戦姫絶唱シンフォギア Never Ending Odyssey 作:パイシー
小夜達が連れ去られた後、キャロルが派遣した調査隊がセレナの血痕や痕跡を調査していた。ヒビキを乗せた戦艦は既にこの場にはおらず、その足取りすら掴めていない。
『回収された薬莢を解析したところ、アメリカで保管されていた試験用の弾丸だと判明した。まさかこれを持ち出してくるとは想定外だった。それと、セレナの血痕を調査結果だが、傷が報告どおりなら、出血量から見て既に死亡しているのは確実だろうな』
通信機を通して、調査結果を淡々と述べていく。セレナを守れなかった。あの状況では仕方がなかったと言わざるを得ないが、翼はマリアに合わせる顔がなかった。
『とにかく、ヒビキの再襲撃はないようだ。ご苦労だった、帰投してくれ』
キャロルとの通信はそれで終わった。翼は作業員が持ってきたバイクに跨り、エンジンを掛けて走り出す。己の無力さを呪いながら、翼は本部へと走り出した。
本部に帰ってくると、奏が出迎えてくれた。翼を責めるような態度はなく、むしろ温かい態度で出迎えてくれた。今回の作戦の様子は奏もモニター越しに監視していたはずなので、当然失敗に終わったことを知っているはずである。
「おかえり」
奏は他にかけたい言葉もあったのかもしれないが、ただ一言だけだった。翼を責めるわけでもなく、かつ健闘を讃えるようなことばでもなかった。
帰還報告も兼ねて司令室に戻ると、未来だけが残っていた。まだ調の拘束は解除されておらず、任務中であるこの世界のキリカとシラベの姿も見えない。司令室の雰囲気は重苦しく、状況が逼迫しているのが伝わってくる。
現在戦える装者は翼、クリス、未来3人。7人でやって来たのに、戦えば戦うほど状況は不利になっていく一方だった。
「小日向、今回のことはマリアは知っているのか?」
「はい。途中までですけど見てました。途中で倒れそうになったで、クリスが病室に連れて行きました」
「……そうか」
帰還報告を終えて、翼は司令室を後にしようとした。合わせる顔はないが、セレナを守りきれなかった以上、マリアに謝らなければならないだろう。
だが翼が出口に立った時、突然通信が入り、全員に緊張が走った。思わず翼も足を止めて
『こ……ナ……。……本部、……ます』
通信はノイズが多く非常に断片的で、誰が通信を仕掛けてきているのかさえわからない。
「今すぐ逆探知をしろ!もしかしたら、ヒビキの位置がわかるかもしれん!」
帰還報告をまとめていたツバサが周囲のスタッフに指示を飛ばし、スタッフに通信をしてきた地点を逆探知させる。だが飛んできた電波が非常に弱く、逆探知にはかなり手間取っているようだった。
もし通信をしてくる人間がヒビキの戦艦の内部にいるのであれば、ヒビキの足取りを掴むことができる。
セレナが目を覚ますと、牢獄のような部屋の中にいた。最低限度の家具が置かれているだけで、非常に殺風景な部屋だった。
「あれ……?」
セレナは胸を袈裟斬りにされた上に、首も切られた。だが、痛みは全く感じられず、傷も塞がっている上に、出なくなっていた声も出せる。セレナがこの状況には違和感しか覚えなかった。
「やっと起きた」
誰もいないと思っていた部屋の中で、聞き慣れたような声が響いた。セレナが慌てて周囲を見渡すと、椅子に座っている一人の少女が目に入った。だが少女からは一切の気配がなく、完全に背景に溶け込んでいる。
「雪音、さん……?」
椅子に座っていたのは、この場にいないはずのクリスだった。だが、その雰囲気はセレナの知っているクリスとは全く違うもので、一瞬別人かと思ってしまった。
