『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(7)ヒッキーと同棲したい

 その日から、あたしの周囲は明らかに変わった。

 具体的にはなんと言えばいいか難しいのだけど、どこか違う。

 いつもと同じ通勤路、いつもと同じ職場、いつもと同じスーパーでのお買い物。いつもと同じ新居の自宅……のはずなのに、やはり何かが違う。

 何かを感じるの。そう、誰かがいる気配のような……誰かに見られている視線のような……

 ふとした時に感じるそんな『何か』に、その都度背筋がひやりとしてしまう。

 そのことを、ヒッキーも同じように感じているようで、あの雪道で誰かに息を吹きかけられた日の翌日から、ヒッキーはあたしを学校まで送ってくれるようになった。

 ヒッキーの職場からすれば大分遠回りにはなるのだけど、あたしのことが心配だからってことで、一緒に歩いてくれている。

 そのおかげなのか、確かに気配は感じるのだけど不審な人影を見かけることはなかった。

 いや、ひょっとしたらあたし達のただの被害妄想で、そんな怪しい存在は最初からいなかったのかもしれない。

 でも、そうではなかったとしたら?

 誰かに見られていて、誰かが常にあたしの周囲にいる。

 その誰かは、背の高い、あの人なのでは?

 

 そう思うたびに罪悪感とともに、怖いという恐怖心が同時に浮かび上がってきてしまう。

 だからあたしはヒッキーを頼って、彼に守ってもらいながらただ日々を過ごすしかなかった。

 

 そして数日がすぎ、一緒に通勤していたヒッキーがぽそりと言った。

 

「やっぱ、お前が狙われてるなんて、俺の『気の所為』だったのかも?」

 

「はいっ!?」

 

 にやぁっとちょっとおどけた感じで笑うヒッキーに、あたしの頬がひきつる。

 

「ええ? だって、ヒッキー毎日あたし以上に周りを気にしてたじゃん。近くに誰かいないかって用心深くさ」

 

「ああ、ま、それはあれだ。俺には隠れている奴を見つけられるようなスキルなんてねえから、あえて必要以上に慎重に見てまわってたってだけでだな」

 

「じゃ、じゃあ、江ノ島さんのことは……」

 

「それはあれだ。お前から江ノ島さんの話を聞いてひょっとしたらっておもっただけのことだ。ただの俺の勘だ」

 

「なら、あの時、耳元に感じた人の息みたいなのはなんだったの?」

 

「それは……風でも吹いていただけだったのかもしれない。なにしろ、俺があそこに行ったときには、本当にお前一人しかいなかったからな。まあ、別に最初から疑っていたわけじゃないが、何かあったらまずいかと思ってああ言っただけだ」

 

「か、風……?」

 

 頭を掻くヒッキーを見ながら、ひょっとしたら彼の言う通りなのかもしれないと少し思いはした。

 でも、ここ数日誰かに見られているような感覚は確かにあって、それがとても不気味に思っているということも事実。

 それがやっぱり被害妄想だったということなのかな?

 なんだか、だんだんわかんなくなってきた。

 

 あたしが色々思案していると、ヒッキーが言った。

 

「ま、用心に越したことはねえから、これからもしばらくは二人で行動しよう……ただ、悪いが今日の帰りだけは俺は迎えにいけないんだ」

 

「残業か出張なの?」

 

「ああ、そんなとこなんだが……ちょっと女満別空港まで人を迎えにいかなきゃならなくてな」

 

 そう言いながらヒッキーはくしゃくしゃっと頭を掻いた。

 これはなんだかとても面倒に思っていそうだな。

 そう感じたのと、どうせ仕事の関係だろうと思ったのであえて誰を迎えに行くか聞かずにあたしは言った。

 

「なら、今日は青葉先生と一緒に帰るよ。先生途中まで道が一緒だから」

 

「ああ……あの三つ編みおさげの背の低い人か」

 

「もう、背が低いとか、そんなネガティブな言い方ダメだよ。とっても可愛い人でしょ?」

 

「お、おお……お前がそう言うんなら、可愛いんだろう? どうもな、女性の可愛い基準が俺には良く分からなくてだな」

 

「ほんっとヒッキーっていつまでたってもそうだよね。いい? 女の人のことを話すときは、その人のこと悪く言っちゃ絶対ダメ。みんな誰でも結構いろんなコンプレックス持ってて気にしているんだから!」

 

「コンプレックス? そうなのか? ふーん。お前はそういうのなさそうだけどな」

 

「あるし! めちゃくちゃあるし!」

 

 胸とか胸とか胸とか!

 ほんっと、これが大きくてどれだけ嫌な思いをしてきたか。

 歩くと揺れてバランス崩れるし、肩は凝るし、男の人たちとかむねばっか見るし!

 そう言えば、ヒッキーはそんなに見……

 

「って! 胸をそんなにガン見するなー!」

 

「わわっ! す、すまん。いや、お前のコンプレックスって、それかなとか思ったからよ」

 

「思ってたらなおさら、見るなー!」

 

 もう、ヒッキーはそんなに見ないでくれてるなって思っていた傍から、おっぱい見るんだもん。

 ま、まあ? ヒッキーにならその……見られても別にいいんだけど?

 

「なんか言ったか?」

 

「んん!? なんにも! なんも言ってないし!」

 

 勘が鋭いのかなんなのか、ヒッキーはあたしをちらりと見る。

 目というか頭の方に視線を向けているのは、胸を見ないようにしているということかな?

 まったくもう、この人って本当に不器用なんだから。

 

 そんなヒッキーのおかげというか、色々話していたおかげで少しだけど不安はなくなった。

 ヒッキーの言う通りかもしれない。

 気のせい、あたしの気にしすぎ。

 そうであるなら、あたしももうこんなに緊張しなくていいのだし。

 

「とりあえず、今日は少し遅くなる。気をつけて帰れよ」

 

「うん。わかった。ありがとうね」

 

 あたしの学校の前まできてヒッキーはそう言って手を上げて、雪ノ下建設の事務所の方へと向かって歩いて行った。

 あたしは振り返らずに校門をくぐり、早めに登校してきた子供たちに挨拶しながら校舎へと入る。

 

 この時……

 校門陰に立っていた一人の背の高い男性が、登校してくる子供たちとは反対方向へと歩みさったことを、あたしは後日子供たちの口から聞くことになる。

 

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