなんだよ! 逃したら終わりなんだよ! 男ならここは決めるべきじゃないのかね?」

 

「うッ」

 

 ええ!? なんでヒッキータジタジになってるの? 完全に言い負かされちゃってるし。

 でも……

 確かにこういうのは『出会い』なのかもしれない。

 あたしはどうしたいんだろう?

 あたしは……

 俯いたまま、隣に座るヒッキーの袖をちょいちょいと引っ張った。そして、あたしの方を向いたヒッキーの耳元に小声で囁いた。

 

”あ、あたしは……一緒に……住みたい……よ”

 

 言った瞬間、ヒッキーの顔が焼けた鉄みたいに赤く染まる。ヒッキーはカチコチに固まったその表情のまま、橋本さんへと言った。

 

「は、はひ!! じゃ、じゃあ、ここ借りまふね」

 

 橋本さんはそれを聞いた瞬間にんまりと笑って立ち上がる。

 

「良かったぁ! ありがとうね二人とも! 今月中に借り手が見つからなかったら、私の責任になっちゃうとこだったのよー! いやあ、ホントに良かった! ありがと!じゃあ、契約書持ってくるね! ルン!」

 

「え?」

 

 軽い足取りでパタパタと自分の席に向かった橋本さんを見ながら、あたしと、ヒッキーは顔を見合わせた。

 ヒッキーの顔はやっぱりまだ真っ赤だ。

 多分あたしの顔も……

 突然の事で、ドキドキが収まらない。でも……

 不思議と不安は感じなかった。

 すごく嬉しかった。

 ヒッキーと一緒に暮らせる。

 一緒に居られる。そのことを思うだけで、胸が高鳴った。だから……伝えよ……ヒッキーに……素直に……『よろしく』って。

 

「ヒッキー……これからさ……」

 

「これから毎日二人でヤリまくれるね!」

 

 

 ぶふぉっ!!

 

 

 その橋本さんの言葉に、再びお茶を吹いたヒッキーが真っ赤な顔で白目を剥いていた。

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