「小夜まで連れてくるなんてビックリ。しかも縮んでるし。どうしたの?ヒビキになにかされた?」
クリスは椅子から降りると、セレナの目線に合わせてしゃがみ込んだ。セレナは立ち上がろうとしたが、一瞬目眩がしてクリスに支えられた。急に立ち上がったせいもあり、頭痛が襲ってきた。
「本当に大丈夫?貧血?とりあえず、ゆっくり寝た方が良いよ?」
「すいません。頭痛くて……」
クリスはセレナの知っている彼女からは考えられないほどフランクで、セレナを気遣って横にした。
「おっかしいな。小夜、貧血って人生初めて?でも了子さんもそういう風に調整するはず無いし……。もしかして、縮んだせいとかある?」
セレナは彼女が自分が小夜と勘違いしているようだった。確かに並行世界の同じ人物であるので間違えるのも無理はないのだが。セレナは訂正をするために起き上がろうとすると、またしても目眩がして起き上がれない。
「だから寝てなって。……ちょっとごめんね」
クリスはセレナの喉を触り、かつ服をめくってセレナの体を確認する。一瞬シラベにまさぐられた時のトラウマが脳裏をよぎったが、セレナの体を堪能しようとするシラベの触り方とは逆に、じっくりと、何かを探るような触り方だ。
「……ちょい傷跡残ってるね。しかも浅くないし。、切られた箇所は、喉と、胸……致命傷じゃんこれ。小夜は傷跡なんて残んないし、聖遺物とか出直したのかな。ちょっと名前聞いていい?」
クリスはやっとセレナが別人だと気付いたようで、誤魔化すように笑って見せた。
「はい、私はセレナ・カデンツァヴナ・イヴ、並行世界から来た、小夜さんです」
「そっか。アタシは雪音クリス。そっかそっか。キャロルが呼ぶって言ってたのはあなたのことだったんだ」
クリスの誤解は解けたようで、セレナも一安心した。
「あ、でもアタシの名前を知ってるってことは、そっちの世界にもアタシがいるんだよね?なんか別の名前使ったほうがいいか……。うーん……。そうだ!クーちゃんでいい?ツーちゃんも昔はそう呼んでくれたし!」
つーちゃん、が誰を指すのかをセレナには理解できなかったが、クーと名乗る事でセレナ達のクリスと差別化することにしたようだった。
「そういや、耳に何かつけてる?通信機?」
クーちゃんが自分の耳を叩いてセレナも耳を探る。すると、耳につけていた通信機が手にあたった。
「ヒビキは今はああなっちゃったけど、根っこは結局バカだからね。それ外すの忘れちゃったっぽいね。ダメ元で通信してみる?」
セレナは通信機のスイッチを入れて、通信を入れる。通信機から聞こえてきたのはノイズだけで何も聞こえない。
「こちらセレナ。S.O.N.G本部応答願います」
ノイズも途切れ途切れではあるものの、返答は聞こえない。セレナは通信機のスイッチを切って繋がらなかった旨をクーちゃんに伝えた。
「そっか。まあ中継機もないし当然か……。じゃ、脱出しよっか」
クリスは前髪を留めていたピンを外し、ペンのように小さいドライバーを取り出し、2つを使って鍵を外した。
「え?」
「ヒビキ、アタシを捕まえてから何もしてこなかったから、この程度慣れちゃった。ピッキングは自前だけど」
クーちゃんは笑顔を見せ、セレナの手を引いて外へ出る。
「じゃ、まずはシンフォギアでも取り返しに行こっか?」
並行世界の同一人物でありながら、セレナは戸惑う部分こそあったものの、クーちゃんのお蔭で一筋の希望が見えた気がした。
その日の夜、マリアは1人アガートラームを手に基地の外へ向かっていた。通信の逆探知には何とか成功し、ヒビキの足取りもある程度推測されている。明日、装者を総動員した突入作戦が結構される手はずになっている。
