預言者と孤高の姫君   作:公私混同侍

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ありし時への帰還

ヘレナはハドリアの説得を受け入れ、恭夜達との決別の時を迎える。

 

「俺、役に立てなかった。ごめん」

 

「そんなことありません。恭夜様には何度も助けてもらいました」

 

「本当は俺たちの時代も案内したかったけど……」

 

「未来は素敵なものでありふれています。ワタシはその礎にならなければなりません。だからといって悲観してるわけではありませんよ?」

 

「ヘレナさんの時代も見てみたかったよ。きっと綺麗な建物や色んな人たちがいると思うから」

 

「元の世界に戻っても預言者としての力を発揮できるかはわかりませんが、恭夜様のお気持ちはワタシの胸にしまっておきます」

 

「なんか、あんまり実感が湧かないな」

 

「でしたらこれを受け取って下さい」

 

ヘレナは「双頭の鷲」の首飾りを恭夜の首にかけた。

 

「これってヘレナさんが一番大切にしてたんじゃないの?」

 

「一番大切なものは一番大切な人にお譲りします。ワタシの気持ちですから……」

 

「大切にするよ。この首飾りをヘレナさんだと思って」

 

「ありがとうございます……恭夜様にお会いできてワタシは幸せでした……」

 

恭夜は実感が湧いてきたのか会話が続かなくなってしまった。

 

「くよくよすんなよ。別に死ぬわけじゃねんだからさ」

 

「うるせー」

 

ハドリアのぶっきらぼうな励ましに恭夜は素っ気なく返した。

 

「ハドリアには酷いことばかり言っちまった。悪かったよ」

 

「ハッハー!やっとハドリア様の偉大さを認めたか!」

 

「ハドリアはこれからどうするんだ?」

 

「さあね、それはお姫様の選択次第じゃない?」

 

「それってヘレナさんがまた過去を変えたら現れるってこと?」

 

「そうなるね」

 

「そっか」

 

「なんだぁ?ハドリア様がいなくるのがそんなに寂しいのか?ハッハー、正直者だなー」

 

「ああ、せっかく友達になれると思ったのにな」

 

「難しく考えるなってアンチャンたちはもう友達さ。簡単だろ?」

 

「プッ、そうだな。簡単だ」

 

恭夜はハドリアの決め台詞に思わず噴き出した。

三人はたった三日間の出来事を思い出話のように語り合う。コンスタンティノープルを巡る旅路は前途多難であった。

ヘレナにとっては神秘的な冒険であり、ハドリアにとっては刺激的な流浪であり、恭夜にとっては刹那的な旅行になったであろう。

ビザンツ帝国は幾度となく滅びの危機に晒され動乱の時代の中にあって、ローマの平和(パクス・ロマーナ)など過去の産物に成り下がってしまった。激動の荒波という名の運命に翻弄され、三人もまた会者定離という名の濁流に飲まれ、再会を喜んだのも束の間コンスタンティノープルは攻め落とされたのだ。

目の前を過ぎ去る時間の流れをただ傍観しているしかない。不条理であるがそれが歴史なのだ。

いよいよ恭夜達に別れの時がやってくる。

ハドリアの不思議な力によってヘレナは虚空へと吸い込まれていく。別れの言葉を口にする。ヘレナは泣いていた。

 

「必ず……必ず……恭夜様に会いに行きます」

 

「待ってるよ。遥か遠い未来で」

 

二人は光の粒となり虚空へと旅立った。

 

「そうか、預言者とやらは行ってしまったか」

 

陛下は虚空に問いかける。返事はない。

残されたのは恭夜、サリー、陛下の三人。

 

「ルナもゲルマもいない。クッ、私たちは振り出しに戻ったのか?」

 

サリーは恭夜にやり場のない怒りをぶつける。返事はない。

 

「もうよい」

 

「何がだ?」

 

「もうよいのだ。姫君も預言者もいない。そんな世界では生きる価値も見出だせまい」

 

「私はどんな世界であったとしても、恭夜と二人で生き抜いてみせる。今までもそうだった。ずっと一緒に乗り越えてきたんだ」

 

「実に健気だ。そのような時代錯誤も甚だしい人間模様を垣間見れるとは。余にもまだ見ぬ世界があるのだな」

 

「未来はあなたが思ってるほど以上に血生臭いかもしれないぞ。それでも未来に希望を持つのか?」

 

「可笑しなことを。先ほど貴女が申したではないか。『どんな世界であろうとも生き抜いてみせる』と」

 

「私は絶望しかない世界でも私の心に寄り添う希望を見出だしてみせると言ったんだ」

 

「それがあの青年というわけか」

 

「あなたの考えを聞かせてほしい」

 

サリーは刀を陛下に突きつけた。陛下は真っ直ぐ刃を見る。

 

「もはや余は異物だ。歴史から逸脱した人間にはそれ相応の報いを受けなければならぬ。あのハドリアという者も申していたであろう……さすれば余の首を()ねよ」

 

「なに?」

 

「余の首を刎ねよと申したのだ」

 

サリーは明らかに悩んでいた。首を刎ねるということは当然、死を意味するからだ。しかし、陛下の顔に嘘偽りは全くない。

 

「……あなたの思いは叶える。願いがあるのなら言ってみろ」

 

「余の傍らに仕えていた預言者が以前、このようなことを申していた。『姫の気持ちは山の天気のように変わりやすい。女子(おなご)という生き物もまた、私の手に負えない存在』だと。あの言葉はまさに余の言葉であったのだ」

 

「姫とはルナのことか?」

 

「まさに。あの美しく気高い姫君に伝えてはくれぬか?」

 

「わかった」

 

陛下は夕陽を背に胡座をかいて座った。大木が陛下を俯瞰している。まるで最期を見届けようと寄り添っているかのようだ。腹を括ったサリーは刃を陛下の首に当てる。スッと刀を振り上げた。

 

「キリストの使いたる皇帝は雨に打たれても風に吹かれても、難攻不落の城塞の如く不動である。余の心もまた然り。姫君よ、余は魂となり永遠なる時を越えてでもそなたを守り抜いてみせよう――」

 

サリーは刀を振り下ろした。

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