※時間軸としては、AXZ直後となります。
※設定としてギャラルホルンを使用しています。
→詳細は戦姫絶唱シンフォギアXD_Unlimitedをプレイして頂ければ説明されていますが、本作を読む上では以下3点を押さえて頂ければ理解できると思います。
・平行世界(if世界)に危険が迫るとアラートを鳴らす
・平行世界へのゲートを開く
・装者のみ、ゲートを通り自由に行き来可能
以上、注意書きでした。
ビーッ、ビーッ、ビーッ
「艦内聖遺物保管庫より高エネルギー反応! 司令に連絡、急いでください!」
「ギャラルホルンのアラートを感知!」
「ギャラルホルン、だとぉッ!」
管制室にブザーの音が鳴り響く。
完全聖遺物「ギャラルホルン」の導きに従い、過去幾度となく平行世界の危機を救ってきた装者達。
今再び、新たな平行世界に脅威が迫ろうとしていた。
【銃爪にかけた指で夢をなぞる】
「朝方からの召集すまない。装者は皆揃っているか」
国連所属組織『Squad of Nexus Guardians』、通称『S.O.N.G.』。
その本部である潜水艦の管制室に、連絡を受けた装者達がほぼ全員集合していた。
中心に立つのは、風鳴弦十郎。昨晩遅くに叩き起こされたにも関わらず、疲れなど微塵も感じさせない屈強なS.O.N.G.司令官である。
「立花……はもういるのか。雪音がまだか、珍しいこともあるものだな」
「翼さん、今探す前に私の名前出してませんでした?」
「い、いや、それは日頃の行いがだな」
「すまねぇッ! 遅れたッ!」
ドアが開き、額に汗を浮かべたクリスが駆け込んでくる。
「遅いよ~クリスちゃん!」
「何かあったデスか?」
「ちょっとな……ただこのバカに遅いと言われるのだけは腑に落ちねぇなぁ!」
「ひたひひたひ、ひっはらないで~」
「二人とも、その辺にしておけ」
響の頬をむにむに引っ張るクリスを翼が止め、弦十郎に向き直る。
「装者6名、全員揃いました」
「うむ。それではエルフナインくん、説明を頼む!」
「はい」
こちらも昨晩遅くに叩き起こされたのか、眠そうな顔をした白衣姿のエルフナインが前に進み出る。
「ギャラルホルンのアラートが観測されました」
その言葉で、装者達の顔に不安と期待が走る。
「今再び、新たな敵が現れたか……」
「またカルマノイズなのかな。出来れば話して分かり合える相手が良いなぁ」
過去数回観測され、現在も繋がっている平行世界。そこには、必ずアラートの原因となる敵が待ち受けていた。全て撃破して解決してきたとはいえ、一筋縄ではいかなかった相手ばかりである。
「今度は一体どんな世界なんデスかね!」
「切ちゃん、気持ちは分かるけど今は真面目な話中だよ」
それと同時に、離別した人との再会や思わぬバカンスが待ち受けていたこともあるので、冒険を期待する者もいた。
「可能性の世界、か」
「どうしたの、クリス?」
一人だけ期待でも不安でもない神妙な顔をしているクリスに、マリアが心配そうに尋ねる。
「いや、なんでもねぇ……続けてくれ、エルフナイン」
「分かりました。えぇと、今回観測されている波形パターンについてですが、今までの物とかなり違います。具体的にはこのグラフのy軸を見て…」
「はいはいッ!すみませんッ!難しい話は飛ばしてお願いします!!!」
波形グラフを開き、詳細を話そうとするエルフナインを響の声が遮る。
「なぁ、このバカに賢者の石埋め込んだらちったぁ頭良くなったりしねぇかな?」
「えっ、賢者の石ってそんな効果もあるデスか!?」
「切ちゃん、今度見つけたら分けてあげるね」
「それはいったいどういう意味デスか調ッ!」
「いえ、残念ながらラピス・フィロソフィカスにそのような力は……」
一瞬で脱線しかけた話を、マリアが苦笑いしながら引き戻す。
「ごめんなさいエルフナイン、続きを簡単にお願い」
「は、はいマリアさん、すみません…」
申し訳なさそうな顔をして言葉を続けるエルフナイン。
「何が違うかを簡単に言うと、接続が不安定なのです。いつアラートが止まってゲートが閉じてもおかしくありません。そしてその不安定さ故か、こちらの世界に漏れて出してくるノイズも現在のところ観測されていません」
その説明に、翼とクリスが難しそうな顔をする。
「成程……しかしそれであれば、こちらから装者を送るのは厳しいのではないか?取り残されたら一大事だろう」
「しかもアラートが止まるってことはほっとけば危険無くなるんじゃねーのか?」
「クリスちゃん! 困ってる人がいるんだよ! ほっとくなんて出来ないよ!」
「あーもーまたこの人助けバカは……」
全手動人助け機ウーマン、立花響は平常運行のようだ。
「実際、響さんの言う通りではあるんです」
「あ?」「え?」
まさかエルフナインが賛同するとは思わず、驚きの声を上げる二人。
「アラートがいつ止まってもおかしくないということはつまり、いつまた鳴り始めてもおかしくないということでもあるんです」
「チッ、原因を解決しなきゃ一日一鳴りなんてのも有り得るのか……ギャラルチキンなんて洒落にもなんねーぞ」
面倒そうな顔でクリスがぼやく。
実際、頻繁にアラートが繰り返されるようならただでさえ過密スケジュールな装者達の負担が増えるのは目に見えていた。
「取り残される可能性についてはどうするの?流石に平行世界でドッペルゲンガー扱いは勘弁して欲しいわね」
「その可能性についてはほぼ無いと考えています」
もう一つの懸念を確認するマリアに、あらかじめ聞かれると思っていたのかエルフナインが淀みなく答える。