「セレナの仇討ちにでも行くつもりか?」
格納庫に向かっている途中、エレベーターの前で待ち伏せていた翼と鉢合わせしてしまった。翼もどこか落ち着きがなく、セレナを守れなかった自分を責めているようにも見える。
「別にどこに行ってもいいじゃない。私の勝手でしょ」
マリアは翼を無視してエレベーターに乗り込もうとしたが、翼がマリアの腕を掴んだ。
「セレナのところに行くのだろう?なら許可はできんな」
「別にあなたの許可なんていらないわ。私は私の行きたいところに行く。離しなさい」
翼の腕を振りほどこうとするが、翼の手は緩むどころかむしろ強くなった。意地でもマリアを行かせるつもりはないらしい。
「離してよ。あなたには関係ないでしょ?」
「いや、独断専行は許可できん。ギアもロクに纏えない身体でどうするつもりだ?」
「離してって言ってるでしょ!」
マリアは何とか翼の手を振りほどき、恨めしそうに睨みつけた。マリアからすれば、セレナのことは諦めろと告げているようにも見えた。
「いい加減にしてよ!じゃあ逆に聞くけど、あなたが行って何ができるって言うの!?ヒビキに負けて、セレナも守れなかったクセに!あなたなんかに私の気持ちがわかるわけないじゃない!」
それは、初めてマリアが翼に対して本音をぶつけた瞬間だったのかもしれない。ヒビキから二度も敗走した上に、セレナも守ることが出来なかった。妹を二度も喪うという悲しみを味わせてしまった。
翼は自分の無力さを突きつけられ、自分ではどうしようもない苛立ちから、思わずマリアを殴りつけてしまった。マリアはその場に転倒したまま立ち上がれず、自分の体がまだ完全ではないという事実を突きつけられてしまった。翼は思わず殴ってしまった事に対し、後ろめたさを感じ、マリアにどのような言葉をかけて良いのかわからない。翼は思わず黙ってしまう。
「……分かってるわよ。こんな事何にもならないって。でも妹が目の前で切られて、落ち着いていられる?私のこの気持ちはどこにぶつけたらいいのよ……」
翼に突き放され、やっとマリアは落ち着いたようだった。最年長者として他の装者から頼られ、常に完璧である事が求められ続けた彼女が、自分の弱みを誰にも見せられないという悩みが、ここで爆発してしまったのかもしれない。
「マリア。セレナは私達の仲間だ。助けたいのはマリアだけじゃない、私達だって同じだ。それに小夜だって、私が剣を教えた弟子だ。マリアのその思い、私に託してくれないか?」
翼はマリアと目線を合わせ、マリアをなだめる。セレナを守りきれなかった自分がこんな事を頼むのはおこがましいのかもしれないが、それでもマリアには言わなければならない。自分が手を差し伸べて、彼女の思いを背負えるということを証明しなければならない。でなければ、彼女はまたいつ爆発してしまうかわからない。
「一回だけよ」
少しの沈黙の後、マリアが発したのは短い一言だけだった。
「その言葉、嘘はないはね?絶対にセレナを連れて帰ってきて。私には、ここで待つことしかできないから」
マリアは翼の肩を掴み、翼も優しくマリアの手を撫でた。無言で頷き、マリアの意思を継いだ。マリアのためにも、この作戦は絶対に失敗できない。ヒビキを止めて、彼女に奪われたものを全て取り戻さなければならない。
戦艦の中を探索していたクーちゃんとセレナは、聖遺物を保管している倉庫を発見した。だが中にあるのはケースに入っているシンフォギアぐらいしか見当たらず、それ以外はセレナ達も何に使うのか検討もつかないようなものばかりである。
「よし見つけた。あったあった。はいガングニール。あなたのギアはこれだよね?」
