フィルへティア・エッダ   作:神の筍

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Fjorir―4―

 

 

 

 ロキ・ファミリアの本拠、黄昏の館。

 それはオラリオの最北端にメインストリートから外れた街路に建っている。赤茶とも云える外装に、正面外壁を超えた先には数階建ての建物が訪れたものを尻込みさせるよう鎮座している。ロキ自身が設計した外飾が施された建物の周りには囲むように尖塔が立っており、先の針にはロキ・ファミリアの道化師マークが風にたなびいていた。

 今の時刻は昼を過ぎた頃。ロキ・ファミリアではLv.1~4の幹部を除く者たちはこの時間帯、各々が迷宮に潜り、座学を嗜み、切磋琢磨している。しかし、今日だけはいつもと違った。

 

「――はあぁぁぁあ!!」

 

「――おおおおっ!!」

 

 銅鑼を激しく叩いたような音がする。

 剣と大斧。ロマニとガレス。二人の武器がかち合った音だ。

 

「ぜえぁぁぁ!!」

 

「ふんっ!」

 

 大振りに振り払った剣が大斧によって止められる。互いにLv.6の尽力で吹き飛ばされることはないが、ガレスの手のひらには衝撃の振動が伝わる。鼻息を一鳴らし、衝撃をそれを上回る握力で無視すると横凪にフルスイングした。

 

「どう、じゃあああああああああ!!」

 

「おっ――!?」

 

 そのまま吹き飛ばされたロマニは修練場の壁に突き刺さるという不格好を晒していしまう。上半身まで深く刺さったまま握ったままの剣を適当に壁に刺す。足と唯一動く腕を使って壁の中から抜け出した。

 

「痛っ……あいかわらずのバカ力だな、ガレス」

 

「がはは! あたりまえじゃろ、これが無ければわしはファミリアでなにをすればええかわからんわい!」

 

 粉々になった外壁を踏みしめながらガレスに向かう。あの勢いで吹き飛ばされ、外壁に刺さるほどの衝撃を受けながらもふらつくことなく歩みを進める。

 

「まだ――終わっていないぞ!」

 

「そんなもんわかっとる、わぁっ!」

 

 衝撃、衝撃、衝撃、衝撃。

 真正面からの剣と大斧の殴り合い。一度の攻撃がどちらかを簡単に吹き飛ばすもの。ロマニが上から切り落とせばガレスが下からはじき返し。ガレスが横凪に大斧を振るえばロマニは斜めにそらし無力化する。力と技、剛と柔。相反する能力はロマニとガレスのどちらかの体力が切れるまで続く。

 圧倒的怪力が何重とロマニを襲うがそのすべてを受け止め、流す。

 卓越された手数から何重とガレスを狙うがそのすべてを受け止め、薙ぎ払った。

 

「そらぁっ!!!」

 

「ぐおおおお!!」

 

 ひと際大きな鉄が鳴る。

 脳を揺らすような一撃のぶつかり合いに、観客として周りにいたロキ・ファミリアの団員たちは痕が残るほど拳を握り、瞬きせずに刮目した。

 

 これがロキ・ファミリアが誇る冒険者か……!

 

 これがオラリオでも屈指とされる英雄たちの力か……!

 

 これが『折れた名剣(ネァイリング)』と『重傑』か……!

 

 他者を寄せ付けない力の前に、屈する団員はいない。

 むしろ人のみでここまで至った二人に対する尊敬の念と、いつか自分もその高みに上ると志す者もいた。

 

「……片手じゃあこれが限界だな」

 

 先にロマニが剣を下した。

 

「わしの斧を何度も受けてるくせによう云うわ。片手で流すやつなどお前くらいじゃわい」

 

「片手がないぶんうまくやらないと生き残れないからな」

 

「そんなこと云ってそこまでできるやつが何人おるか」

 

 それもそうだ、とロマニが締めると修練場が二人が来る前の活気に包まれた。二人の戦いに飲み込まれていた者たちは我先にと剣を振り、杖を翻し、各々が自分を高めんと発起した。その様子を見たロマニとガレスは嬉しそうに笑い、頑張る者たちの邪魔にならないように外へ出た。

 

「あの様子だとロキ・ファミリアはまだまだ安泰じゃな」

 

「ああ。後身がよく育ってくれるのは俺たちにとって嬉しいかぎりだ」

 

「うむ。特にアイズたちは最低わしらのLv.まで、このままいけばさらに強くなるじゃろう」

 

「今、あの子たちが一人前になるまで見守らなければならないのが一番大切なことだ。おそらくフィンもそれをわかって、遠征を数年後先に賭けている」

 

「それが果たしていつになるやら。数年後ともなればリヴェリアとおぬしはともかく、わしとフィンは前線から引いておるかもしれんな」

 

「やけに弱気な言葉じゃないか、ガレス。オラリオ一の怪力と謳われた君がそんな態度じゃそれも返還か?」

 

「なにを云っとるんじゃ、そんなことさらさらないわ。じゃが……わしの勘がアイズたちの代になにかが起こると囁いてくるんじゃ。良く悪くも秘密を抱えてる娘、それが追い風となるか、向かい風となるか……そのときはわしらじゃなくて、あの子たちが決めることじゃからの」