「これは以前から計測されていますが……平行世界にこちらの装者が存在する場合は、その平行世界とのゲートが極めて安定します。原因は不明ですが、世界間での調整かもしれません」
「えーと、つまりどういうこと?」
まだ微妙に理解しきれていない響に、翼が噛み砕いて説明する。
「つまりだな、原因の解決までは装者一名は常にあちら側に残る必要があるということだ。それで問題ないな、エルフナイン?」
「はい、その認識で間違いありません」
「なるほど~」
「了解デース!」
「私も、分かりました」
響、切歌、調が理解したことを確認し、弦十郎が話を進める。
「よし、説明が終わったところで原因解明のチームを編成するぞッ!」
「私ッ!行きますッ!」
真っ先に気合いに満ちた声で、手を挙げる響。
「駄目だ」
「はいッ、頑張りまえぇっ!?何でですか師匠!」
当然許可を貰えると思っていたのか、思い切り梯子を外されて慌てている。
「数週間にあれだけド派手なことをしでかしているんだ。斯波田事務次官の尽力で各国からの疑いはほぼ晴れているが、今怪しい行動、ましてや行方不明になると後々非常に面倒なことになる」
「そんなぁ~」
数週間前のパヴァリア光明結社による襲撃で、紆余曲折あり第二種特異災害に認定された響。事件は解決し特異災害認定も解除されたとはいえ、その余波はまだ残ったままである。
「今回は私に任せてくれ立花。防人の剣で、あらゆる苦難を斬り払ってくれよう」
「翼さん……わかりました、こちらの世界は任せてください!」
「よし、まず翼が確定か。他に行きたい者はいるか」
装者達を見回す弦十郎に、マリアが手を挙げる。
「あ、私も立候補するわ。しばらくライブも収録も無いしね」
「マリア!?」「デース!?」
「大丈夫よ、二人とも。さっきのエルフナインの説明を聞いたでしょう?」
「それでも……それでもやっぱり心配だから私もついていきたいデス!マリアがドッペルマリアにならないように、きちんと見守ってなきゃデス!」
マリアに続けて、切歌も勢いよく手を挙げる。
「調はどうするデスか?」
「私も一緒に行きたいけれど……こっちも心配だし、残る。だから、ドッペルマリアのことお願いね」
「大丈夫デス、大船に乗ったつもりでいるデスよッ!」
「切ちゃん、大船……あれ、合ってる?」
「さっきから調が私に失礼デース!!!」
「ね、ねぇ、二人とも私の名前を勝手に差し替えないで頂戴?」
騒がしい3人を横目に、弦十郎がクリスに目を向けた。
「これで翼、マリアくん、切歌くんが参加だな。クリスくんはどうする?」
「あー悪ぃ、あたしはパスだ」
否定の返事に、翼が意外そうな顔で尋ねる。
「どうしたクリス、体調でも悪いのか?そういえば先ほどから目が赤いような……」
「なんでもかんでもだ!とにかくオッサン、あたしは行かないからな!」
「う、うむ、そこまで言うなら仕方ないな……」
一通り装者達の参加を確認し、弦十郎が作戦開始を宣言する。
「それでは平行世界の調査は、翼、マリアくん、切歌くんの編成とする。だが、今回はイレギュラーだ。調査期間中、メンバーの柔軟な入れ替えも考慮に入れておくように。ミーティングは以上だ!3人とも、出発の準備が出来たらゲートに集合してくれ」
作戦開始を受け、即座に返答するのは当然、防人である。
「常在戦場、準備万端、即時出撃可能です!」
「すまない翼、流石に今すぐだとマリアくんや切歌くんが間に合わんだろう。少し待ってくれないか?」
弦十郎の言葉にマリアと切歌が頷く。
「15分程頂けるかしら?」
「私も、ちょっとだけ準備があるデス」
「うむ、それでは今から30分後にギャラルホルン前に集合だ」
「了承しました……」
防人的に100点満点の返事を却下され、少し気落ちする翼。
「翼、貴女ちょっと焦りすぎじゃないかしら?」
「違うぞマリア、違う。私は断じて、最近活躍が少ないことに焦っているわけではない」
「私はそんなこと一言も言っていないのだけれど」
「大丈夫です! 一昨日見たバラエティ番組の翼さん、凄く目立ってましたよ!」
「響さん、それは何のフォローにもなってないです」
思い思いに話しながら、弦十郎と装者達は準備のために管制室を退出していく。彼らには、最後に残ったクリスの呟きは聞き取れなかった。
「な~んか、嫌な予感がするんだよなぁ……」
・
・
・
・
・
まだ朝と言える時間。ゲートを抜けた翼、マリア、切歌は良く晴れた公園に到着していた。
三人とも、既にギアを解除して私服に戻っている。
「……ノイズは出ていないようだな」
警戒警報が出ていないか確認するため、高台から街を見に行っていた翼が戻ってくる。
「そうみたいね。大抵は出てきたところでノイズに出くわすものだけれど」
「あのノイズ達、なんで毎度タイミング良く出てくるんデスかね?」
「その辺は考えたらいけないわ。……っとそうだ切歌、月は見える?」
並行世界に来たらまず月を見る。これは誰よりも並行世界経験豊富な、マリアが辿り着いた真理であった。
「えーと……あっ! あっちに丸い月が見えてるデス!」
後に起こる数々の事件の発端となり、月の形すら変わる大事件であったルナアタック事変。それが起きているかいないかで、並行世界の状況はかなり変わってしまう。
月の形を確かめ、翼が行動の指針を決める。
「ルナアタック事変は起きていないか……よし、まずはリディアンに向かおう。昔の二課がそのまま存在する筈だ」
「異論はないわ」
「デス」