クーちゃんはガングニールとラベルの貼られたシンフォギアをセレナに手渡したが、セレナはケースから取り出さず、クーちゃんに返した。
「あれ?開け方わかんない?」
「いえ、私のギアってそれじゃなくて……」
セレナはクーちゃんの脇を通り、棚からアガートラームを取ってケースを開けた。セレナがこのケースを見るのは初めてだったが、構造自体は単純だったのですぐに空いた。
「何それ?アガー、トラーム……?聞いたこと無いギアだけど?」
「ええ。こっちの世界の私はガングニールの装者になっちゃったみたいですから、
「そういやなんか小夜は装者の適性があったって聞いたことあったっけ。そっか、それが本来の小夜のギアだったんだ」
クーちゃんは棚をあさり、イチイバルを回収して首に巻いた。セレナは警報が鳴るのではと警戒していたが、2人は何事もなく部屋を出ることが出来た。
「まあここ、倉庫でも何でも無いみたいだったっぽいね。クルーが寝泊まりする部屋かな」
クーちゃんは警報は全く気にしていなかったようで、セレナも自分の心配が杞憂に終わってホッとした。船内は不自然なほど静まり返っており、警備を気にする必要がないとはいえ、それがかえって不気味さをかもし出している。
「それじゃ、ブリッジ行こっか。小夜も捕まってるんでしょ?捕まってるならそこだろうし」
クーちゃんに手を引かれ、小夜を助け出すためにブリッジへと向かう。クーちゃんはどこか焦っているようにも見え、脇目もふらずにブリッジを目指しているのが見て取れる。
「あの、クーさん焦ってたりします?」
「クーちゃんでいいよ。まあ、焦ってないって言えば嘘になるよ。小夜に戦いのイロハを仕込んだのはアタシだからね。そりゃ心配にもなるよ」
並行世界のクリスが教官を務めているのはセレナからすれば意外だったが、セレナの知っているクリスも思い返せば後輩思いな人物でもあるため、そこまで不自然でもなかった。むしろ、別人に見えていたクーちゃんも『雪音クリス』だったと思える。
「それで、ブリッジの場所ってわかるんですか?」
「ちょっとそれは分からないかな。でも船のブリッジって、構造上高いところにないと意味ないし、上に登ってけばブリッジに行けるでしょ」
クーちゃんは具体的にここを攻める計画を持っていないようだったが、船の構造からヒビキに迫る方法を考えているようだった。
「それにここ、ハシゴがあるの気になるんだよね。ちょっと行けば階段があるのにさ。しかもホコリとかも無いし。もしかして、ブリッジとここを往復するための非常用のやつだと思うんだよね」
「じゃあこれを登っていけば―――」
「あ、それ上から攻撃されたら逃げられないし却下。遠回りになるけど階段で登ってくよ」
セレナの言葉を遮り、クーちゃんは階段へと歩きだした。いまいち掴みどころのないクーちゃんだが、セレナは彼女を信用して付いていくことにした。
明かりも少ない薄暗い階段を登り続けると、彼女が生活に使っていると思しきスペースに出た。ゴミ箱に捨てられたカップ容器の山や脱ぎ捨てられた服などが散乱している。そして先程のハシゴもココに通じていたようだった。
「ひっど……。食事バランスもメチャクチャ、部屋も汚いし」
クーちゃんは踏みつけないように部屋の中を散策する。部屋の中に上へと続く階段は見つけられない。部屋の奥に上へと続くハシゴが伸びているだけだ。
「多分、この上だね。先にアタシが見てくるから、合図したら登ってきて。それまでセレナちゃんはココで警戒しててね。警備がいないのすごい気になるし」
