『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー   作:こもれび

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(11)ヒッキーと同棲したい

「だぁから聞いて欲しいのよ。ィック! わたしはぁ、こんなにいい女なのにぃ、一人だけの寂しいくりすますなのでしたぁ」

 

「橋本さん、飲みすぎじゃねーか?」

 

「ばぁろー比企谷、ラブラブな相手がいる君に、ィック……私の荒んだこのココロのことは絶対理解できないのよぃ……ィック!」

 

「ああ、はいはい」

 

 ヒッキーは橋本さんの相手をしつつ彼女の近くにおいてある焼酎やワインの瓶をさっさっとどかしていくのだけど、橋本さんはどこからとってきているのか、次々とお酒を開けて浴びるように飲み続けていた。

 正直もうどれくらい飲んでいるのか完全に分からない。

 でも、こんなに飲んでいて確かに酔ってはいるのだけど、しゃべり続けていられることが素直に凄かった。

 

 あたしたちは新居の共有スペースでもあるリビングで、炬燵に入って魚介の水炊きとジンギスカン鍋をつつきながらお酒を飲んでいる。

 ジンギスカンマトンを多めに買っていたことと、このマンションの大家さんに挨拶に行った際にエビとカニをもらっていたので、あたしと橋本さんの二人で、それを全部解凍して野菜と一緒にすぐに煮込んだ。

 後は、ヒッキー達がスーパーに寄って買ってきたオードブルが並んでいる。

 炬燵の上に並べて、あたしとヒッキー、隣に隼人くん、向かいに江ノ島さんで、その隣、あたしの横に橋本さんという感じで並んで、そのまま乾杯。

 このとりとめのないメンバーで急遽飲み会が始まり、しばらくして橋本さんがへべれけになりつつ江ノ島さんとヒッキーに絡み出して今に至っているというわけ。

 隼人くんはそんなメンツのみんなの話を聞きながら、相槌を打ちつつ終始笑顔だ。

 なんだか、高校のころにみんなと話していた時を思い出す。

 

 江ノ島さんは暫く愛想笑いをしつつ橋本さんや隼人くんと会話をしていたのだけど、今は黙って鍋を食べていた。

 そんな中、橋本さんに絡まれていたヒッキーがあたしを見た。

 その目が言っていた。

 

『さっさとお礼を言え』と。

 

 うぇえええん。そ、そうだよね。

 その為にこんなパーティみたいにしたんだもの。

 でも、本当に気まずい。

 うう……江ノ島さん本当にごめんなさい。

 心の内で謝罪しつつ、顔を上げてみたら、ヒッキーがくいっと顔を江ノ島さんへと向けていた。

 ひぇええ。

 あたしは覚悟を決めて、軽く深呼吸をしてから江ノ島さんを見た。

 

「えっと……江ノ島……さん?」

 

「はい。結衣さんっ! 本当にすいませんでした」

 

「へぇ?」

 

 あたしが声を掛けた途端に江ノ島さんがあたしへと頭を下げる。

 その突然の行動に思わず変な声が出るも、どうしてそんなことをして、なんで謝ったのか理解できなくて、あたしも動けなかった。

 そんな中、江ノ島さんが言った。

 

「私は……ぼ、僕は……結衣さんに嫌な思いをさせてしまっていたのかもしれません。今までずっと、あなたに気安く話しかけたり、家族にするように振る舞ったり、僕はどうも勘違いしてしまっていたようです」

 

「い、いえ、そんなことは……思ったことはありませんでしたけど?」

 

「いえ、そうなんです! 僕は結衣さんのことを、由比ヶ浜支社長より頼まれていましたから、あなたをどこか身内の様に見てしまっていたのです。知らず知らずのうちに。それを、この数週間で嫌というほど思い知りました。本当にすいませんでした。あなたがどれだけ僕のことをキモイと思ったか、それを思うだけで死にたくなるほどに」

 

「ええっ!? き、キモ? いえ、いえいえ。キモ……とかなんて、まったく全然これっぽっちも思ったことないですってば」

 

「いえ! 絶対キモイはずなんです! だって、僕が一番キモイと思っているんですからっ!!」

 

「「ひぇっ!」」

 

 ダンっ!!

 と日本酒が入ったコップを炬燵へと叩きつけた江ノ島さん。

 ヒッキーとほぼ同時に驚いて跳ね上がった目の前では、江ノ島さんは跳ねて溢れ出たお酒に濡れた手を震わせながら、話を続けた。

 

「僕は……もう分からなくなっていたんです。結衣さんのことは僕が見守らなくちゃならないのに、いつのまにか結衣さんには比企谷さんという彼氏さんが出来てしまって、もう僕が見守らなくてよいかもと思いつつ、でも、支社長から頼まれている約束は守らなくてはならなくて、だから、僕は……僕は!!」

 

 そう言いつつ声を震わせる江ノ島さん。

 江ノ島さんはすごく責任感がある人だってことはあたしも知っている。

 だからパパも信頼して、こっちの方の仕事を全部江ノ島さんに任せたのだもの。

 そんな責任感の強さから、あの時……『()()()()』通りかかったあの時に、変質者に襲われているあたしを見つけて助けに飛び込んでくれたということだったんだろう、自分がけがをするかもしれないというのに、そんなことはおかまいなしに。

 

 あたしは江ノ島さんの方に向き直って頭を下げたままで口を開いた。

 

「江ノ島さん……本当に、本当にありがとうございました。助けて頂いて、本当に。それと、お礼を言うのが遅くなってしまって、ごめんなさい」

 

 言えた。

 やっと言えたよ。

 彼があたしに対してどう思うのかはわからない。

 でも、あたしの気持ちだけはこれで漸く伝えることはできた。

 今は、それだけでいい。

 心に引っかかっていた小骨のようなものがやっと取れたような安堵があったから、あたしは彼へ、やっと笑顔を向けることができた。

 そうしたら、江ノ島さん。

 

「いえ……、そんなことは気になさらないでください。キモイ僕のことなど、本当に」

 

「で、ですから、あたしそんなこと全然思っていなくて……」

 

「結衣さん。今の僕にはそんなあなたのやさしさが本当につらいんです」

 

「うう……」

 

 まったくあたしの言葉に耳を傾けてくれない江ノ島さん。

 相当酔っているよね? これ?