公園を出発し、3時間ほど歩くと私立リディアン音楽院高等科に到着する。本日は休日であり、校舎内に生徒の姿はあまり見かけられない。
そのため、特に見とがめられることなく翼、マリア、切歌の三人は学校の敷地内に入ることが出来た。
「やはり、懐かしいな」
「あれが噂の直角レーンデスか……」
「実際に見ると殺人的な角度ね。何を考えて作ったのかしら」
私立リディアン音楽院高等科。二課設立とほぼ同時に開校され、現在もシンフォギア装者達と関わりの深い学校である。
学校紹介では決して説明されないが、『通路の傾斜が30度ある教室』や『直角に曲がる陸上レーン』など、常識を無視した構造が特徴的だ。
「日常的に鍛練が出来て中々良かったのだが」
マリア達の反応に、不思議そうな顔をする翼。どうやら、設計に関わった家の常識と世間の常識が少しだけずれていたようだ。
「貴女は鍛練から少し離れなさいな」
「しかしこの身は剣(TURUGI)。常に心身を鍛えなければいざという時に防人(SAKIMO)れないではないか!」
キメ顔の防人をスルーしつつ、マリアと切歌は職員棟の方向へ進んでいく。
「しかし、ここからどうしましょうか」
「普通に入れば良いんじゃないデスか?」
切歌の言葉に、首を振る翼。
「仮にも機密性で言えば日本トップクラスの二課だ。認証パスが無いとどうしようもない」
「他の並行世界ではどうしてたんデス?」
「えーと、普段は……あっ!」
今までの平行世界での出来事を思い出していたマリアが、何か閃いたような声を上げる。
「妙案でもあるのか、マリア?」
「ええ、まぁ、一応、うん、方法は考えついたわ」
妙に歯切れの悪い返事をするマリアに、翼が詰め寄る。
「このままでは埒が明かない、実行してみよう。ちなみにその方法とはなんだ?」
「えーと、翼。怒らないでね?」
「む?」
10分後、職員棟内。二課直通エレベーター前廊下。
その廊下の端から、切歌とマリアがエレベーター前にいる翼に声をかける。
「こっちは大丈夫デス!人は来てないデス!」
「こっちもオーケーよ翼!やりなさい!」
微妙に苦い顔をした翼が、透き通るような声で唱う。
『Imyuteus amenohabakiri tron』
胸のペンダントが唄に反応して聖遺物のエネルギーをプロテクター状に形成、彼女の体にギアとして固着させる。
櫻井了子の提唱する「櫻井理論」に基づき、神話や伝承に登場する超常の性能を秘めた武具「聖遺物」の欠片から作られた、認定特異災害ノイズに対抗しうる唯一の装備。
それこそがFG式回天特機装束、すなわちシンフォギアである。
そんな技術の粋を集めて作られたギアを装着したまま、翼がエレベーターの前で待機すること数十秒。
「そこを動くな!」
「手を頭の後ろに組んで膝を床につけろ!」
ほどなくして、目の前のエレベーターから黒服を来た二課職員が飛び出し、翼達に銃を向ける。
敵意を見せないように、素直に黒服達の指示に従う翼達。
「狙い通りデ、あっイタタ、もうちょっと優しく扱ってくださいデース!」
基本的に二課は聖遺物反応やノイズ反応を常にサーチし、即応体制が取れるようになっている。自分達の基地の真上にいきなり聖遺物反応を観測すれば飛び出して来るだろう、というのがマリアの提案である。
要は、ギアを単なる呼び鈴にしたのである。
「なんというか……天羽々斬に対して、非常に心苦しいのだが……」
「成功したんだから良いじゃない」
翼の苦情に対して、黒服たちの指示に従いながら余裕綽々でマリアが答える。
「それより、そろそろ情報交換の時間よ」
翼達を取り囲む黒服達の一角に動揺が走った。
「敵意はなさそうだ、銃を下ろせ」
「し、しかし」
「大丈夫だ。第一、本当にシンフォギア装者、ましてや翼なら銃など意味が無い」
指揮官らしき男が、黒服達の中から進み出てくる。
「さて……すまないが、君たちの素性や目的について、聞かせて貰えるかな?」
現れたのは、平行世界の風鳴弦十郎その人であった。
「まずは互いに自己紹介から始めようじゃないか」
風鳴弦十郎と二課職員に囲まれ、二課に連行された翼、マリア、切歌。現在、三人はその中の一室に連れてこられていた。警戒を解くために、既に翼はギアを解除している。
「俺は風鳴弦十郎だ。ここの責任者を勤めている。よろしく頼む。」
「良く知っているわ。私はマリア・カデンツァヴナ・イヴよ」
「暁切歌デス」
「風鳴翼だ。こちらこそ、よろしくお願いする」
翼の自己紹介を聞くと、弦十郎は一つため息をつき、額にしわを寄せた。
「ふーむ……聞きたいことは山ほどある。山ほどあるが……その前に一つだけ先に尋ねても良いだろうか?」
「答えられる範囲でなら」
弦十郎の目を真っ直ぐに見返す翼。
「君は『風鳴翼』か?」
「はい、叔父様。私は風鳴翼です。防人であり、剣であり、歌女であり、夢を追う翼です」
翼は、迷いなく答える。
「ありがとう……ああ、そうだな、君は確かに風鳴翼だ。翼くんと呼んでも大丈夫かね?」
「ええ、大丈夫です。」
そこまで確認した段階で、ほっと息を吐いた弦十郎が他二人にも目を向ける。
「見たところ、君たち二人もシンフォギア装者のようだ。先に事情の説明をお願いしてもよろしいかな?」
・
・
・
・
・
「平行世界……だと……」
「ええ、説明した通りよ。私たちは、ギャラルホルンが作り出すゲートを抜けてきたの」
他の職員への説明の手間が省けるという事で、弦十郎と翼達は二課の管制室に移動している。その後、一通りマリアが今までの経緯を説明していた。
「先ほど、何らかの脅威と言っていたな。心当たりはあるか?」
