守護騎士が往く 作:○坊主
ポツン…
蛇口の先に溜まった僅かな水が集まって、重力に耐え切れずにシンクの中へと落ちていく。
その単発の、そしてわずかな小さい音がよく聞こえるほど、その空間は静かだった。
無人である。というわけではなく、人が住んでいることがわかる家具の品々。それも普段からしっかりと掃除が行き届いているのが分かるぐらいの清潔感を保っている。その部屋の中央で己の魂を武器として具現化される
四方を両手サイズの透明な箱に囲まれて座している姿は一見珍妙な儀式のようにも思えてしまうが、これも彼女なりの立派な魔力制御の鍛錬方法だ。
箱の中に入っている砂のようなものは砂鉄。
それを目を瞑り、視界からの情報をシャットアウトした後に、四方の砂鉄を使ってそれぞれを異なる形へと姿を変えている最中であった。
なぜ訓練場でなく、自室で行っているのは魔力制御を繊細なところにまで意識を行き渡らせるため。
これを始めた当初は回りの電化製品類が一気に破損し、財布関係で涙を流してしまう事件もあった。それでもあえてリスクを高める場所で行うことで短時間で魔力制御を鍛え上げていたのだ。数多くの電化製品の犠牲の下、彼女は繊細な魔力制御を習得していた。ちなみにこの件でルームメイトも涙していたのだが、今は重要なことではない。
そんな静かな時間もすぐに終わりを迎える。
砂鉄を一定の形に留めたことを確信して、座していた少女は瞼を開く。
「―――本日も制御は十分…。時間もまだまだ余裕がありますね」
正面に置かれた電波時計が示す時間は学園が始まる時間まで余裕があることを教えてくれていた。
解いていた髪を結ぶべく洗面台に向かうが、魔力で形を保つことは止めない。遠隔でも扱える時間を少しでも増やす。それが今、自分に必要なことであった。
(…あの敗北からもうすぐ半年。私も成長できている実感は当然ある。―――ですが、それはあの人も同じこと。私がどこまで進めたのか、いつ知ることが出来てもいいように、常に意識を持たなければ…)
拳を強く握りしめて正面を見れば、鏡に映った自分が見えた。
これから死地へと向かうかのような表情が映り、数秒して溜息をつく。
彼がいなくなったのは自身との決闘が行われて一週間後のこと。
決勝で決着をと約束したが、彼は姿を晦ました。それによって結果自分を含めた生徒会役員の面々が破軍学園のトップを総取りする結果に終わってしまったが、彼女自身納得していない。
だが握り締めていた拳を解き、高ぶりかけていた感情を鎮める。この場で力を無駄遣いしている暇などなく、やるべきことはたくさんある。
「っていけない!もうこんな時間じゃない!」
思考に耽ってしまったことで先ほどまで余裕があった時間も無くなっていた。
すぐに荷物をまとめて彼女は駆けだした。生徒会会長が初日に遅刻など、あってはならないことだから。
――――
「ちょっ、ちょちょ、どういうこと!?君も留年だって!!?聞いてないよ!?」
「そりゃ言ってなかったからな。まぁホームルームをすっぽぬかしたからいないことになっててもおかしくはなかったんだが、まぁ気にするな」
「気にするよ!?」
久しぶりに会った友人からとんでもない爆弾を投げられた件について。
九条 武の発言に一輝は盛大に困惑した。
仮にも破軍学園は
「…まさか君も僕と同じように圧力を…!」
「いや、それはないわ。てか俺と一輝が面識があること教師陣は知らないだろうし、一輝と話し始めたのも教室でじゃなかったからな。ただ新理事長に話をつけて頂いただけさ」
「真宮寺理事長と?」
「ちょっとクジョウ。それ大丈夫なの?一輝を心配してくれてるのはわかるんだけど…留年まで一緒にするなんて」
「たしかに。いくらお兄様の友人とは言えおかしな点ではありますが…はっ!まさかお兄様を狙っているわけではないでしょうね?でしたら貴方の眼球を羽根でくすぐりながら生きていたことを後悔させるようなことを行わなければいけないのですが」
「いやいやいや落ち着け珠雫さん。いくらなんでも話が飛びすぎだし、俺は男色主義じゃぁない。それは断言させてもらう。だから手に持っている
「ん?いま何か言いました?」
「すいませんでしたふざけました。なので落ち着いてくださいませ珠雫様」
目が本気であることを察した武は瞬時に態勢を変えて謝罪する。
なんだこの妹は。危険すぎると脳が判断を下し、武は肉親である一輝へと視線を向けた。
なんとも言えない顔をした一輝が視界に映り、こりゃダメだと判決を下す。
