私は復讐のために、歩いた。
季節は雨降りの夏。
身を屈めて靴の裏がぐちゃぐちゃになったのを眺める。この日のために用意した靴の、裏の溝が泥で埋まっているのを見て夢から醒めたような気分になった。
篭った雨の音に意識を集中させなくても、よく周りの音が聞こえた。何故、こんなことを、と、思った。
ざあざあ雨音が聞こえる。
体を起こし、周りを見渡した。
まだほんの森の奥。ここを抜けて東に行かなくてはならない。歩いていくと決めてからずっと自分の中で葛藤があった。わざわざ時間を作ってまで、最後まで悩まなくとも良い。箒を持ってくれば良かった。
けれど、もう戻れない。
決めたのだ。
ぬかるみの、道とは呼べない道を歩く。ここまで来てしまったのだから、しょうもないことなのだから、やってしまえばいい。何者も止められないつまらないことを考えるのなら、無心で進もう、と考えた。
一時間は歩いただろうか、という頃には私はレインコートを着ているにも関わらずびしょ濡れだった。金色の細いベールは私への皮肉だった。永遠に辿り着かない場所。
神社が見えてきた。
私の目は一名を認めた。
心臓は鳴り止まなかった。
「……れい、む」
声に反応して、真っ黒な目がこちらを向く。気だるげな視線は、ただ私だけを捉えるために動いた。いつもここで、想像してしまう。もしここで、彼女が私に微笑んだら。
きっと私はわざわざ歩いてここに来ない。
「……魔理沙?どうしたの、その、かっこ」
「歩いてきたんだ」
「わざ、わざ」
彼女は驚いたように大きく目を開いた。
これでようやく目が醒めたとでも言うように続けて立ち上がり、屋根が雨を避けてくれるギリギリまで立つ。私の姿をじっと見てから、迷ったように、小さく手を振った。
「中に入りなよ」
「……うん」
手を振り返し、そのポーズのまま動けない。霊夢がタオルを準備しに行ってようやく氷が溶けるように手が落ちる。
霊夢がいた方へ歩み進め、思い出したように私はまた屈んでいた。靴の裏がぐちゃぐちゃなのを、眺めてどうなるというのだろう。しかし、それは私にとって自虐的行為であり止められない衝動だった。
私は、今までの計画をおじゃんにしようとしている。したくてしたくて堪らないのだ、きっと。それがこの靴の裏を見る行為なのだ。
私は、それで、惨めになる。
「ま、りさ……?」
その声でハッとした。
「何してるの、靴の裏なんか見てさ」
「別に、何でもない」
「上がりなよ、お風呂沸いてる。あとで掃除してもらうけど」
渡されたタオルをなすがままに受け取り、詰まった。このあと、私は風呂に入り言われた通り掃除をし、彼女に愚痴をこぼされながら夕飯まで食べる。雨が上がれば帰るし、上がらなければ泊まっていく。
「なあ、霊夢」
そう思うと、それだけで
それだけで、終わってしまうなんて、と
「想像してしまうんだ、つい」
「え?」
なんの話、と聞かれても私は何も答えられなかった。聞かれても答えられないことをつい、口にしてしまうだなんて滑稽だった。しかも、こんなこと。
「嫌いだ、お前なんか」
「え」
今度こそ彼女が、霊夢が絶句したのが分かった。この私でも、霊夢にショックを受けさせた。
気分が高揚したのと同時に、心にひんやりとした雨露が染み込んでくるのが分かった。取り返しのつかないことをした。そんな気がした。けれど、私は、今日、このために来たのだ。
ずっとやりたかった、復讐をするために。
「後悔、してるか?」
霊夢は青ざめていた。
白く透き通った肌は、私の靴の裏とは違う。
「……後悔なんか」
葛藤している、と感じ取れた。
私のために、悩んでいる気がした。悩むなら、自分のためでなく私のためだ。でも、きっと、彼女は選んだりなんかしない。
「後悔なんか……してない」
「構わない、後悔なんかしなくたって」
後悔なんかしなくたって?
その先はなんだ。負け惜しみのような言葉しか、出ては来ない。
「後悔なんかしなくたって……覚えてる。お前がしたこと、全部覚えといてやるよ。これから私が選ぶはずのない未来を選ぶ」
しかし、どうやって?
そう思う間も無く無意識的に、棒立ちしたままの霊夢の腕を力任せに引っ張っていた。驚いた霊夢が私に降ってくる。私は躊躇ったはずだ。躊躇わないはずがない。
泥のついた靴は廊下をぐちゃぐちゃに荒らした。そっと抱いた霊夢は本当に女の子の体だった。もっと大きく見えたのに、呆気なかった。
あとは、成り行きに任せるだけだった。
私の復讐は終わらない。
雨はもう、降らない。
私が靴の裏を見ることも──。