『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
翌朝、またみんなで早起きして再び湧別の愛菜さんのお店をみんなで目指した。
ちなみに、昨夜材木座君と彩ちゃんはあたしたちの家に泊まった。
リビングに二つ布団を敷いて上げたら、なぜか勝ち誇った顔の材木座くんの横でヒッキーが目を見開いて歯ぎしりしていたけどね。あ、パジャマ姿の彩ちゃんはやっぱり可愛かったな。
昨日隼人君が聞いたところによると、愛菜さんは朝の6時頃に、近くの公園まで犬の散歩に出かけているらしい。
そこで今回あたしたちもその公園へと行ってみた。田んぼの中の道を進んで辿り着いたその公園には青い汽車の客車が置かれていた。
見ればキャンプ場も併設されているようで、何張かテントが張られていて、その外でキャンプ道具で炊事をしている人もいた。
車から降りてなんとなくその客車へと向かってみたら……
「あれ? この電車、中が座敷みたいになってるな」
ヒッキーに言われて覗き込んでみれば、そこは絨毯敷きの大きな部屋の様になっていた。
すごいって思わず叫びそうになったけど、奥の方に寝袋がいくつか見えたので、声を出すのを止めた。
どうやらここは簡易宿泊所って感じのところらしい。
いわゆる北海道に多くある『ライダーハウス』って感じなのかな?
一応宿泊金額が看板に書いてあるけど、とんでもなく安かった。ツーリングなどを楽しんでいる人たちが素泊まりするための施設なんだよね。そんなことを以前ヒッキーに教えてもらったもの。
さて、そんな感じの半分公園、半分キャンプ場なそこで、朝食がてらヒッキーがアウトドア用品を使って簡単なスープを作ってくれた。
あたしは早起きして握ったおにぎりを取り出してみんなに手渡して、それで朝ご飯に。
なんか、朝からデイキャンプのようなことをしてしまったね。
「先輩と結衣先輩……なんか手慣れてますよね。ほんと、いつの間にそんなに料理上手になったんですか」
お握りを頬張りながらスープを冷まし冷まし飲んでいたいろはちゃんにそう言われ、なんだかちょっと照れてしまった。
「は? 何言ってんだ一色。こんなの料理上手のうちにははいらんだろ。こんなの誰でもすぐに出来るようになる」
「そ、そうなんですか? うう……なんでしょう、料理だけは先輩方に負けない自信があったんですけど、すごい敗北感です。このおにぎりとスープとっても美味しいです」
言われて本当に嬉しいんだけど、なんだか複雑だよ。
「あ、ありがとうね、いろはちゃん」
「いやとっても美味しいよ、由比ヶ浜さん」
「本当だよ」
「うむ。これは、まさに至宝の御結びであるな。縁結びと御結びを掛けるその心意気、我感動しまくりでござる」
「いや、それは単にご飯残っていたからおにぎりにしてくれと俺が結衣に頼んだだけだ。所謂、残り物だな」
「はぽぉんっ!! せっかくのセルフ景気づけが残念な感じに!!」
「あ、ほら材木座君。良く言うじゃない、残り物には福があるって。きっとこのおムスビ御利益あるよ」
「まあそうだな……きっと残り物の福って、捨てられる前にやっともらってもらえたって感動が加味されるんだよ。良かったな。きっと残り物のお前は人並み以上に嬉しく感じる未来がきっとお前を待ってるよ」
「比企谷……それうまいこといっているようで、相当材木座君を責めている感じだよ」
「うるせえよ葉山。印税生活の舐めたこいつを素直に祝福してやるものか」
「ああっ! 先輩本音だだもれですよ。ついに隠す気もなくなりましたね」
「感謝しているなら、今度網走のオ〇ベルジュとかに招待しやがれ。俺はたまには高級ホテルでのんびりしたい」
「うわ、欲望丸出しだヒッキー」
「わかったぁ!!!」
「「「「「ひっ」」」」」
突然材木座君が大声を上げたので、みんなで思わず悲鳴をあげちゃったんだけど、彼は鼻息荒くぜんいんの顔を見ながら言った。
「皆の衆、これだけ親身になってもらっているのだ。当然必ず謝礼はいたす。オービルでもモービルでもなんでも用意してみせようぞ!」
と喜色満面に言い放ったところに、ヒッキーが歩み寄ってその肩をぽんとたたいた。
「オ〇ベルジュな。ちなみに、ここにいる全員で一泊と二食つくと、ざっとこんな感じだ」
そう言ってスマホの画面で電卓をたたいたヒッキーのそれを見ていた材木座君の顔がみるみる青ざめていって……
「えと……と、戸塚編集? 原稿料の前借とかそんなのは……」
それを聞いた彩ちゃんの表情が、いきなり冷たいものに変わった気がしたんだけど。
そして。
