預言者と孤高の姫君   作:公私混同侍

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陽気なハドリア

サリーとゲルマが預言者と顔を合わせていた頃、恭夜とヘレナはオスマン帝国にいた。

首都はエディルネ。

ヘレナは広場で一人狼狽えていた。人々が一際目立つ高台に集まり始める。どうやら処刑台のようだ。人垣が割れあの世への道ができる。その道を上半身裸の屈強な男がこれから処刑するであろう細身の青年を引き連れていた。青年は体の前で両腕を縛られ両目は黒い帯のようなもので目隠しされている。

群衆は青年に向けて心ない言葉を浴びせる。

 

皇家(こうか)に仇なす者に死を!」

「さっさと首をはね飛ばせ!」

「派手な血飛沫を見せやがれってんだ!」

「この悪魔の使いが、苦しんであの世にいっちまいな!」

「なんだあの格好?」

「皇帝に謀反を企てたビザンツ帝国のスパイだってさ」

「あのアスパラみたいなヒョロヒョロな男がか?冗談だろ?」

「それが、連れの女が身につけていた首飾りが双頭の鷲をあしらったものでよ、皇帝の怒りを買ったらしいって話だとよ」

 

ヘレナは人垣を押し退け青年に近づいた。何かを叫んでいるが罵詈雑言の声でかき消されていく。

 

「――恭夜様!恭夜様、ワタシの声が届いて下さい!恭夜様!」

 

なんと処刑台に連行されているのは恭夜だ。

恭夜とヘレナはオスマン帝国に転移したのち征服王(ファーティフ)ことメフメトの面前に飛ばされたのだが、これが取り返しのつかない事態を招いてしまった。ヘレナはメフメトとの問答で取り繕おうと必死に知恵を絞ったのだが、敵国の象徴である『双頭の鷲』の首飾りが動かぬ証拠となってしまったのだ。

恭夜はヘレナを庇い罪を被ったのだが、まさか首をはね飛ばされるとはヘレナでさえ思わなかっただろう。

 

「恭夜様にどうか、ワタシの声が届いて!」

 

「……ヘレナさん?いるの?どこ――ヴッ!?」

 

屈強な男が恭夜のみぞおちに拳を打ち込んだ。不意打ちを食らい手をつく。三秒ほど地面をまさぐると小石を手の中に忍び込ませた。

 

「もう一度、腹に拳を打ち込まれたくなければ早く立てい!どうせキサマの死は変わらんのだ!苦しんであの世に行く方が、ここにいる大勢の民も大層喜ぶであろうがなぁ?」

 

真実を知らぬ人々は恭夜の惨めな姿にうっすらと笑みを浮かべた。

引き摺られるように処刑台へ向かう。恭夜は全身の力が抜けたようになり、抵抗する意思すら感じさせない。両膝をつき紐で足首をくくりつけられた。

腕はほどかれ新たに黄ばんだ紐で結び直す。両脇から現れた二人の男が腕を引っ張っている。上半身だけなら磔にされたキリストのようだ。

先ほどの屈強な男が巨大なナタを持ち出した。天にかざすと大きな歓声が上がる。間合いをはかるようにナタを首に当てる。恭夜はビクッと全身を震わせた。

ナタを後方に振り上げる。人々は一瞬で静まり返り、ヘレナは両手で顔を覆い崩れ落ちた。

 

「――今だぁぁぁ!手の内を見せろぉぉぉ!」

 

一人の傍観者が絶叫した。断頭台の上にいる人間が声のする方に目を動かす。すると、こちらに銃口を向ける若者に気づいた。

恭夜は声と同時に手のひらに持っていた小石を親指で弾いた。二つの小石は勢いよく舞い上がる。若者は小石に狙いを定め引き金を引いた。弾丸は小石に命中、弾かれた小石は恭夜の腕を引っ張っていた男たちに命中した。眉間を正確に捉え、脳震盪になったのかふらふらしている。無情にも高台から落下した。

聴衆は発砲音にパニックになり、あれよあれよという間に逃げ帰ってしまった。

 

