戦姫絶唱シンフォギア Never Ending Odyssey 作:パイシー
謡精ギア
レイオニクスのポテンシャルを発揮できるように発現したギア。その特異性もあって、実質調専用のギアである。
調自身もレイオニクスの力を理解して戦えるようになった為に、レイオニクスギアで召喚された怪獣を進化させる能力一点特化型である。
ただしLiNKERの効果時間が事実上の活動限界として存在していること、攻撃手段を一切持たないことが弱点。完全に後方支援特化型のギアである。
小夜たちが任務に出かけ、周囲もそのサポートで忙しくしている中、マリアは一人ベッドの上で天井を見上げていた。リハビリも順調で、日常生活ができる程度までに回復するまでそう時間はかからないと見積もられている。だがこうしてベッドの上で大人しくしているのは性に合わなかった。
「大丈夫か?」
差し入れにと貰った本に目を通そうかとしていた時、病室に奏が入ってきた。
「ええ。それよりここにいて大丈夫なの?」
「ああ。キャロルのお墨付きだからな」
奏はベッドの脇に座り、呼吸を整えていた。少し顔もこわばっているようにも見え、息抜きに訪れたようではないようだった。
「それで、なんの用なの?」
「こっちのツバサから頼まれたんだ。下手にぼかす訳にはいかないからってさ」
マリアは何を告げられるのかは分からないが、少なくとも朗報ではないとだけは分かった。奏は少しでも安心させようと笑って見せるが、それが空元気だとどうしてもわかってしまう。
「……切歌が助かるかは分からない、だってさ」
奏が放った一言は衝撃的な一言だった。切歌が帰ってこないかもしれない。それを告げる事がどれだけ残酷なことか、奏も分かっているからこそ、必死に不安を隠そうとしていたのだとわかる。
「そう……」
マリアが咄嗟に返せたのはたったその一言だった。奏は自分の不安を肩代わりしようとしているのだから、なるべく動揺しないように自分の中の不安を押しとどめる。
「私たちだって、遊びで戦ってるわけじゃない。ましてやこんな世界だもの。誰かが欠けることだって、ありえない事じゃないもの」
今まで自分たちは誰一人欠けることなく6人で戦ってきた。だが、自分たちの世界のセレナ達のように志半ばで倒れた装者だっているのだ。誰がどこで欠けてもおかしくはない。頭では理解していたが、無意識に見ないようにしてきただけだとマリアは思い知らされていた。
「でも、私は信じてるの。響たちなら切歌も調も連れて帰ってくるって。例えそれがうたかたの空夢だったとしても、信じたいの」
「そっか。じゃ、あたしはツバサたちの所に戻るよ。何か欲しいものとかある?」
マリアが見せた優しい微笑みを見て、奏は安心したようだった。椅子から立ち上がり、病室を出ていこうとした。
「そうね。そろそろ新しい本とか欲しいとかその辺ぐらいね」
「了解。今度持ってくるよ」
奏はそう言い残して出て行った。マリアは奏に響たちを信じていると言ったが、未だ自分の中に
(お願い……。みんな無事で帰ってきますように……)
マリアはひっそり、自分の望みが叶うようにと祈っていた。
ゼルガノイドの出現は、周囲を動揺させるには十分な衝撃だった。調の歌にも若干の乱れが見られ、カミソリデマーガの姿も陽炎のようにおぼろげなものになっていた。
響はすぐにサイバーゴモラを召喚し、ゼルガノイドを遠ざけた。
「とにかく切歌ちゃんをすぐ止めましょう!翼さん!先にメルバを!」
「承知した!」
カミソリデマーガが刃を打ち鳴らし、メルバに一直線に向かう。大振りに構え、一撃で仕留める大技を繰り出そうとした。
だが攻撃が当たる寸前にメルバは消え、代わりに出現したファイヤーゴルザが背後からカミソリデマーガを蹴り飛ばした。カミソリデマーガの体勢が崩され、変化していた体もノイズが混じりながら通常のデマーガに戻りかけていた。
「月読?」