「今まで私たちが解決してきたのは、通常のノイズとは段違いに強力なカルマノイズという個体が原因だったのが大半ね。こちらの世界では、何か異常なことは発生していない?」
その言葉を聞き、弦十郎が首をひねる。
「異常……異常か……そもそも最近は、ノイズの発生自体稀でな」
「ノイズが稀だと!」
「そんな世界有るのね……」
「私はもう去年何体斬ったかも覚えてないデース……」
弦十郎の言葉に驚きの声を上げる装者達。彼女たちのここ最近の戦闘記録を考えると、それも無理からぬ事である。イベ……様々な並行世界に行くたびに、死ぬほど斬り倒しているのだから。
「ここ半年のノイズ発生地域を表示してくれ」
「はい」
友里が端末を操作すると、画面に地図が表示される。半年分ということも考えると、そこに表示される円はあまりにも少なかった。
「え……これだけデスか!?」
「ああ、先ほどそちらが話したカルマノイズらしき反応も確認出来ていない」
三人は困ったように顔を見合わせた。
「困ったな……手掛かりがなくなってしまったぞ」
「そもそも原因が日本じゃないのかしら」
「手ぶらじゃ帰れないデス!」
「力になれずにすまない。だが出来るだけのことはしよう」
申し訳なさそうな顔をしている弦十郎に、マリアが一つ提案する。
「簡単にお願いするのもなんだけれど。ノイズなどの観測データを頂けるかしら? こちらの世界にも頼れる技術者がいてね。解析をお願いしてみるわ」
「ふむ……カルマノイズとやらのデータはそちらに蓄積されているか。了解した、そちらで解析をお願いしよう」
「ええ、お願い」
「藤尭、ここ3年のデータの洗い出しと整理にどのくらいかかる」
「さーすがに3年となると今日中は辛いですね。」
弦十郎の指示を受け、藤尭が画面を見ながら概算する。
「全力でも明日の昼前までかかると思います」
「よし、それなら全力で頼む」
「えぇっ、本気ですか? というかこんな簡単に機密データ渡しちゃって良いんですか?」
「当然だ。事態は一刻を争う可能性もある、後で後悔しても遅いぞ!」
「了解しました!」
早速、藤尭はデータの解析とまとめにかかる。彼とて人類守護の砦たる二課職員、やるときはやる男である。
「よし、これでデータについては明日渡せるだろう。君達には二課が保有するセーフハウスを提供する。帰るまで、自由に使って貰って構わない」
「ありがとうございます、叔父様」
翼が頭を下げる。
「これで私たちの素性と目的については大体話したわ。次は翼の……」
「マリア、それは私から聞かせて欲しい。私ではないが私の話だ」
マリアが言いかけた言葉を、翼が引き取って弦十郎に向き直る。
「叔父様、聞かせてください。この世界の風鳴翼が、どのように戦い、何を残して散っていったのかを」
数瞬躊躇したのちに、弦十郎は目を閉じて話し始めた。
「こちらの世界の風鳴翼は、2年半ほど前のライブ会場におけるノイズ大量発生事件で絶唱を使用後に殉職している」
「ライブ会場の惨劇……こちらでも……」
「知っているという事は、同じことが起きたのか。もしや君もツヴァイウィングを」
「私の世界では、生き残ったのが私でした。奏が……奏が、絶唱を使用しました」
顔を伏せる翼に、元気づける様に弦十郎が言葉をかけた。
「こちらの世界では天羽奏は生存している。現在はソロでの活動も継続している」
その言葉で、救われたように翼が顔を上げる。
「ありがとうございます、叔父様。私にはこちらの私の気持ちが正確には分かり兼ねますが……おそらく、ええ、それならば本望であったかと」
「そうか……」
弦十郎が上を見上げる。涙こそ見えなかったが、翼は彼の肩から重荷が一つ下りたように感じた。
しばらく、といっても10秒ほどだが上を向いた後に、どこかすっきりとした顔で弦十郎が話題を変える。
「こちらの翼については、これで構わないかな?他に何かあれば答えられる範囲で答えよう」
「では叔父様、私からもう一つ。こちら同様にシンフォギアが存在するという事は、おそらく櫻井了子という研究者も存在すると思います。所在などは分かりますか?」
シンフォギアの開発者、櫻井了子にして、永遠の刹那に存在する巫女フィーネ。
月に存在するバラルの呪詛の解除を至上目的とする彼女がこの世界に存在し、今回の件に絡んできた場合は非常に面倒なことになるのは目に見えていた。
「む?そちらにも了子くんは存在するのか。残念ながらこちらでは米国に渡ってしまってね。彼女ほどの才能を引き留められなかったのは残念と言う他無い」
「米国に?」
「ああ、ライブ会場の事件から少ししてだったな。大分引き留めたんだが……連絡を取りたいのか?」
翼がマリアに目配せしたが、マリアは首を横に振った。確証も無く、寝た子を起こす必要は無い。
「いえ、連絡の必要はありません。最後に質問……というより要請が一つあります。脅威の調査と解決に当たって、先にこの世界の装者とも顔合わせしておきたいのですが」
「了解した。一応、こちらでは基本的に装者の素性は最高機密だ……他言無用で頼むぞ。まぁもう言ってしまっているが」
三人が頷く。
「現在、二課所属のシンフォギア装者は二名。先ほど話に出た第3号聖遺物『ガングニール』の適合者である天羽奏。それと、第2号聖遺物『イチイバル』の適合者である雪音クリスだ」
その名前を聞き、三人は顔を見合わせる。
「クリス先輩がいるなら百人力デス!」
「そうだな、雪音が居てくれるなら心強い」
それを見て、弦十郎が不思議そうな顔をする。
