フィルへティア・エッダ   作:神の筍

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Einn―1―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人はふとしたとき、なんらかの不幸に巻き込まれている。 

 

 遠足の日が雨の日だったり、子供たちの遊んでいたボールにぶつかったり、角から人が飛び出してきたりなど。中には想像を絶する不幸に見舞われる者もいるかもしれない。しかし不幸をただの不幸と捉えるのは愚策だろう。雨の日は家で家族と過ごすのもいいかもしれない。ボールにぶつかったら思い切って一緒に遊ぶのもいいかもしれない。人とぶつかったのはもしかすると運命の出会いなのかもしれない。きっとこの考えを口に出せば楽観的な暢気な奴だと笑われるだろう。

 こと世界において意味のないことは起こらないと思っている。

 意味のないことは、意味が分からないだけでなんらかの意味があるのだ。

 そう。世界は、

 

「――なるほど。つまり私の下着が風に飛ばされお前の部屋まで飛んで行ったのもなんらかの理由がある、ということでいいのだな?」

 

「い、意味があるというか……。今の説明は決して俺がリヴェリアの下着を盗んだわけではなく、本当にたまたま飛んできたから人目に付かないよう袋に入れて届けましたということ伝えようと……。ほら、あの……リヴェリアさんはこういう話が苦手、だろう……?」

 

 言葉尻にかけて声音が小さくなっていく彼。 

 そんな様子に、ロキ・ファミリアが副団長――『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴは深くため息を吐いた。

 

「それはわかっている、わかっているに決まっているだろう? おまえは何年私と一緒に過ごしてきたと思っている。私も無理におまえを責めているわけでもない。でも、だ。朝から私の部屋に訪ねてきた男が「君の下着が飛んできたから返しに来た」などと云われると当たってしまうのも」

 

「わかります、はい」

 

「……はぁ。まあ、いい。すまなかったな。一応、飛ばないようバサミをしていたんだが今朝は確かに風が強かった。こちらの落ち度だ」

 

「いや、大丈夫。リヴェリアの気持もなんとなくわかる」

 

「男と女ではまた違うだろう」

 

「あ、はは。まあそうだな」

 

 リヴェリアの部屋に訪れてはや30分。やっとこの態勢(せいざ)から解放されるのかと思いながら、頬を掻いた。

 潔癖症で、緊急を要したとき以外は他人に肌を触れさせるどころか見せもしない種族の彼女だ。男の触れた肌着など後ろにある塵箱に放り投げられるだろう。

 

「もう立ってもいいぞ」

 

 リヴェリアは袋を書斎机に置くとそう云った。

 慣れない態勢からようやく立ち上がると、くっと背筋を伸ばした。

 

「これは腰が痛くなる……」

 

「なにを云っているんだ。100も超えていないのに情けないぞ」

 

「確かにリヴェリアと比べたら――」

 

「―― ア¨ァ¨? 」

 

「や、なんでもないです!」

 

 思はず宣誓するかのような姿勢になるが、うちの副団長は怖いのだ。

 同期、ということもあるのだろうがいかんせん彼に対する当たりが強い。もちろんそれは理不尽なものではなく、彼の少し怠けた生活態度が原因なのだがもう少し力を抜いてもいいのではないかと思ったりする。

 

「ああ、そういえば」

 

 微妙な雰囲気を察して話題を変えるために口を開いた。

 

「今日の午前はあいつらの座学だろ? 午後は俺の実技なんだが何時くらいに終わるつもりだ?」

 

「朝ごはんを食べてからの4時間、昼食は各自にしようと思っている」

 

「12時前後、か。じゃあ12時半には門前に来るよう終わらせてくれないか? 今日はミアのところで奢ろうと思ってな、久しぶりの外食に」

 

「わかった。でも偏った食事は摂らせないよう……いや、昼ご飯は私もついていこう。お前だけでは心配だ」

 

「んっ、いや、わかった、了解だ」

 

「なんだその反応、私が一緒ではなにか不都合な点でもあるのか」

 

「そういうわけではないんだが……」

 

 と答えつつも脳裏に浮かぶのは四人の子供たち。

  

 アイズ・ヴァレンシュタイン

 年齢は10歳。最近二桁になったばかりの育ち盛りだ。幼いながらも強さに貪欲で、オラリオ史上最速のレベルアップ保持者でもある。ファミリア以外での活動はあまりしていないのだが、偶然出会ったじゃが丸くんが大好物で、一時期食べ過ぎでリヴェリアに禁止されていたがその間もこっそりとねだりにきていたため屋台に連れて行っていた。

