『……賞品の……として隠し……』
『……こそ……勝手に……如月ハイランドに……』
新校舎の一角にある学園長室。その部屋の前に着くと、扉の向こうから言い争っている声が聞こえてきた。
「どうした、明久」
「早く入らないのか?」
「いや、中で何か話しているみたいなんだけど」
「そうか。つまり中には学園長がいると言う訳だな。無駄足にならなくて何よりだ。さっさと中に入るぞ」
本当に取り込み中かは向こうが判断すること。オレたちには関係ない。
「失礼しまーす!」
学園長室のドアをノックし、返事を待たずにオレたち三人はずんずんと中に入っていった。
「本当に失礼なガキ共だねぇ。普通は返事を待つもんだよ」
学園長室に入ると、目の前に長い白髪が特徴の藤堂カオル学園長が椅子に座っているのが分かった。確か、この人は学園長であると同時に試験召喚システム開発の中心人物。研究者だからか、多少普通の人とは違うみたいだ。第一声で可愛い生徒のことをガキ呼ばわりしてきたし……自分たちで可愛い生徒っていうのも気持ち悪いな。
「やれやれ、取り込み中だと言うのに、とんだ来客ですね。これでは話を続ける事も出来ません。……まさか、貴方の差し金ですか?」
眼鏡を弄りながら学園長を睨み付けるのは教頭の竹原先生である。鋭い目つきとクールな態度で一部の女子生徒に人気が高いらしい。正直興味ないが、オレ個人はあまり好きなタイプとは言い難い人だ。
「馬鹿を言わないでおくれ。どうしてこのアタシがそんなセコい手を使わなきゃいけないのさ。負い目があると言う訳でもないのに」
「それはどうだか。学園長は隠し事がお得意のようですから」
この学園長と教頭はオレたち三人のことをお構いなしにまた言い争い始めている。
「さっきから言っているように隠し事なんて無いね。アンタの見当違いだよ」
「……そうですか。そこまで否定されるなら、この場はそう言う事にしておきましょう」
教頭はそう告げると、部屋の隅に一瞬視線を送り。
「それでは、この場は失礼させて頂きます」
踵を返して学園長室を出て行った。何かを確認していた?うーん。確認するモノか……盗聴器。なんてな。
「んで、ガキども。アンタらは何の用だい?」
教頭との会話を中断された事に大して気にしていないのか、オレたちに話を振ってくる学園長。
「今日は学園長にお話があって来ました」
我らが代表雄二が学園長の前に立って話を切り出す。へぇーこいつ敬語を知っていたんだ。意外だ。
「私は今それどころじゃないんでね。学園の経営に関する事なら、教頭の竹原に言いな。それと、まずは名前を名乗るのが社会の礼儀ってモンだ。覚えておきな」
学園長はオレたちに礼儀を説いてきた。なんか癪だ。
「失礼しました。俺は二年F組代表の坂本雄二。そしてこの二人が――――」
オレたちを示して紹介する。
「――――二年生を代表するバカと第六天魔王です」
「ほぅ……。そうかい。アンタたちがFクラスの坂本と吉井に神白かい」
「ちょっと待って学園長!僕らはまだ名前を名乗っていませんよね!?」
「学園長にまで広まってるとか……誰だよこのあだ名を付けたやつ……」
畜生誰だよ一体……
「気が変わったよ。話を聞いてやろうじゃないか」
気が変わった……か。
「ありがとうございます」
「礼なんか言う暇があったらさっさと話しな、ウスノロ」
「分かりました」
……この人は本当に学園長なのだろうか?