「そうだね。とりあえずその話を出す前に、原稿出してもらおうかな」
「へぶぅっ!!」
彩ちゃん結構作家さんに厳しい編集さんだった。
× × ×
少し肌寒くもあった公園で、簡単なキャンプを楽しんだあたしたちは、お喋りをしながらも周囲の人たちに注意を向けていた。
特に犬を連れた散歩の女性に。
あたしたちも結構早くここに来たのだけど、そんなに多くはなかったけど、この公園の近くを歩いている人たちは確かにいた。
そして、しばらくたった時のことだった。
「材木座君。来たみたいだよ」
「へぷん」
遠くを見ていた隼人君がそう言った先を眺めてみれば、スウェットを着て大きな犬を連れたショートカットの女性が田んぼ中の道を歩いてこちらへと向かってきていた。
それを見止めたあたしたちはみんなで車へと退避。
材木座君だけはあらかじめ用意していたジャージ姿で、彼女が来る方に向かって歩かせた。
こうやって行かせることがそもそも難しかったのだけどね。必死に抵抗されて、絶対無理、我死んじゃうからとか、そんなことを言って涙目になっていた材木座君をむりやり押し出したわけだけど、はっきり言って、昨日以上にガチガチで、挙動は明らかに不審者のそれだった。
それでも、これは材木座君の問題なのだからと、頑張れと心の中で応援しつつ、その成り行きを見守った。
ヒッキーがいうには、このアプローチは十中八九失敗するとのこと。
すれ違う際もなにも声をかけられないだろうとヒッキーは言っていた。
だったら、こんなことさせなきゃいいのに、可哀そう。そう思っていたのだけど、結局は材木座君が自分で何かを行動して、その結果を受け容れることが重要なんだよね。
結局あたしたちの奉仕活動は、魚の取り方を教えることであって、魚を取ってあげることではないということ。
これは変わらない普遍の考え方だった。
材木座君は彼女に向かってあるいて、そしてそのまま何も出来ないままにすれ違ってしまった。
やっぱり難しかったよね。
そう思った時だった。
「あの……おはようございます。昨日お店にいらしてくれた方ですよね」
すれ違い、そして少し行ったところで彼女が振り向きざまにはっきりとそう材木座君へと声を掛けた。
すると、彼はギギギとまるでさび付いた玩具の様に振り向いて、そのまま大きくうなずいてみせた。
「ああ、やっぱり。この辺りの方なんですか?」
そんな風に気安く話しかけてくれる彼女に、材木座君も一言二言でいろいろ返しつつ、結構な時間話を続けた。
それからしばらく会話を続けた後で、彼女が時計を見てかた言った。
「また良かったらお店にいらしてくださいね。それでは」
そう言って手を振った彼女がこの車の脇を通ったのだけど、その瞬間何故か全員身を屈めて隠れてしまった。
別にそんな必要なかったはずなのに、なんでかな? 盗み聞きしてしまった罪悪感からなのかな?
みんなで置きあがって顔を見合わせて、思わずみんなで苦笑した。
そして材木座君が帰ってきた。その顔はもう緩み切ってデレデレで。
「あいなたぁん。まじ天使ぃいい」
「おい材木座しっかりしろよ。きちんと告白できたのか?」
そうヒッキーに聞かれてもデレっとしたままの材木座君。ゆっくりと首を横に振るんだけど、もうそれどころじゃないみたい。
その日はそれで終わりになって家へと帰った。
その日から、材木座君はうちのシェアハウスに泊まり込み続けることになる。
毎朝愛菜さんに会いに行くために。
ほぼ毎日少し離れた湧別の公園まで散歩に行く彼は、日中物凄い勢いで小説を書いているみたい。
仕事から帰宅すると、夕方には彩ちゃんがにこにこ笑顔で毎日出版会社に書きあがった小説をメールしていた。
どうも溜まっていた二作品分の小説を、わずか3日で全部書きあげてしまったみたい。凄いやる気だよね。
毎朝の散歩デートは本当にうまくいっているようで、出勤前のあたしたちと会うときにはいつもホクホクした笑顔だったし。
これはひょっとして上手くいくんじゃないかな?
できたら、そろそろおうちに帰ってほしいなあ、そんな風に思い始めていた時のことだった。
玄関のチャイムが鳴って出てみれば、そこには深緑のスーツ姿に帽子姿の初老の紳士が。
誰かなと思いつつ声をかけてみれば、その帽子を脱いで頭をあたしたちに下げてきた。
その様子に、あたしだけでなく、ヒッキーも隼人君もいろはちゃんもびっくりしているし。
そしてその紳士が言ったの。
「ワタクシは樺太家を後見している
『は?』
そんなことを急に言われて、全員の目が点になった。
当然材木座君もだけど、なぜか真っ青な顔になっていた。