明久たちを追って目的地に着いたオレたち。
「明久、ここは止めよう」
「ここまで来て何を言ってるのさ!早く中に入るよ!」
「頼む!ここだけは、Aクラスだけは勘弁してくれ!」
雄二が目的地であるAクラスの出し物、【メイド喫茶 『ご主人様とお呼び!』】を前にして怖じ気づいていた。Aクラスでこのネーミングセンスだ。Fクラスのもそう大差ねぇだろ。
「そっか。ここって坂本の大好きな霧島さんのいるクラスだもんね」
「坂本君、女の子から逃げ回るなんてダメですよ?」
「そうですよ。それに店先で騒いでは迷惑です」
珍しくユリが正論を言ってる。どうしよう。涙が……
「雄二、これは敵情視察なんだ。決して趣味じゃないんだから―――」
「おい、明久。そこ見てみろよ」
「…………!!(パシャパシャパシャパシャ!)」
オレが指差す方向を明久は見る。そこには指が擦り切れんばかりにシャッターを切っている男が一人いた。
「……ムッツリーニ?」
「…………人違い」
そこにいる我がクラスの厨房責任者はカメラを片手に否定のポーズを取っている。騙されるわけないだろ。
「どこからどう見ても土屋でしょうが。アンタ何してるの?」
「…………敵情視察」
「いやいや、ローアングルから女子を撮影しても敵情視察にならねぇからな?」
「そうだよ。ムッツリーニ、ダメじゃないか。盗撮とか、そんな事をしたら撮られている女の子が可哀想だと――」
「…………一枚百円」
「2ダース貰おう――可哀想だと思わないのかい?」
どっからツッコミを入れようか。
ただえさえ金欠なのに写真を二ダースも注文したことか、言ってることとやってることが平然と矛盾していることか。
「えーっと、吉井さん。可哀想って言いつつ注文してますよ?」
「…………そろそろ当番だから戻る」
と、ムッツリー二は明久に写真を渡し、颯爽と教室へ帰る。いや、注文から商品受け取りが早くね?明久が注文すると分かって予めプリントアウトしておいたのか?賢いのかただのバカか分からん。
「まったく、ムッツリー二にも困ったもんだね」
「いや、一番はお前だけどな」
口でなんか言いながら平然とポケットに写真を入れるバカ。
「吉井君、その写真をどうするつもりなんですか?」
「やだな~。もちろん処分するに決まってるじゃないか」
「なら、今処分しろよ。ほら?細切れにしてゴミ箱に捨てるぐらい造作もないだろ?」
「そ、それよりそろそろお店に入ろう?写真の処分なんていつでもできるしさ。もう凄くお腹が減っちゃったよ」
いやいや、その程度の演技で騙されるやつなんて……
「あ、そうですね。入りましょうか」
いたよ。ここに。
「うんうん。早く敵情視察も済ませないと――写ってるのは男の足ばっかりじゃないか畜生!」
そして写真を見て叫ぶバカ。なるほど。こいつカモにされてんな。
「やっぱり見てるじゃないですかっ!」
「ご、ごめんなひゃい!くひをひっぱらないで!」
姫路は明久の頬を抓り、葉月も不機嫌顔になりながら明久の腿を抓っていた。あほくせぇ。
「そろそろ入りましょうよ」
「そうね。それじゃ、入るわよ。お邪魔しまーす」
島田が一番手でドアをくぐる。
「……お帰りなさいませ、お嬢様」
出迎えたのはメイド服を着たAクラス代表の霧島だった。
「わぁ、綺麗……」
「本当です……」
姫路とユリが感嘆の声を漏らす。まぁ、霧島が普段より綺麗になっているのは事実だな。
長い黒髪にエプロンドレスの白がよく映える。さらに、黒のストッキングが彼女の脚部を更に際立たせている。やれやれ、ここは雄二がなんか言ってやるべきなのだろうが生憎あのバカはまだここに入ることを認めていない。
「それじゃ、僕らも」
「はい。失礼します」
「お姉さん、きれ~!」
「おじゃましまーす」
「入るよ」
明久が姫路と葉月を連れて中に入ろうとし、続いてオレとユリも入る。すると、霧島が島田の時と同様に、
「……おかえりなさいませ、ご主人様にお嬢様」
と、出迎えてくれた。
「……チッ」
雄二も渋々入店しする。すると、霧島はオレたちと同様に、
「……おかえりなさいませ。今夜は帰らせません、ダーリン」
ということはなく、少しアレンジした出迎えだった。ある意味予想通りだな。
「霧島さん、大胆です……!」
「ウチも見習わないとね……」
「あのお姉さん、寝ないで一緒に遊ぶのかな?」
「今度私も言ってみようかな?」
上三人はともかくユリの場合は、今更過ぎるんだよな。
「お席にご案内します」
霧島が歩き出すので、その後ろ姿に付いて行く。
「ね、お兄ちゃん。凄いお客さんの数だね~」
葉月がくいくいっと明久の袖を引っ張っている。
敵情視察という名目なので、Aクラスの広い教室を見てみる。なるほど、こんなバカでかい教室でやっているのに、お客で一杯になっていた。しかも、メイド喫茶と言うから男性客が多いかと思いきや、意外と女性客がかなり多いな。こりゃあメニューに工夫でもあるか?