「そちらのクリスくんは、随分と頼られているようだな」
「可愛い先輩デス!」
「可愛い後輩です」
「そうか……まぁ同年代だと印象も違うのか? とりあえず、近いのはクリスくんだな。一応、今呼ぶことも出来るが」
携帯電話を取り出す弦十郎を、友里が止める。
「司令、雪音さんは今日……」
「あー、うむ、そうだったか。三人ともすまない、クリスくんとの顔合わせは明日の昼で大丈夫だろうか?」
「ええ、どのみちデータの受領には来るのだし」
「すまない。奏くんなら、今日のライブ後には会える筈だ。マネージャーの緒川には連絡を取っておく」
「ありがとう、タイミングを見てライブ会場に出向かわせて貰うわ」
セーフハウスの位置や自動車の手配等、話がひと段落して三人が管制室外の自動販売機前で一息ついている時。
弦十郎が思わぬ提案をしてきた。
「ところで翼くん達は、あちらで食事をしてきたかな?良ければここで食べて行っても構わないが」
「私たちはここでは外部の人間という事になります。あまり基地内をうろつくのも職員の方々に悪い気が」
「ええ、そうね。少ないけれど手持ちもあるし外で食べるつもりでいたけれど」
あまり乗り気ではない三人に向けて、弦十郎がニヤリと笑う。
「君の世界の二課は分からないが、うちは割と飯に金をかけている。美味いぞ?」
「翼、お言葉に甘えましょう」
「翼さん、お言葉に甘えるデス」
「あ、ああ、二人がそう言うなら構わないが……なんだか目が怖いぞ、二人とも」
昼食を奮発すればLiNKER無しでもガングニールを纏える女。それが世界の歌姫にして国連所属のエージェント、マリア・カデンツァヴナ・イヴである。
任務成功のためには、美味しい食事が不可欠なのだ。そう、任務成功のためなら仕方ない。
「今度、S.O.N.G.の食事に改善要求出してみようかしら……」
「いや、マリア、潜水艦ということを考えるとだな」
「エルフナインなら大丈夫よ」
「流石のエルフナインも、料理までは改良出来ないと思うが……そのエルフナインへの信頼の根拠は何処から来るんだ?」
昼食後、三人は二課が提供してくれた車でライブ会場に向かっていた。ライブ会場に近づくにつれて口数が少なくなっている翼に、運転しながらマリアが尋ねる。
「怖いの?」
「え……」
助手席の翼が、驚いたように目を丸くする。
「さっきから不安そうじゃない。せっかく天羽奏に会えるって言うのに」
「怖くない、と言えば嘘になる。少し、思い出していて。また、拒絶されたらどうしようって」
かつてギャラルホルンが繋げた世界。その中には、この世界と同じように翼が死に、奏が生き残った世界も存在した。
その奏は片翼を無くした後もたった一人で、戦いに戦いを重ね自分をすり減らしていた。最終的には和解したものの、それまでの激しい拒絶は翼の記憶に今も残っている。
「大丈夫よ、きっと」
「なっ!マリアッ!」
深刻な問題に対して、あまりに軽い返答に翼が腰を浮かす。
そんな翼に、マリアが悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「この世界の天羽奏は今、アーティストとして歌えてるじゃない?」
「それは……」
マリアもそれ以上説明することは無く、翼も問い詰めることはしなかった。楽しげなマリアと不安そうな翼、そして満腹で寝ている切歌を乗せて、車は真っ直ぐにライブ会場へ向かっていく。
「来られましたか、事情は司令から聞いています。どうぞこちらへ」
日もだいぶ回ったころ、ライブ会場に到着した翼達を出迎えたのは、緒川慎次。元の世界では翼のマネージャーだったが、どうやらこちらでは奏のマネージャーに就いているようだ。
「ライブ終了まで後30分程です。流石に翼さんが見つかると騒ぎになるので、一度人目に付かないところにご案内します。翼さん、これを」
緒川が、一応変装を意図しているであろうサングラスを差し出してくる。
「ありがとうございます、緒川さん」
「礼には及びません」
さらりと返す緒川。元の世界と全く変わらないその姿に、翼は少しだけ不安が消えるような気がした。
「ライブが終わって私が奏さんに説明するまでもう少し時間がありますが、どうしますか?」
現在三人は、緒川に連れられて関係者以外立ち入り禁止の通路の更に隅のスペースに居た。マリアは翼をチラリと見ると、正面口へ向かっていく。
「切歌、私たちは少し周囲を見て回りましょうか。公演終了までには戻るわ」
「え?大丈夫なんデスか?」
「私たちは別に有名じゃなさそうだしね」
「その言い方はそれはそれで悲しいデース……」
マリア達が出て行った後、緒川も時計を見ながら眼鏡をかける。
「それでは私も公演が終了次第、一度奏さんに事情を説明してからお連れしますね」
「よろしくお願いします」
一人取り残された翼は、隅の荷物に腰かけて、ゆっくりと目を閉じる。
「これが奏の……ツヴァイウィングじゃない『天羽奏』の、歌……」
人が通らない場所とはいえ、大音量のライブは翼の耳にも届いている。
思い返してみれば、翼はアーティストとしての天羽奏がソロで歌う曲をあまり聞いたことが無い。奏一人の曲は聞き慣れていたが、それはあくまでガングニール装者としての奏のものだった。
「奏は、一人だとこういう風に歌うんだ……」
自分の歌のイメージは、透き通る青さだと思っている。それに対してこれは、例えるなら全てを塗り潰す朱。
隣にいた自分、そして聞く人すべてを熱くさせた、命を燃やす歌。聞いてすぐに分かった、間違える筈もない。例え、世界が違っても。
