守護騎士が往く   作:○坊主

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6話

 

 

 

「凄まじいわね、アレ」

 

 試合で見られた光景に有栖院(アリス)がつぶやく。

 そのつぶやきに反応する声はなかったが、試合を見届けた一輝は冷静に分析し、ステラも真面目な表情で見つめていた。

 

「《金剛壁“一国堅城”》…確かに砕城先輩の動きは単調で見切りやすかった…ただそれでも真正面から打ち破るなんて…」

「ははっ。武君…去年よりもかなり成長している…すごいな」

「お兄様、やはりお兄様でも彼の伐刀絶技(ノウブルアーツ)は異常だったのですか?」

「異常…というのはすこし違うかもしれないけど、去年と比べて魔力制御がすごく巧くなってる。砕城先輩に気づかれないように全方位に壁を作るのも前にはなかった技術だ。一体どれだけの鍛錬を積めばあそこまで…」

「それにしても今回一切攻撃をしてすらいないわよタケルは…これじゃあ戦闘力がどれだけあるかわからないわね。ねぇイッキ。タケルって固有霊装(デバイス)は槍のようだけど、使うの?」

 

 武が見せた伐刀絶技(ノウブルアーツ)を考察しながらステラは一輝に武の戦闘能力を聞いた。去年からの知り合いであるというなら彼がどれだけの技能を有しているか知っているだろうと考えたからだ。

 それに使うよと返して言葉を続ける。

 

「うん。武君も短槍を扱えるようになるべく僕に師事してきたことがあるからね。さっきの試合の変化を見るにある程度は武芸のほうも行えると考えたほうがよさそうだ」

「イッキに師事してたのね…ってことは去年はそこまでって感じだったんだ…」

「まぁステラと比べるとそこまでではないだろうけど、それでも学園内では結構いい線をいっていると思う。武君が言ってたけど、伐刀絶技(ノウブルアーツ)は文字通り防御特化で攻撃性能は全くと言ってないらしいから自分の武芸で対応しないといけないことは多いらしい」

 

 一輝の評価にステラは肉弾戦に持ち込めば何とかなるかと攻略法を考えた。

 そんなステラに流石だなと思いながらもステラに自分の時間を心配するように促した。

 

「…ところでステラ。時間大丈夫?第二試合そろそろ向こうも始まるんじゃない?」

「へ?…あっ、今終わったようだわ。じゃあ行ってくるわねイッキ!」

「うん!ステラが勝つって僕は信じてるよ」

「当然!すぐに帰ってくるわ」

 

 一輝の応援を受けて少し顔を赤らめながらも必ず勝ってくると断言したステラが会場から離れる。

 隣に座っていた珠雫も第二試合の準備として選手の控室に向かっているため、一輝の両隣が空いている状況になった。

 

「ん~一輝。隣いいかしら?このままは変な感じがするから」

「ああ。構わないよアリス」

 

 両隣を空けておくのはということでアリスが隣の席に移動する。

 次の試合は一年生においても主席と次席の試合だ。この会場は次席である黒鉄珠雫(しずく)を見るために多くの人たちが残っているが、ステラが試合を行なう会場は皇女の実力を一目でも見ようと集まっていることだろう。

 アリスが隣に移動したことで空いた席は珠雫の試合を見に来た別の生徒が座ったために埋まってしまった。

 

「―――正直、予想を裏切られたわ」

「え?」

「貴方のこと、珠雫から聞いたって言ったことあるでしょ?」

 

 第二試合開始10分前に差し掛かった時、アリスが突然ポツリとつぶやいた。

 突拍子な返答をしてしまう一輝だったがそれは気にせずアリスはしゃべる。

 

「あの子から語られる黒鉄一輝はとても強くて素敵な男性だった。実際にショッピングモールで出会った貴方は話通りの素敵な男性だったわ」

「あ。ありがとう…?」

「去年は家の妨害で一戦もできなかった。伐刀者(ブレイザー)となるための実戦授業も受けることが出来なかった貴方は傷つけられることに慣れすぎている。私はあの時そう思っていたの」

「そ、そうかな…?」

 

 アリスの瞳に憐憫(れんびん)の感情が宿ったことに気づいた一輝は困惑した。

 なぜそのような目を自分に向けてくるのかと。

 