「……では、メニューをどうぞ」
霧島がメニュー表を渡してくる……。うん。凄いな、このメニュー表。立派に装丁されていて、うちとは大違い。どうやら、最優秀クラスは学園祭でも一切手は抜かないみたいだ。
「た、タカ。どうしましょ。すごい迷いますね……」
「そうだな」
確かに普通の喫茶店に負けてない。もう学園祭のレベルじゃねぇだろ……これ。
「ウチは『ふわふわシフォンケーキ』で」
「あ、私もそれがいいです」
「葉月も!!」
メニュー表を見た三人は揃ってシフォンケーキを頼む。
「じゃあ、私は『しっとりショートケーキ』で」
「『ほろ苦チョコレートケーキ』一つ」
「僕は『水』で。付け合わせに塩があると嬉しい」
続けてユリ、オレ、明久と注文するが、何かがおかしい。だが、あえてスルーさせてもらおう。こいつが何頼もうとオレには関係ないし。てか、よく写真を二ダース買ったな。絶対その分食費に回すべきだろ。
「んじゃ、俺は――」
「……ご注文を繰り返します」
おかしい。雄二がまだ注文をしてない気がするが……あぁ、幼馴染みであるあるの言葉に出さなくても伝わるってやつか。
「……『ふわふわシフォンケーキ』を三つ、『しっとりショートケーキ』を一つ、『ほろ苦チョコレートケーキ』を一つ、『水』を一つ、『メイドとの婚姻届』が一つ。以上でよろしいですか?」
「全然よろしくねぇぞっ!?」
「霧島さん。坂本さんのメニュー表をちょっと見せてもらえます?」
「……どうぞ」
「……ふむふむ……」
と、雄二のメニュー表(何故か坂本雄二専用と書かれてる)を見るユリ。そして、
「勉強になりました。ありがとうございます」
「……お役に立てたなら嬉しい」
やっぱり、何かがおかしい。お前は今何を学んだんだ?
「はぁ。雄二。公の場って事を考えろよ。何婚姻届を注文してんだよ。明久の『水』以下だぞ?」
「俺が何も注文してなかったって知ってるだろ!?」
「どーせ。アイコンタクトとかで注文したんだろ?」
「しねぇよ!?」
まぁなんでもいい。こいつもまんざらでもなさそうだし。
「な訳あるか!」
ついに
「……では食器をご用意致します」
とこんなやり取りをしている間に、霧島は女性陣とオレの所にフォークを、明久の前に塩を、雄二の前には実印と朱肉をそれぞれ用意していた。
「しょ、翔子!コレ本当にうちの実印だぞ!どうやって手に入れたんだ!?」
「……では、メイドとの新婚生活を想像しながらお待ち下さい」
霧島は、優雅にお辞儀をしてキッチンと思しき方向へと歩いていった。雄二の実印の入手法……さてさて合法か非合法か。どっちだろうねぇ。ま、どっちでもいいか。そこまで興味ねぇや。
「……明久。俺はどうしても召喚大会に優勝しないといけないんだ……!」
「あ、うん。それはもちろん僕もそうだけど」
「今更やる気出したのかよ……」
遅すぎだろ。こいつがやる気出すの。てか、やる気がやべぇよ……引くぞ。マジで。
「んで、葉月ちゃん。君の言っていた場所ってここで良かった?」
「うんっ。ここで嫌な感じのお兄さん二人がおっきな声でお話ししてたの!」
この確認も今更すぎだ。これで違うと言われても(主に雄二以外が)困る。
というか、嫌な感じのお兄さん二人がおっきな声でねぇ……ワザとかな?ワザとだな。
『おかえりなさいませ、ご主人様』
『おう。二人だ。中央付近の席は空いてるか?』
と、ここで新規の客が入ってきた様子だ。男の声でしかも二人……まさかな。オレは声のした方を見ると、
