場所を移してから話をしようと扉を出て左の方向に歩く。
『歩く』といっても人の手が加えられていない洞窟。整備などしてあるはずも無く躓いたり身を屈めたりと短い距離なのに長く感じる道のりだった。もっとも岬以外は慣れているのかすいすいと進んでいく。
歩いていると扉が見えてきた。儀式場のものと同じ装飾は一切無い。飾り気は無いがどこか高級感あふれる扉だ。
が、天然の洞窟に扉が設置してある光景は言いようの無い違和感をかもし出している。
(うん。やっぱりアンバランスだな。)
中に入ると応接室。長方形のテーブルに椅子。儀式場と違い壁もきちんと平らにならしてあるが壁紙が無い。部屋の脇には食器棚がある。此処も最低限の物しか見当たらない。儀式場と同様どこか足りていない感じがする。
岬は儀式場に来た時から感じる違和感を此処でも感じた。しかし、それが何なのか分からず言葉にできない。
悩んでいる間にメイドが人数分のお茶を淹れたことで今後についての会話が始まった。
「そういえば、大まかな事情の説明ばかりでまだ自己紹介すらしておりませんでしたな。申し遅れまして誠に失礼にいたしました。私、オルディ・ジェラールと申します。見ての通り、姫様の執事をさせていただいております」
執事改め、オルディが恭しく頭を下げる。あとの2人もそれぞれ印象通りの挨拶をする。
「あ、あの、えっと、すいません。わた、私はフェア・ベリナです!種族はアルケニーです。ご、御用などがございましたら、お申し付けください!」
「申し訳ございません。見ての通りメイドなのですが、初対面の相手はどうもこの調子で・・・」
「気にしないで下さい。佐賀 岬です。」
それでメイドが務まるのか疑問を感じつつ、岬も笑顔で挨拶を返す。
握手をしようと手を出すと、フェアはガチガチに緊張した様子で手を握ってきた。
「常日頃から人と接するようにと言いつけてはおるのですが・・・。まぁ、それは一先ずおいておきましょう。シャル、貴方もご挨拶を」
孫を見るような優しく困った顔をしながら、オルディは首なし騎士に自己紹介を促す。
シャルと呼ばれた首なし騎士の正面に向き直ると、響くような高い声が聞こえた。
「私は、シャル・カルメル。デュラハンだ。」
「声から分かると思いますが女性です。鎧を依り代にしているのですよ。彼女の体は既に土に還っております」
岬は少し頭を押さえて彼らのプロフィールを整理する。此処はファンタジーな世界で自分の住んでいた世界とは常識も異なる事は理解していたつもりだが、まだ理解が足らなかったらしい。何故そんな体をしているのか聞こうとも思ったが信頼を得ていないのに他人の過去を聞くのは躊躇われた。
「え、えと宜しくお願いします」
「ウム」
「ではオルディさん、どういうことなのか話してください。俺は誰と戦い、何をする為に召喚されたんですか?」
此処に来るまでずっと聞きたかったのか、早く早くと責付く。
オルディは頷き、まず自軍とその始まりの歴史から語られた。
いつの間に用意したのか地図や資料まであり、岬の目の前に積みあがっていった。
「まずはこの地図をご覧下さい。これがこの辺りの地図になるのですが、我らは大陸の北部。山脈周辺が我等の領土です」
羊皮紙に書かれた地図を見る。それは広大な大陸があり海はほとんど記載されていない。大小さまざまな山や川があるが、殆ど陸続きだ。時間を無視すれば大陸の端から端まで歩いていけるだろう。
丸で範囲指定された領土。そこから南へ少し離れた場所に街がある。その街から南西の方角には砦だろうか。門に槍が交差している絵が描かれている。その絵は東の方にも1つ描かれている。
「フォルド・エスペルト様。姫様の祖父に当たられる方なのですが、フォルド様は(・)偉大な方でした。500年前より魔王様に仕え魔王軍の将としてその名に恥じぬ軍功をお立てになり、エスペルトの名はこの大陸を越え魔界にまで轟いておりました。ですが・・・」
かつての時代を思い出すように誇らしげに饒舌にオルディは語る。しかし、徐々に眉を顰め、魂まで吐き出さんばかりのため息をつく。
「フォルド様の御子息、つまり先代のエスペルト家当主。姫様のお父上であるデボレー・エスペルト様が・・・その、文武にあまり恵まれない方でして。そのせいかフォルド様に劣等感を抱かれていました」
父が優秀なだけに子への周囲の期待や重圧感は相当なものだった。しかし、文武両方に才が無いことが知れると期待は侮蔑と嘲笑に変わっていった。次第に塞ぎ込んでいったそうだ。
「そのまま450年間、当主はフォルド様のままエスペルト家は安泰でした。しかし、フォルド様もよる年波には勝てなかったようです。日に日に老衰は進み、眠るように息を引き取られました」
ここでオルディは言葉を区切る。そして、左手で右手首も掴み身体を震わせた。
「そして、50年間。今日に至るまで地獄を思わせる日々が続きました。当主はデボレー様が継がれたのですが。家臣達は直ぐに縁談を持ち掛けました」
「縁談・・・ですか?」
「はい、デボレー様は既に家臣達からは世継ぎを作る為の存在としてしか見られておりませんでした。当主としての仕事は与えられず、毎日縁談の申し込みや、女性が貢がれてきたのです」
フォルドに比べ、デボレーの能力が低いのは周知の事実。このままではエスペルトは衰退する。では孫はどうか?
家臣達は前当主の息子ではなく、孫に望みをかけたのだ。
「ところが、あの方は縁談を全て断り、エルフを攫い嫁にしたのです」
「エルフって森の妖精の?」
「はい、妖精族は我々魔族も人間同様に持ちつ持たれつの関係でした。妖精族には武具作成や環境を整えてくれる者が居りますので。しかし、デボレー様がエルフを攫ったことで種族間の関係は拗れに拗れました」
他国から住人を攫ったのだから当然といえるだろう。
しかも、妖精族の代表が直接魔王に抗議文を飛ばしたらしい。
「ことは魔族全体に関わる大事。魔界側も妖精族の要求を呑む形で決着がつきました。しかし、これがきっかけでエスペルトの名は地に堕ちました。かつて向けられた尊敬や畏敬の視線は全く無く…」
この件を境に家臣達も次々と見切りをつけていった。どんなに頑張っても当主がアレでは無理なのだと。
真にエスペルトを想う者もそうでない者も、1人また1人とはなれて行く。
残ったのは兵どもが夢の跡。かつて栄華を誇ったエスペルトの残骸と、その残骸すら喰らい尽くそうとするハイエナだけ。
「それでも、我等は耐えました。ただ耐え忍びました。デボレー様が妻にしたエルフの女性が姫様を身篭り、フォルド様のような聡明で勇ましい方になるようお世話しようと」
ですが、と言葉を止める。岬も確信めいた予感があった。あぁ、この展開はまた何かやらかしたなと。