クーちゃんははしごを登り、セレナはハシゴを守るように部屋の中を見渡す。階段や廊下の中と比べると、部屋の中は若干明るいとはいえ、それでも最低限の照明しか無い。
部屋の中に置かれた家具などを見ていると、生活の跡が徐々に見えてくる。若干くたびれた服や、乱れたベッド、破り捨てられた手帳など、ヒビキが退廃的な生活を送ってきているのが伝わってくる。
戦艦の中は武器なまでに静まり返ったままで、しばらくするとハシゴからクーちゃんが降りてきた。
「やっぱこれがブリッジに続いてる。小夜も封印されたままだったし。アタシのギアじゃブリッジごと吹き飛ばしそうだから、セレナちゃん行ってくれる?安全確保はアタシが代わるからさ」
セレナはクーちゃんに代わり、はしごを登っていく。ハシゴ事態はそこまで長くはないが、内部は明かりが一切指さないため暗い。そして何か天井のようなものにぶつかり、セレナがゆっくりと持ち上げると一気に視界が光に覆われた。目がなれてくると、そこは真っ白な部屋で、その奥でカプセルに封じられた小夜が眠っている。
はしごを登りきり、部屋の中に入ると、一面が白で統一された部屋だった。いくつかコントロールパネルのようなものが見えるが、セレナは真っ直ぐ小夜に近寄る。どうすれば小夜が目を覚ますのかは分からない。だが、シンフォギアが強制停止させられてこの状態になっているのならば、セレナのフォニックゲインで目覚めさせることができるかもしれない。
セレナが小夜が眠っているカプセルに手を伸ばした時、背後から強烈な殺気を感じ、とっさに身をかわした。振り返ると、ギアをまとったヒビキが見えた。
「残念。気づかなかったら仕留められたのに。死んだら死んだで実験用の素材ができるだけだし」
ヒビキは剣を構え直し、セレナもペンダントを握りしめた。小夜を助けるためにも、彼女を無力化しなければならない。一度は敗北を喫したものの、ここでその屈辱を返せばいい。
『Seilien coffin airget-lamh tron』
セレナも剣を構え、ヒビキに斬りかかる。前回の対戦から、彼女との対策はまったくできていない。だが、セレナは一つ一つヒビキの挙動に注意しながら剣を交える。だが、力も技量もヒビキには及ばず、結局は後退りせざるを余儀なくされる。
「せっかく聖遺物で生き返らせてあげたのに、勝てない戦いを挑むなんて。ま、実験としてもう一回殺すつもりだったからいいけど!」
一瞬の隙を突かれ、セレナの剣が弾き飛ばされてセレナの身体が無防備になる。手甲から短剣を抜いて次の一撃を反らしたが、ほんの一撃をかわしただけである。
絶体絶命の窮地かと思われたその時、セレナは胸元のコンバータユニットの異変に気付いた。セレナのギアとは大きく形が異なるのだ。
(このギア、マリア姉さんの……)
確かに、ペンダントの状態ではどちらのギアなのか判別がつかない。だが、小夜から回収したアガートラームがあそこにあるとは思わなかった。
だが、これがマリアの世界から持ち込まれたアガートラームなら、一度だけ見たことがある決戦装備が起動できるはずだ。マリアからは止められたものの、あの装備なら状況を打開できるかもしれない。
「イグナイトモジュール、抜剣!」
セレナはイグナイトシステムを起動させ、射出されたコンバータユニットがセレナの旨を貫いた。
直後、セレナの心を一気に負の感情が支配する。
自分とマリアは姉妹でもない赤の他人である。
自分より成長した小夜の方が、人間としても、装者としてもマリアの隣に立つにふさわしい人間である。
故に、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』という少女はは無価値である。
