フィルへティア・エッダ   作:神の筍

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※残酷な描写、皮肉的な文













Vior―3―

 

「――ほら、みんな起きるんだ」

 

 二度、指を鳴らす音がした。

 不快感の感じない湿度を帯びた空気に響き渡った音は、アイズたちのそれぞれ寝ていたテントへと伝わった。ごそごそと暗幕が揺れると、まだ少し眠いのか最初にティオネ、ベート、アイズ、ティオナと外に出てきた。

 

「おはよう」

 

「おはよー」

 

「ふぁあ、おはよ」

 

「……おはよう」

 

「くはぁ、眠ぃ」

 

 朝がまだ弱い四人に、まだ子供だなと思うロマニであったが、すぐにテントを片付けるよう指示をした。

 数分後、小ポーチほどになったテントをリュックの中にしまい、五人は昨夜火がついていた灰木の周りに囲むように集まった四人が使っていたのはどれも中層で採れたゴム質の木の皮でできており、ロキ・ファミリアに入団して初めて配られるものである。迷宮内では疲労を効率的に回復する、もしくは抑えるために睡眠は重要な行為だ。そのため、少し値の張るものであっても基本的な道具は破綻しない程度に良質なものを取り入れている。ただし幹部級や団長、副団長クラスになるとさらに段階の上のものを使っていたりする。

 

「今日は昨日云ったとおり19階層にチャレンジするからな。どこか体調が悪い、なんてやつはいないな?」

 

 ロマニがそう聞くと、四人は余裕と云わんばかりに肩を張った。

 

「よし、そんな軟弱なやつはいなようだな。じゃあリヴィラの町を通って19階層に行くわけだが……その前に朝ごはんだ!」

 

 ぐー、と。誰かわからないがお腹の鳴る音がした。

 

 

 

 

 

 第三話「 闇派閥 」

 

 

 

 

 

 朝ごはんを食べた一行はキャンプ地として使っていた場所を適当に足で慣らし、念のため痕跡のないように片付けるとリヴィラの町を歩いていた。目的はリヴィラの町の入り口と反対方向にある19階層への出入り口だ。中層への入り口は冒険者にとって初心者を脱するある意味勲章なようなものであり、初めてその入り口を超えて帰ってきたものは近くの酒場で小さな祝宴が開かれるなど鬼門の一つとされている。

 

「おーい、ロマニ!」

 

 ロマニを先頭にして歩いていると、右の酒場と思しき場所から声がかけられた。ロマニは聞き覚えのある声だと思いながら声の主を見ると、紫髪の長髪を冠のように側面へと回した女がいた。

 

「久しぶりだな、アル」

 

「久しぶりじゃないかロマニ。最近はここに留まらず中層に行ってたみたいだが……そっちの子らはどうしたんだい?」

 

 アルチュセール・セプブティカ。

 中堅ファミリア、主神ヴァハングから成る、一応探索系ファミリアに属しているファミリアの一員だ。ここでの一応というのは、このファミリアが探索を好んでいるよりも戦いを好んでいるから他ならない。戦争遊戯というものがあり、そのランキングに毎回上位に名を残している。その性質からか、一時闇派閥に関与しているのではないかと疑惑をかけられたのだが、ギルドの捜査により白であったことが証明されている。

 そしてそのヴァハング・ファミリアの団長こそが彼女――あだ名でアルである。

 Lv.は5に達しており、オラリオでは当然上から数えたほうが早い。対人ならばモンスター討伐を主としているフィンといい勝負をするだろう。容姿も完璧な女神たちとはまた違ったジャンルの持ち主で、豊満で女性らしい肉体も相まって歩けば男性冒険者が寄ってくるのは間違いない。

 ロマニとの出会いは特別なものではなく、リヴィラの町で飲んでいたところたまたま酔った彼女がつっかかてき、それに適当に対応したロマニがアルを気絶させたところから始まる。最初はLv.5のアルが倒されたことにざわついた酒場であったが、それがロキ・ファミリアのロマニだと知れると納得したように笑いだし、アルが倒された記念だと朝まで飲み明かした。