翼が調の方を振り返ると、調の歌が弱まっていた。翼の為にも歌おうとしているのだが、徐々に旋律が乱れ始めている。
「大丈夫か?ここは私たち4人に任せて下がってもいいが……」
切歌が目の前で怪獣に変身したことの動揺が目に見えていた。まだ心身ともに未熟な調では、戦闘の局面を左右するほどの重要な役回りはできないように思われた。
「いえ、大丈夫です。私に、歌わせてください……」
調は翼の提案を断り、呼吸を整えて自分を落ち着かせる。もう一度、歌を届かせるために深呼吸をして、調子を取り戻す。
「私は、切ちゃんを助けるためにここに来たんです。一人だけ逃げるなんてできません」
「そうか、なら頼んだぞ!」
調が再び歌い出し、カミソリデマーガが再び吠えた。ファイヤーゴルザに向かい、その体を刃が切り裂いた。
一方のサイバーゴモラはゼルガノイドに苦戦する一方で、更に増援として現れたガンQに殴り飛ばされ、撃破されるのは時間の問題だった。
『Balwisyall Nescell gungnir tron』
響が増援としてレッドキングを召喚すると、EXレッドキングとして現れ、ガンQを殴り飛ばした。これで3対3、数だけで言えば相手と対等な条件で戦うことができるようになった。
EXレッドキングがファイヤーゴルザに挑み、それに挟み撃ちにしようとしたゼルガノイドをカミソリデマーガが阻み、ガンQをサイバーゴモラが押さえた。
サイバーゴモラは元々ゼルガノイドとの戦いで疲弊させられていたとはいえ、元々ガンQとの相性もあって、比較的優位に立ち回ることができていた。EXレッドキングもパワー差もあってファイヤーゴルザを押していた。
だが問題はゼルガノイドとカミソリデマーガだった。お互いに実力が均衡しているが、逆に決め手に欠ける状況が続き、押しとどめることしかできない。調の負担を考えると、長期戦をつづけるのは得策ではない。
「翼さん!すぐに助けます!」
EXレッドキングはファイヤーゴルザを殴り飛ばし、サイバーゴモラが鉤爪を突き刺し、ガンQを撃破した。EXレッドキングの拳から炎が噴出し、ファイヤーゴルザは爆発四散し、残るはゼルガノイドだけとなった。
しかしガンQを倒した一撃でサイバーゴモラは力を使い果たし、消滅してしまった。だがEXレッドキングとカミソリデマーガの2体が相手ならば、力の差で押し切ることもできる。
だがその不意を突くように火球が無防備な響たちに襲い掛かってきた。それに気づいた小夜が咄嗟に身を挺して2人を庇って吹き飛ばされた。
「セレナちゃん!」
いくら小夜が不死身とはいえ、響は心配せずにはいられなかった。集中力が途切れてEXレッドキングがゼルガノイドに殴り飛ばされた。
『Rei shen shou jing rei zizzl』
「響は切歌ちゃんに集中して!私がみんなを守る!」
未来は扇を展開し、後から飛んできた火球をすべて弾き飛ばした。そして木々の間から、カエルのような怪物が姿を現した。その後ろでは、イカルス星人がライフルを構えており、すぐに反撃ができるようにしているようだった。
「レイオニクスは捕獲する。貴様らには死んでもらう。フログロスが倒されても私が貴様を倒す」
機械的で、かなりぎこちない言葉でイカルス星人は宣言した。未来は扇を展開し、イカルス星人に狙いを定めて光線を放ち牽制するが、フログロスを盾にしてイカルス星人は森の中へ姿を消して回避した。
「未来大丈夫?私が代わろうか?」
「平気だよ。足止めぐらいならできるから!」
実戦経験の足りていない未来を心配して、響が交代を申し出たが、未来はそれを断った。今重要なのは、切歌を助け出す事であり、敵を倒す事ではない。ならば、実戦慣れした響と翼に怪獣戦を任せて、自分がそれ以外の補助に回るのが妥当であると判断した結果だった。
