腹が減っては……
ぐっすりと夢の中を彷徨していた恭夜が目覚めたのは、太陽が真上に差し掛かった時であった。
昨日から食わず休まずを強いられていた恭夜は痣や擦り傷の痛みをこらえベットから起き上がる。筋肉痛の部分を庇うような歩き方で中庭に出る。お調子者のハドリアの気配はない。宮殿内は学者や商人、貴族やその従者たちがあくせく働いている。
ヘレナは邪魔にならないよう遠くから働き蟻たちを眺めていた。柱の裏に立っている待女に気づき話しかけている。情報を集めるため聞き込みをしているようだ。ついでに色とりどりの食べ物まで貰っている。カゴの中からパンや野菜、果物が遠くからでも見えた。
恭夜はグゥとお腹を鳴らした。恥ずかしさで顔を赤らめ膝に顔を埋めて誤魔化そうとしている。
「恭夜様、ご気分が優れないのですか?」
「う、うわっ!?」
ヘレナの声が真後ろから聞こえ仰天している。恭夜も自身の予期せぬ奇声に動転している。
「恭夜様もどうですか?昨日から何も食べていないようなので、お裾分けしてもらったんです」
「あ、ありがとう。でもヘレナさんが貰ったんだから先に食べなよ」
「ワタシは食欲が湧きませんので――」
恭夜はヘレナの空腹音を聞き逃さなかった。
「じゃあ、みんなと合流してからにしようか。ヘレナさんのお腹の音もみんなに聞かせたいし」
「きょ、恭夜様っ!!」
ヘレナは赤面し声が裏返った。恭夜は腹を抱えて笑っている。デリカシーの無さに待女たちも唖然としている。
「なんだぁ?旨そうなもんあんじゃん」
唐突にハドリアが声をかけてきた。
「お前、今までどこにいたんだ?」
「色々とね、大変みたいだよ。どこもかしこもさ」
そういうとハドリアは髪をかき上げた。
「多くの方が
ハドリアはヘレナの忠告に耳を傾ける素振りもない。それどころか勝手にカゴからリンゴを取り出しかじりついた。ヘレナは憤っているようだが歯牙にもかけない。
「ヘレナさんはこの町について知ってるの?」
「はい。書物で読んだことがあります」
「これからどうすればいいんだ?」
「本来ならばサリー様、ゲルマ様と落ち合いたいのですが……」
ハドリアが腰に手を当てながら恭夜とヘレナの顔を覗き込む。
「ハッハー、仲間を探してるのか?よし、このハドリア様が人肌脱いでやるぜ!」
お尻のポケットから丸められていた地図を取り出した。かなり細部まで記されているが、時代も価値観も異なる恭夜には全く理解できない代物だ。
「この赤い印は?」
「ワタシたちの現在地ですね」
「そんでこの青い印がアンチャンたちのお仲間の愛の巣だぜ!」
「結構近いんだな」
「ワタシが案内します」
「それとさ、この緑の印なんだけど夕方になったら見回りをしてほしいんだよね。簡単だろ?」
ハドリアは敵の侵入をどこかで知り得たらしい。恭夜たちに警備を依頼するが、それならば兵士に伝えればいいのではないかとヘレナは言った。だが、門の鍵が壊れていて兵士達も出払っており、修復が終わるまでは無防備だと言うのだ。
恭夜は「危険を感じたら逃げる」という条件付きで承諾した。ヘレナは痛々しい姿の恭夜に同行することを提案するが、やんわりと断られてしまった。
恭夜なりの優しさだったのかもしれない。
昼過ぎ、二人は「青い印」の部屋に向かった。扉を開けると懐かしい面々が出迎える。そこに預言者の姿はなかった。
「ルナ!?何でいるんだよ!?」
「おかえり、恭夜」
ルナはサリーの要望により運び込まれたダブルベッドの上で横になっている。恭夜はルナの存在そのものにびっくりしているようだ。傍にはゲルマが右手を上げて歓迎する。サリーはヘレナを睨んでいた。
「皆様、ご無事でなによりです」
「貴様、恭夜に何をさせたんだ?こんな傷だらけになるまで放っておくなんて、どういう神経をしてるんだ?」
ヘレナはたじたじになる。ゲルマがすかさずフォローする。
「預言者が言っていただろう?マスターはヘレナと共に多くの危険を顧みず、我々の元へ帰ってくるだろうと」
「預言者?」
「ずいぶん大層な方がこのような国にもいるのですね」
一同は再会の挨拶を済ませるとヘレナが持っていたカゴをテーブルの上に置いた。恭夜は腕が使えないのでヘレナに果物を切ってもらう。サリーは苛立ちを隠すこともせずパンを野獣の如くかじりつく。
家事もこなせるゲルマは野菜と果物をバランスよく盛り付けサラダを完成させた。体内に隠し持っていた市販のドレッシングで味付けしている。それをルナに与えると外に出ていった。
日が暮れ満月が露になる。五月二七日も終わりを向かえようとしていた。