 

 ティオネ・ヒリュテ/ ティオナ・ヒリュテ

 

 年齢は12歳。アマゾネスであり、快活な少女たち。 

 アイズとは違いなんでも興味津々といった性格。双子の姉妹であり、ティオネのほうはしっかりもの、ティオナのほうはおもしろそうなものがあれば首を突っ込む性格をしている。ティオネは最近おしゃれに興味を持ち、ティオナは英雄譚を読むのが好きなため何度か本をプレゼントした。

 

 ベート・ローガ

 

 年齢は12歳。狼人族であり、勝気な性格が少し難だ。強さを求める性格はアイズと少し似ているだろう。最近は反抗期に入ったのか「うるせぇ」が口癖になってきた気がする。ダンジョンに行くときは率先してモンスターに飛びかかり、得意の足技で無力化していく。

 

 その4人を連れてご飯に行こうかと思っていた。

 ロキ・ファミリアはオラリオの中でも大手ファミリアなため、召し抱える人数は多く、戦闘を担当するものから補佐である重要な役割であるサポーター、数は少ないが館の管理人や料理人を合わせると一〇〇人はいる。その中にはあげた四人のように若くして、将来有望であり、ファミリアの今後を担うであろう者を幹部たちは直々に教えを与えていたりする。リヴェリア曰く、まだ自分の後継者たる魔法使いがいないのは問題だと嘆いていたのを何度か聞かされたものだ。

 区別するわけではないが、適材適所未来のことを考えてそれぞれが考えて動いているのだ。いまだなにか破天荒なことを成していないとはいえ、このファミリアはさらに大成するであろう。かつての二大ファミリア『ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア』が解散した今、中継ぎ時代であると同時にチャンスであると我がファミリアの団長フィンは意気込んでいた。

 

「わかった。では12時半に門前に集合だ。四人から私が話しておくから、遅れそうになったら広場の掲示板に言伝を書いておく」

 

「すまん……アイズ、ティオネ、ティオナ、ベート……」

 

 実技訓練をさぼって街で遊ばせようと思っていたが、どうやらそうはいかないようだ。

 

「……? どうした、用がないならもう行ってもかまわないぞ。ああ、いや別に用がなくともお茶くらいは出すが」

 

「遠慮しとくよ。俺も午後からの準備があるからな」

 

「まったく。今日の準備くらい昨日のときにすませておけ何度も云っているだろう。第一――」

 

「んっ……じゃ、じゃあ俺は行くから! また後で!」

 

「あ、待て話はまだ……」

 

 背後でリヴェリアの呼び止める声が聞こえるが、それを遮るかのように扉を勢いよく閉めた。紅い絨毯が敷かれた廊下は朝の陽ざしに照らされている。心地の良い天気だが、脳裏に浮かぶのは四人の恨みがましい表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼の感覚が熱い。

 体は浮くように泳いでいる。

 そんな誰も経験したことのある感覚――きっとこれは夢だろう。

 

 五感が無いはずの夢の中でも、

 

 鼻につく焦臭。

 肌を焼く火種

 耳に響く慟哭。

 口に滲む汗水。

 目に残る――地獄。

 

 どうしてこんなところにきてしまったのだろうと自信を責めてしまう。何度も、何度も、何度も。舐めていた、甘かった、と唱えるのはプライドが許さない。誰かに云われればきっと私は子供のように縋り付いただろう。――ここから助けてくれと。

 いつものように笑っていた彼はいない。 

 彼もまた、魔法を使えない私と違って前衛に行きアレを食い止めている。

 

「助けてくれ……」

 

 声がする。

 

「……誰か」

 

 声がする。

 

「……死にたくない」

 

 生を渇望する、今にも燃え尽きそうな声に苛立ちをあげそうになる。

 

 ――私も生きたい、と。

 

 生きて、いつものように。

 いつもの日常に戻り、笑いあいたいと。

 

 私の手のひらはいつの間にか泥だらけになっていた。

 砕かれた岩の下敷きになっている誰を探そうと手を動かし続けた。

 

 

 

 黒い、絶望が影を差した――

 

 

 

 「あ――」

 

 恐怖から腰を抜かしてしまう。影の正体を見るよりも早く、自らの脚に立って逃げろと叫ぶが体は思うようには動かない。

 ソレ、が出した熱い鼻息が頬を撫でる。

 怖い。恐い。

 

