鉄の仮面
サリーは目を開けると玉座が見えた。周りを見渡すとゲルマが直立している。玉座に座している人物は二人を見て何度も目を擦っている。他の人間はいないようだ。
「はぁ……なんたることだ。とても不可解だ。余の面前に光が降り注いだと思えば、チンケな容姿が何やら物騒な物を持ち歩いているし、その隣は頭が外れたように……余は疲れているのか?」
玉座に座る初老の男がぶつぶつと呟く。きらびやかな衣装を身につけている。白髪と高い鼻が特徴的だ。胸元には双頭の鷲の刺繍が施されている。
眠れていないのか目の下にくまができている。
「おい、ここはどこなんだ?何故ゲルマしかいないんだ?恭夜はどこに行った?」
「同時に三つも質問するとは、いくら高度な検索機能を備えていても直ぐには返答出来ない。聖徳太子でもなければ不可能だ」
初老の男は嘆息した。
「それで、どうなんだ?」
「ここは一四五三年のビザンツ帝国で間違いない。マスター達とは別々の場所に飛ばされたようだ」
「やはりヘレナとかいう女はホラ吹きだったみたいだな。隠れていないで出てこい!腹を切るなら苦しまぬよう介錯してやるぞ!」
サリーの張り裂けるような怒声が
「誰か、誰か余の声が聞こえぬかぁ?」
「さっきからあの玉座でふんぞり返っている、あの腑抜け面は誰だ?」
「いくら天然とはいえその発言は不敬だ。腹を切りたくなければ、さっきの発言を撤回した方がいい」
サリーは玉座に視線を向ける。手から刀がすり落ちた。肩をブルブルと震わせる。
「ま、まさかあの男が――」
ゲルマは背後から近づく足音に気づき反射的に振り返った。
「陛下、お呼びでありましょうか?」
側近らしき人影が伸びる。青いフードを被り、鼻から下を隠すように鉄の仮面が覆う。声は仮面でこもっていて呼吸が苦しそうだ。
「遅いではないか。余は何度も声を荒げていたというのに。まあよい、それよりも余は少し疲れてしまった。預言者よ、客人の相手を頼んだぞ」
陛下と呼ばれる男は重い腰を上げ、玉座の後ろにある左奥の寝室へと消えていった。
「預言者?」
「いつの時代にもいるのものだ。国家を影で操る黒幕が」
フードの人物は周りに人がいないことを確認するとフードをとった。だが仮面は外さない。ゲルマは電子音を奏でながら身構える。
「預言者と呼ぶのは陛下を含む一部の人間たちだけだ。そんな肩に力を入れなくてもいいとも。君たちに手荒な歓迎をするつもりはない」
サリーは預言者の動きから目を外さずに刀を拾い上げた。
「その刀が時を越える力を与えたというのか。だが、これも運命だ」
「まるで我々が来ることを知っていたような口ぶりだ。預言者なら造作もないだろうが」
「それに私が持つ刀について把握しているのであれば、あなたに聞かなければならないこともある」
「もちろんだとも。まず話をする前に場所を変えよう。君たちも来たばかりで疲れているだろうから、陛下に頼んで部屋も用意させておこう」
皇帝コンスタンティノスが統べるビザンツ帝国は東ローマ帝国とも呼ばれる。その都であるコンスタンティノープルにそびえる宮殿は外敵の脅威から守るため、強固な城壁が築かれ都市全体を二重、三重に囲っている。宿敵であるオスマン帝国の侵略にビザンツ帝国は滅亡の危機に瀕していた。そんな中現れた預言者の男は次々にオスマン帝国の策略をはね除け、いつしか皇帝陛下や家臣だけでなく臣民までからも『神の使い』として讃えられるようになったのである。
時は一四五三年、サリーとゲルマが飛ばされたのは五月二六日。
宮殿内を歩き回る預言者の後ろをサリーとゲルマがついていく。好奇の視線に晒され続けるサリーは少し浮き足立っているように見えた。預言者は慣れているのだろうが、ゲルマだけは意図的に人目を引きつけている。異なる時代、異なる人種の人間から見れば変わった服装も相まって大道芸の一団に見えたに違いない。仮面の男、侍のような女、そしてロボット。
ゲルマの場合、人目を盗んでは首を回転させるためサリーからしたら気が気でない。
預言者は淡々と宮殿内の案内をしている。サリーとゲルマにあまり関心がないようだ。いや、全てを知ってるからこそあえて聞くことはないのかもしれないが。
いつしか人気が無くなっていた。預言者などの高位の人間しか歩くことを許されない通路に差し掛かったようだ。
サリーは見慣れない装飾品や模様、特有の香り、肌に伝わる生ぬるい風。全てが心地好く感じていた。
歴史好きにとってはたまらない空間なのだろう。
「今日からここで休むといい。一応仕切りはあるが、他に必要なものがあれば私に申し出るように」
用意された部屋はベッドが二つある。ゲルマには必要ないものだ。機械だから立ったまま寝ることができる。となれば……
「良かったなぁ、ダブルベッドじゃなくて。マスターと再会しても揉めることはない」
「わ、私は寝相が悪いからダブルベッドが良かったんだが――」
「すまない。来客用は個別にしか用意してないのだ。少し時間がかかるが、もし恋人がいるのならそれ用の品を取り寄せることも可能だとも」
「で、どうする?」
サリーは頬を赤らめる。セクハラ紛いの二人の発言に動揺しているようだ。
「そ、そんなことよりあなたには私たちの質問に答えてもらいたい!」
「フハハハ、いいとも。それならば私の部屋で話そう」
不意にゲルマはカメラのシャッターを切るような音を出し始めた。サリーは驚いたような表情をしたが注意するような素振りはない。ゲルマがふざけているわけではなさそうだ。
三人は一人分しか通れない通路に入り石材でできた階段を下りていく。日の光が届かない扉に突き当たり預言者の足が止まる。重厚な扉を開く。部屋の中はおびただしい書物で溢れかえっていた。