大木の周りの黒い霧が漂う。恭夜達の視界を覆っていく。
「何が償えだ!お前のせいでサリーとルナが死にかけたんだぞ!」
恭夜の怒りに黒い霧の声が反響する。
「酷いなぁ。せっかく歴史を正そうとヒントをたくさんあげたのにさ」
「ヒント?お前がオスマン帝国の軍隊を誘導したんじゃないのか?」
「そんなことしたら滅亡が早まるだけじゃん。それにサリーやルナは特殊な力を持ってるだろ?そんな二人に暴れられたら全て台無しなっちゃうから外敵の相手をしてもらったんだぜ?」
「お前は何者なんだ?何で俺たちのことを知ってるんだ?」
「そりゃあ知ってるよ。だってハドリアっていう人間はビザンツ帝国が歴史から葬りさられることによって生まれるはずだった人間たちの魂の集合体なんだ。アンタらが殺したんだぜ?お姫様、陛下そしてルナがさ」
「どういう意味だよ!?本当なら生まれるはずだった人間たちの魂ってなんだ!?」
陛下が黒い霧に問う。
「先の戦いで余が神の下に行けたのならば、コンスタンティノープルは
「でも、預言者がこの時代に干渉したせいで歴史は大きく歪められたのさ。そして、オスマン帝国の支配下にある人間たちの魂は地に足を着けることなく忘却されたんだ。真の歴史からね」
「真なる歴史から忘却された魂の集合体。それがハドリアという男を産み出したというのか……」
ゲルマが問う。
「預言者が生まれ変わったビザンツ帝国の皇帝だとしたら、どのような手段を用いて過去に来た?」
「正しい歴史を汲み取れば皇帝は死んだことになっていたんだ」
「なっていた?」
「可能性の話さ。実はね、あの男は命がらがら逃げ落ち生き延びていたんだよ。一説によれば亡骸は見つかってないらしいしね」
「それだけでは説明できない。預言者になった理由は?」
「そこにいるでしょ?お姫様がさ」
「ヘレナが預言者を生んだと?」
「半分正解かな。正しくは預言者様なんだけどね」
サリーが口を挟む。
「ちゃんと説明しろ!」
「だからさ、お姫様には歴史に干渉できる不思議な力を持っているってこと」
「あの女の望むがままに歴史を書き換えることができるというのか?」
「本人に自覚はないみたいだけどね。それも仕方ないんだけどさ。だってアンチャンたちの時代に飛ばされた理由も覚えていないんでしょ?不思議だよねぇ」
「ならその大本を断てば丸く収まるというわけだな?」
「さすがはアンチャンの女だ。話がわかるね。それに時に干渉する力を乱用されたらアンチャンたちの未来が消滅しちゃうかもよ」
サリーは斬り伏せる覚悟のようだ。肩が上がり、刀を握る手に力が入る。柄がミシミシと音を立てた。
ヘレナが反論する。
「ワタシにそのような不可思議な力があるのかはわかりません。ですが、預言者という方は存じ上げません」
「そうだ!俺が見た預言者は男の声だ!ヘレナさんが預言者なはずがない!」
黒い霧がクスクス笑っている。恭夜の体をひんやりとした冷気がまとわりつく。
「そりゃね、お姫様にあんな人目を引くフードや鉄の仮面を被らせるわけにいかないからな。あの男は娘の代わりに預言者に成り切ったんだよ。正体を悟られないようにさ」
「すなわち陛下はヘレナの力に巻き込まれ過去に飛ばされたと?」
「そうさ。でもまさか滅亡寸前のビザンツ帝国に飛ばされたのは皮肉だったね」
ゲルマの問いに答えると、黒い霧が晴れハドリアが姿を現した。
「さてと、お喋りはもういいっしょ」
「ふざけんな!そんな屁理屈……」
「そうだなぁ、信じてもらうには証拠が必要さ。ルナが持っているはずだよ。新生ビザンツ帝国、王妃の形見をね」
ルナは膨張したタオルを持っている。熱を下げるために使っていたものだ。
陛下は暗い表情で目頭を押さえた。ルナはタオルを開く。中から一度は目にした首飾りが出てきた。
「こ、これは!?」
「双頭の鷲!!」
ゲルマとサリーが食い入るように首飾りを見ている。
「そうだったのですね……」
「本当に……本当にルナが……」
「そこにいる元皇帝コンスタンティノスがルナに送ったのさ」
ルナが持っている首飾りはヘレナが持つ「双頭の鷲」と同じ物だった。