「いやだ――」

 

 形振り構わず逃げようと、力のない脚を捨て上半身だけで這う。

 生れ落ちて一〇〇年は経った。それでもなお彼女の種族では若いほうだと云われている。しかしただの人からすれば頼りがいのある人物なのは間違いない。げんに今も、昔も、彼女はどこかで呼ばれているだろう。王族(ハイエルフ)である彼女を――

 

『……』

 

 それはかすかな振動とともにやってくる。

 ただの一歩だというにも、絶望を形にしたソレが心を揺らしにやってくる。

 

「……っ」

 

 もう駄目だと、心が折れた。

 郷里を飛び出し、未知を求めて歩き続けた。そんな長寿の中一時は止まり木に寄るのもいいかとここにやってきた。その選択に後悔はない、恨みすらない。しかし今、胸にあるのは一途な願い。

 

 最後くらい、もう一度旅の仲間()に会いたかった。

 

 ソレの顎が開かれる。この世の恐怖を敷き詰めたような牙と、暗黒が広がっているであろう喉奥が覗く。

 

「……すまない」

 

 そう呟いたとき、体が浮かび上がるような感覚と、

 

 ――間に合った。大丈夫か?

 

 そこで意識を失った。

 

 

 

 

 

 熱かった瞼が開かれる。

 ずいぶんと、懐かしい夢を見たなと思いつつももう見たくはないと嘆く。まだまだ好奇心盛りだった小さいころ、親に黙って同族の墓標場に忍び込んだときに体験した原初の恐怖を呼び起こされた気分だ。あれが原因でいまだ幽霊・亡霊(レイス)系統のモンスターは苦手である。だが記憶にあるのは暗いものばかりではない。絶望の中に現れた希望、とでも表そうか……ああ、今思えば彼は旅の途中でも自身のことを助けてくれていたな。

 ふと、目を覚ましてからかつての旅路を思い返していると扉がノックされた。

 彼女――リヴェリアの私室兼寝室は『黄昏の館』の数ある尖塔の最上階に位置している。大幹部である4人は個人階層が与えられており、主神であるロキ以外に訪れる者はいない。緊急を要するときは入ってくるだろうが、現在までそのようなことはない。

 

「――リヴェリア、朝早くにすまない。起きてるか?」

 

 いや、例外がいた。

 扉の先から聞こえるのは低すぎない男性の声。

 

「少し待て、今起きたところだから身支度を済ませる」

 

「ああ、わかった。……別に俺と君の中だから気にすることはないぞ」

 

「お前のためじゃない、私のプライドの問題だ」

 

 あいかわらずだ、と隔てて聞こえてきた。

 鏡台の前に座ると、深緑色の櫛を手に取る。清楚な木々たちを現したかのよな彼女の長髪に流れていく様は、まるでグラデーションのように相まって髪を整えるだけで画伯は歓喜して筆を動かすだろう。

 2度、3度と緩やかに動かしていくとこの櫛をくれたのはあいつだったな、と思いかえす。オラリオに来る前、道中の渓谷にてモンスターに襲われたときに日用品を入れていた鞄が爪の餌食なっていしまい、帰るにしても何日もかかるため急遽彼が森に入って作ってくれたものだった。いくつかは予備のものを買い集めていたが、最低限のものに留めていたため櫛だけが無かった。リヴェリアは違和感が残るが構わないと主張したが、彼曰く「君の綺麗な髪が痛んでいるのを見るだけで、俺の旅路の意欲がひどく下がる」なんてことを云ってプレゼントした。

 

「ふふん、バカめ。私の髪が好きならば正直に云えばいいものを……。素直じゃないやつめ」

 

 梳かし終わると、花柄の布に挟んで置いた。寝間着からいつものローブの下に着込んだ服へと着替えると、最後の確認として鏡の前に立つ。

 

 髪よし。

 肌よし。

 目元よし。

 

 問題はない。

 もとが見目麗しいエルフ族。寝起きのまま外に出ても声がかかるだろう。もっとも、ロキ・ファミリアであり、王族である彼女に声をかける不貞な輩はいないが……。

 

「待たせてすまないな、今開ける」

 

 アンティーク調のドアノブに手をかけると冷たい感触が手に残る。

 

「朝からどうしたんだ? おまえがこの時間に起きている、など……珍しい……

 

 ――は?」

 

「い、いやぁ。なんか朝起きて窓起きたら――君の下着が飛んできたから返しに来た」

 

