預言者と孤高の姫君   作:公私混同侍

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鏡と影

陛下は宮殿のテラスから海を眺めていた。決して現実逃避をしているわけではない。考え事をすると決まって海を望むのだ。海風が加齢とストレスで傷んだ髪を優しく撫でていく。

テラスの反対側の風景は橙色に染まり、夜空との境は青みがかっている。

宮殿の外を一歩出れば悲鳴と怒号が渦巻く。都市全体が悲哀に満ち絶望感に包まれていく。友好国からの救援は完全に途絶え、鉄壁と謳われていた城塞はたった一つの齟齬で致命傷を追わされてしまった。崩落した門は応急処置程度の修復しか出来ず、二度目の侵攻は自明であり全面衝突も避けられない情勢となった。

陛下は憮然とした態度で佇む。胸にある双頭の鷲の刺繍に手を当てた。

 

「余には先祖が築き上げた叡知や伝統すら守ることが出来ぬと、神は申されるのか?預言者の力を駆使してもこの難局を乗り切れぬのなら、余の命と引き換えに都を死守することも考えねばならぬ」

 

「――陛下、お連れしました」

 

預言者が跪いた。無理やり連れてこられたルナは露骨に嫌がっている。

 

「うむ、下がって良いぞ」

 

預言者はスッと奥へ消えた。ルナは俯いたまま陛下に近づこうともしない。

 

「姫君よ、そんな悲しい顔をしないでおくれ。恐らく今宵が余と姫君の最後の会話となるであろうから、心して聞いて欲しい」

 

「……え?」

 

「千年の栄華を誇り幾多の困難を乗り越え、民と民が信じる神と共にここまで歩めたことはこの上ない幸福であった。なれば姫君よ、そなたにはコンスタンティノープルに君臨した帝王の名を忘れないでもらいたいのだ」

 

「おじさんはどうするの?」

 

「余には民を導く責務がある。全てを捧げてでも帝国の誇りを守り抜かねばならぬ。そうでもしなければ帝国を築き上げた英霊達に示しがつかぬのだ」

 

「死んだら何も残らない。おじさんがいなくなったら誰がこの国を導くの?」

 

「そなたに導いてもらいたのだ。この国の神の使い……いや、女神として」

 

陛下は高貴な服を身に纏っている。その服の裏から白い布を取り出した。ルナが額に乗っけていたタオルだ。一回り膨張しているがルナは大事そうに受け取った。

 

「ありがとう、おじさん」

 

「礼は入らぬ。姫君とはもっと語り合いたかったのだが、先の混乱でそなたも疲れているだろうからゆっくり休んでもらいたい。それと客人にもよろしく伝えてほしい」

 

「うん」

 

ルナは足早に部屋に戻ろうとする。すると、陛下に呼び止められた。

 

「言い忘れていた。明日からはこの宮殿内に滞在することが出来なくなる。夜が明けたら一刻も早く立ち去るのだ。でなければ姫君達に辛い思いをさせてしまうのでな」

 

ルナはあどけなさの残る笑顔を見せ陛下に背を向けた。背中が見えなくなると今度は預言者が現れる。

 

「今までご苦労であった。そなたには世話ばかりかけてしまったな。余の我が儘に付き合わせて申し訳なかった。そなたも夜が明けたらこの国を離れるといい」

 

「お心遣い感謝致します、陛下」

 

「最後にそなたの名前を聞かせてもらいたい」

 

「神の下に向かわれようとする陛下に名乗る名など御座いません」

 

「そうか……」

 

「ですが、そのお覚悟に応え一つ駄弁をさせて頂きます」

 

陛下は屈託のない笑顔を見せる。笑い声がテラスに響いた。

 

「人生は歴史の一部であり、歴史は人の生き様を写す鏡です。過去というものは今を生きる人間にとっては影に過ぎないのです。そして今の私が鏡であり、あなたは――」

 

預言者は意味深な発言をすると鉄の仮面を外した。

 

「影だ」

 

「な、なんと!?こ、これは何たることだ……」

 

先ほどまでの朗らかな話し方が一変した。預言者の素顔を見て腰を抜かしてしまう。

理由は単純。陛下と預言者の顔が瓜二つだったからだ。

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