『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
ヒッキーは長い話を終えた後にふうっと大きくため息を吐いた。
隼人君も途中でいろいろ補足してくれたけど、概ねヒッキーが言い切ってしまったようで、追加で話すことはほぼ無かったみたい。
でも、優美子のことを説明してくれた。
「優美子と付き合いたいと両親に言ったら、物凄く反対されてしまってね、それ以来俺は両親と険悪なんだ。でも、そうなったおかげでスッキリできて、俺も優美子ときちんと向き合えるようになった。親になんと言われようと、俺はこの気持ちを大事にしたくて、いつか彼女を迎えに行けるようにこうして努力できるようになったんだと思っている。俺はかなりわがままになったよ」
そう笑った隼人君に、ヒッキーが、さっさと迎えに行けない癖に良く言うとか言っていた。
でも、隼人君がそこまで優美子のことを思っていたなんて、なんかとっても嬉しく思えちゃう。
ただ、そう……だよね。
ゆきのんのことだった。
あたしはここ最近までの彼女の様子はまるで知らなかったから。
あたしが大学に在学中、一度だけ北海道に来ていたゆきのんに出会ったけど、あの時、身の上話をしたりすることもなかったし、手紙やメールも最近はあまり送っていなかったしね。
まさか、そんなにつらい思いをしていたなんて……
あたしはヒッキーを見た。
ヒッキーの話しぶり、表情からして、心からゆきのんを心配して行動してきたということはありありと分かった。
でも、もし今の話が全て真実であるのなら、彼女はそうまでして寄り添ってくれるヒッキーにきっと何かを思ったはずなんだ。
そう……
あたしがそうだったみたいに。
ヒッキーに助けて貰って、彼と関わっていくうちに心の中がその色に染まっていったあの時のように。
きっとゆきのんも……
きっと……
胸の内側がじくじくと痛んだ。
これは……
不安……
寂しさ……
それと、
嫉妬……
ダメダメ。
そんなこと思っちゃダメ。
ゆきのんは辛い思いをしてそれにヒッキーたちが寄り添ってあげて、それで少しでも元気になれた。
それは喜ぶべきことで、不安になるようなことじゃない。
第一、ヒッキー自身がそんな素振りを見せてもいないし、彼はあたしに想いを告げてくれた。
そうだというのに……
あたしの知らないところで、苦しんでいたであろう彼女のことを思えば思うほどに、心が苦しく切なくなる。
そして、ここでヒッキーと一緒に居て幸せでいることが、本当に申し訳なく思えてきてしまう。
どうして、ゆきのんはここにいないのだろう。
ただ、悄然とそんな思いを胸に抱いたままで、楽し気に話をしているヒッキーと隼人君を見つめていた。
今はただ……
幸せが苦しかった。
× × ×
それから数日……
あたし達は女満別空港にいた。
隼人君の今回の訪問は、とりあえずのもので、後日インターンとしてくる際には病院の寮に入ることになるみたい。今回は本当に下見兼挨拶だけだったというわけ。
車を降りて、空港ロビーまで隼人君と一緒に歩いた。
たいした荷物もないので、チェックインを済ませればすぐにでも搭乗口に入れるということで、ロビーで色々とお喋りをしていたのだけど、あっという間に時間が来てしまった。
「じゃあ、そろそろ俺は行くよ」
「あ、待って隼人君。これあたし達から、お土産にどうぞ、はい、『赤いサイロ』」
そう言って、黄色い紙袋を渡した。
「赤いサイロ? なんだいそれは?」
「うるせえよ、さっさろそれ持って帰れ。三浦と一緒に喰えばいいだろ?」
「本当に君は毎回それだな。まあ、ありがたくもらうよ」
そう言って鞄にお土産をしまうと、ヒッキーに手を差し出した。
それを、ヒッキーも握り返して固く握手しているし。
わ、わ、わ、なんか、その振る舞いカッコいいよ、ふたりとも。
やっぱり大学でずっと一緒だったって嘘じゃないんだね。