「私はね。『強さ』ってものは『我慢』と同じものと思ってるわ。どんなことでもどれだけ我慢できるのか。その許容量の差が個人間での強さの差なんだってね。本質的に負荷を自分の中に蓄積し続ける行為を耐えきれるのかが、一人一人の強さを表してくれる…。でもね、いくら我慢しようとも、それはどこかで吐き出さないといけない。怒りや悲しみだけじゃない。『苦しみをわかってほしい』『自分の悲しみを聞いてほしい』。それが衝動となって様々な感情として吐き出される。そんな中で最初に貴方を見たとき、そして最初におしゃべりしたときに貴方は何もかもを許容しすぎているって、そう思ってたの。貴方の悲鳴に、貴方自身が気づけていないってね」

 

 自分の考えを述べ、再び一輝を見る瞳には憐憫の感情は残っていなかった。あるのは興味を持ったような感情。

 それを見て『そうかな…』と一輝は苦笑を浮かべる。

 

「いえ、実際に今の貴方自身は気づけていないと思うわ。もし聞こえているのならば今まで穏やかで入れるはずがないもの。ただ、貴方の心の悲鳴を、貴方の代わりに聞いてくれる(・・・・・・・・・・・・・)人が出来ている。それは本当に友人として、心から嬉しく思っているわ」

 

 アリスはそう言い切ると一輝から目線をそらして試合会場へと意識を移す。

 一輝はアリスの表情から喜びの感情を感じ取ったものの、話をうまく理解できていなかったが。

 

『さあついに始まりました!選抜戦の初日の注目カード!新入生にしてBランク!そしてあの大英雄 黒鉄龍馬(りょうま)の血を引く少女、黒鉄珠雫選手の第一戦です!!』

 

 珠雫を入場させるための解説が響き渡ったことで意識を切り替えた。

 これから活躍する妹を応援するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい…」

 

 (たける)の試合を現場で見届けた栗色の髪をした少女はつぶやいた。

 相手をしていた砕城(さいじょう)(いかづち)書記には申し訳ないが、去年一度戦ったことのある東堂(とうどう)刀華(とうか)にとっては結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 彼が有する他の生徒を寄せ付けない圧倒的な防御力は去年の自分が苦戦した力。

 文字通りの全力でようやく少しだけ破ることが出来たあの伐刀絶技()を、ただの斬撃の累計加算で敗れるはずがない。いくら去年の自分が今以上に未熟だったとしても、だ。

 

 彼も去年の自分が未熟だとわかっていた。

 だからこそ修行と称して学園を一時的に飛び出したのだ。前理事長の方針では強くなることはできないと。そう理解したからこそ、新たな理事長になってきたことに合わせて彼は戻ってきた。

 事実、半年もの間いなくなった結果、彼は見違えるほど成長していた。

 

「ふふふっ。私が在籍している間に戻ってきてくれて本当に良かった…」

 

 意識せずとも笑みが零れる。

 もし自身の幼馴染である破軍学園生徒会副会長 御祓泡沫(みそぎうたかた)がこの場に居たのならば、喜悦に歪んだ唇を見て総身の産毛をざわめかせていただろう。

 それほどまでに刀華の表情が愉悦に浸っていたからだ。

 

 帰ってきてくれた。そうでないと困る。

 あの程度の相手に苦戦してもらっては困る。

 この『選抜戦』で自身と戦ってくれないと困る。

 私を受け止めて(・・・・・・・)くれないと困る(・・・・・・・)

 

 楽しみだ。実に愉しみだ。

 貴方もそうなんでしょう?

 

 試合終了後、観客席にいた自分と目があった。すぐに逸らされてしまったが、刀華に意図は伝わった。

 

『お前にこの技を破れるか?』

 

 そう目で語りかけてきたのだ。

 俺はこれぐらい軽くやれる。お前はどうなんだ?…と。

 

 彼も望んでいるのだ。

 私と再び『選抜戦』の場で向かい合い、全力で互いの全てをぶつけ合うあの戦いを。

 

「理解しましたよ(たける)君。今度は私の試合を、しっかりとご覧になってくださいね?」

 

 口元に手をやって静かに嗤う。

 それは初戦で敗北を喫した砕城が同じ生徒会役員と共に刀華の下にやってくるまで続くのだった。

 

 


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