 

「うちのファミリアの未来を担う子たちだ」

 

「未来……? てことはその金髪が最近噂になってる『金色の剣士』か。で後ろの子たちがヒュリテ姉妹に狼族のベート・ローガか」

 

 金色の剣士。

 最近アイズに付いた名前だ。正式な二つ名ではないのだがこう呼ばれることが多くなってきた。ティオナたちもアマゾネスとして有名であり、得意としている武器が派手であるため目立っていた。ベートのほうはもとが戦闘力の高い狼人族であり、多彩な蹴り技や剣の扱いから有望視される冒険者の一人である。

 

「えーと……お姉さんもアマゾネス? ……狼人族?」

 

「私? 私はそのどっちでもあるアマゾネスと狼人族のハーフなんだ。本来アマゾネスの血が入ってれば女はアマゾネスとして生まれるんだが、うちの父方の狼人族もなかなかに血が濃くて耳としっぽが生えているんだ」

 

 ティオナがそう聞くと、アルはベートとは違い黒い耳と尻尾をくいっと動かした。尻尾は飾り尾になっており毛先が動かすたびに遊んでいる。耳のほうを見てみると、尾と違って下向きではなくピンと立っている。しかし左耳に一本の切れ跡が残っており、初めて見る者には痛々しい印象を与える。

 

「へぇー、アマゾネスでもそんなことあるのね」

 

「そうだよ。二人もいずれ子供成すことがあるだろうけど、そのときはしっかり相手を選ぶんだよ。私にこの耳と尻尾があるのは相手が遺伝子レベルに強かった証だって母親に耳が痛くなるほど聞かされたからね」

 

「はーい。ちなみにアルさんは子供がいるの?」

 

「いんや、私はまだいないよ。作ろうと思っているんだけど相手のほうが渋って作ってくれなくて今困ってるんだよ」

 

「アルさんみたいな女性だとすぐに言い寄ってきそうなのに……」

 

「あはは、そう思うだろう? でもその男の周りには一人とんでもない美人がいてね。オラリオでは女神も羨む顔貌、って云われてるんだっけ? ロマニ」

 

「あー、俺にはいまいちわからないな……」

 

「……なるほどねぇ」

 

「え? 今のでわかったの? 教えてよティオネ!」

 

「あんたにはあとで教えてあげるから。今は黙ってなさい」

 

「ティオネだけずるーい。アイズとベートはわかった?」

 

「うん、たぶん」

 

「興味ねぇ」

 

 ロマニはアルの唐突な流し目にうろたえそうになるが、なんとか四人に悟られないように言葉を返す。その中で一番精神年齢の高いティオネと勘が鋭いアイズは察したようだが、ティオナと興味のないベートには知られていないことに安堵する。ティオネなら露知らず、ティオナが知ってしまうとあらぬ疑いをかけられそうなのでアイズにはじゃが丸くんと鍛錬、そしてティオネにはなんとかティオナが見ていないところでゴマを擦ろうと考えるロマニであった。

 

「じゃ、じゃあ俺たちは中層に向かう途中だからそろそろお邪魔しようか。悪かったなアル、時間とって」

 

「私から声をかけたから構わないよ。また一緒に飲もうねロマニ」

 

「ああ、また飲もう」

 

 ロマニたちは改めて中層の入り口に向けて足を進める。五分ほど進んでいくと人十人分ほどの穴があり、そこを囲うように水晶を生えていた。18階層にリヴィラの町はある。しかしなぜ18階層にモンスターが生まれず、入ってこないかは解明されていない。ギルドや、その他研究系のファミリアは水晶が関わっていると明言しているが定かではない。ただ出入り口の穴に水晶がモンスターを拒むように生えているとその説が正しいのではないかと思える。

