預言者と孤高の姫君   作:公私混同侍

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城塞

夜もふけ潮も満ちる。丈夫とは言えない小型の船に三人は大きく揺さぶられていた。案の定恭夜とヘレナは顔を真っ青にし、対するハドリアはのうのうとオールを漕いでいる。

恭夜は虚ろな表情で星が煌めく夜空を仰ぎ、ヘレナは手を口に当てながら気丈に振る舞っていた。

二時間、いや三時間揺られ岸壁にたどり着いた。

足場がほとんどない。降りても座れるスペースが確保できる程度だ。

 

「着いたの……ですか?」

 

「おう!さっさと降りろよ!このヘタレ野郎ども、ハッハー!」

 

「恭夜様、起きてますか?」

 

「うぅ……サリー、ここ……どこ?」

 

「ワタシはサリー様ではありません」

 

「あ~あ、なっさけねぇなぁ」

 

ハドリアは強引に担ぎ上げ放り投げた。まるでゴミのように。

 

「いってぇ……」

 

恭夜は背中を打ちつけられ顔が苦痛に歪む。

 

「恭夜様!――ハドリア様、もう少し弱き者に手を差し伸べるなどの心遣いができないのですか?あなた様の振る舞いは目に余るものがあります」

 

「わかったわかったから、そうカッカすんなよ。美人が台無しだぜ?」

 

「放り投げられたところが砂場で良かった。気分は最悪だし、体中がズキズキするけど」

 

恭夜は立ち上がり腰に手を当てる。

 

「申し訳ありません。ワタシのせいで恭夜様にご迷惑をおかけしてしまって……」

 

「もともとは全部コイツのせいだ。一発蹴っ飛ばしてやりてーよ」

 

「そんなこと言っちゃっていいのかぁ?首チョンパされかけて助けてやったのは誰だぁ?もう恩を仇で返されるのか。はぁ……ハドリア様も心が痛んじまったぜ」

 

「それとこれとは話が別です。ハドリア様が自分勝手にワタシたちを巻き込んだのではないですか?」

 

「ヘレナさん、もういいよ。凄い疲れてきたし早く先に進もう」

 

だが、三人の目線の先には切り立った崖しかない。高さは三十メートルぐらいだろうか。

 

「ここがハドリア様が仰る裏道なのですか?」

 

「厳密に言っちゃあ、道じゃないんだけどな」

 

「なぁ、もしかしてここ……登るの?」

 

「ハッハー!」

 

「ご冗談ですよね?」

 

「よし!チャチャっと行くからお姫様を挟んでアンチャンは最後な。我ながら名案だぜ」

 

「無理です!ワタシにはこんな切り立った崖を登るなんて無理です!」

 

恭夜はヘレナの方を向き、顔から足元までなめるように見ている。ハッと何かに気づき顔を背けた。

 

「ハッハー!アンチャン、想像力豊かだねぇってよく言われるっしょー!」

 

「な、何言ってやがる!お、俺は何も考えてねぇよ!ていうか、お前の方が下品なこと考えてるんじゃねーか!」

 

下衆な男たちである。ヘレナは膝元ぐらいのスカートを穿いていたのだ。あとは言わずもがな。

 

「恭夜様、どうかなさいましたか?」

 

「い、いやなんでもないよ!あはは――」

 

ハドリアは狙いすましたように松明を恭夜に近づけた。

 

「や、やめろっ!」

 

火照った顔をヘレナに見られたくなかったのか松明を思いっきり振り払った。

 

「あの、一体何なのですか?」

 

「あ、いや……ヘレナさんは俺がおぶっていくよ」

 

「それがいいや。ハドリア様は松明を持つので精一杯だし、先導役としての役割も務めねぇとな。ハッハー!」

 

「本当によろしいのですか?」

 

「気にしないでよ。馬に乗せてくれたお礼もしたいから」

 

「早く行こうぜ。潮が満ちたら足場がなくなっちまうぞぉ?」

 

気がつけば三人の足首に海水が押し寄せていた。ハドリアは動揺する二人を尻目にスイスイと駆け上がっていく。松明を口に咥えながらトカゲが這うような軽快な動きだ。

恭夜はヘレナを背負いゆっくりと登っていく。松明の光が徐々に遠のく。疲労も重なり視界もおぼろげだ。息が荒くなり手足の感覚もなくなっているのか、止まる回数が増える。

 

「恭夜様……恭夜様……ワタシがお傍におります」

 

ヘレナは激励の言葉をかけ続ける。恭夜はその度に一挙手一投足、場所は選んで登っていく。

手か足が一度でも掛け損ねれば奈落の底に叩き落とされてしまう。深海に飲み込まれれば生きては帰れない。

そんな極限の状態では顔を上げるのも忘れてしまうようだ。恭夜は無我夢中で上だけを目指している。既にハドリアの松明は見えなくなった。夜が明け太陽が水平線から顔を出す。

飛び交うカモメの鳴き声とさざ波が二人を後押しているようだ。

どのくらいたったのだろうか。時間さえも二人を置き去りにしていく。ヘレナは絶え間なく恭夜の耳元で囁く。ヘレナの体力も限界であった。必死にしがみついているが、腕だけでは時間の問題だ。それでも恭夜を励まし続けている。恭夜が体勢を立て直すタイミングに合わせ、抱きつくように腕を首に巻きつかせる。全身に擦り傷を負いながら懸命によじ登る。

 

「あっ……」

 

ふと猛烈な海風が二人を襲う。儚い吐息と共に無情にも手が離れてしまった。血で滲んだ手跡が恭夜の思いを嘲笑っているようだ。

風景がゆっくりと空に変わり、太陽から手が伸びてきた。

 

「あっぶねー!ギリギリセーフってか?」

 

ハドリアが間一髪で二人を救い上げた。恭夜は地面にべたりと倒れ、ヘレナの腕の中で眠ってしまった。

日差しが燦々と海に降り注いでいる。大海原には敵国の艦隊が続々と集結していた。

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