口では悪口みたいになっているけど、すごく仲がいいんだね。
その光景を微笑ましく思っていると、ヒッキーが何か妙にとげとげした感じの視線を向けてきた。
「どうした由比ヶ浜、にやにやして。なんか変なもんでも食ったか?」
「食ってないし! 一緒だし、おなじ朝ご飯だったじゃん、ふたりと!!」
そう声を出したあたしに、隼人君はまた笑った。
「本当に仲がいい。それにしてもいくら結衣と再会できたからって、まさかあの比企谷がこんなに女子と仲良くするなんて……大学時代を知っている俺からすれば顎が外れるほどの驚きだよ」
「ええ? ヒッキーって大学の時どんなだったの? ねえ、ヒッキー教えてよ」
「教えるか」
「なら、隼人くんでもいいから」
「そうだな……ま、一言で言えば……『ミノムシ』?」
「ミノムシ? どういうこと?」
「知るかっ」
「えーと、だから女子に声を掛けられても基本なんにも反応……おっと、もっと話したいのはやまやまなんだけど、もう時間いっぱいみたいだ。結衣、また今度こっちにきたときにでもゆっくりと話してあげるよ。それじゃあ、また。ふたりとも、元気で」
「おう」
「うん、またね。隼人君」
手を振る隼人君はそのまま出発口に向かって消えていった。
一度千葉に帰ると言っても、またすぐにくるみたいだし、そんなに長いお別れではなさそう。うん。またすぐ会えるね。
とりあえずヒッキーの大学時代のあれこれは、事細かに教えて貰わないと。
本当にどんなだったんだろう、凄く気になる。
「嬉しそうだな由比ヶ浜」
「うん」
「葉山に会えたから……か?」
「え?」
なんだかもじもじした感じで小声で話してきたヒッキーに気が付いて見て見れば、少し寂しげな顔になっているし。
それを見て、あたしは彼へとすぐに抱き着いた。
「お、おい」
少し慌てたヒッキーは、手をわたわたと動かしていたから、その左手をあたしの左手で捕まえて、そのままきつく握りしめた。
そのあたしたちの手にはあのプレゼントのピンキーリングが光っている。
彼の手の感触を確かめながらあたしは言ったの。
「ヒッキーと一緒だから、嬉しいんだよ」
「お、おお?」
ちょっと緊張しているようなヒッキーの声に、あたしはもう一度強く抱き着いた。
あたし達はまだ初心者だ。
友達だった期間も短くて、付き合い始めて間もないし、男女の営みだってまだまだだし、同棲を始めてからだってまだ一月も経っていない。
だからなんにもできなくて当たり前だし、なにもかもが初めてだらけで、緊張したり怖かったりもする。
でも、それを繰り返していくんだ。
繰り返して、重ねていくことで、あたし達はあたし達だけの二人になっていくんだ。
そうなりたいんだ。
心の中にあるいろいろなもやもや、そんな全てをもいつか包み込めてしまえるほどに、あたしはヒッキーへの愛情を育てるんだ。あの家で。そこから始めるんだ。
今はそれだけを思うことにした。
「帰ろヒッキー。あたし達の家に」
「そうだな」
二人で手を繋いで歩み出す。
そんなあたし達の前に、その娘がいた。
「あれあれあれぇ? 先輩と結衣先輩じゃないですかぁ? こんなところで何をしているんですかぁ? あ、わたし国内線の
にこりと微笑んだその航空会社の制服姿の小柄な女の子は、あたしとヒッキーの後輩ちゃんだった。
彼女に飛びついて挨拶した直後、実はうちの家がねえと、お得物件の話をすぐに教えてあげたのだけど、となりでヒッキーがものすごく嫌そうな顔になっていたことに、あたしは気が付かない振りをしたのだった。
第二章 ヒッキーと同棲したい Fin
第三章へ続く
これで第二章は終わります。
大分修正してしまったので、以前の話を読んだ方にはかなり違和感がかるかもしれませんが、これが正史ということでおねがいいたします(笑)
さて、ではここから閑話を挟んで第三章ですね。
明日投稿出来たら、全部アップしてしまいますね。
では、また。