 ロマニは事前に云っていた中層の様子と、出てくるモンスターをおおまかに説明し、そのモンスターの注意点と対処法を伝えるとまずはロマニを戦闘に中層に足を踏み入れた。

 

 踏み入れようとしたときだった。

 

「早く走れ!」

 

「なんだあいつらは、いきなり襲ってきやがって!」

 

「俺たちはなんにも関係ないっていうのによ!」

 

 冒険者が三人、声を荒げながら走ってきたのが見えた。このまま突っ込んでくるのが目に見えたロマニはとりあえず横に逸れることで突撃を免れた。

 

「どうしたんだ、そんな様子で」

 

 念のため三人の冒険者とアイズたちの間に立ち、ロマニはそう聞いた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。い、いきなり襲われたんだよ!」

 

「そうだ、俺たちは中層に採取依頼行ってたら後ろからボウガンの矢が飛んできやがって」

 

「サポーターのやつは逃げるときに横から襲ってきた黒マントに首を折られて死んだ!」

 

 三人の言葉にロマニの目が見開かれる。

 

闇派閥(イルヴィス)か……! ほかには?」

 

「俺たちが行く前にどっかのファミリが数十人で入ってくのが見えた」

 

「荷物の量からして結構奥まで行くつもりだったのかもしれん」

 

 ロマニは考える。

 仮に闇派閥だとしよう。闇派閥ならば人を襲うことはあるが、わざわざ三人を取り逃がすようなことは考えられない。しかし最初から、今云ったファミリアが目的ならばその可能性もある。ましてや中層まで行くことのできるサポーターの首を折ったのだ。そのLv.は3、4と云った第二級冒険者の確率が高い。そしてなにより闇派閥は狡猾なのだ。殺しのためには子供を人質に取り、そのファミリアの主神ですら手にかけるほど。だからこそそのファミリアを襲うことを目的にしているならば、闇派閥(イルヴィス)が罠を張った階層に行くのはまずい。

 

「わかった。三人はそのままリヴィラの町まで逃げるんだ。体力が回復次第ギルドに行って起こったことを報告したほうがいい」

 

「そうするつもりだが……あんたは? ここにいたらあんたも巻き込まれちまうぞ」

 

「いや、大丈夫だ。俺はただの冒険者に負けるほど弱くない」

 

 三人の冒険者はたまたま出会った冒険者であるロマニのその言葉に、やけに納得した。納得し、理解したのだ。自分たちが今話している人物の正体に。首元を覆う鳥毛にそこから伸びた紺色の外套。目の前から見える鈍白の鎧、そして今は亡き左腕。世界に誇る迷宮都市オラリオ、そのなかでもトップクラスの英雄――Lv.6『折れた名剣』ロマニ・シェナーンだと。

 三人がリヴィラの町に向かうのを見たロマニは口を開かずに行く末を見守っていた四人のほうを向いた。

 

「話を聞いてなんとなくわかったかもしれないが、この先の中層で闇派閥(イルヴィス)と思わしきやつらがいる」

 

 闇派閥、その言葉を聞いて四人の顔が強張った。

 幼い四人ながらもその所業は知っており、フィンやリヴェリアからは何度も注意しろと云われている。黄昏の館から出るとき、必ず聞く言葉だ。そんな、大手ファミリアであるロキ・ファミリアも注意する闇派閥が先にいる。妹がいるティオネは一番、他の三人も人から被害を加えられるかもしれない、という可能性にほんの少し恐怖した。

 

「アイズ、ティオネ、ティオナ、ベート――怖いか?」

 

 四人が口を開くよりも先にロマニは言葉を続ける。

 

「君たちはまだ子供だ。オラリオの町の子だって君らくらいの年の子は冒険者なんかしないのが普通だ。今も迷宮から出れば同じ歳の子が鬼ごっこをしたり、かくれんぼで遊んだり、女の子だとおままごとをして遊んでいるだろう。それでも、君たちは――冒険者を選んだ。ロキ・ファミリアを選んで、今、ここにいる。その歳になってLv.2になった君たちは間違いなく才能がある。努力もしている。それでも今、恐怖を感じている」