 ばきっ、と二人以外誰もいない階に響いた。

 

 

 

 

 

③  

 

 

 

 

 

 ロキ・ファミリア所属『ロマニ・シェナーン』

 『勇者』フィン・ディムナ、『九魔姫』リヴェリア・リヨス・アールヴ、『重傑』ガレス・ランドロック。今は昔、ロキ・ファミリアが名声を上げ、オラリオ一、二を争うファミリアへと大きくなる前のメンバーである最古参の一人。

 団長であるフィンのようにカリスマ、上に立つものとして長けているわけでもなく。

 副団長であるリヴェリアのように、九つの魔法を扱うオラリオ一の魔法使いでもない。

 世界の中心ともされるオラリオで、一番の怪力を持つガレスのように力があるのかと云われるとそうでもない。

 かと云って、弱いのかと聞かれるとオラリオで過ごしてきた住人は首を横に振るだろう。彼のLv.は6。オラリオの中でも最強に近いとされる一級冒険者だ。弱いわけがない。

 年齢を重ねたギルド職員は「彼こそが理想とする冒険者像だ」と口を揃えて云う。若いギルド職員たちはその考えに否定的なものが多い。二槍を振るうフィンこそが一番だ、魔法を操るリヴェリアこそが一番だ、その腕力で道を開くガレスこそ一番だ。はたまた、フレイヤ・ファミリアに所属する『猛者』Lv.7オッタルこそが名実ともに一番だと。しかし、前者は首を振り彼こそが一番だと云う。

 

――冒険者は冒険をしてはいけない

 

 冒険者に云う言葉ではないのは明白だ。

 しかし、それに異を唱える者はいない。死と隣り合わせのダンジョンでは、少しの驕りと慢心が人の命をかすめ取る。まれに知識もない冒険者が身の丈に合わない階層に進み行方不明になることがある。それを踏まえてギルド職員たちは口を酸っぱくして云うのだ。

 

――冒険者は冒険をしてはいけない

 

 だが、この言葉には続きがある。

 その言葉をギルド職員が紡ぐことはない。その言葉の意味は、きっと彼だけが知っているのだ。だからこそ冒険者に云うのは一文目だけでいいのだ。

 

 彼の名前はロマニ。

 

 その二つ名を、

 

 

 

――折れた名剣(ネァイリング)

 

 地上に降りた神々は、彼をそう呼んだ。

 

 

 

 

 

 第一話「 折れた名剣 」

 

 

 

 

 

「――むぅ……」

 

 むくれた金髪少女を筆頭に、その集団は目立っていた。

 オラリオ名物とも云える石畳の絨毯。そこをぱたぱたと可愛らしい音を立てながら歩くのは最速レコードを持つアイズ・ヴァレンシュタインだった。そのほかにも、最近名が売れてきたアマゾネス姉妹のティオナ、ティオネ。白髪が目立つベート。そしてなにより、昨晩もどこかでその武勇が酒の肴にされていたリヴェリアとロマニがいたのだから。

 

「悪かったアイズ。絶対どこかで埋め合わせするから……な?」

 

「別に、怒ってない……」

 

 かくいうロマニは、頬を膨らましながら進むアイズに小声で何度も謝っていた。原因は門前での集合時間12時半まで戻る。

 座学を終えたアイズはそれはそれは楽しみにしていた。なぜなら今日という日を先週から楽しみにしていたからだ。たまたま廊下であった実技担当であるロマニと話していると、最近じゃが丸くんを満足していっぱい食べられていないとぼやいたのである。まだ10歳であるアイズはおこずかいと云うものをすずめの涙ほどしかもらっておらず、その多くも座学担当であるリヴェリアが管理している。もちろん使いたいときは云えば渡してくれるのだが、なにに使うのか云わなければならないため簡単にはいかない。幼いころから嘘とは無縁な環境で育った少女だ。よくも悪くも顔と態度に出てしまうのだ。

 だからこそ、今日は楽しみにしていたのだ。

 ロマニに、たくさんのじゃが丸くんをおごってもらえると聞いて。

 

「うぅ……」

 

「あっ、泣くな泣くな。わかった今日のうちになんとか腹いっぱい食べさせてやるから……」

 

「ほんと……?」

 

 アイズと云えどまだ子供。好きなものを両手いっぱいに抱えて食べてみたい年ごろなのだ。それは他の三人にもいえることで、どうにかして埋め合わせしなければならないとロマニは考える。

 

