守護騎士が往く   作:○坊主

7 / 7
7話

 

 

 一輝が彼と出会ったのは学園の夏休み初日だった。

 

 授業に出席することを禁止されていた一輝は、日課のトレーニングとして20キロもの全力疾走の高負荷ランニングをしていた。まだ日が出ていない時間帯に行い、開始時点からいつもゴールと定めていた一本の木。そこで偶然出会う。

 夏の季節と言えども日が昇っていない時間帯はひんやりとした空気が残る。そんな中で少し着込んだ彼は木の根元に座り込んでぼーっと空を見上げていた。

 

「…珍しいね。こんな時間に僕以外の生徒がいるなんて」

「ん?本当だ珍しい。こんな時間にこんな場所にいる生徒なんて俺みたいなぼーっとしたいやつぐらいだと思ってた。あ、ちなみに俺がこの時間に起きたのは本当に偶然ね。なんか目が覚めたんだ」

 

 破軍学園のジャージを着ていたことが分かったためにしゃべりかけた一輝に対して、彼も珍しいものを見た表情で反応してくる。

 普通の学生だったらまだ寝ている時間だ。朝練を行う時間帯はまだまだ先。人気があるわけもなく、静かな空気が二人を覆っていた。

 

「いつもこの時間にトレーニングしてるんだ…ってそいや名前聞いてなかった。俺の名前は九条(くじょう)(たける)。今年入った一年生。よろしく」

「うん。僕は黒鉄一輝、君と同じく一年生だよ」

「んー黒鉄?……どこかで聞いたことがあるような…」

「一応黒鉄家って名家にはいるよ。黒鉄龍馬(りょうま)の一族って言えばわかるかな?」

「あー黒鉄龍馬ね。名前だけ知ってる。でも黒鉄家は悪いけどそこまで興味なかったわ」

 

 気を悪くさせたらごめんと謝ってくる武に一輝は構わないよと告げる。

 本当にあまり黒鉄家を知らない様子だった。

 

「でもすごいんだな黒鉄は」

「え?何が?」

「その黒鉄家に居ること自体に満足していない。勝手な偏見だけど、そういう名家に生まれたやつって生まれだけに囚われてて努力せずに才能だけでやってるイメージがあったからさ。黒鉄みたいに人知れず努力できる。そういう人が名を馳せるんだろうって今思った」

「才能…才能か…」

「ん?なにかあるのか?」

「九条君がそう言ってくれるのは嬉しい。でも君の言う才能は僕にはなかったんだ」

 

 この時、一輝は話した。

 今思えば初対面の時に話すような内容ではなかった。

 

 自分には伐刀者(ブレイザー)の才である魔力量が人の数倍少ないこと。それによって家から存在しない扱いを受けていること。そしてそれが原因で授業を受けることが出来ないこと。

 澄んだ空気のなかでこんな重苦しい話を聞きたい人間なぞいないだろう。

 

「そうなのか…」

 

 話を聞いた彼は眼前に流れる川を眺め、少し口を閉じる。

 一輝はそれを見て己の失態に気づいた。こんな話を初対面の他人にされても困るだろうと。

 

「ご、ごめん。朝から不快にさせちゃったね。今の話は忘れてくれて構わない。僕はもう行くよ」

「すごいんだな。黒鉄は」

「―――……えっ?」

 

 一輝の話を聞いた目の前の彼も、周りの人と同じで才能がないのだから諦めろ。朝から不愉快な話をするな。そんな反応が返ってくると思っていた一輝に、武の反応は予想に反する言葉だった。

 

「家から見放されても、自分の可能性を信じて今までやってこれているんだろ?毎日自分を鍛えるのを忘れずに、チャンスが全くない現状なのに、諦めないってのは人としてすごいと俺は思う。もし俺がその立場だったら心が折れるか、家を恨んで復讐する算段を立てるかぐらいしかできない」

「―――……」

「謝るのは俺の方だ。黒鉄のことよく知らずにしゃべっちゃってさ。まずはそれを謝らせてくれ」

「え、ちょっ、そんなことしなくていいって!!」

 

 頭を下げる武に一輝は慌てた。

 これまで一輝は真正面から謝罪をされたことが一度もなかった。自分が何かを行なおうとすれば周りの大人たちから窘められ、笑いものにされる。それに触発された生徒達も一輝を笑いものや除け者にして取り付く島もない。

 生まれて10年ちょっとの人生で、頭を下げられたのは一輝を混乱させるのに十分だった。

 

「黒鉄…お前は自分が思っている以上に過酷な環境を過ごしているんだ。家族ってのはどんなことがあっても、一番に護る存在なんだ。だけど話を聞いている限り、そんな繋がりじゃない。なぁ黒鉄。お前はさ…家族として見られていない(・・・・・・・・・・・・)んだろ?」

「っ!そんなこと……」

 

 一輝は武の指摘に反論しようとし、すぐに口を噤んだ。

 存在しないものとして扱われ、家を飛び出しても誰一人追ってきてすらいなかった。

 曾父祖(そうふそ)に手を差し出してもらわなければあれからどうなっていたかわからない。 

 

「…その顔で既に答えが出てるさ。…黒鉄はどうして伐刀者(ブレイザー)になろうとしてるんだ?」

「どうして?……」

 