 

「そうか……」

 

 ガレスの勘はよく当たる。 

 それはフィンの危険予知を知らせる親指ほどではないが、ファミリア内では信頼されていることでもある。常に戦闘時最前線に立ち大斧を振りかざしてきたガレスには、スキルとまでいかずも長年生きてきた勘と云うものがある。それはもちろんロマニ、リヴェリアにも

当てはまることだが、元が野性的な性格なこともありその正確率は目を見張るものがある。

 そんなガレスが云ったのだ、あの子たちの代ではなにかが起こると。

 

「頼んだぞ」

 

「任せておけ。どうせ最後までおるのは幹部の中でわしくらいじゃからの」

 

 フィンは小人族のために、ロマニとリヴェリアは旅の途中に腰を下ろしただけだ。三人ともこの地で屍を埋める気はない。最近ではファミリアの活動が落ち着いてきたため、フィンは小人族の結婚相手を探し始めたほどだ。リヴェリアも再び旅を始めるための後身を探し始め、ロマニもおそらくアイズたちが最盛期の代で旅立つだろうと考えているため自らの冒険者としての技術を教えている。今ではロキ・ファミリアの顔、しいてはオラリオが誇る冒険者だがそうではないときが来る。 

 時代は、移り行くのだ。

 

「じゃあ、わしはそろそろ行くぞ。昼前にフィンから尋ねるよう云われておるからの」

 

「そうか、朝から付き合ってくれありがとう」

 

「がはは、かまわんかまわん。わしもいい運動ができたからな」

 

 ガレスはそう云うと本館のほうへと歩いて行った。

 ロマニはそのあとを目で追わず、青い空に目を移していた。

 

「最後まで、か……」

 

 その呟きは誰に向けられたものなのだろうか。はたまた適当に漏れ出ただけなのかしれない。すでに持ち主のいないその言葉は、流れていく白い雲のように消えていった。

 

 

 

 

 

①  

 

 

 

 

 

 その日のオラリオは慌ただしく動いていた。しかし町にはいつものように騒がしく生きていた住民の姿は見えない。大通りにあった出店は消え、空いている店は数少ない。

 

「そっちの情報は?」

 

「今現在各ファミリアに問い合わせていますがいまだ返事は帰ってきていません」

 

 慌ただしく人の姿が見えるのはギルドだけだった。

 そのギルドは各総動員で働いており、オラリオの町を静寂にさせているものへの対処に追われていた。

 

「『アストレア・ファミリア』の団員は?」

 

「アストレア・ファミリアは団長、副団長ともに不在。他メンバーも壁外で活動している団員以外はすべて迷宮に出払っていると思われます」

 

「こりゃあまいったぞ……」

 

 年輩男性ギルド職員が眉間に皺を寄せる。苦悶の表情を浮かべた先には、机に置かれた上層部から配られた事態のおおよその背景について書かれている。その横には今現在把握している迷宮内の地図もあり、階層ごとに出現するモンスターが生態系も含めて詳細に記されている。

 

「ええ、まさか闇派閥がここまで大胆な行動をとるとは」

 

「それだけじゃない。ただでさえアストレア・ファミリアは治安維持に貢献してくれているんだ。ガネーシャ様やロキ様のところも手を貸してくれることもあるが、彼らのファミリアはあくまでも物流管理と探索系ファミリアだ。ここでアストレア・ファミリアを失えば……オラリオの危機だ」

 

 おおよその事態が記された書面。誰しもが読めるようそこには標準語(コイネー)で『闇派閥(イルヴィス)による主神アストレアの誘拐』と書かれていた。

 

 

 

 

 

②  

 

 

 

 

 

 

 場所は変わりロキ・ファミリアが居城、黄昏の館。

 二級冒険者、およびフィンを中心とした幹部が中央会議室へと集まっていた。ここを利用するときの理由は二つ。遠征及び新人団員の補充案、そして――例外的措置を行使を、団長であるフィンからの一方的な命令が下されるとき。

 

「早朝、ギルドから僕に要請が入った」

 

 懐から取り出した一つの手紙。

 早急に認めたのだろう、普段の書簡に折られてものではなく丸められ紐で巻かれた最低限の装いだ。

 簡潔に説明する、と入り、

 

「――神アストレアが今朝闇派閥(イルヴィス)によってダンジョン内に誘拐された。これを危機的状況と判断したギルドは各中堅ファミリア以上に神アストレアの救出クエストを要請した。僕らは探索系ファミリアだが、オラリオに住む以上、力を持つ者としてこの事態は到底見逃せるものではない。

ロキ・ファミリア二級冒険者以上に団長権限を持って告げる。各冒険者はこの後の指示以降迷宮に向かい、現地に到着次第ギルド員の指示を仰ぎ行動してくれ。もちろん君たちに他人の命を優先して行動しろと云わない。くれぐれも死なないように心がけてくれ」

 

「フィン、私たちはどうする?」

 