 

 だからこそ、

 

「――その気持ちを忘れないでほしい。恐怖を忘れたら冒険者はできない」

 

 恐怖を感じることこそ、人の生きる方法だとロマニは考える。

 恐怖を忘れてしまえば人はいつの間にか誰もいない場所にいて、一人になっている。迷宮ではそれが命取りになり、頭蓋を冷たい迷宮の床に晒すことになる。だからこそ、その気持ちを忘れないでほしいとロマニは願う。

 

「もしを恐怖を感じて動けなく、挫けそうになったときにはどうするかわかるか?」

 

 その言葉に四人は首をかしげる。

 

「ん……叫ぶ?」

 

「叫ぶって、まあ確かにやる気は出るが」

 

「食べる」

 

「それも元気が出るが」

 

 人差し指をぴんと上に向けながらロマニは云った。

 

「お互いがお互いを守るんだ」

 

「そんなの俺らもいつもやってるぞ」

 

「いや。君たちは真の意味でお互いを守れていない。君たちができていると思っているのは一人作業の延長線上だ。一人が行動して、それを四人でやって全体が動けているように思えるだけでそれは本当の集団戦とは云えない。いいか? ――」

 

 

 

――お互いがお互いを守れば、死ぬことはない。俺も、フィンも、リヴェリアも、ガレスも、そうやって生きてきたからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで風のようであった。

 否、事実風であった。

 アイズたちと別れたロマニは19階層から虱潰しに下層へと向かい、闇派閥(イルヴィス)と戦闘をしているかもしれないファミリアの下へと駆けていた。その姿は大空を飛ぶ鳥のようだと、大地を走る馬のようだと目撃した冒険者は語る。もし下級、3級冒険者がいればその姿を視認することは叶わぬだろう。

 どこかで価値のある命が、無差別な不条理によって失われようとしている。

 その理由一つで、ロマニは音を残して迷宮を駆ける。

 

「……」

 

 一歩踏み出せば床が陥没するほどの踏み込みで迷宮を巡る。もはや床を踏むのすらもどかしいのか、最短ルートを選ぶために中層の特徴である木々を伝って走りだす。やがて大樹の迷宮すら抜け、深層の入り口に足をかける。

 

「叫び声……向こうか……!」

 

 僅かに聞こえた叫び声。

それは迷宮で幾度となく聞いたことのある――死ぬ間際の断末魔の声だ。

声が聞こえてくるほどもどかしくなる。まだ着かないのか、まだ見えないのか。巌のようなフィールドを抜け、あからさまに置かれた岩を蹴り砕きながら飛び込むと、そこは地獄のようだった。

 

「あ、あああああああああああああ!」

 

「ヘイン! い、いや、やめてぇぇぇぇ!」

 

「死ね! 死ね! ははははっ!」

 

「てめぇ! よくもアギュラスをっ!!」

 

「全員殺せ! 残忍に殺せ!」

 

「っく、団長! 応援は来ないのですか!?」

 

「わからん! しかし二人に応援を頼んだのは事実、今は信じて耐え忍ぶしかない! この人数だ、全員は逃げきれん!」

 

死体、死体、死体、死体死体死体死体死体――。

冒険者も、闇派閥も、冒険者も、闇派閥も、冒険者も、闇派閥も、冒険者も、闇派閥も。血を流し倒れている者に、もはや目にはくれない。冒険者は生き残るために、闇派閥はただ殺すために。

 

 死が蔓延っていた。

 

「ははははっ! 見たかディオニュソス・ファミリア! これが闇派閥(イルヴィス)だ……!」

 

「くぅ……貴様ぁ……!!」

 

「ダメです、団長――!」

 

 一瞬だった。

 団長と呼ばれた白い装いをしたエルフの目の前で冒険者を串刺しにする白髪の男。その姿に激高したエルフが手に持った杖を掲げた瞬間、後ろにいた女冒険者が二本の短剣により首が撥ねられた。

