預言者と孤高の姫君   作:公私混同侍

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赤と青の情景

熱に浮かされていたルナは体全体にのしかかる違和感を察知した。いつも寝ているホコリ臭い布団ではなく、羽毛をふんだんに盛り込んだ天蓋付きのベッドだ。

額に濡れタオルを乗っけたまま上体を起こす。

雪のように透き通った肌を汗がつたう。熱が冷めやらぬ中、自身の置かれた状況を確認するため周囲をうかがう。

濡れタオルを握り締める。一歩踏み出す度にポニーテールが揺れる。ルナもサリーと同じく刀を持ち歩いている。刀身は常にびしょびしょだが、本人は気づいているのか定かではない。それはルナが天然だからであろうか。

 

「ここって……恭夜、どこ?ゲルマ、サリー、あかり、隆太?」

 

各々の名前を呼ぶが返事が返ってくることはない。読んだ順番は一体、何を意味するのか?それは本人にしか知り得ないことなのだが……

 

「誰かおるのか?」

 

陛下が寝室に入ってきた。早速ルナと目が合う。

 

「おじさん、だれ?」

 

「余はおじさんではない。ビザンツ帝国皇帝コンスタンティノスである。そなたはどこから参られた?」

 

「アパート」

 

「……」

 

返す言葉が見つかるはずもなく、必然と沈黙が流れる。

陛下はルナを凝視すると、やつれた顔がクシャっとなった。シワが一気に増えおじいちゃんのような笑顔でルナに駆け寄る。

 

「そうかそうか!そなたがグルジアの姫君か!良くぞ、はるばる参られた。メフメトの配下の侵略が始まってしまい、縁談がなし崩しなってしまったと思っていたのだが――」

 

陛下は二度、妻を亡くしている。子息もいなかった。そして三度の縁談が持ち上がったのだが、オスマン帝国の侵攻が始まり破談になっていたのである。

奇しくもルナをグルジアの姫君と勘違いしていたのだ。

 

「だが、使者も遣わせず単独で来訪なされるとは思わなかった。だが、これこそまさに僥幸と言えよう!フハッハッハ!」

 

「恭夜はどこ?」

 

「ふむう?」

 

「ゴホッゴホッ……」

 

「風邪を引いておるのか?無理をしては体に触ってしまう――そうだった。おーい誰か、誰かおらぬのかぁ!」

 

小さく咳をするルナを陛下は優しく支える。帝国が渦中にいても、風邪を移されることは些事同然のようだ。

 

「いかがなさいましたか?陛下」

 

いつの間に預言者がいた。ルナは(おのの)き首回りから汗がジワっと滲み出る。

 

「おお預言者よ、急用である。こちらの余の姫君に心身ともに安らげる個室を与えよ。丁重に扱うようにな」

 

「かしこまりました」

 

「――いや!来ないで!」

 

熱が下がらず錯乱したのか、握っていたタオルを預言者の顔目がけて投げつけた。仮面を強打するが預言者は微動だにしない。

 

「何故避けぬのだ?預言者なら造作もないはずであろう?」

 

「姫君の気持ちは山の天気のように変わりやすいのです。女子(おなご)という生き物もまた、私の手に負えない存在でございます」

 

「そ、そうか。そなたも色々のあったのであろう」

 

「それでは――」

 

預言者は手慣れた動きでルナを抱き上げる。無駄のない動きは目を見張るものがある。

預言者は陛下に一礼すると部屋から立ち去った。

陛下は投げ捨てられたタオルを拾い臭いを嗅いでいる。恍惚な表情を浮かべた。咳払いをするとタオルを石材でできた収納箱に大事そうにしまった。念入りに鍵までかけた。

廊下ではルナが暴れていた。やむを得ず預言者はルナを解放する。

 

「おじさん、コワイ人」

 

ルナは刀を抜き、投身に水を帯びていく。足元に敷かれた赤い絨毯が湿り黒くなる。闇夜に包まれた宮殿を照らしているのは月明かりだけ。廊下には蝋燭が備え付けられているが、ルナが放出した水流が火を消してしまった。廊下は真っ暗だ。

 

「そんな殺気立たなくとも皆に会わせよう」

 

「えっ……」

 

ルナの体を漂っていた水がボタボタと落ちる。

預言者の背後から赤き発光体が近づいてくる。金属音が廊下一帯に反響する。

ルナは壁にもたれ掛かった。かなりだるそうだ。

 

「その声はルナか?まさか本当に来ていたとは……」

 

「体調が優れないようだ。嫌悪されている私の代わりに介抱してあげればいいとも」

 

「ゲルマ、おかえり」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

ルナは辛そうに息をしながらも笑顔を振り撒く。見かねたゲルマはルナを抱き上げた。

 

「恭夜とサリーは?」

 

「サリーは大丈夫だ。マスターは――」

 

「こちらに向かっている。明日の朝になれば合流できるとも」

 

ルナはニコッと笑い目をつぶった。どうやら眠ってしまったようだ。

 

「ルナは相変わらずマイペースだ。マスターの身でなく自身の身を案じるべきだ。でなければもう少し素直になる必要がある」

 

「恭夜と呼ばれる青年はよっぽど人徳のある人間なのであろう」

 

「マスターはサリー以外の異性との距離感を保つのが苦手なのだ。だから思わせ振りな態度を取って傷をつけたり、傷ついたりする。不器用な人間とも言える」

 

「フフッ、人ならざる者が人に嫉妬することはあるのか?」

 

「まさか」

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