「俺たちはFクラスの設備について改善を要求しに来ました」
「そうかい。それは暇そうで羨ましい事だね」
「今のFクラスの教室は、まるで学園長の脳みそのように穴だらけ朽ち果てており、隙間風が吹き込んでくるような酷い状態です」
あ、言動が綻び始めた。よし、オーケーだ。
「学園長のように縄文時代から生きている老いぼれなら問題はないでしょう。しかし、今のオレたちのような、何処にでもいそうな普通のか弱い高校生にはこの状態は危険と判断、健康に害を及ぼす可能性が非常に高いと思われます」
これがオレたちの言い分だ。要するに、隙間風の吹き込むような教室のせいで体調を崩す生徒が出てくる可能性がある。そう言いたいのだ。
「「とりあえず早急に直しやがれクソババァ、というワケです」」
しかし不思議だ。自分で言うのもアレだが学園長はオレたちの慇懃無礼な説明を受けてもさほど言い方は気にしていない、何故か思案顔となって黙り込んでいた。
「あの、学園長……?」
明久が黙り込んでる学園長を見て声を掛ける。
「……ふむ。丁度良いタイミングさね……」
何か呟いていたな。まぁ、はっきり聞きとれたが。
「よしよし、お前たちの言いたい事は良く分かった」
「え?それじゃ、直してもらえるんですね!」
「却下だね」
だろうな。
「雄二、崇彰。このババァをコンクリに詰めて捨ててこよう」
「いや、とりあえず鮫を釣るための生餌にしよう」
「……明久に崇彰。もう少し態度に気を遣え」
さっきまで最低なことを学園長に言っていた雄二には言われたくない。
「まったく、このバカたちが失礼しました。どうか理由をお聞かせ願えますか、ババァ」
「そうですね。教えてください、ババァ」
「正当な理由がもちろんありますよね、ババァ」
「……お前たち、本当に聞かせてもらいたいと思ってるのかい?」
ババァはなんでそんな呆れ顔になってオレたちを見ているのだろうか?不思議だ。
「理由も何も、設備に差をつけるのはこの学園の教育方針だからね。ガタガタ抜かすんじゃないよ、なまっちろいガキ共」
……ふーん。
「それは困ります!そうなると、僕らはともかく体の弱い子が倒れて」
「――と、いつもなら言っているんだけどね」
明久の台詞を遮り、学園長が顎に手を当て続きを話し始める。
「可愛い生徒の頼みだ。こちらの頼みを聞くなら、相談に乗ってやろうじゃないか」
……交換条件を出してきたか。……怪しいな。
「……………」
雄二もオレと同じく、口元に手を当てて何か考えている。
「その条件って何ですか?」
「清涼祭で行われる召喚大会は知ってるかい?」
「ええ、まぁ」
「じゃ、その優勝賞品は知ってるかい?」
「え?優勝賞品?」
優勝賞品だと?
「学校から送られる正賞には、賞状とトロフィーと『白金の腕輪』、副賞には『如月ハイランド、プレオープンプレミアムチケット』が用意してあるのさ」
ユリの狙いはそのペアチケットも含まれているのか?まぁどうでもいいけど雄二。君は何故ペアチケットという単語に反応を示したんだい?霧島関連かい?
「はぁ……。それと交換条件に何の関係が」
「話は最後まで聞きな。慌てるナントカは貰いが少ないって言葉を知らないのかい?」
「知らないです」
「知らないって……いいか明久?それは『慌てる乞食は貰いが少ない』だ。ちなみに英語で似た意味なのは『He goes a-gleaning before the cart has carried.』だな」
「ほう。流石、神白は頭がいいさね。噂に違わず」
噂……ねぇ。
「どうでもいいので早く進めて下さい」
「この副賞のペアチケットなんだけど、ちょっと良からぬ噂を聞いてね。出来れば回収したいのさ」
「回収?それなら、賞品に出さなければ良いじゃないですか」
「そう出来るならしているさ。けどね、この話は教頭が進めたとは言え、文月学園として如月グループと行った正式な契約だ。今更覆す訳には行かないんだよ」
そういや前に『学園長は召喚システムの開発に手一杯で、経営に関しては教頭に一任している』と聞いたことがあったな。噂でなく真実だったのか。
「契約する前に気付いて下さいよ。学園長なんだから」
珍しく正論を言う明久。