 

「あ、あ、あ、ああああああああああ! 貴様ぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!!」

 

 

 

 それは風のようだった。

 

 

 

 今、現在。 

 冒険者たちを襲おうとあらゆる刃を振るっていた、白髪の男の視界の中にいた闇派閥(イルヴィス)の首が全て――飛んだ。

 

 

 

 

 

②  

 

 

 

 

 

「――すまない、遅れた」

 

 その姿は、そこにいたすべての者たちにはまるで差し込まれたコマのように見えた。まるで最初からいたような登場の仕方に白髪の男――『白髪鬼』オリヴァス・アクトは目を見開いた。 

 そしてディオニュソス・ファミリアが団長シャリア・フィルヴィスは確かに見た。

 目の前に立つ男。紺色の外套を靡かせながら、白銀の剣を血に濡らした姿――ロキ・ファミリアがLv.6『折れた名剣』ロマニ・シェナーン。

 

「なぜ……お前がいる! どうしてお前が!」

 

闇派閥(イルヴィス)、黒い軽鎧。なによりその目立つ髪色、お前は『白髪鬼』オリヴァス・アクトだな」

 

 剣先から垂れる血がオリヴァスに向けられる。

 それは死刑にも近い行動だった。

 ロマニとオリヴァスを中心として、すべての動きが止まっていた。視線を向けているのではない、視線を向けなければならないのだ。動かないのではない、動けないのだ。唐突に表れたオラリオ屈指の冒険者。その覇気と威圧が引力のように闇派閥、冒険者のすべてを引き込んでいく。一歩でも動けば、瞬きの間に首が撥ねられるだろう。実際にオリヴァスの目には仲間の首が飛んでいく光景が目に焼き付いている。

 

「Lv.6……ロマニ・シェナーン。どうしてお前がここにいる! 答えろ!」

 

「答えろ? だと。お前こそなにをしている、ここで。答えろ」

 

 その問いかけにもはや理不尽だと嘆くこともない。今いるのは闇派閥(狩る側)冒険者(狩られる側)ではなく、強者と弱者。すべての行動次第で――死ぬのが早くなる。

 

「く、そぉ……白巫女(マイナデス)がっ!」

 

 怒りを露わにしたオリヴァスは後ろに大きく飛び退いた。

 ロマニは後ろに負傷したディオニュソス・ファミリアたちがいるため追いかけることはせず、鋭い目を向けたまま柄を握る。

 

「全員ロマニ・シェナーンを殺せ! やつの左腕は――我ら闇派閥(・・・)に落とされているっ!」

 

 鉄の音がする。

 すべての闇派閥(イルヴィス)のメンバーが刃を抜いた音だ。

 

「はっはぁー! Lv.6の首をいただくぜ!」

 

「殺せ殺せ――!」

 

 一、八、一六、やがて二〇を超す闇派閥(イルヴィス)が迫ってくる。その光景に動揺することはない。

ロマニの後ろでは鬼気迫る顔で睨みつけるフィルヴィスがいるが先までの戦いからか、その足が動くことはない。同胞が無残にも殺され、どうにもできなかった自分。最後まで背後を守ってくれていた副団長は理性を失った自分を庇いその首が撥ねられた。

 

「ディオニュソス・ファミリア、全員動くな――」

 

 フィルヴィスの顔に風が叩きつけられる。彼女の絹のような黒髪は靡くように揺れ、思わず目を瞑ってしまう。足を踏み込む音がすると思いながらすぐさま目を開くと、七人の闇派閥(イルヴィス)が倒れていた。

 

「はっ――!」

 

 隙間を縫うようにロマニは走る。Lv.2~3の闇派閥(イルヴィス)は目で追えどせよ、自らを刈り取る剣に反応することはできない。肉を裂く音が続けざまに響き、闇派閥(イルヴィス)は血に沈んでいく。