この世界に来て、マリアを小夜に取られてしまうのではと思っていた不安が、ここに来て一気にセレナの心を塗りつぶす。小夜がいる限り
「せっかくイグナイトモジュールが見られると思ったのに、残念。暴走しちゃった」
ヒビキは襲いかかってきたセレナを蹴り飛ばし、続いて向かってくるセレナを羽虫をはたき落とすかのごとく潰していく。暴走した彼女にはもはや剣など必要ない。圧倒的な力で叩き潰す。それだけで十分なのだ。
暴走を続けるセレナは確かに一撃の攻撃力は増している。だが、それを制御できていない以上、技量を上回るヒビキには勝てない。どの道、小夜を死体から元の少女に戻す実験の後、殺して捨てるのだ。どれだけいたぶっても問題ない。
ヒビキはセレナの首を掴み、小夜の眠るケースに叩きつけた。セレナは未だに獣と同じ唸り声を上げているが、もう十分にいためつけたからか、こちらに向かってくる様子はない。後は、彼女の首をはねて殺せばいい。ヒビキは捨てた剣を拾い上げ、セレナにとどめを刺すべく歩み寄る。
「それじゃ、さよなら」
ヒビキが剣を振り上げた時、セレナの視界に小夜の姿が写り込んだ。そして同時に、セレナの脳裏に小夜との記憶がよぎる。最初はつまらない嫉妬から彼女に強くあたってしまったものの、彼女は一度たりともセレナを邪険にすることはなかった。
それどころか、自分と似たような境遇であると言い、手を差し伸べてくれた。
マリアも、一度も自分を邪険にはしなかったし、できるだけ小夜とセレナを平等に扱おうとしてくれた。
その記憶が、負の感情に支配されていたセレナの心を呼び覚ました。
セレナは喉が潰れんばかりに大きく叫び、驚いたヒビキが後退りする。自分を縛る負の感情を振り払い、セレナの姿が大きく変わった。
イグナイトモジュールの起動に成功し、その形状が大きく変化する。それは蓮の花が開くように、優しい光に包まれ、イグナイトモジュールをまとったセレナが立ち上がった。
「私は無価値なんかじゃない。私は私、小夜さんは小夜さん。別に姉妹は2人じゃなきゃいけないわけじゃない。私達は、3人で姉妹なんだ!」
彼女の意思に従うように、弾き飛ばされた剣が彼女の手に収まり、形を大きく変えた。刃は大型化し、柄もバイクのアクセルレバーのような形状に変化した。セレナが柄をひねると、剣は火を吹き、
(重い……でも!)
変化した剣はセレナが扱うには重すぎる代物だが、火を吹く反動を利用し、その重量を相殺することができた。セレナは腰を沈めて火を吹かして隙を伺う。そして互いがしびれを切らしたように肉薄する。
セレナの剣は彼女の小さい体には不釣り合いなほど大きい。だが、セレナは剣が火を吹くのをを逆手に取り、その反動を利用して接近する。その威力で以てヒビキとの力の差や機動力の差を埋める。だが、セレナ自身がこの変則的な戦い方に慣れていないこともあり、剣に振り回されるような格好になる。
(まだイグナイトモジュールは、私の力じゃ制御しきれない……なら!)
元々、剣の腕ではヒビキには勝てない。イグナイトモジュールで力の差を埋めたとは言え、実力差までは埋めきれない。故にセレナは真正面からヒビキとぶつかることだけは避けた。
ヒビキの突きを噴射剤を吹かせた反動で回避し、そのまま手を離す。セレナの体は剣から投げ出され、ヒビキの頭上を舞う。ヒビキの意表を突くことに成功したセレナは着地し、ほんの一瞬だけ動きが鈍ったヒビキの手元を蹴り上げる。イグナイトの力で増強された蹴りはヒビキを大きくのけぞらせ、セレナは続いて体当たりを仕掛けてヒビキを転倒させた。
(今なら……!)