フログロスはゆっくりと未来たちの所に向かってきたが、未来が放った閃光に包まれ、瞬く間に消滅してしまった。だが、問題は木々の間に隠れたイカルス星人だった。未来がフログロスに気を取られた隙にどこかに移動してしまい、木々の間を移動しながら的確に未来たちを狙ってくる。未来は射撃音を頼りに扇で弾丸を弾いたが、少し対処が遅れて何発かは響たちの間をかすめた。幸い、調を取り囲むようにしているように立っているお陰でイカルス星人もすぐに仕留めることはできずにいるようだった。
「未来……」
「立花!敵に集中しろ!」
苦戦する未来を響が心配し、翼が集中するように言った。そのせいで2人集中が乱れ、ゼルガノイドはそこで生まれた隙を見逃さなかった。腕を十字に組んで発射した光線がカミソリデマーガを襲った。翼がすぐにそれに気づいたためカミソリデマーガは紙一重で回避し、肩の刃が吹き飛ばされる程度で済んだ。だがそれと同時に2体の姿が揺らぎ始め、調の力が弱まり始めた。
(LiNKERの限界時間か……。流石にこれ以上長引かせるわけには……)
翼も早く決着をつけようとした時、空が陰り、明るかったはずの周囲が突然暗くなった。思わず空を見上げると、昨日倒したはずのノスフェルが顔を覗かせていた。
「こいつは昨日の……!こいつも復活していたのか?!」
全ては囮だったのだ。怪獣を大量に仕掛け、装者達が求めている切歌を前線に放つ。そして怪獣戦に参加していない装者を攻撃し、注意をそこに向ける。注意があいまいになった装者に復活させたノスフェルを仕掛けて一網打尽にする。敵が総力戦を仕掛けてきたと勘違いし、完全に敵の罠にはまってしまった。
カミソリデマーガたちを戻そうにも、ゼルガノイドと戦っているためにすぐに戻すことはできない。未来が怪獣を出せばイカルス星人の銃撃になすすべがなくなる。完全に詰みの状況に追いやられていた。
「万事休すか……」
ノスフェルは鋭い爪を振り上げた。アレに貫かれれば、人間が即死するのは火を見るより明らかだ。響達は自分たちの敗北を悟った。
だが、ノスフェルの爪が振り下ろされることはなかった。目をつむっていた響たちが恐る恐る目を開けると、ゼルガノイドの胸をノスフェルの爪が貫いていた。
「切ちゃん……」
ノスフェルは自分の爪が阻まれたことに腹を立てたのか、何度も何度も執拗にゼルガノイドを爪で切り裂いた。だがゼルガノイドは怯むことなく何度でも何度でもノスフェルの攻撃から響たちを守った。
ゼルガノイドは倒れることはなく、ゆっくりと立ち上がり、フラフラになりながらも腕を十字に組んでほぼゼロ距離で光線を放ち、ノスフェルの口を貫いた。ノスフェルは必死に口を押さえながらよろめき、大きく後ずさった。
ノスフェルが後ずさりした隙にようやくたどり着いたカミソリデマーガが走り抜けた勢いを乗せて、頭頂部から衝撃波を放ち、体を貫かれたノスフェルは爆発四散した。
ゼルガノイドは、戦いの結末を見届けると、崩れ去るように消えていった。
「切ちゃん!」
不穏な消え方をしたゼルガノイドを見て、調はわれ先に飛び込んでいった。
「すいません翼さん!私行ってきます!」
響はレッドキングを撤退させて、調の後を追った。翼は通信機を取り出し、S.O.N.G本部へと通信を繋ぐ。
「こちら翼。敵の撃退には成功した。切歌もこのままだと保護できるかもしれない。だが、妙な胸騒ぎがする。至急救護ヘリを頼む」
『了解した。準備ができ次第直ちに派遣する』
ツバサは冷静に対処をしてくれたようで、通信はそこで途切れた。切歌の安否が気がかりだったが、翼は残る敵を前に、それを気にしている場合ではなかった。
調がゼルガノイドの消えた地点に辿りつくと、切歌が仰向けに倒れていた。
「切ちゃん!」
切歌の体を抱き起すと、切歌はうめき声を開けて虚ろだった目に少し光が戻った。
「調……無事、だったデスか……。良かったデス」
切歌は弱々しく笑って見せ、今にも力尽きそうだった。
