戦姫絶唱シンフォギア Never Ending Odyssey   作:パイシー

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Interlude:セレナの初体験

 デスフェイサーを討伐し、敵の首魁のエグララグが出現したことで本部内の緊張は高まっていた。だが、まずは響の回復が最優先され、デスフェイサーが爆散した周辺地域の調査が行われていた。現在はキリカと未来、クリスの3名が回収された聖遺物の再起動や護衛にあたっていて、他の装者は待機任務や事後処理に追われていた。

 故にマリアよりひと足早く回復したセレナは暇なのである。まだ検査が残っているとは言え、殆ど完治しているセレナは基地の中で待機に当たっていた。

 そして迎えた3日目の昼。セレナは一人昼食を前に佇んでいた。小夜がうどんをよく食べていたので、それに対抗心を燃やして、日本の2大麺料理であるそばを注文したのだ。セレナ自身は、日本でラーメンを中華そばと呼ぶ事だけを知っていたので、そばはラーメンの一種だと思いこんでいた。だが実際に出てきたのは―――。

(黒い、麺……)

 ザルの上に盛られた黒っぽい麺の山、器に注がれためんつゆ、薬味の刻みのりやネギがセレナの前には立ちはだかっていた。割り箸に加えて、食堂のスタッフが気を利かせてフォークもつけてくれたのだが、セレナにはそれ以上の難関が立ちはだかっているのだ。

 セレナは、黒い食べ物を食べたことがなかったのである。セレナは現在F.I.S日本支部に所属しているとは言え、スタッフの大半はアメリカ人であり、当然食堂のメニューもアメリカ基準で制作されている。つまりそれは、日本の食卓ではよく見かけるのりや醤油といった黒系の食材をほとんど口にしないことを意味している。

 たまに他のスタッフが寿司を食べているのを見かけるが、それでのりのような黒系の食べ物にはどうしても抵抗感を抱いてしまうのである。

 そんなセレナの前に立ちはだかるそばは、黒系の色をしている上に、めんつゆ自体もセレナにとっては初体験である。

 正直なことを言えば、他の誰かにこれを渡して、自分は食べ慣れたサンドイッチなどを注文することも考えた。だがしかし、それは『食べ物を粗末にするな』というナスターシャ教授の教えに反してしまう。

 セレナは一度深呼吸をして、割り箸を手に取る。切歌や調と食事をすることも少なくないので、必死になって割り箸の使い方は覚えた。絹ごし豆腐は無理だが、木綿豆腐は掴めるまでにはなったのである。

 割り箸を2つに割り、そばを一山すくい上げる。頭脳をフル回転させて、これを食べる方法を考える。麺類である以上、めんつゆを使うことは理解できた。だが、麺の量に対して、圧倒的に器が小さすぎる。加えて、全てめんつゆに浸すのであれば、はじめから分ける必要はない。だが麺自体に味がついていないのかが気になり、一口つゆを付けずに口に運ぶ。

(やっぱり、味がしない……。やっぱりこのつゆを使うんだ……)

 セレナはこのつゆをどう使えば良いのか困っていた時、視界の端にふと誰かの影がよぎった。セレナが振り返ると、丁度未来とクリス、小夜の3人が食事をしているようだった。未来以外の二人はこちらに背を向けているので、何を食べているのかぎりぎり見えないが、未来が自分と同じそばを注文しているのは分かった。そして、喋りながらだがそばを食べているのである。

(そっか、少しずつ付けて食べるんだ!この横のやつは味を調整するための、食材だったんだ……!)

 セレナは未来に習って、そばをつゆにつけて、ゆっくりすする。未来のように音を立てて食べる事はできないが、セレナは自分のペースで口の中に運ぶ。

(すごい、おいしい!)

 先程の無味無臭の麺ではなく、そこにつゆの味をつけただけで大きく変わった。口の中に広がる甘いつゆの味と、噛みごたえ抜群の麺。そして、まるでブレーキなど知らないように口の中に消えていくのどごし。先程までの味がせず、飲み込みにくいものとは大違いである。

 セレナはそばを一山めんつゆの中に入れて、試しにネギを乗せてみる。セレナは薬味に使われているものはどれも見たことがないものだったが、既にそばの味を知ってしまったセレナは、好奇心から薬味と一緒に口に運ぶ。すると、今までに加えて、新しく味が加わった。ネギの香りと辛味がつゆの味を引き立て、加えて麺の食感もネギのおかげで豊かになる。

 続いてのりを載せてみる。初めは少し抵抗感があったが、いざ口の中へ入れてみるとネギとは違う香りや味が広がった。ただ黒いというだけで敬遠していた自分がバカバカしい。

 そして薬味を楽しみながら、一口、また一口とそばを口へと入れていく。そばの山も少しずつ減っていき、セレナはすっかりそばの虜になってしまっていた。

 そばも終盤に差し掛かった時、薬味の載った皿もほとんどなくなり、セレナはあるところで手を止めた。

(これは、一体……?)