この歌は間違いなく―――天羽奏の、歌だった。
翼が奏の歌に聞き入っている頃、マリアと切歌はライブ会場の中を散策していた。会場に置いてある大量のビラを見ながら、切歌が期待するように問いかける。
「この世界のマリアは、歌姫やってるんデスかね?」
「あれは事情が事情だったから、流石にこちらではやってないんじゃないかしら」
かつてのフロンティア計画。その計画の一部に、完全聖遺物『ネフィリム』の起動計画があった。起動には大量のフォニックゲインが必要であり、どうしても有名アーティストの協力が必要になる。
しかし、少数の完全極秘作戦の都合上、どうしても協力を取り付けることが出来なかったのだ。『マリア、数か月でトップアーティストになりなさい』と言われたときには流石のマリアも自分の耳を疑ったものだ。
しかしナスターシャ教授の裏工作とウェル博士のプロデュースにより、マリア本人でさえ驚愕する速度でいつの間にか世界の歌姫と呼ばれるようになっていた。
「あれは本当に、マムの裏工作だけのお陰だったのかしらね……?」
当時は計画のためテンションが上がっているだけだと思っていたが、やけに楽しそうにプロデュース業務を完璧以上にこなしていたウェル博士の姿を思い出す。
使命感と焦燥感に駆られていたとはいえ、チャートを駆け上がる日々はなんだかんだで楽しかったのかもしれない、とマリアはしみじみ思い返していた。
「マリア、マリア!ちょっとこれを見て欲しいデス」
そんな物思いにふけっていたマリアを、切歌の声が呼び戻した。その手には一枚の公演チラシがある。
『平和の音楽祭開催』
それは一週間後に行われる公演のチラシだった。パッと見る限りでは、規模は大きいが何の変哲もないコンサートに見える。
「ここ見て欲しいデス!」
切歌が出演者の一覧を指差す。指差された名前を見て、マリアの顔が翳る。
「これは……どうしたものかしら……」
『バイオリニスト:雪音雅律』
『ソプラノ歌手 :ソネット・M・ユキネ』
そこには、雪音クリスの両親の名があった。
・
・
・
奏のライブが終わったしばらく後。一人で座っていた私を、マリアと切歌が呼びに来ていた。
「翼」
「緒川さんがあっちで呼んでるデス」
「ああ、今行く」
私の顔を見て、マリアが安心したような顔をする。
「ちょっと心配していたけれど、大丈夫そうね?」
「ああ、問題ない」
風鳴翼が天羽奏に会うだけの話だ。問題がある筈が無い。そんな確信と共に、マリアの差し出す手を取り立ち上がる。
「よし、それじゃ翼のイイ人に会いに行きましょうか!」
「その言い方はやめて欲しいッ!!」
「マリア、お母さんみたいな顔になってるデス……」
私達が緒川さんに案内されたのは、奏の控室だった。おそらく現在は何らかの理由で人払いをかけているのであろう。普段ならそれなりに人が居る筈だが、今この場には緒川さんと奏、それと自分達の5人しかいない。朱色を基調としたステージ衣装を着た奏が、入ってきた私達の方を振り向いた。
「緒川さんから話は聞いてる。あんたらが並行世界の装者だな?」
私を真っ直ぐに見つめ、ツカツカと並行世界の奏が近付いてくる。
天羽奏が風鳴翼を拒絶する訳が無い。そんな確信をしてきたはずなのに、目が逸らせない。声が出せない。体が動かせない。
それでも、絞り出すように声を上げようとして――
「か、かな……」
次の瞬間、暖かい朱に包まれた。
「事情は聞いてる。翼があたしの翼じゃない事も知ってる。でも、ごめん。30秒だけ」
囁くような声が耳元で聞こえる。その声を聞くだけで、不安が杞憂だったことが分かる。やっぱり奏は、奏だった。
「奏……うん」
目を閉じ、素直にその暖かさに身を委ねることにした。
「ね、ねぇ奏、もう30秒とっくに……」
「もーちょい、もーちょい」
体感で既に3分以上が経過していた。視界の隅でにやけ顔のマリア達が控室から出ていくのが見えたが、抱き締められて身動きが取れないのでどうすることもできない。
「緒川さん、少しお話よろしいかしら?」
「そうですね、外で話しましょうか」
「わ、私も行くデス!」
三人が出ていき静かになった控室で、私が解放されたのはそれから優に5分以上経ってからだった。
「いやー、悪い悪い。なんか翼を見たら頭ごちゃごちゃでわけ分かんなくなっちゃってさ」
ステージ衣装からラフな服装に戻った奏が、頭をかきながら翼達に謝る。
「私達は気にしてないわよ、むしろもっと見てても良かったのだけれど」
「普段見れない翼さんがとっても新鮮だったデース!」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
好き勝手なことを言う二人に慌てる翼。それを見た奏が、眩しそうに笑う。
「あの泣き虫だった翼にも、良い仲間が出来たんだな」
「翼が、泣き虫?」
「信じられないデス……!」
「へぇ、あんたたちは知らないのか。実は昔」
「奏!!!!」
その後、ひとしきり翼を弄り倒した後に奏が真面目な表情を作る。
「さてさて、本題に入ろうか」
「やっぱり奏は、意地悪だ……」
微妙に涙目になっている翼。そんな翼を抱きしめたい衝動に駆られつつ、表面上だけ真面目な顔に戻ったマリアが話を進める。
「ええ、何か事が起こった際には協力してほしいのだけれど」
「あたしは構わないんだけど……多分滅多なことじゃ弦十郎のダンナが許可しないんじゃないか?」
奏が確認を取るように振り向き、緒川が頷く。
「ええ、おそらくは」
「やはり、LiNKERの件?」