戦いの主導権がセレナの手に移った好機を逃さず、セレナは床に突き刺さったままになっていた剣を握り締め、全力でひねる。フロア全体を揺るがすほどの爆音が響き渡り、セレナは一気に力を開放した。その勢いに乗り、炎の剣と見紛うばかりにセレナの剣は炎を吹き出し、その反動を制御しヒビキとの距離を詰めた。
そして剣を振り上げ、ヒビキの体を真っ二つに切り裂いた。焼き切られたヒビキの身体は血を流すことなくその場に崩れ落ちた。
「負け、た……?」
ヒビキは自分が負けたという事実が分からないようだった。小夜を救うという目的の下、幾多の屍を築き上げてきた彼女が、虫も殺せないようなセレナに負けるはずがない。その油断が彼女の敗北を招いたのだ。
袈裟斬りにされ、致命傷を負ったヒビキは助からない。セレナにはヒビキの傷を治す術がないので、彼女を生き返らせることも出来ない。故に、セレナが取れる手段は1つしか無い。
「あなたは、強いんだね」
セレナはヒビキを壁に立てかけ、今際の言葉を聞いた。重い剣を引きずり、『覚悟』を決める。
「そんなことないですよ。皆さんに置いていかれないように一生懸命です。今だって、イグナイトモジュールを制御しきれているとは言えません」
「ううん。あなたは、強い、そして、正しい……」
セレナは剣を振り上げて、ヒビキの胸元を狙う。イグナイトモジュールの起動限界が近づいているのを肌で感じる。これ以上ヒビキを苦しめないためにも、迷っている時間はない。
「私はさ、バカだから、結局小夜のために、何をしてあげられるのか、わからなかったから……。気がついたら、引き返せなくなっちゃった」
自嘲するようにヒビキは懺悔の言葉を綴る。その目には涙がこぼれ落ちた。セレナもこれ以上くるませる訳にはいかないと、全力で剣を振り下ろした。
「本当、バカだなぁ。私」
ヒビキの最期の言葉は、その短い一言だった。セレナの剣から放たれた炎がヒビキの遺体を一瞬で焼き尽くし、崩れていたその場に焦げたヒビキのペンダントが落ちた。
初めて人を手にかけた感触はあまりにもあっけなく、人間の命がいかに軽いかという事実を突きつけられただけだった。これまでノイズに襲われた人々や、対峙してきた人々を考えれば、人間の命がいかに軽いかなど理解してきたつもりだった。
だが実際に人の命を奪ってみて、それがいかに簡単で、守るということがいかに難しいことだったのかが思い知らされた。
殆ど面識がなかったとは言え、並行世界のヒビキに引導を渡してしまったことに対し、罪悪感がこみ上げてくる。だがヒビキを救うことばかりに注力して、小夜を見捨ててしまっては本末転倒である。これは仕方のないことだったと必死に自分に言い聞かせ、重りが付いたように動かない体を引きずって小夜が眠るケースの前まで移動する。
小夜のガングニールを再起動させられれば、小夜は目を覚ます。だが、イグナイトのバックファイアに蝕まれた体では、小夜に注げるフォニックゲインは本当に微々たるものでしか無い。下で待っているクーちゃんを呼ぼうとも考えたが、はしごのところへ向かう体力さえもう残っていないかもしれない。
結果、セレナが小夜を助けるために取れる方法は1つしか無かった。
(こんなことしたら、マリア姉さん。怒るんだろうな。でも、今はこれしか出来ないから……)
セレナは呼吸を整え、歌を紡ぐ。命を燃やし、未来へ紡ぐ力に変える歌を。
暗闇に沈んだ意識の中、小夜は胸に刺さった鋭い痛みを感じた。暗闇の中にあった意識も同時に、誰かに引き上げられるように一気に明瞭なものとなり、体の感覚が徐々に戻ってくる。
(暖かい、光……?)