「五月蝿いガキだね。白金の腕輪の開発で手一杯だったんだよ。それに、悪い噂を聞いたのはつい最近だしね」
「それで、悪い噂ってのは何ですか?」
つまらない内容なんだがね、と前置きを言って学園長は噂の内容を伝える。
「如月グループは如月ハイランドに一つのジンクスを作ろうとしているのさ。『此処を訪れたカップルは幸せになれる』っていうジンクスをね」
「?それのどこが悪い噂なんです?良い話じゃないですか」
「そのジンクスを作る為に、プレミアムチケットを使ってやって来たカップルを結婚までコーディネートするつもりらしい。企業として、多少強引な手段を用いてもね」
「な、なんだと!?」
なるほど。雄二が慌てる理由がよく分かった。
「どうしたのさ、雄二。そんなに慌てて」
「リラックスリラックス」
「慌てるに決まってるだろう!今ババアが言った事は『プレオープンプレミアムペアチケットでやって来たカップルを如月グループで強引に結婚させる』ってことだぞ!?」
「うん。言い直さなくても分かってるけど」
あの明久でも理解出来ている。それだけ内容はシンプルだということか。
「そのカップルを出す候補が、我が文月学園って訳さ」
「くそっ。うちの学校は何故か美人揃いだし、試験召喚システムと言う話題性もたっぷりだからな。学生から結婚まで行けばジンクスまで申し分ないし、如月グループが目をつけるのも当然って事か」
悔しげに唇を噛む雄二。ふーん、スポンサーに如月グループがいたんだ。
「ふむ。流石は神童と呼ばれていただけはあるさね。頭の回転はまずまずじゃないか」
さっきもだが意外にこの学園長。生徒をガキ呼ばわりするわりに生徒の情報を把握している。
「雄二、取り敢えず落ち着きなよ。如月グループの計画は別にそこまで悪い事でもないし、第一僕らはその話を知っているんだから、行かなければ済む話じゃないか」
「……絶対にアイツは参加して、優勝を狙ってくる……。行けば結婚、行かなくても『約束を破ったから』と結婚……。俺の……将来は……!」
目が虚ろになって言葉が途切れ途切れになっていたが、
「どうせお前の将来なんて最初から決まってるだろ?」
というか、どうせ、チケットを手に入れられたら一緒に行ってやるとでも安請け合いしたんだろ雄二も相変わらずバカなことしている。
「テメェ崇彰!自分は既に結婚相手が決まってるからこんな計画乗ってもいいからって……!」
「はぁ?ふざけんなよ?こんな計画に乗せられるなんて嫌に決まってんだろうが」
「え?そもそも黒栁さんと崇彰が行けばこんな計画、意味をなくすんじゃ?」
「はっ。そんなのごめんだな。ユリには本当に好きな奴と結婚して欲しい。こんな強制的に結婚させるイベントなんてクソくれぇだ」
オレが気に食わないのは何かをオレに強制させること。テメェは何様だと言いたくなる。
「ま、そんなワケで、本人の意思を無視して、うちの可愛い生徒の将来を決定しようって計画が気に入らないのさ」
というか、ババアはババアで何が可愛い生徒だ。さっきまでガキ呼ばわりだったろうが。
「つまり交換条件ってのは――」
「そうさね。『召喚大会の賞品』と交換。それが出来るなら、教室の改修くらいしてやろうじゃないか」
優勝できたら……ねぇ。
「無論、優勝者から強奪なんて真似はするんじゃないよ。譲ってもらうのも不可だ。私はお前たちに召喚大会で優勝しろ、と言ってるんだからね」
「……僕たちが優勝したら、教室の改修と設備の向上を約束してくれるんですね?」
「何を言ってるんだい。やってやるのは教室の改修だけ。設備についてはうちの教育方針だ。変える気はないよ」
だろうな。こんな取引一つで新しい設備を導入なんてしたら、他のクラスに示しがつかない。
「ただし、清涼祭で得た利益でなんとかしようって言うなら話は別だよ。特別に今回だけは勝手に設備を変更する事に目を瞑ってやってもいい」
「そこを何とかオマケして設備の向上をお願い出来ませんか?僕らにとっては教室の改修と同じくらい設備の向上も重要なんです」
「それで?」
「もしも喫茶店が上手く行かずに設備の向上が危うかったら、そっちが気になって集中出来ずに僕らも学園長も困った事に……」
「なんだ、それだけかい。ダメだね。そこは譲れないよ」