 この光景はアイズたちに見せられないなと思いながら剣を振るう。

 のちにギルドに報告するため、気絶か無力化が好ましいがオリヴァスを中心とする者たちはあまりにも残忍に殺しすぎた。間違いなく極刑は免れない。ギルドは芋蔓式に炙り出そうとするだろうが、ここを切り抜けてから帰還する際、一人でも残していれば報復と称して迷宮に隠れているかもしれない闇派閥(イルヴィス)に襲われる可能性がある。だからこそ、禍根を残さないためにも息の根を止める、もしくは完全に破壊する。

 

「めんどくさい……!」

 

 横から飛んできた毒矢を弾く。弾かれた毒矢は目の前にいた男に飛んでいくと眉間の間に刺さり、また一人絶命させる。毒矢の主を無力からすると、また正面から来た二人を切る。なにかを取り出そうとしているのか、バックパックを弄っているオリヴァスから決して目を離さずに、残る闇派閥(イルヴィス)はオリヴァスを含め四人となった。

 上、右、左と三方向から同時攻撃してくるオリヴァスを除く三人に、Lv.差で上から無理やり切り払った。

 

「観念しろオリヴァス・アクト。お前はここから生かして出すことない」

 

「は、はは。それでいいのか? 私が生きていればギルドは魔道具を用いて他の闇派閥(イルヴィス)を炙り出すだろう。その可能性をみすみす潰したお前はペナルティを受けるのでないか?」

 

「別に構わない。俺がペナルティを受けようと、ロキ・ファミリアがペナルティを受けようと今の状況を説明して文句を云いに来るような仲間は俺にはいない。それに、たとえギルドからやっかみを受けようとここは俺の意志を通させてもらうぞ」

 

 オリヴァスは苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 ディオニュソス・ファミリアを潰そうと待ち構え、誘い出すまでは成功したものの全員殺しきる前に目の前の男が現れた。本来Lv.4であるオリヴァスにとって、凡百のファミリアが応援に来たとしても歯牙にもかけず殺すことができる。たとえ同じLv.だとしても、あの数がいれば囲んで塵殺できたはずなのだ。しかし現実は無常。予想外の敵がやってきたのだ。

 人はどうにかして生きようとする。そのためにはここから生きて出ることが最低条件だ。だが相手は自分を殺そうとしている。恐怖は感じない。それよりも――この先にも積み重ねるはずの殺しの快楽を感じられなくなるのが怖い、そこまでにオリヴァスの感性は歪んでいた。

 

「『折れた名剣』、私が今ここで貴様を殺せないことは甚だ遺憾だが……覚えておけ! いつかお前を殺しに行く!」

 

 閃光が瞬く。

 この階層すべてを照らし出されるような光に、そこにいた者は強く瞼を閉じる。いくら神の力を与えられようと人間から乖離したわけではない。感じる五感は人のそれ、ゆえに五感を狙った攻撃には自分の意識関係なく反応してしまう。

 

「さらばだ――!」

 

 オリヴァスの声が響く。

 なにかを地面に叩きつけた音がすると白い煙が焚かれた。最後の置き土産だと云わんばかりに火花が散ると、それに反応して爆発が起きた。

 

「……っ」

 

 ロマニはすぐに後ろ振り向くと、ディオニュソス・ファミリアの最前列にいたフィルヴィスに覆いかぶさり衝撃と熱から身を挺する。ほかの冒険者もいたが、死に至るほどの熱までは届かないだろうという確信と、魔法戦士であるフィルヴィスの装備を見た結果だ。

 やがて爆発が収まりあたりに焦炎の匂いが立ち込めると、フィルヴィスを立ち上がらせながら立つ。

その鎧に傷はなく。紺色の外套には焦げ跡すら残ってはいない。されど剣には血が滴り、鞘を濡らすように垂れている。その姿はロマニの強さと、凄惨な被害を物語るように際立っている。

