『八幡』と『結衣』と『雪乃』のオムニバスストーリー 作:こもれび
嬉しそうにそのA4のコピー用紙の束を胸に抱く愛菜さん。
彼女は可笑しそうに話を続けた。
「突然のメッセージだったから本当に驚いたんです。まさか、あの一言でいきなりメールされるなんて思いもしなかったもので。それからですね、私が彼の作品を読んで感想を書くようになったのは。感想に対しての返信がいつも凄い文字数になっていましたけど。うふふ」
「うわぁ」
多分、相当嬉しかったんだね材木座君。
今愛菜さんが話した小説って、多分あたしたちが初めて彼に会った時に渡されたあの小説のことだよね。なんか難しい言い回しでたくさん書いてあったけど、あの時のあたしには良く分からなくて殆ど読まなかったんだよね。
ヒッキーとゆきのんは頑張って読み切ったみたいだったけど、あの後結構辛辣なことを言っていたから、きっと難しいお話だったんだね。
そっか、それを材木座君はネットにも上げていたんだ。そこで愛菜さんの目に留まったと。
「そうして彼の作品を読んでいるうちに、私は彼の優しさや真剣さに惹かれるようになったんです。いつのまにか、私は彼を好きになっていました」
屈託なくそう話す彼女に、あたしは何も言えなかった。
彼女と材木座君の二人で培ってきた数年間は本当に大事な時間であったのだろうと想像できたから。
「そういえば……」
「ん?」
隣でヒッキーが何か思案するように顎に手を当てていた。
「そういえば思い出したんだが……、材木座は俺達以外にも小説の評価をくれる『親友』がいるとかいっていたな……確かアイスクリームみたいな名前の【男】で……『31』だったか、何十何だったか……」
「ああ、それは、『
くすくすと面白そうに笑う愛菜さんにヒッキーが言った。
「いや……女性だとわかったら、あいつは一言もメッセージ送れなくなってましたよ。極度のはずかしがりやなので」
材木座君は結構みんなにきついコメントをされていたけど、それでも小説を書き続けていたのは愛菜さんのおかげだったのかも。やっぱり自分のことを見ていてくれる人がいなければ続けられないと思うし、そういうことでいえば、いつでも読んであげていたヒッキーは本当に優しかったのだと思うし。
「ああ、そうか、だから私にあんなコメントをくれたのね」
何かを思い出したように彼女はそんなことを言ってこちらを見た。
「少し前のことですけど、『最近我が嵌っているアプリがあるので、17氏にもお勧めいたす』とか言って、例のアプリのURLを貰ったんです。それでそのアプリをダウンロードして開いてみたら、たくさんの男の人の顔が出てきて、その中に彼がいたんですよ。だからてっきりこれでLINEみたいにお話したいだけなのかもって、そこで私も初めて自分の顔と本名を書いたんですよ。でも彼は私のことを17だとはおもっていなかったみたいで?」
「え? 何も知らないで本名載せちゃったんですか? え? え?」
「あれ? いけませんでしたか?」
「えーと」
確かあれは出会い系のアプリで、不特定多数の男性が見れるとかなんとか……それなのに本名とか住所バレとかしちゃって良かったのかな?
そう思っていたら、彼女は少し首を傾げた。
「そういえば、やたらと知らない人からそのアプリにメッセージが届くようになって、お店も一時期急に男性のお客さんが増えた時期がありました。知らない人のメッセージは見ないようにしていましたし、お店のお客さんも一見さんばかりでしたね。あ、ちょうどその頃なぜか鞭を持ったノリスケおじさまがお店に良く来るようになって、店の表で鞭の練習とかしていました。あ、ノリスケおじ様はもとカウボーイなんですよ。鞭で離れた位置のビール瓶とか割ってしまうんです。すごいですよね」
「へ、へー」
それは多分、愛菜さんを変な目で見る人に対して振るわれてしまったということなのかも。
うーん、愛菜さん、かなりの天然だね。世間知らずなのか、純情すぎるのかはわからないけど、出会い系アプリの意味もしらずに、材木座君とコメントのやりとりをするためだけに使っていたということなのかな?
えーと、他のサイトでやりとりしていたのに、材木座君は愛菜さんの正体に気がついていなかったわけだよね。
これは何か神業的にお互いが勘違いしていたのかもしれないね。
なんというか……みんなすごい。
材木座君の話をして幸せそうになっている彼女に、あたしは辛いのを我慢して向き合った。
そして、一番聞かれたくないだろうことを聞いた。
「あの……愛菜さんは材木座君のことを好きなんですよね。それで、これから……どうするんですか」
愛菜さんは一度くらい表情をした後に、はかなげに微笑んだ。
「私は……彼のことを忘れようと思います。忘れて、お兄様や、ノリスケおじ様や周りの人の為に生きていきたいと思います。私……短い期間でしたが、彼が会いにきてくれてうれしかった。私の全部のことを知っていてくれたわけではなかったけど、それでも……だから、もうこれで十分」
彼女は本当に嬉しそうに笑った。その眼にうっすらと涙を湛えて。
それを見て、あたしの胸は苦しくなって、あまりの切なさに私の方が泣いてしまった。
「ご、ごめんなさい。泣いちゃって」
「いいんです。ありがとう」
そう言った彼女は本当に……綺麗だった。
あたしの隣でヒッキーは沈鬱な顔になっていた。
そしてそのまま何も言わなかった。
× × ×
彼女の店を辞したあたしたちは、黙って車まで向かって歩いた。
なんと言っていいのか言葉が見つからず、でもすごく苦しくて、あたしはヒッキーの手を握った。
彼もそれに応じて握り返してくれた。その手の温かさが、心の痛みを確かに癒してくれていた。
愛菜さんは自分の生き方を決めていた。
自分の置かれている立場、自分を必要としてくれている人たちの思いを汲んで、そのために生きていこうとしていた。
その代償は、好きな人との別れ。
別の人と結婚して、周囲の人の為に生きる。
いくら決意をしたことであるとはいっても、それではあまりに……
辛すぎるよ。
「結衣……痛いな……」
「あ、ごめんヒッキー、強く握りすぎちゃった」
「いや、そうじゃなくて」
ヒッキーを見れば、先ほどと同様の渋い顔。
彼も今必死になって、方法はないか思案を続けているということなのかも。
でも、あたし達で思いつくような方法なんてあるわけない。
今のままの状況であるとしたら、材木座君と愛菜さんが結ばれても不幸せになる人が必ず出てしまう。
今のままであれば……
そう思った時だった。
「君たち……私のことを手伝ってはもらえないだろうか」
そう背後から声がして振り向いてみれば、そこには背の高い絶世の美男子が立っていた。