現在の二課では、櫻井了子のF.I.S.転向に伴いLiNKERを新しく製造できない状況が続いている。マリア自身もLiNKERを使用しないとギアを纏えない第二種適合者である。その状況がどれほど辛いかは、身をもって経験していた。
「ま、そんなとこだ。それでも残り僅かとはいえ、LiNKERはある。ガングニールもある。いざという時は許可なんか関係ない、戦うよ」
「奏……」
「心配そうな顔するな、翼。あたしはまだ唄い足りないんだ、無理はしないさ」
わしゃわしゃと翼の頭を撫でた奏は、大方の話がまとまったと見たのか両手を打ち合わせた。
「よし!後の七面倒で細かい話はダンナに任せよう!緒川さん、準備出来てるかい?」
「ええ、出来ていますよ」
「お、緒川さん?一体何の準備を……?」
唐突に変わった話の流れについていけず目を白黒させる翼に、奏が当然のように告げる。
「決まってるじゃないか、翼のお泊りセットだよ」
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「…………なんでこれ、替えの下着のサイズがぴったりなの、奏」
気づけば、翼は奏の家に拉致されていた。そうとしか言い様がないスピードだった。どうやら、翼が奏に抱き締められていた時間でマリアが話をまとめていたらしい。ちなみに段取りをした当のマリアは、切歌とセーフハウスの確認をすると言って翼達とライブ会場で別れている。
「さー? 後で緒川さんに聞いてみてくれ。多分NINJA眼力とかその辺だろ」
「目が利くのは良い事だけど……」
既にシャワーを浴びて部屋着に着替えた二人の前には、二つのスーパー弁当がある。流石に今から夕食を作る気はしないだろうということで、緒川が事前に入手していた。
「それじゃあ、翼」
「うん」
「「いただきます」」
二人同時に割り箸を割る。それからしばらく、翼と奏は互いの仕事や私生活をネタに話を咲かせていた。
「……ッ! は、腹いたいッ……! バラエティ番組からオファーが殺到する歌手ってッ……!」
「い、いやっ、違うの奏! それは緒川さんの陰謀で……!」
翼のバラエティ進出を聞いた奏がのたうち回ったり。
「なぁ、こっちの翼がそうだったんだけどさ。翼の部屋って」
「私はどこに何があるか分かってるから良いの!」
「そりゃ部屋汚い奴の常套句じゃないか! まさか下着脱ぎ散らかしたりとかしてないだろうな!?」
「あ、あんまりしてない……筈……」
「……そっちの緒川さん、苦労してんなぁ」
奏が遠い眼をして緒川の苦労に思いを馳せたり。そんな和やかな時間がゆっくりと過ぎて行った。
「切歌!!!」
ハンバーグの付け合わせのポテトをフォークでつついていたマリアが突如出した大声に、切歌は危うく飲み物を取り落としそうになった。
「ど、どうしたんデスかマリア、いきなり大声出して」
二課食堂。緒川の車に乗って奏の家に向かう翼たちを見送った後、マリアと切歌はセーフハウスに向かう前に再び二課に戻ってきていた。美味しい、しかもタダ(国税)と来ればマリア達がここで夕食を取るのは必然であった。
「今、私の『可愛い剣(TURUGI)センサー』が反応したのよ! ああっ、やっぱり一緒に行くべきだったかしら……」
「(調、ごめんなさいデス。約束、守れないかもしれないデス。私たちの格好いいマリアはもう、ただの可愛いドッペルマリアになってるのかもしれないデス……)」
興奮して目を輝かせるマリアを見て、切歌は心の中で調に謝っていた。
そして、別のセンサーに反応した者がもう一人。
「わたしの『可哀そうな切ちゃんセンサー』が反応してる……! 今どこかで、切ちゃんが助けを呼んでる!」
切歌と調の部屋で、自分達の洗濯物を畳んでいた調が突如立ち上がっていた。
「うおっ……いきなり何の電波受信してんだ?アルミホイルいるか?」
「いらないです」
「あっちが気になるのも分かるけどよ……マリアも先輩もいるんだから大丈夫だって」
床に頬杖をつきながら、クリスが『快傑☆うたずきん!』のページをめくる。現在のうたずきんは、遺産相続を巡る泥沼の法廷闘争を歌魔法で円満に解決する、という筋書きの『二通の遺言状』編のクライマックスだ。
「それは、そうですけど……というか、なんで先輩がわたしたちの部屋に……?」
「そりゃ、あれだ。マリア達がいないと寂しいんじゃないかと思ってな。先輩からのご厚意だ、ありがたく受け取れ!」
大きな胸を張るクリスに、調が何とも言えない表情をする。
「微妙に押し売りの気配を感じる……。でも、ありがとうございます」
そう言って洗濯物を畳む作業に戻る調。切歌の服は元より、S.O.N.G.の緊急任務用に何着か保管してあるマリアの服も、丁寧に折り畳んでいる。しばらくその様子をじっと見ていたクリスが、しみじみとした口調で呟いた。
「なんつーか、マリアやお前らって本当の家族みてーだな」
「うん、わたしたちには施設のみんなとマムしかいなかったから。でも、大切な家族」
「そっか……家族ねぇ」
「あっ、その……」
遠い目をするクリスを見て、調が申し訳なさそうに目を伏せる。
「いいって、気にすんな、昔の話だしな。つーかおまえらんとこも大概だろ」
なるべく明るく返事をしたつもりのクリスだが、それでも微妙に浮かない顔をする調を見て、冗談めかした雰囲気で話題を進める。
「しかしあれだな、おまえらんとこの家族構成を考えると母親はナスターシャ教授として……そうすると父親がウェルの野郎にって、のわぁあああ!!??」
「先輩でも、言っていいことと悪いことが、ある」