 フィルヴィスは終わったのか、終わっていないのかまだわからない状況に放心しながらオリヴァスが消えた跡を見つめていた。

 

「死んでいるかはわからないが、逃げる前に確かに切った。切りどころが良ければ逃げている先で死んでいるはずだ」

 

「そう、か……」

 

 漠然とした感覚がフィルヴィスの心を埋める。

 すべてを失った現実がなにごともないように過ぎていく。涙を流すことも、叫ぶことままならない。なにをすればいいのかわからない。なにも、できない。

 

「――今立てる者がいればすぐにけが人を手当てするんだ。俺の荷物にも回復ポーションは入っている。伺いを立てる必要はない、すべて使い治すんだ」

 

 岩間に投げ置いたカバンを逆さに振ってポーションを出す。ガラス瓶に入っているが、迷宮攻略中にできるだけ割れないように設計されているため中身が溢れることはない。

 ロマニはその中のポーションを一本取りフィルヴィスに押し付ける。

 

「飲め」

 

「……わ、私は大丈夫だ。それは他の団員に」

 

「いいから飲め」

 

「遠慮するな。生き残った者一人一人のポーションはある。今君が飲んで、その姿を見せなければ……ディオニュソス・ファミリアは本当の意味で終わるぞ?」

 

 団長がここで踏ん張ることをしないでどうするんだ? ロマニはそう云った。

 団長とは団員の上に立つ者ではなく、団員を下で支える者だとロマニは考える。ロキ・ファミリアであり、いつも近くでフィン・ディムナを見てきたからこそ知っているのだ。危機的状況に陥ったとき、団長の姿で団員の心がどれだけ救われるかを――。

 

「――!」

 

 掠め取るようにロマニの手からポーションを取る。コルク蓋を投げ捨て、呷るようにすべて飲む。普段気になっていた舌を嘲笑うかのような苦みは感じず、枯れた涙とともに飲みほした。

 

「……それでいい。団員の遺体は俺がすべて集めてくる。生き残った団員を介抱するあいだに持って帰る遺品を考えてくれ」

 

「遺体……」

 

「今はまだ完全に受け入れらないかもしれないが、早く帰還しなければここにもモンスターがやってくる。――フィルヴィス・シャリア! 悲しむのは、地上に帰還して主神のとこに戻ったときだ。今ここで挫折してモンスターにやられれば、死んでいった者たちの命の価値がなくなるぞ!」

 

「命の、価値……?」

 

「貴い犠牲の上に君たちが立っているなんて綺麗ごとは云わない。それでも死んでいった者たちに庇われて生きているのは事実だ。それなのに死んでしまえば、死んだ者があまりにも浮かばれない」

 

「だが、私にどうしろと……団員を一人も守れずに見殺しにした私に……私に生きている価」

 

「――それ以上は云うな。その先を云えば、君は本当に死ぬ。生きながら死ぬ」

 

 人の命は積み重なった命の上に立つ。世界はそれを常とするだろう。しかしロマニはそれを否定する。それはあまりにも残酷で、悲しいことだろうと。

 

――『27階層の悪夢』

 

 のちに今日の出来事はそう呼ばれる。

 駆け付けたロマニ・シェナーンにより、ディオニュソス・ファミリアの全滅は免れたが壊滅に追い込まれ、実質的なファミリア解散になる。今日を生き残った者は帰還後、団長フィルヴィス・シャリアを除きすべてオラリオから去った。

 迷宮から帰還した姿を見た者は多く。その姿を人々は『死者の行進』と称した。

 今回の騒動は多くの波紋を残し、ギルドは大手ファミリアと協力して征討を本格的に進めていくきっかけにもなる。皮肉なことに、ディオニュソス・ファミリアの犠牲の上にオラリオの平和は築かれていくのであった。

 

 










「ねぇ、あのエルフの次でいいから私を囲って? ほら、君が私を本気にさせたんだ」

――戦いの神ヴァハング眷属 紫紺の彼女(オリキャラ)
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