「なあ葉月。さっきの嫌な感じのお兄さん二人ってあのハゲとモヒカンか?」
「はいですっ。さっき大きな声で『中華喫茶は汚い』って言ってたの」
なるほど。あれが常夏コンビ……ねぇ。人相の悪さでは今のオレや雄二を軽く超えていそうだ。……っていうのはまぁ、流石に冗談だが。ただ、どうにも子悪党臭がする。なんだろうね。
『それにしても、この喫茶店は綺麗でいいな!』
『そうだな。さっき行った2-Fの中華喫茶は酷かったからな!』
『テーブルが腐った箱だったし、虫も湧いていたもんな!』
なるほどねぇ。…………あぁ、うっとうしい。目障りで耳障りだな。あれ?最悪じゃね?この組み合わせって。
「待て、明久」
「ユリ、ストップ」
と、ここで感情に流されやすいバカどもが常夏コンビの元に殴りこみに行こうとしたので雄二とオレが止めた。
「雄二に崇彰、どうして止めるのさ!あの連中を早く止めないと!」
「そうですよ!ガツンと抗議してやらないと」
「落ち着け。こんなところで殴り倒しても文句を言っても、悪評は更に広まるだけだ」
「ああ。特にオレや明久、雄二の問題児コンビは良くも悪くも顔が割れてる。暴力に出ようものならすぐにクラス特定からのマイナスイメージを与えるだろうな」
そう。このまま無策で行き、殴り飛ばそうものなら、周りの人にとっては、奴らの言ったことの真偽はともかく奴らを大勢の目の前で、しかもよその店のことを考えずに暴力を振るうヤバい連中と思うだろう。文句を言いに行くというのも、それをよその店でやれば自分たちのことしか考えない傲慢と思われてしまう。これじゃあ、喫茶店の経営に響くわ、姫路転校を確定させる要因になるだろう。
「でも!このまま黙って指をくわえて見ているなんて……」
「誰が指をくわえて見るだなんて言った?」
とりあえず、ユリの手をつかんで動かないようにさせておく。というか、あんな連中の元にお前を殴り込みに行かせるかよ。
「そう。やるなら頭を使えと言う事だ――おーい、翔子ぉー!」
「……なに?」
今言うことじゃないが、霧島の登場早すぎじゃないか?乙女の勘ってやつ?それとも実は最初から近くに……
「あの連中が此処に来たのは初めてか?」
と、いけない。そんなのはどうでもいい。今やるべき事をやらないとな。
雄二が顎で常夏コンビを示す。すると、霧島は小さく首を横に振る。
「……さっき出て行ってまた入って来た。話の内容もずっと変わらない。同じような事を何度も言ってる」
端正な顔を少し歪めている霧島。なるほどな。どうやら彼女らAクラスにとっても不愉快な客みたいだな。はぁ、迷惑かけるのはせいぜい一つにしろっての。ま、そんなこと言える立場ではないけど。
「そうか……よし。とりあえず、メイド服を貸してくれ」
メイド服……メイド喫茶……あぁ。何となく察しがついた。
「……わかった」
霧島は肯定的な返事をする。さすが雄二の考えている事が分かって意思疎通が……ちょっとまて。
「き、霧島さん!こんなところで脱ぎ始めちゃダメですっ!」
「そうよ!ここにはケダモノが沢山いるのよ!?」
「わぁ~。お姉さん、胸おっきいです~」
「えーっと、着替えるなら更衣室の方がいいと思いますよ?」
何を考えてるのかは分からんが、その場で着ているメイド服を脱ごうとした霧島。それを、姫路と島田が慌てて止めにかかる。で、葉月とユリは何処かがズレてるのはいいが明久。お前、何で残念がってんだ?