「ミアのところに行くのだろう? 早くいかなければこの時間だ、席がなくなるぞ」

 

 子供たち四人を挟むように、一番後ろにいたリヴェリアが云った。

 

「昨日のうちに予約はとってるから大丈夫だ。大テーブルを一つだから、リヴェリアの席もある」

 

 と、そのままリヴェリアの隣に移動する。

 

「それでリヴェリア。今日はこの子たちに好きなものを食べさそうと思っているから、頼んだものに口を挟まないように」

 

「だめに決まってるだろう。この子たちは今が大事なんだ。しっかり栄養価の高いものを食べさしてあげないと今後に響く」

 

「だからと云って毎日食生活に力を入れたメニューじゃ飽きるだろ? アイズはまだ子供だし好きなもの食べさせてあげるのも大事だ。ベートも狼人族だから最近は肉食に寄ってきたんだ」

 

「確かに好きなものを食べるのはいいかもしれないが、それ一食で済ませるのは認められない。偏った食事は体に知らず不調をもたらす、それはわかってくれるだろう?」

 

「それでも、たまにはストレス発散の意味も込めて多少の過食くらい見過さないと、小さいあいつらのことだ……結託して逃げ出すかもしれない」

 

 ロマニがそう云うと、リヴェリアの翡翠色の瞳が波のように揺れた。

 過去に一度、彼女らと彼は逃げ出したことがある。一年ほど前、ちょうどティオナ、ティオネ、ベートがほぼ同時期に来たときに自由主義のアマゾネス姉妹がリヴェリアの定めた予定に根を上げて逃走をしてしまう事態あったのだ。このことを知ったリヴェリアがすぐに連れ戻そうとしたが、ロマニは「たまのさぼりくらいいいか」と思って自らがその役を代わり、結局ロマニ合わせた五人は午前から夕方までオラリオの町を遊びつくして帰ってきたのだ。

 そのことを聞いたリヴェリアはなにか云いたげな表情をしていたが、子供たちの笑顔を見ると「明日からは頑張るように」と一言で済ませてしまった。

 

「あまりにもいきすぎたものには口を挟ませてもらうぞ」

 

「わかってるわかってる、油を飲むわけでもないしな」

 

 その言葉を聞いたロマニは歩調を早めるとアイズのそばに寄った。

 

「よしアイズ! リヴェリアからじゃが丸くんの許可がとれたぞ」

 

「ほんと?」

 

「うむ、苦節十年。俺の人生の中で一番の交渉術だっと自負している」

 

「それはどうでもいい……いっぱい食べていいの?」

 

「ああ。どんなやつでもいいぞ」

 

「小豆クリーム味も?」

 

「枝豆も、はちみつイチゴもにんにく味もなんでもござれだ」

 

「じゃああれあれ! きんいろのやつ食べたい! いい?」

 

「王様ポテトも使ったやつか、いいぞ! なんなら頼むやつすべて王様にしてもらおう!」

 

「やったやった! はやく食べたい! ロマニ、はやくいこ!」

 

「おっとと」

 

 いきなり手を引き、走り出したアイズに驚くがそのまま合わせて小走りになる。

 

「あ、二人ともどこ行くのー!」

 

「ちょっと待ちなさい、走らなくともじゃが丸くん逃げないわよ」

 

「っけ、めんどくせぇ」

 

「まったく、忙しない子たちだ……」

 

 

 

 

 

 ガランガラン、とカウベルがなる。

 カウベルとは本来牛に付けられるものなのだが、ここの店主が大きくてわかりやすいと適当に買ったものを扉に設置したものだ。

 

「いらっしゃい……ってロマニかい、大テーブルを予約していた割には遅い来店だね」

 

「悪いな。その代わりと云ってはなんだが、今日はたくさん注文するから楽しみにしておいてくれ。あと今からじゃが丸くんを王様で揚げ始めといてくれ」

 

「ん、ああ。アイズちゃんも来てるんだね?」

 

 ロマニは目線を横にずらす。ミアはカウンターから調理をいったんやめると、その目線に沿って大テーブルを見やるとすでにナイフとフォークを持ち立てているアイズを見た。

 

「どうやらずいぶん楽しみにしてもらっているみたいだね。わかった、たくさん作るからあんたも席について注文しな。私が納得するまで食べてくれないと今日は返さないからね」

 

 はいよ、とロマニは返事をするとごく自然にリヴェリアを一番端に座らせ、その隣に蓋をするように座った。決して自分からリヴェリアの隣に座りたかったわけではなく、生贄に、犠牲になるのは自分だでいいと人身御供の気持ちで座したのだ。