 薬味の皿の片隅に載せられた、緑色の物体。セレナが今まで見たこともないようなものである。スタッフの気遣いで、並より量を少なめになったわさびは、セレナからすればどういうものなのかがわからない。握り寿司を食べる時も、ナスターシャ教授がわさび抜きのものを頼んでいたので、セレナは全く未知の存在と今対峙しているのである。

(これもきっとそばのオマケ、だよね。ちょっと食べてみようかな)

 わさびをひとつまみ、そばに載せて口に運ぶ。すると鼻に激痛がはしり、思わず鼻を押さえてしまう。

(い、痛い!?しかも辛い!なにこれ!こんなのを日本人は食べるの!?)

 今まで感じたことがないような味と、感覚。少し乱れた呼吸を整えながら、もう一度わさびをそばに乗せて口に運ぶ。またしても激痛と辛さに襲われ、そのまま悶えてしまう。この場に誰もいなければ、きっと大声で叫んでいただろう。

 せっかくそばを美味しく食べていたのに、ここに来てわさびというラスボスが待っているとは思わなかった。わさびを残せば、美味しくそばを食べることができる。だがしかし、本当にこれだけ残しても良いのかとセレナのプライドが許さなかった。

「あれ?セレナちゃんそば?珍しい~」

 どうするべきか悩んでいた時、トレーを持ったクーちゃんが現れた。さっきまでのわさびで悶えていた一悶着は見られていないようだが、目の前に彼女が座ってしまった以上、我慢してわさびを食べるしか無い。

「あれ?わさびだけ残ってんじゃん。食べないの?やっぱ苦手だった?」

「え、えっと、あんまり食べたことなくって……」

「あー、小夜はうどんよく食べてるもんねー。変に対抗心とか燃やしちゃって頼んじゃったとか?わさび苦手だったらもらうけど、どうする?」

 セレナは一瞬、ここで素直になるべきか迷った。ここで素直にクーちゃんにわさびを渡して、残りのそばを美味しく食べるか、それともプライドを貫き通し、そばもわさびも完食するか悩んだ。そしてセレナが取った選択は―――。

「すいません、お願いします」

「はいはーい。ありがとう」

 クーちゃんはすぐに薬味の皿を手に取り、残っていたわさびをご飯の上に載せた。

「捕まってる時は辛いの食べらんなかったからさー。少しでも欲しいんだよね」

 セレナは残ったそば口にしながら、クーちゃんの話に耳を傾ける。今日のクーちゃんのお昼は見事なまでの赤一色で、見ているだけでも辛そうだった。

「その、好きなんですね、辛いの……」

「普段はこんな食べないけどねー。だってつーちゃんしつこいんだもん。捕まってる時のことを根掘り葉掘りさ。アタシはな~んも知らないのにさ」

 クーちゃんの話を聞きつつ、セレナは最後の一口を食べきった。未体験こそ多かったが、非常に得るものも多い食べ物だった。

「別にセレナちゃんも苦手なものがあったら、遠慮なく他の人と交換したりしてもいいんだよ?無理して食べる必要はないんだし」

「でも、作ってくれた人に申し訳ないです。できれば完食したほうが気持ちがいいですし」

「でも結局誰かのお腹に入るんだから変わんないでしょ?それに、美味しく食べられる人が近くにいるんだから、その人が食べればいいっしょ?アタシだってクレープとかあんま好きじゃないし、他に誰か美味しく食べてくれる人がいるんだったら、その人が食べてもらったほうが良いと思うんだよね」

 クーちゃんは食べる手を少し止めて、セレナに自分の考えを聞かせる。

「だからさ、気負うこと無いよ。セレナちゃんはアタシの助けになってくれた。それでいいじゃない。じゃ、ちょっと向こうのアタシでもからかってこようかな。見る感じマジメそうな感じだし」

 クーちゃんは一度席から立ち上がり、向こうで食事をしているクリスのところへ向かおうとする。自分が注文した激辛料理でも食べさせようとしているのかもしれない。

「セレナちゃんは小夜を助けてくれた。すごく助かったよ。ありがとう」

 すれ違い際にクーちゃんは小さくつぶやいた。今までのことは、ヒビキを手に掛けたという事実を重く受け止めているであろうセレナを励まそうとしているようだった。クーちゃんはセレナを見て、安心したようで、クーちゃんは去っていった。

 セレナだってヒビキを殺したくなかったのは同じなのだ。だがクーちゃんはそれを否定するわけでも、仕方のないことだったと肯定することもしなかった。小夜の仲間として、礼を言ってくれたのだ。

 クーちゃんの励ましも合って、セレナは極力忘れようとしていた今回のことにも、少しだけ向き合ってみようと思えた。

 何はともあれ、食事を終えたのだ。せっかくなので、日本の流儀に倣うことにする。

 セレナは両手を合わせて、小さくつぶやいた。「ごちそうさま」と。

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