『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
「ええと……それはどういう……」
思わずそう聞いてしまったけど、玄関で立ったままというのも申し訳ないと思ってリビングへと上がってもらうことにした。
そこにいるみんなが全員緊張しつつ姿勢を正すのを見ながら、その羽門さんを円座の座布団の一つへと案内した。
彼は失礼しますと言いつつ、きちんと正座してその卓へとついた。
そそくさといろはちゃんがお茶を淹れに行く脇で、あたしとヒッキーが並んで、更にその隣に隼人君と材木座くんという並び順。
羽門さんはあたしたちをぐるっと見回した直後に、まっすぐ材木座君を見て深々と頭を下げた。
「四郎様……どうかこの通り。愛菜のことをお諦めください」
「ふぇえ!?」
材木座君も驚いた顔になっているのだけど、いったいどうして彼のことが分かったのか。
その理由はつぎのヒッキーのこの質問の後でわかることになった。
「どうして、こいつのことを四郎なんて呼ぶんですか? こいつは材木座義輝が本名なんですが」
「おお、左様でしたか。これは失礼いたしました。なにしろワタクシめは、この愛菜の『すまほあぷり』のお相手としてでしか、あなた様のことを知りませんでしたもので」
そう言いつつ、その大きな手で不器用に操作して現れた画面をあたしたちに見せてくれる羽門さん。
それを覗き込んでみれば、このまえ材木座君に見せて貰った例のアプリの画面で間違いなかった。
そこには材木座君の写真と、その下に『天草四郎』という名前もきっちり入っているし。なるほど、これで四郎って名前だと思ったのか。
でも……
「あの……でも、じゃあどうしてここに来れたんですか? 材木座君の本当の住所はここではないですよ」
そう言ってみれば、羽門さんは真面目な顔で頭をさげた。
「これに関しては謝らねばなりませぬな。ここ最近、毎朝愛菜とお会いになっている貴殿のことを知りまして、大変申し訳ありませんが、跡をつけさせていただきました」
「尾行……ですか?」
「左様」
湧別までは車で行っていたから、その車を追いかけてここまで来たということなんだろうね。
一応、この人がここまで来たことについての疑問はなくなったけど、やっぱりわからないことがたくさんあった。
だからそれを聞こうと思い立ったのだけど、それを言う前に、いろはちゃんがお茶を差し出しながら聞いてしまっていた。
「どうして財津先輩を追いかけてまで、その愛菜さんを諦めろなんて言いに来たんですか? 諦めるもなにも、財津先輩と彼女は付き合ってもいないんですよ」
材木座くんだよ、いろはちゃん。
でも、まあそういうことだよね。
まだ付き合っていないし、古くからの知り合いというわけでもない。
出会い系アプリという怪しげな場での知り合いではあるけど、ただそれだけのことで、わざわざ相手である材木座君に言うまでもないことのような気がする。むしろ、交際がだめだというなら、愛菜さんに言って別れさせる方が早いのではないかなってあたしも思うし。
羽門さんは言った。
「愛菜は優しいところがありましてな、自ら思いを寄せた相手には尽くそうとしてしまうのです。ですからワタクシはお相手である四郎……失礼、材木座様とお話しようと参上したのです。愛菜からお断りできるとはおもいませんでしたので」
「「「「ええ!? 思いを寄せる!? つくす!!」」」」
その羽門さんの言葉にその場の全員が絶叫。
これは仕方ないもの。だって、羽門さんの言う通りならば材木座君の恋愛は既に成就してしまっているということだもの。
隼人君が身を乗り出して、息を飲んで聞いた。
「確かですか?」
それにコクリと頷いた羽門さんはこう続けた。
「はい。このあぷりの中での愛菜は本当に生き生きしておりますし、材木座様、あなたとのやりとりが最も多くあなたへの強い思いが窺えます」
「それって、単に材木座が良い金蔓だったってだけじゃねえか?」
小声でポソリと言ったヒッキーの言葉には気づかなかったのか、羽門さんは言った。
「そして、ここ最近のことです。毎朝の日課の散歩から帰ってきた愛菜はいままで以上に元気になりました。これはあなた様への思いが強くなっている証でしょう」
そう聞かされた材木座君の顔がみるみる赤くなっていく。
本当なら良かったねと言ってあげたいところなんだけど、今の話はそうではないんだよね。
「ですから、どうぞ貴方様から愛菜へ別離を告げて欲しいのです。どうかなにとぞ……」
「ちょっと待ってください。今の話が本当なら、材木座君と愛菜さんは両思いで、これからもっと仲良くなれるかもしれないってことじゃないですか。なのに、なんで二人を引き離さなきゃならないんですか!」
そう聞いたあたしに真剣な瞳を向けてくる羽門さん。
彼は大きく息を吐いてから、畳んだ膝の上においた拳を握りしめた。
「このお話をしても理解していただけるとは思ってはおりまぬが、お話いたしましょう。実は……」
そこから語られた彼の話は、非常に厳しいもの。
愛菜さんの家の樺太家というのは、もともとは世界有数の資産家であり、大昔からこの北海道からカムチャツカ辺りまでに力を及ぼす力のある名家の一族だった。
でもそれも太平洋戦争がはじまるまでの話。
元々友好的に商売を行っていた、ソヴィエト、中国との関係が悪化の一途を辿ったのち、太平洋戦争末期には、一族のほとんどの人が様々な理由によって亡くなり、本家であるこの北海道の家族だけが存続することになった。
でも、戦争という非日常にあって、力を失い続けた樺太家の財産は瞬く間に潰え去り、今ではただ名前を残すのみとなっていた。
それでも、この樺太家と深い絆にあった羽門家だけは忠義を尽くし続けた。
貧しいながらも、かつての誇りを失わないままに様々な事業に精をだし、成果を上げ続けてきた樺太家と羽門家。この北海道にあって、再び樺太家の名は広まりつつあった。
しかし、ここでまたもや悲劇が起きた。
10年ほど前に、長らくこの地で努力してきた御頭首が高齢の為に他界した直後、跡取りである愛菜さんのお父さんとお母さん、それに、彼女の叔父叔母といとこたちが同時に亡くなってしまったのだそう。
飛行機事故だったみたい。
縁者の結婚式があり、それに出かけた先で事故に遭ってしまい、誰も帰ってこなかった。
助かったのは、体調不良で入院していた愛菜さんのお兄さんと、中学校の行事を休むことが出来なかった愛菜さんの二人のみ。
家族が誰もいなくなってしまったことに悲嘆した彼女は心を閉ざし、そんな彼女のことを羽門さんはずっと見守ってきたのだという。
彼の長い話しが終わり、状況は良く飲み込めたと思う。
それでも、それはあくまで彼女の家族の話であって、彼女と材木座君の話ではないような気がするのだけど。
そう聞いてみて、羽門さんは言い切った。
「ワタクシは樺太家の再興を為したいのです。それは今は亡き、大旦那様と旦那様への忠義であり、代々樺太家に仕えてきた我が羽門家の生きる意味なのです。そのために……」
羽門さんは一拍置いてからまっすぐに材木座君を見据えて言い切った。
「愛菜には許嫁でもある、
彼は再び大きく頭を下げた。
「どうか、波風を立ててくださりますぬな、一生のお願いにございます。どうか、愛菜をお諦めください」
深々と頭を下げる羽門さんに何も言えないあたし達。
彼は、ひとこと失礼しますとだけ言って、帰っていった。