 

「私の隣に来たいのなら別に云ってくれればいいものを……大人げないぞ」

 

 まるで子供あやすようなリヴェリアの視線に、居心地が悪くなる思いだがその感情押し殺してメニューを開きテーブルに置いた。 

 

「じゃが丸くん端から端まで王様ポテト!」

 

「私お肉食べたい! おっきいやつ!」

 

「私は魚とサラダね!」

 

「骨付いた肉がいい。盆で食いてぇ!」

 

 メニューを見る以前に四人は食べたいものを決めていたらしく、各々が声を上げる。

 

「む、お前たち野菜も――」

 

「――っと、リヴェリア。俺もなにか食べようと思っているんだがなにかおすすめはあるか? 最近朝がつらくてな……」

 

「はぁ、あれほど体調管理には気を付けろと……しょうがない、私が――」

 

 墓穴を掘っていしまった気もするがこれでいいかと安堵する。

 リヴェリアは自分の分と、ロマニの分を栄養を考えて決めると注文するかと云った。

 

「えーと……アーニャ、注文だ」

 

「にゃにゃぁ~って、ロマニじゃないかにゃ」

 

「久しぶりだな。元気にしていたか?」

 

「ここで働かせてもらってもう一年経つけど、なかなか充実した生活を送ってるんにゃ」

 

「それはよかった。注文いいか?」

 

「はいにゃ」

 

「じゃが丸くん全種類を王様ポテト、牛肉の火竜焼きステーキ、大池主のみそ焼きと根菜サラダ、山岳大ヤギのあばら炭焼き、四季野菜のバジルパスタと青物スープ。あと全部出し終わったら気を見て大ヤックのチーズケーキを人数分」

 

「じゃが丸、火ステ、池みそに根菜、あばらにバジパと青スー、終わったらチーズケーキ、にゃ」

 

「とりあえずこれくらいでいいかな。なにかあったらまた呼ぶから」

 

「わかったにゃぁ~」

 

 ぴこぴこと猫人族(キャット・ピープル)の特徴である耳と尻尾を揺らしながらアーニャと呼ばれた少女は厨房へと入っていった。

 

「誰だ? あの猫人族(キャット・ピープル)は」

 

「アーニャ・フローメル。元フレイヤ・ファミリアの第二級冒険者。アレン・フローメルの兄妹らしくてな、フレイヤ・ファミリアに嫌気がさしたらしくてそのまま脱退して路頭に迷っていたところをミアに拾われたらしい。もう一人、クロエ・ロロって子がいるんだがそっちのほうが訳ありでな……ちょっとだけ面倒ごとに巻きこまれたけどなんとか引き抜いてきた」

 

「ロマニ……誰かを助けるのはいいが、あまり厄介なことに首を突っ込むなよ。ファミリアのことならば構わないが、今の私たちは組織に属しているんだ。そんなお前が自分から騒動を起こしたとなればあまりいい顔はされないぞ」

 

「ああ、それはわかってる。最近は闇派閥が少しづつ動き始めているらしい。なにかあったらギルドから強制依頼が入るだろうが……」

 

「アストレア・ファミリアのほうが取り締まりを強めていると聞くが、それでも手の出せないことが多い。この子たちになにかあってからでは遅い。ダンジョンではくれぐれも気を付けてくれよ」

 

「一応フィンにも危険を知らせるような魔道具が用意できないか相談してるんだがな……まあ、そんな便利がなものがないうちは俺たち年長者組が目を光らせるしかないな」

 

 上に立つのも難しい、とロマニが締めくくると同時、アーニャが紙包みに入れられたじゃが丸くんを大量に持ってきた。

 

「じゃが丸くんにゃ、他のもすぐ持ってくるから少し待ってるにゃ」

 

 どうやら先に頼んでいたじゃが丸くんが運ばれてきたようで、アーニャはカウンターに置かれた他の料理も次々に運んできた。あっという間に大テーブルが埋まると、四人がもう食べていいかときらきらした目で二人を見ていた。

 

「ああ、構わないぞ。しっかり噛んで食べるように」

 

 勢いよく食べられていく料理を尻目に、ロマニはリヴェリアとともに箸を進めていくのであった。

 

 

 




「私にとって、お前との出会いが人生で一番の不運であり幸運だった」

――ロキ・ファミリア 緑髪の副団長より
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