小夜が意識を取り戻すと、眼の前でセレナが倒れていた。周囲はなにもない白い部屋で、部屋の片隅には、『誰か』が倒れていたような焼け焦げた跡が残っている。
「セレナちゃん!」
小夜がセレナを抱き上げると、セレナは、薄っすらと目を開けて、弱々しく笑った。
「良かった……。成功した」
「しっかりしてよセレナちゃん!すぐにここを出よう!本部まで帰れれば、キャロルさんがきっと治してくれるよ!」
セレナは持っていた2つのペンダントを小夜に託す。1つは、自分がつけていたアガートラームを。もう一つは、焼け焦げたペンダント。ここで戦闘があったことを考えると、それが『誰』のペンダントなのかが分かってしまう。
「これ、こっちの立花さん……。ヒビキさんのです。あなたのお姉さんの、たった1つの遺品、です」
セレナは今にも消えそうな声で小夜にペンダントを託した。小夜は色々と聞きたいことがあるが、今はとにかくセレナを救わなければならない。ココがどこなのかが分からない以上、迂闊にキングジョーに変身はできない。もしココが地下深くの研究所となれば、瓦礫の下敷きになってしまう。
だが立ち止まるわけはいかない。ここを脱出しなければ、セレナを治すことも出来ない。小夜はどうすれば良いのか考えるが、セレナが今にも息絶えそうなのも相まって、落ち着いて考えることが出来ない。
「あ、小夜。起きた?」
どうして良いのかわからなくなった時、床の一部が開いてクーちゃんが顔を出した。顔こそクリスと同じだが、雰囲気や喋り方が違うので、こちらの世界側のクリスであるとすぐに分かった。
「クリスさん!いたんですか!?」
「まー捕まってたからねー。ヒビキとは決着着いたみたいだね。逃げるよ」
クリスに連れられて小夜もハシゴを飛び降りる。セレナを治すためにも、一刻も早く脱出
「色々と聖遺物持ってるみたいだったけど、とりあえずシンフォギアは全部取り返したから、ひとまずつーちゃんのお土産は十分かな。脱出路も確保していたから大丈夫。小夜、跳べる?」
廊下を走りながら、クリスの言葉を聞く。負傷したセレナを抱えているので、どうしても速度は制限されてしまう。
「ここがどこだかわからないのでなんとも言えないんですけど……。私分離して飛ぶってやったこと無いんですよね……」
「今、太平洋付近を飛んでるみたい。さっき制御室でここの航路を見たんだけどさ、そろそろ無人島の上を通過するっぽいんだよね。だから、キングジョーに変身して着地してほしいんだけど」
「やってみます……!」
主の不在を告げるように、艦内が揺れ始め、所々で崩落が始まっている音が聞こえる。考えている暇はない。
「確か、キングジョーの中に人が入れるスペースあったよね?その中にあたしとセレナちゃんが入るから、小夜は着地に全力を尽くして」
「はい!」
クリスは最奥部で足を止めて、ハッチの開閉スイッチを押す。ハッチが開くと同時に風が吹き込んできて、転ばないように必死に堪える。セレナをクリスに預けて、先にクリスが飛び降りる。
小夜は聖詠と共にキングジョーへと変身し、同時に胸のハッチが開いて中にクリスたちを収容する。眼下には海と、わずかに小さい島が見え、そこに飛び降りるように角度などを調整していく。
最初は不安こそあったものの、体制をうまく整えて無事に海岸に着陸することに成功した。クリス達を下ろし、ふいに降りてきた戦艦を振り返る。ヒビキがいなくなったことで、空を舞う戦艦も、主を求めるかのごとく空をさまよい続けると思っていた。
だが、実際は違った。戦艦は『崩れていた』のではなく、『変形していた』のだ。
バラバラに崩れたガラス細工のかけらを、モザイクアートのように組み替えて行くかの如く戦艦は形を変えていく。
そして、人形になった時に『それ』はゆっくりと海上に降り立ち、『顔』の部分が点灯した。
電脳魔神デスフェイサー。ヒビキが乗っていた戦艦の正体であり、真の姿でもあった。
S.O.N.Gデータベース
セレナ・カデンツァヴナ・イヴ(イグナイトモジュール)
身長:148センチメートル
体重:50キログラム(装備込み)
ステータス
体:★★★★★
技:★☆☆☆☆
知:★★☆☆☆
無意識に抱いていた小夜への劣等感や嫉妬を乗り越え、イグナイトモジュールの起動に成功した姿。蓮の花をあしらったようなギアに変化し、アームドギアもバイクのアクセルレバーのようになった。アームドギアがバイクのアクセルのようになったことで、小柄なセレナでもマリアと同じレベルの機動力を手に入れた。
スペックだけで言えばマリアのイグナイトモジュールのように高機動と高火力を両立させる事が可能である。しかしセレナの発育が不十分なので、実際には加速と減速を組み合わせたトリッキーな戦い方を取らざるを得なくなってしまっている。
必殺技はマリアと同じく『SERE†NADE』