「でも!設備の向上を約束してくれたら大会だけに――」
「明久、無駄だ。ババァに譲る気が無いのは明白だ。この取引に応じるしか方法はない」
「そうだ。オレらに残された選択肢ははいかYESしかない」
まぁ、このままオレたちに有利な条件で交渉に持ち込んでもいいが……お腹すいたし。ユリを一人待たせるのも忍びないし。
「ということで、この話は引き受けるが、こちらから提案がある」
「なんだい?言ってみな」
「召喚大会は二対二のタッグマッチ。形式はトーナメント制。一回戦は数学だと二回戦は化学、と言った具合に進めて行くと聞いている」
勝ち上がる度に教科が変わるのは、補充が面倒だからだろう。後は、全科目を満遍なく出来た方がいいしな。だって、もし保健体育でずっと、トーナメントなんてしようものならムッツリーニの独壇場だぜ?それ以外の科目壊滅的なのに。それじゃ面白くないからだろう。
「それがどうかしたのかい?」
「対戦表が決まったら、その科目の指定をオレもしくは雄二にやらせてもらいたい」
「ふむ……。いいだろう。点数の水増しとかだったら一蹴していたけど、それくらいなら協力してやろうじゃないか」
「……ありがとうございます」
オーケー。もう疑念が確信に変わった。
「雄二。ところでペアの方はどうするつもりなの?召喚大会は二人一組で出る事になっているから……」
「ああ。それについては俺と崇彰が組めば確実だな。それでいいか?」
「悪い。言い忘れていたがオレはユリと組んで出ることになってる。お前ら二人で頑張ってくれ」
こればかりは仕方ない。
「さて、ここまで協力するんだ。当然召喚大会で、優勝出来るんだろうね?」
学園長が念を押してくる。……ペアチケットなんてどうでもいいらしいな。勘だが優勝することに意義がありそうだ。
「無論だ。俺たちを誰だと思っている?」
不敵な笑みを浮かべて言う雄二。あれは試召戦争の時に見た、やる気全開の表情だ。
「絶対に優勝して見せます。そっちこそ、約束を忘れないように!」
明久の方もやる気全開で、絶対に優勝しようと意気込んでいる。
「メインはこいつらだがサブでぐらい働いてやるさ」
まぁ、いっちょ頑張りますか。
「それじゃ、ボウズ共。任せたよ」
「「おうよっ!」」
「へいへい」
こうして、文月学園最低コンビが誕生したのだった。
清涼祭初日の前日の夜。
「今日の分は終わりな」
「つ、疲れたぁ……」
召喚獣の大会に出ると分かった日からこうして勉強を本格的に教えてもらっています。放課後は吉井さんのところでも勉強を教えているそうですね。タカが自分の彼女とかより吉井さんを優先しています。要するに、裏で何かが起きたのでしょう。どうしても吉井さんの学力を少しでも上げておいて、召喚獣の大会に勝たせなくてはならない何かが。でもまぁ、深くは聞かないでおいてあげましょう。
「じゃあ、寝るか。オレは部屋に戻る」
そう言って窓を開けて出ていこうとするタカ。
「待って」
私は腕を掴んでタカを止めます。
「タカが……いえ、タカたちが何かに巻き込まれたのは分かります」
「そうか」
「内容は問いません。どうせはぐらかされてしまいます」
そうです。この男は、ほんの少しでも私を巻き込んだときに私に害を及ぼす可能性がある時はどんなに聞いても答えてくれません。
「大丈夫だ。オレたちに任せておけ。お前が心配することじゃない」
……変わりましたね。中学までのタカなら自分一人で解決しようとしていたはずなのに、今の彼には仲間がいます。頼りになるかは分からないけど戦力にはなる仲間が。
「…………」
「……たく。電気を消せ」
「え?」
「今日は一緒に寝てやる。別にお前が寂しそうだったからじゃない」
素直じゃないですね。素直に言ってくれればいいのに。
そのまま私たちは一緒のベッドで入ります。
「どうしたんですか?腕枕なんて珍しいですね」
「……別に。こういう気分だった」
そのまま寝ようとするタカ。私はそんな彼に抱き着いて寝ようとします。
ああなんて温かいのでしょう。ねぇタカ。あなたは優しいです。あなたには何でも解決できる頭があって力も能力もある。そして、私を危険から遠ざけてくれます。でも、タカ。私も少しくらいタカの役に立ちたいのですよ?