 あたしは一先ずヒッキーを確認したんだけど、ヒッキーも首を横に振っているし、これはもう今日はこれ以上江ノ島さんと話すことは諦めなきゃ駄目かも……

 

 そんな風に思っていた時だった。

 

「ひゃっほー、江ノ島君、飲んでるぅ? うりうりうりうりぃ。にひひひひ」

 

 そこに日本酒の一升瓶を抱えた橋本さんが乱入してきて、えのしまさんのほっぺに指をめり込ませ始めた。

 江ノ島さんは表情一つ変えないまま、コップを持ち上げて、そこに笑いながら橋本さんがお酒を注ぐ。

 と、それを江ノ島さんはくいと一気に飲み干した。

 

 はわわ…… それ、日本酒だよ?

 だ、だいじょうぶ?

 

 不安に思いつつ彼を見ていると、まったく表情は変わっていないままでまたコップを持ち上げた。

 そこに再び注ぐ橋本さん。

 

「お、おい、もうその辺にしておけよ」

 

「そ、そうですよ! 飲み過ぎは身体に毒……」

 

「今はッ!! 飲みたい気分なんですっ!!」

 

「「ひぇっ!!」」

 

 あたしとヒッキーの言葉に被せる様に、また一気に飲んだ江ノ島さん。

 二人してハラハラしながら見ているそこに、橋本さんが言った。

 

「あははははは、良い飲みっぷりだねぇ! そうそう、飲みたいときは飲むのが一番よっ! ィック……それにしても江ノ島君、よく襲われている由比ヶ浜ちゃんを見つけられたねぇ? これはあれかな? 愛の力ってやつ? 振られたけどね、ニシシシ」

 

「橋本さんっ!!」

 

 茶化す橋本さんにヒッキーが少し怒鳴るように声を掛けると、また江ノ島さんがタンッとコップを机においた。

 そして橋本さんを見据えて言った。

 

「そんなんじゃないです。僕には結衣さんを守るという使命があったのです。ですから、僕は僕の全てを使って守り続けていただけです」

 

 え?

 

「ほほぅ? すべてぇをつかってぇ? ほうほう。具体的にはどんなことをしたのかね、江ノ島君」

 

 手にマイクを持っているかのように構えた橋本さんが江ノ島を促すと彼は胸を張って彼女を見下ろした。

 

「全ては全てです。僕は朝から晩まで、ずっとずっとずうっと結衣さんのことを見守り続けていました、この一週間」

 

 え? え?

 

「朝から晩まで?」

 

「朝から晩までです!!」

 

 フンっと鼻息荒く笑顔になった江ノ島さんは、自信満々に言い切った。

 

「僕は、早朝から結衣さんのマンションの入り口そばで不審者がいないか監視して、通勤中も周囲の警戒を続けていました。日中は多少仕事で結衣さんの職場を離れなくてはならない時間もありましたが、結衣さんの教室、職員室の結衣さんの机、それと、結衣さんの使用しているロッカールームの出入りしている人物を確認すべく、望遠の監視カメラも設置して、それをリアルタイムで監視し続けていましたから彼女の無事は確認できていました」

 

 ぞわぞわぞわぁあ。

 

 背筋に悪寒が走ってヒッキーの腕をきゅっと掴んだんだけど、ヒッキーもヒッキーで真っ青な顔であたしの袖をつまんでいた。

 というか、これってあれだよね? 

 ここ数日間、ずっと誰かに見られていたように感じていたのは、あの捕まった犯人の所為ではなくて、やっていたのはこの江ノ……

 何か結論めいたことが閃きそうになったその時、江ノ島さんがにやりと笑いながら口を開いた。

 

「それにです!! 彼女の帰宅後は、覗きなどの被害があるやもしれませんからね、彼女の入浴中は、僕がずっと風呂場の窓の下に身を隠して不審者が近づくのを警戒していました! 彼女の貞操は完ぺきに守りましたよ!!」

 

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!

 

 背筋の悪寒というか鳥肌がいよいよ最高潮に達した瞬間だった。

 ヒッキーと二人して抱き合って悲鳴にもならない悲鳴を上げる。

 というか、ヒッキーも顔真っ青で腕の鳥肌がすごいことになってるし。

 ひぃっ!!

 

「あのさあ、江ノ島君」

 

「は?」

 

 そんなあたしたちの状況はお構いなしに、江ノ島さんの隣の橋本さんがポツリと一言。

 

「キモ」

 

 シーンと静まりかえった室内で、ただ少なくなった水炊きの汁が、フツフツと音を立てていた。

 

 というか、隣で隼人君がさっさっと、食べ終わったお皿やコップを片付け始めていた。

 

 ま、マイペースだ。

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