「……雄二が欲しいって言ったから」
二人によって止められた霧島は不思議そうな顔をしている。
「恋は盲目……か」
なるほど。霧島は雄二の頼みなら常識の枷を打ち破り、迷いなく実行するのだろう。まぁ、雄二が最低のクズ野郎なら危ないかもしれないが、
「お、俺がいつお前の着ているメイド服が欲しいと言った!?予備のヤツがあれば貸してくれって意味だ!」
怒鳴りながらそっぽを向いて首まで真っ赤にしている雄二を見る。こいつはこいつで霧島にそんな危ないことさせる度胸はねぇだろうし。まぁお似合いといや、お似合いだな。
「……今、持って来る」
ものすごく残念そうな顔をしている霧島が服を着直して去って行くのを見る。やれやれ意思疎通はどうした……とこのわずかな間に少し不味い状況になっている。他の客がオレたちのテーブルを注目の的としている。はぁ、騒ぎすぎだな。これでは常夏コンビに対して正攻法では、制裁を与えられない。
『あの店、出している食い物もヤバいんじゃないか?』
『言えてるな。食中毒でも起こさなければ良いけどな!』
『二-Fには気をつけろって事だよな!』
はぁ。いい加減黙らねぇのかねぇ。
「雄二!崇彰!なんでもいいから早く連中を!」
「そうですよ!いくら温厚な私ももう我慢の限界です!」
「良いからもう少し待っていろ。姫路に島田、後黒柳も櫛を持っていないか?」
「?持っていますけど……」
「ちょっと貸してくれ。他にも身だしなみ用の物があれば全部」
「はぁ……」
姫路が上着のポケットをゴソゴソとあさり小さなポーチを取り出した。
「悪いな。後で必ず返す」
雄二は姫路のポーチを受け取る。
「……雄二、これ」
今度は霧島がメイド服を抱えて戻って来る。
「おう。すまないな」
「……貸し一つ」
「だ、そうだ。明久」
「わかったよ。お礼に今度雄二を一日自由にしていいよ」
「……ありがとう。吉井は良い人」
「ちょっと待て!どうして俺が!」
「諦めろ」
明久によって差し出された雄二の必死の抗議も虚しく、霧島は嬉しそうにその場を離れて行った。
「で、これをどうするの?」
こちらの手元にあるのはポーチとメイド服。コレらを考えるとどうやら予想通りらしい。
「……着るんだ」
恨みがましく明久を見て言う雄二。
しかし……。
「だってさ、姫路さん」
「え?わ、私が着るんですか?」
明久は勘違いをし、姫路にふる。一方、いきなりの事に目を丸くしている姫路。
「バカを言うな。姫路が着ても攻撃なんて出来ないだろうが」
「なら、私が」
「お前も攻撃できないだろ。おとなしくしてろ」
「…………はーい」
「うーん。それじゃ、美波?でも、胸が余っちゃうとぶべらぁっ!」
「ツギハ、ホンキデ、ウツ」
凄い殺気だ。この殺気で常夏コンビを黙らせられないものか。
「島田でもない。それなら面が割れてしまうだろうが」
「……まさか」
明久はようやく気付いたみたいだ。
「着るのはお前だ、明久」
「いやあぁぁぁっ!」
叫び声をあげるが一言言おう。おせぇよ。
「やれやれ。わがままを言う奴だな。それなら、あっち向いてホイで決めないか?」
雄二が提案をする。まぁ、こう言うって事は、また明久を騙すつもりだな。流石に明久もこの展開は読んでいるみたい(読んでなかったら学習能力ゼロ)で、裏を掻いてやろうと思い切り顔に出ている。一言言うなら、お前じゃ無理だ。
「よし、その提案受けるよ」
「それなら行くぞ、ジャンケン」
「ポンッ」
明久はパー。雄二はチョキで、明久の負け。まぁ、あっちむいてホイなので、これからが本番。
「あっち――」
雄二が勢いよく人差し指を出してきた。
なるほど。相変わらず汚い戦略というか何というか。
「その手に乗るかっ!」
そう言うと明久は目を逸らさずに雄二の指をじっと見ていた。おーい。それはあまりにも愚策だぞー
「向いて――」
ブスッ
「ぎいやぁぁっ!目が、目がぁっ!」
雄二は明久の目を刺し、明久は目を抑えてのた打ち回っていた。
「ホイ!……ふっ。俺の勝ちだな」
うん。予想通り。
「あの、吉井君。大丈夫ですか?」
姫路は倒れる明久にハンカチを差し出している。
「ありがとう。まったく、雄二の卑劣さには驚かされるよ」
お前本当に学習能力ゼロだな。それと、ハンカチに目を当てているのは良いが、匂いを嗅いでいるだろ。変態か?あ、変態だったな。
「やれやれ、次は僕と崇彰か……負けた方が女装かぁ……」
「おい。何オレを巻き込んでやがる」
「え?シード枠だったんでしょ?」
世界で一番いらないシード枠だな。
「さぁ、勝負しようか。今度は負けないぞ」
「はぁ。いくぞ。じゃんけん」
「ぽんっ」
明久はグー。オレはパー。再び明久の負けからスタート。
「あっち――」
雄二と同じく指を明久の目をめがけて突き刺そうとする。
「二度も同じ手を喰らうか!」
明久は先の戦いで学習したのだろう。バックステップでオレから距離をとろうとする。しかし………
「向いて――」
ゴンっ
「あ、頭がぁ!?」
「ホイ。はぁ、阿呆だろお前」
そう。
「うぅ……崇彰め……二人がかりで来るなんて……」
「いや、お前がオレたちの予想通り距離をとろうと後ろに跳ばなければこうならなかったぞ?」
だって、手を汚したくないし。
「あ、あはは……。でも、きっと大丈夫ですよ」
「そうだよね。こんな卑怯な勝負は無効――」
「吉井君ならきっと可愛いと思いますっ」
結論。明久の女装決定。慈悲はない。異論は認めない。