『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
ヒッキーと隼人君とゆきのんは、千葉にある国立大学を出たらしい。と言っても、隼人くんは医学部だったので校舎は少し離れていたようだけど、放課後は毎日の様に会っていたそうだ。
それを聞いてあたしは不思議に思ってしまった。
ヒッキーが毎日隼人君とゆきのんと会っていた?
高校の時だって、いやいや部活に来ているようなところのあったヒッキーだったのに、しかも、あまり仲が良い感じではなかった隼人君と会っていたということが、本当に不思議でならなかった。
だから聞いたわけだけどね。
なんで、その三人で会っていたのかって。
すると、ヒッキーが答えてくれた。
「それは、俺達が奉仕部を作ったからだよ」
「奉仕部を? 大学で?」
「ああ、そうだ」
そう言ったヒッキーの隣で、隼人君も頷いた。
そして、つけ加えるように言った。
「うん、雪ノ下さんの為にね。俺達は彼女の為に奉仕部を作って、彼女にその部長をお願いしたんだ」
「ゆきのんの為……」
そう呟いたあたしの前で、ヒッキーが全てを語ってくれた。
× × ×
お前は知らないことだが、実はお前が転校して暫くしてから、雪ノ下の奴は学校に来れなくなっちまったんだ。理由は……まあ、別にお前は気にしなくてもいいことだが、やっぱりお前がいなくなっちまったことが一番の原因だったんだと思う。
あいつはなんだかんだいって、結局のところはただのぼっちだったからな、お前が唯一の友達だったからああなっても仕方なかった。くれぐれも言っておくが、本当に気にするな。このことはあえてお前に誰も知らせなかったんだから。
まあ、そのことはいいんだ。
雪ノ下はしばらくしてからまた学校に来れるようにはなったからな。
だけど、今までとは違った。
以前にも増して無口になって、男子はおろか女子の誰とでも話すことはなくなっちまった。
それと奉仕部だ。
雪ノ下が来れなくなっても俺はずっと奉仕部を開けていたんだが、結局その後あいつがあの部に顔を出すことはなかった。
仕方ないと思った。
もともとはあいつがあいつの為に作った部活だったしな。そこにその本人が来れない以上、もうこの部がなくなってもしかたがないと思っていた。
そのまま俺達は卒業したわけだ。
俺は俺で勉強も捗ったしな、辛くも国立に入学できたわけなんだが、そこに雪ノ下も葉山もいたんだ。
久しぶりに会った雪ノ下は、もう完全に別人だった。
何の覇気もなく、もともとない愛想はもう完全に家出状態で、俺に対してもぺこりとお辞儀する程度。
後で知ったことだが、あいつは早々にマンションを引き払って実家暮らしになって、ずっと母親と一緒だったらしい。それで母親の意向で花嫁修業のような習い事をずっと家でさせられていたんだと。
そうしながらあいつは高校在学中からずっと、お見合いのようなことをさせられてきていたらしい。
同世代の資産家や実業家の跡取りたちと会食をしたり、パーティをしたりだとかな。
その中には、この葉山も入っていたわけだ。
まあ、だけど葉山は、当初から雪ノ下とのお見合いを断り続けていた。
理由は簡単。
三浦だ。
この馬鹿は、雪ノ下とほぼ結納に近いような、正式なお見合いをする直前に、三浦が好きだからお見合いは出来ないとかほざいたんだ。
こいつは、ずっと三浦のことが大事だったのに、親の言いなりに為らざるを得ないとか考えて、想いを伝えていなかったらしいが、寸前で心変わりとか、親がホントに可哀そうだよな。
なに? 俺のせいだって?
人の所為にしてんじゃねえよ、お前が勝手にもやもやしてたんじゃねえか。
まあ、三浦のことはどうでもいいんだよ。
それでだな、大学に入っても雪ノ下のお見合い話はどんどん進んでいたんだ。
それこそ、もう大学辞めて結婚しよう、みたいなところの話まで出ていた。
だが、これを俺と葉山と、あとあの姉だ、陽乃さんの企てというか、説得で退学話を潰したんだ。
せめて大学は出ようと。
で、結婚はせめて少しは働いてからにしようと。
俺と葉山は雪ノ下姉に相談されたんだ。で、あの姉の真意を知ったわけだ。
あの人は、母親の操り人形でしかなかった雪ノ下を変えてやりたかったんだよ。自分で考えて、自分で言って、自分で好きに生きられるようにしてやりたかったんだ。
自分がそうしてしまったから。
そうしたことで、あの母親の期待を裏切ることになって、結果雪ノ下を母親の傀儡にしてしまったから。
雪ノ下さんなりにずっと後悔していたんだ。
でもな、あいつは結局自分では変われなかった。
雪ノ下さんが動いて母親の説得には成功したけど、それで何かが変わりはしなかった。
あいつはまた先延ばしになっただけだったんだ。
そんな時にな、俺は雪ノ下に言われたんだよ。
たまたま通りかかった大学の構内の、黄色く色づいた葉が風に舞っていた大銀杏の木の下でな……
落ち葉を見上げたあいつが言ったんだ。
『高校の頃が楽しかった。あの頃は何かが出来るような気がしていた』
ってな。
それを聞いて、俺は葉山を誘って、奉仕部を作って、あいつを無理矢理部長に据えたんだ。
もうそれしかないと思えたから。
あいつは結局のところ、母親の呪縛を完全に受け入れたまま、心で拒絶し続けていただけだった。
それが何年も何年も続いていただけなんだ。
だったら、傀儡になるにしろ、自由になるにしろ、あいつがそれを自分で受け入れるしかないじゃないか。
だから、あれが俺達の最期のお節介だったんだ。
大学が終わるまでの4年間。
どんなに長くとも、それで終わる俺達の最後のあいつに対しての奉仕、手助けだった。
それが、奉仕部を作る意味だった。
いろいろあったさ。
高校の頃と似たような、似ていないよな、ただ働きも山の様にあったし、面倒くさい人間関係のトラブルの仲裁だとか、合コンのセッティングだとか、宗教の勧誘の手伝いなんてのもあったな、断ったけど。そんなことをずっとやっていた。
やっていて、あいつは……雪ノ下は……
少しは顔を上げられるようになったんだと思う。
だからあいつは、自分で大学院への進学を決められたんだと思っている。
たとえそれが、母親に対してのほんのささやかな抵抗であったのだとしてもな。
その後に、決められた相手との結婚が待っているのだとしてもな。
それでもあいつは自分でそう決めて、そう進んだんだよ。
さあて、これが全部だ。
俺と葉山と、そして雪ノ下の奉仕部の話はな。