 武の言葉に一輝は家を飛び出したあの出来事を思い出す。

 吹雪が辺りに化粧をつけていたあの時期、道に迷って知らない場所で倒れ、誰も自分を信じてくれていない現実に悔しくて涙を流していた。そんなときに曾父祖(そうふそ)が語ってくれた言葉―――

 

『お前が大人になった時、連中みてぇなちっぽけな才能で満足する小せぇ大人になるな。分相応なんて聞こえのいい諦めで大人ぶるつまらない大人になるな。そんなもん歯牙(しが)にも掛けないでっかい大人になれ。諦めない(・・・・)気持ちさえあれば人間はなんだってできる』

 

 その言葉に、一輝にかけてくれたその言葉が、一輝の人生を変えた。

 誰も信じてくれない今までの時間の中で初めて、お前の可能性を信じると言ってくれた存在が出来たのだ。

 それにどれだけ救われたことか。その言葉のおかげで自分はここまで来ることが出来たのだ。

 

「…僕は曾父祖(そうふそ)の言葉に、その生き様に救われた。だから僕もいつか同じ境遇の人間を見つけたときに、『諦めなくていい』と、才能なんて人間のほんの一部でしかないんだって、それを伝えてあげれるぐらい立派な大人になろうって。だから僕は伐刀者(ブレイザー)として生きることを諦めない。ここで諦めてしまったら本当に僕は何も残らない存在になってしまうから」

「―――自分を諦めないために、か……よし!俺も決めた!!」

「…えっ、何を?」

「俺が伐刀者(ブレイザー)になる理由さ」

 

 一輝の諦めない意志を聞いた武は空を見上げていたがそれをやめて、数秒の間目を閉じた。

 その後一輝に向かってしゃべりかける声は少し大きかったのか、すこし反響した気がした。

 

「黒鉄には悪いけど、俺は本当に普通の家庭に生まれたんだ。両親は伐刀者(ブレイザー)でもない、至極普通の両親。姉と兄もいるんだけど、伐刀者(ブレイザー)の素質があったのが俺だけだった。せっかく素質があるのならってことでこの学園に入ってきたんだけど、なんのために伐刀者(ブレイザー)になりたいかってのは決めてなかったんだ」

 

 例えば国を護りたいのなら自衛隊がある。治安を維持していきたいというなら警察という組織がある。伐刀者(ブレイザー)として生きていかなくても、それらの職業に就けば一般市民でも護るべき仕事に就けるのだ。

 恐らく破軍学園だけではない。全国にある伐刀者(ブレイザー)育成機関に籍を置く生徒の大半は自分がなぜ伐刀者(ブレイザー)になりたいのかを考えていない。

 自分に素質があるから。伐刀者(ブレイザー)は15歳で成人扱いで金銭問題も解決しやすいから。ただただ成り行きで。

 そんな理由でなる生徒がいることは事実。そしてそれを是とする教師がいることも確かなのだ。

 

「だけど黒鉄――いや、今の話を聞いてると黒鉄呼びは止めたほうがいいか。下の名前で呼んでもいいかな?」

「――うん。もちろんいいよ。なら僕も下の名前で呼ぶよ!」

「ありがとう。で、一輝の話を聞いててさ、俺は伐刀者(ブレイザー)としてどんな生き方をしたいのかって今考えた。俺はさ、伐刀者(ブレイザー)となって、家族だけじゃない。友人やそれを応援してくれる人たち。そして国を護るために活動を続けている人たちを護りたい。一輝のように、自分の道を諦めてない人たちを護れる。そんな人間になりたい…いや、なる!!」

 

 ぐっっと突き出した拳を握りしめて一輝の胸に当てる。

 

「一輝、俺はこれから強くなる。今はまだ魔力制御もへなちょこだが、これから鍛えてお前の隣に立てるように特訓してくるからさ。そうなるまで、絶対折れるなよ!折れそうになっても一輝を応援する俺みたいな希少種がいることを思い出してくれ!」

「希少種って…でも、そうだね。武君…ありがとう」

 

 武が差し出してくる手を見て自然と涙があふれてきた。

 曾父祖(そうふそ)以外にも自分を信じてくれると言ってくれた人が居るのだと。自分の可能性を見てくれるひとが居るのだと。それが分かっただけで、一輝の胸の中で熱いものがこみあげてくる。

 

 差し出された手を握り返す。

 伐刀者(ブレイザー)志望ということもあって多少鍛えられた手から伝わる熱が、一輝にはとても嬉しかった。

 武が自分を信じてくれたように、一輝も武を信じようと。チャンスがない人生の中でも自分を見てくれる友を大事にしていこうと、その時そう思ったのだ。

 

「よっし!そうと決まれば今からトレーニングだ!善は急げ!俺も一輝がさっきやっていたトレーニングに同伴するぜ!ちょっと待っててくれ!」

 

 夏休み初日の早朝。一輝が過ごしていた変わり気のない環境の中で起こった変化。偶然という人生の分岐点。

 それから一輝と武の友人関係が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ちょっ、なに、これ、きっつ…うっぷ…おrrrrrr」

 

 

 わかりきったことだがその日、武は一輝のトレーニングを行って途中で吐いてリタイアした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。