「しっかりしてよ!一緒にみんなで帰ろう?そうすれば切ちゃんの怪我だって……」
「調が無事なら、あたしは、それで、充分。デス……」
途切れ途切れに切歌は言葉を紡ぎ、調の無事を喜んだ。だがそれとは対照的に調の頬には、涙が伝っていた。
「嫌だよ……!切ちゃんがいない世界なんて、私は嫌だよ!」
「調、泣いてる、デスか?もう殆ど見えない……デス」
切歌の顔からは徐々に生気が失われ、切歌がそう長くはないことを悟らせてしまう。
「お願いだから、しっかりしてよ!ねえ!切ちゃん!切ちゃん!」
「ダメデスよ。せっかくの、綺麗な顔が……台無し、デス……」
その言葉を最期に、切歌はぐったりと動かなくなった。
「切ちゃん……?切ちゃん?切ちゃん!」
調は何度も切歌の体を揺さぶるが、切歌が言葉を返すことはなく、切歌の体は揺さぶられた勢いで調の体から崩れ落ちた。
そしてその際に気づいてしまった。自分の手に付いた、切歌の背中から流れていた赤い血の存在を。もうあの温もりに触れることはできないと、嫌でもわかってしまう。
「あぁ……。あぁ……」
絶望。切歌を救えず、ただ敵の掌の上で踊らされていただけという絶望という名の黒い感情が調の心を塗りつぶす。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「切歌ちゃん!大丈夫!?」
響が調のもとに駆け付けると、調を中心に黒い渦が吹き荒れ、周囲から倒したはずの怪獣たちの雄たけびが共鳴するように響き渡る。
「まさか、暴走……?」
響は知っていた。感情を昂らせたレイオニクスは、暴走することがあるという事を。だが調に限ってはそれはあり得ないと思っていた。むしろ、敢えて伝えないことで調は敵に回らないと安心しようとしていた。
「見つけたぞ、レイオニクス……!」
イカルス星人も調の存在に気付いたようで、渦と共に吹き荒れる旋風を掻い潜って調に肉薄する。調は完全に力に呑まれており、イカルス星人が近づいていることに気づいていない。イカルス星人が空間の歪みを作り出して、調を底に引きずり込もうとした。
『Balwisyall Nescell gungnir tron』
響はギアを纏うと同時に抜剣し、イグナイトモジュールの高出力で旋風を一気にかき分けて進む。そして調に手のふれていたイカルス星人の手を引き離し、自分ごとイカルス星人を空間の歪みに押し込む。
「貴様、何をする!?」
「調ちゃんは、連れて行かせない。絶対に守るって決めたから!」
たとえ何があっても、調を敵の手に渡らせない。調が正気を喪おうとしても、敵からは絶対に守る。それが響のやり方だった。
「ごめんね。調ちゃん。すぐに戻るから……!」
響はそう言い残してイカルス星人を空間の歪みに押し込み、歪みの中に消えていった。
そして、それを皮切りに調から放たれた黒い渦が倒された怪獣のスパークドールズに流れ込み、一点に集まっていく。そして切歌のペンダントも呑み込み、調の体を核にそれらが合成されていく。
ファイヤーゴルザ、メルバ、ガンQ、
それは一体の完成された怪獣でありながら、どこか歪で、整然としていながら不自然さを兼ね備えたまさに
暴走したレイオニクスの力に呑まれ、ファイブキングは破壊衝動のままに周囲の森を焼き払った。
S.O.N.G怪獣図鑑
超合体怪獣 ファイブキング
体長:75メートル
体重:5万5千トン
ステータス
体:★×20
技:★×15
知:★×10
ファイヤーゴルザ、メルバ、ガンQ、
5体もの怪獣が混ざり合っているという事もあって反則レベルに高い実力を誇る。本来であれば、調が操り、最強の戦力となりうるはずだった。しかし、その調が暴走してしまっているため、手あたり次第に暴れまわる破壊神よ呼ぶふさわしい怪獣兵器となり果ててしまった。
装者側のレイオニクスギアでは歯が立たないため、核の部分に宿っている調を殺害するしか止める方法がない。