「一体何が……一体何が起きているのです!?」

 

ヘレナのすぐそばに拳銃を持った若者が立っている。

処刑人は気に留めることなくナタを振り下ろした。

 

「恭夜様ぁぁぁっ!!」

 

ヘレナの悲鳴と共に銃声がなった。ナタが鈍い音を立て床をくるくると回る。

男が慌ててナタを拾い上げようとするが若者は処刑台に飛び乗り、目にもとまらぬ速さで距離をつめる。

 

「それに触るなよ?諦めが肝心って言うだろ?それともあんたはここで脳みそぶちまけたいのか?」

 

屈強な男の顎に銃口を突きつけながら恫喝する。

 

「こんなことをして……ただで済むと思わないことだな!」

 

男はナタ捨て逃げた。若者は鉄砲を腰にしまうとナタを広い恭夜を縛っていた紐を切っていく。

目隠しを外されると恭夜の顔に夕陽が当たり苦い表情で目頭を押さえた。

 

「恭夜様、お怪我はありませんか?」

 

「大丈夫みたい。それより――あんたが助けてくれたのか」

 

若者は拳銃をしまうと髪をかき上げた。

 

「ハッハー!上手くやれたな!このハドリア様にかかれば手品の一つや二つ、どうってことねぇさ」

 

ハドリアという男はかなりの自信家のようだ。

 

「あの()()()()()()、やっぱりあんただったのか。周りに聞かれてないかヒヤヒヤしたよ」

 

「声……ですか?」

 

ヘレナが疑問に思うのも無理はない。何故なら罵声と怒声が入り乱れる中、特定の人間の声を聞き分けるのは不可能に等しいからだ。ハドリアという男の声は人の心に直接語りかけるような特殊な力を宿しているのかもしれない。

 

「『小石を手の中に忍ばせ、それをこの拳銃で撃ち抜く』。こんなギャンブルみたいな助言を素直に受け入れたアンチャンの勝ちさ。まともな人間ならハドリア様の美声にうっかり聞きいると失神するんだけどな?ハッハー!」

 

「ですが、ハドリア様がおっしゃっている美声はワタシの耳に届いておりませんよ。何故なのでしょう?」

 

「えっ!?ヘレナさんはこの男の近くにいたんじゃないの?」

 

「そうなのですが……」

 

「まあまあ、こまけぇことはいいじゃねぇか。それよりさ恭夜とヘレナはこれからどうすんだ?」

 

三人の間に奇妙な空気が流れた。恭夜は当たり前の疑問を抱く。

 

「なんで俺たちの名前知ってるんだ?まだ名乗ってないだろ」

 

「そうです。もしやあなた様もビザンツ帝国の敵なのでは?」

 

「お姫様の目は節穴か?俺はアンチャンを助けたんだ。それにさアンチャンたちをこの時代に呼んだの誰だと思う?」

 

「俺たちは誰かに呼ばれてこの時代に来たのか?」

 

「ハドリア様はご存知なのですか?」

 

「逆に聞くけどよ、お姫様はその目的があって一四七〇年から来たんだろう?」

 

ヘレナは双頭の鷲を見つめている。

 

「そういえばヘレナさんが俺たちの住む時代に来た理由、聞いてなかったな」

 

「ワタシは意図して恭夜様の住む世界を訪れたわけではないのです。恭夜様たちと出会う前にワタシは生まれ変わったビザンツ帝国とその周辺の国々を旅しながら、父を探し歩いておりました。ですが、突然耐え難いの暑さが全身を襲い意識を失ってしまったのです」

 

「そんで色々あってこのオスマン帝国に来たって話。ハッハー、簡単だね」

 

「はぐらかすなよ。まだ俺たちの質問に答えてないぞ」

 

「そんなカッカすんなって。全てが終わったら話してやるよ。まずビザンツ帝国に向かわなきゃな。そんじゃあチャチャっと行こうぜー」

 

ハドリアは恭夜たちの質問に答えることなく東に向かって歩き出した。

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