どうやら一輝は妹に逆らうことが出来ないようだった。隣にいるステラ氏は完全にドン引きしており、あの様子だと声をかけることすら躊躇っている様子であった。
「さて、キリキリ吐きなさい。貴方はどのような理由で留年までして私の愛しいお兄様についてきたのでしょうか?私が考えた理由ではないというのでしたらハッキリとその訳を伝えて頂かなければ理解することが出来ませんよ?ほらはやく貴方についている口から教えてください。なんですかしゃべれないのですかならばその不要な口はいりませんね私が綺麗に凍らせて開かせないようにしてあげますのでご安心ください。あぁお兄様見ていてください。今からお兄様に纏わりつこうとする蟲を排除してご覧にいれましょう」
「へ、ヘループ!!ヘルーーープ!!誰かー!誰かいませんかー!!」
「……何をしているのですかあなた達は」
馬乗りになって口を塞ごうとする珠雫とそれを阻止しようと暴れようとする武の間に割って入る言葉。それに反応して武と珠雫は声がした方向をに目線を移す。
そこには呆れた様な感情を含みつつも、冷たい目で二人を見下ろす少女がいた。
「伐刀者候補生とは言えども無許可で
少し訂正。
少女が冷たい目を向けているのは武だけであった。
まるで養豚場の豚を見るかのような目であった。
「ね、ねぇイッキ。あの人は…誰?」
ステラのつぶやきが漏れる。新入生であり、まだ初日の午後であるため彼女たちが知らなくても仕方ない。
冷たい目をしている彼女を知っているのは去年から在籍している一輝と武だけだ。
「あの人は」「お、お久ぶりですね。東堂先輩」
一輝が答えるよりも早く、ヤベッという表情で武が答える。まるで子供のイタズラが親にバレて叱られる直前のような表情だ。ちなみに珠雫は不穏な空気を感じてすぐに離れていた。
武の言葉に反応した東堂先輩は冷たい目から笑顔を作る。
外見はとても柔らかい笑顔なのだが、どうしたことか。背後に般若が同伴していたように感じてしまう。
「えぇ、本当にお久しぶりですね武君。私との約束を
「い、いやぁ~それはですね東堂先輩。これには深い理由があってですね…」
「ん?」
「だからまずはその笑顔をやめて頂けると嬉しいです…はい。」
冷や汗を垂らしながらどうにか頭の中で逃げる算段を組み始める武に対して、先輩はつけていた眼鏡を外した。そしてそのまま武の片手をすぐさまつかんで引き寄せる。
引っ張られたことで態勢を崩しそうになった武の顎に指を置きながら、顔を近づけて武にしか聞こえない音量で伝えた。
「今度は逃がしませんよ?」
「ヒェッ」
明らかに目から光が消えながらも嬉しそうに笑う少女を見て、武は恐怖に
「……彼女は東堂
そんな武を他所に、一輝は冷静に彼女の経歴をステラと珠雫に伝えていく。
今年日本に来たばかりのステラは兎も角、多少情報を集めている珠雫は耳に入れた程度ではあったが、親愛する兄の言葉には真摯に耳を傾けていた。
学園最強の名を冠し、去年敗北したのもその年の七星剣王となった『
その話を一輝がある程度話終えた後、ステラから疑問の声が飛ぶ。
「でもイッキ。それならタケルとトウドウ先輩はそこまで繋がりはないんじゃないの?今はあんな感じになってるけど…。さっき言っていた約束が関係しているの?」
「うん、そうだよステラ。先輩は3年生。武君も留年しなければ2年。本来なら関わりが少ないんだけど、去年の七星剣武祭の選抜戦。そこでちょっとあってね」
「なによちょっとって…逆に気になるわ」
「ふふっ、簡単なことですよ。ステラ・ヴァーミリオンさん。私は彼に因縁がある。それだけですよ」
いつの間にか正面に立っていた刀華が反応する。
一輝達は武はどうなったのだと眼で探るとのびきった武が視界に映ったために見なかったことにした。ここで余計なことは言わない。一輝達の反応からステラはまた一つ賢くなった。そうして
「それと黒鉄君、今の説明には語弊があるわ。私は学園無敗ではありませんよ。去年の選抜戦。あの時私は敗北したのです」
「…それは彼も同じ考えだと思います東堂先輩。あの選抜戦は類を見ない
「ふふっ、そうですね。そうでなければ困ります。…では彼に伝えておいてください。選抜戦で再び相まみえることを楽しみにしています。と」
「わかりました。伝えましょう」
一輝の言葉に満足したのか先ほどの気配は嘘のように消え、朗らかになって帰っていった。
姿が見えなくなってから、いまだに放心している武を抱えて一輝達は自分たちの寮へと帰っていくのであった。