クリスから10cm横に、ナイフが突き立って細かく震えていた。ナイフと同じ周期で細かく震えているクリスが、全身全霊でのツッコミを放つ。
「いや確かにアレを父親呼ばわりしたのは悪かったとは思うがアブネェだろ!アタシは変わり身なんて使えないからな!?」
「藤尭さんからメイドの必修技能48のうちの1つって聞いた後、いっぱい練習したから大丈夫」
「…………ちなみに、他の必修技能ってのを何個か教えてくれ」
「マスケット銃、あやしい薬、時間停止」
「よーし、忘れろ。全部。今すぐに。一切合財」
「えー」
「えー、じゃねぇ!つーか時間停止も覚える気なのかッ!?」
「ったく、ひでぇ目にあった」
コンビニであんぱんと牛乳を買いながら、クリスが一人ぼやく。特に予定もなかったのであいつらの部屋で夜までヒマでも潰そうかとごろごろしていたが、まさか殺されかけるとは思わなかった。正直ノイズよりも身の危険を感じた。
それと、その恐怖とは別に今朝から寒気ともいえない何かを感じていてどうにも調子が悪い。心当たりが無いのにも関わらず、無性に人恋しいのだ。訓練ついでにメディカルチェックも受けてみたが、特に異常も見受けられなかった。
「これってやっぱアレかねぇ、前あのバカが寝込んでたやつ」
並行世界の同一人物は、良くも悪くも精神に干渉し合う。昔、あのバカ……立花響がそのせいで危うく閻魔様に挨拶に行くところだった。まぁ多分、そんなことが起きたらバカの親友が閻魔様をボコって連れ帰ってくるだろうが。いつも思うが、あの二人は見てるこっちが恥ずかしい。
「これがあっちのあたしの感情だとすると、随分とまぁアレだ、我ながらめんどくさそうな奴だな……」
別に絶不調になるほどではないが、用も無いのに大切な後輩の顔を見に行きたいと思うくらいには影響を受けている自覚がある。
まぁ、とっとと先輩たちが問題を解決すればもーまんたい。別にわざわざ自分がめんどくさそうな自分と関わることもない、というか見たくない。
そう気持ちを切り替えて家への道を歩き出そうとしたクリスが、ふと思い出したように進行方向を変える。
「っとそうだ、帰る前にS.O.N.G.寄るか……後輩に適当吹き込んでアタシを殺しかけた落とし前、つけとかねーとな」
一方、丸い月が空高く上った奏の部屋。二人の口数は減り、静かな時間が流れている。
そんな中、ベッドの縁に腰かけている翼と奏が窓の外を見ていた時だった。
「そういえば思い出したんだけどさ」
奏がふと、なんでもないことのように切り出した。
「こっちの翼が死んでからさ、あたしまだ泣いてなかったんだよね」
奏は翼の方を向かずに、月を見上げながらまるで独り言のように話し続ける。
「最初は、ノイズへの復讐しか考えられなかったんだ。立ち直った後も翼との約束を守るために唄い続けて、走り続けて。泣いてる暇なんて無かったよ。泣き虫だった翼があたしを生かしてくれたんなら、そのあたしがみっともないところを見せるわけにはいかないってね」
話を続ける奏の声が震える。
「でも今日、翼達が来て。翼の姿を見て。翼の匂いを嗅いで。翼の体温を感じて。それで改めて感じたんだ、あたしが亡くしてしまったものの大きさを。でもな、あたしの翼じゃなくても翼は翼だ。あたしがみっともないところを見せる訳にはいかないんだ。だからさ、翼」
わずかな重みが翼の肩にかかる。
「30秒だけ、月を見ててくれないか?」
「……うん、奏。30秒だけだよね」
肩の重みが無くなるまでの長い間、翼は煌々と照らす月を静かに眺めていた。
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「おはよう、三人とも!」
「おはようございます、叔父様」
翌日朝。翼、マリア、切歌の三人は既に二課の管制室に集合していた。朝食を取っている最中に、データが用意出来たと弦十郎から連絡が入ったのである。
「予想より随分早かったですね」
「うむ、藤尭が予想以上に頑張ってくれてな」
「ここ最近平和ですし、たまには全力出さないと鈍っちゃいますからね」
周囲に散らばった緑の爪痕の瓶を片付けていた藤尭が、手にしていたデータチップをマリアに渡す。
「これがこちら側の解析データです。そちらの世界の二課……いえ、S.O.N.G.によろしく言っておいてください」
「ええ、ありがとう。確かに受け取ったわ」
マリアがしっかりと解析データをしまうと同時に、友里が弦十郎を呼ぶ。
「司令、到着しました」
「了解だ。三人とも、クリスくんもすぐに来るだろう。先ほど事情を説明して呼んでおいた」
「ありがとうございます、叔父様」
「こっちのクリス先輩と挨拶したらその後はどうするデスか?」
「私は一度データを持ち帰るつもりよ。翼は?」
「私は出来れば残りたい。どのみち一人はこちらにいる必要があるからな」
「……ええ、分かったわ。存分に甘えてきなさい」
「かっ、奏は関係ないッ!」
そんなやり取りをしている間に、管制室の扉が開く。扉から入ってきた人物を見た三人は、驚愕のあまり固まってしまった。
それはあまりにも見慣れた顔だった。しかし。
「皆さんが平行世界の装者達ですか。初めまして、私が雪音クリスです。よろしく」
「なッ!?」
「え……」
「デース!?」
冷めた目付き。
セミロングに下ろした銀髪。
丁寧な言葉遣い。
どことなく大人びた印象を与える立ち居振舞い。
雪音クリスではない雪音クリスが、そこにいた。
♪Meteor Light♪
→「銃爪にかけた指で夢をなぞる 2」に続く。
頑張ります