「リヴェリアは念のためここでファミリアの守りを頼む。今回の騒動は闇派閥(イルヴィス)が郎党を組んだものだと書いてある。騒動に紛れ、主メンバーがいなくなったここを襲う者が現れてもおかしくはない」

 

「ふむ、確かにその可能性はある。了解した」

 

「ロマニ、君もリヴェリアとここを頼むよ。君の判断力と適応性、前衛と後衛をこなせる戦闘技術を誇る君なら、何百と組んで攻められても守りきれるだろう?」

 

「わかった。ここは任せてくれ。フィンも油断して足元をすくわれないように気を付けるんだぞ、俺がこの前当たったオリヴァスは俺が捉えきれないほどの戦闘離脱アイテムを持っていた。闇派閥(イルヴィス)がそれに匹敵する攻撃アイテムを持っていてもおかしくはない」

 

「ありがとう。それはもちろん気を付けるよ」

 

「わしもおるんじゃロマニ。ダンジョンが崩れることがない限り、全員を生かして返すと約束しよう」

 

「頼むぞ、ガレス」

 

「もちろんじゃ」

 

「じゃあ、ロキ・ファミリアのみんな。今ロマニが云ったように闇派閥(イルヴィス)は卑劣な道具を使って、狡猾な罠を仕掛けて僕たちの命を狙ってくるだろう。それでも僕たちは、神アストレアを助けださないといけない。常日頃オラリオの治安を守ってくれる彼らに力を貸そうじゃないか」

 

 

 

 

 

③  

 

 

 

 

 

 フィンとガレスを筆頭に二級冒険者たちの背中が小さくなっていく。

 それを見つめるのはロマニとリヴェリアの二人。心配そうに見つめる反面、心内では大丈夫だろうと信用している。怪我はするだろう、血は流すだろう。それでも死にはしない。そうやって鍛えてきたのだ。新人の頃よりあえて恐怖を植え付け、生存能力を高める訓練を繰り返してきた。

 

――恐怖を克服するのではなく、共存する方法を

 

 何度も、何度も口を酸っぱくして。

 

「きっと今日が……ロキ・ファミリアにとって一つの転機になるだろうな」

 

「ああ。いい意味で冒険者として王道を歩んできた子たちだ。結成当初から進退両難を見てきたフィンやガレスはともかく、人の裏側を見るいい機会だ」

 

「それにしてはいささか危険じゃないか?」

 

「人は他種族と違って寿命が短い。そのぶん学習能力はあまりあるほどだが、最盛期に能力を飛躍させるには命がけちょうどいい」

 

「リヴェリア……ずいぶんスパルタ思考になってないか……?」

 

「そう、かもしれないな……」

 

「いや、云った手前あれだがリヴェリアは最初からそうだったな。むしろ昔の考え方に戻ったって云ったほうがいいか。年齢を重ねて鋭くなったぶん、その判断に間違いはないから余計に質が悪い……」

 

「質が悪いとはなんだ。それに女に年齢の話をするなと再三云っても理解できないようだな。この一連が終われば覚えておけ、街に行って徹底的に荷物持ちをさせてやる」

 

「う、荷物持ちか……」

 

「ふぅん、私が物を云ったらなんと返事するのか覚えてないのか?」

 

「はい喜んで」

 

「よし、それでこそロマニだ」

 

「おかしいよなぁ……」

 

 くすくすと笑いながら話す二人。その姿は既知の仲で、旅をしていた時代の雰囲気を想起させるものであった。

 しかし緊張した糸は根に垂らしたままである。ファミリア(家族)を任された手前、この二人がいて被害があったとすればフィンの言葉は妄言となる。リヴェリアは魔力を込めた魔道具を用いて結界を張り、ロマニは同じく魔道具と物理的な障害を周りの森林に置いてきた。普段の侵入警報装置も最大限の機能に上げており、それに踏まえて残りの三級冒険者が館内と館外を交代で隙のないように見張っている。門前には二級冒険者を二人残し、徹底的な守衛を敷いている。

 

「さて、そろそろアイズたちが何かが起こっていると気付き始める。説明してあげないとな……」

 

「説明は私がしておく。ロマニは遊撃ができるよう、敷地内の見張りを頼む」

 

「了解」

 

 ロマニとリヴェリアは別れ、ロマニは敷地内が見渡せるように尖塔の先にある展望へ。リヴェリアはアイズたちに説明するためにあらかじめ集合をかけていた座学教室へと向かった。

 

 

 

 

 

「人影なく街道も静まり返っているか……」

 

 いつも賑やかな街並みに、笑い声が響くことなく木枯らしが吹く。

 それを不快と上げる声もなく、ただ冷たい感覚が体を打つ。

 アストレア・ファミリアの危機、アストレアの不在。それは冒険者の動向から当然町に伝えられている。ただの闇派閥(イルヴィス)が現れたなら町が静まり返る必要はない。だが町に人影はない。それはひとえに、アストレア・ファミリアの信頼を裏打ちしている。

 オラリオが、ギルドが、町が、人が、どれだけ彼らに頼っていたか。安心していたか――。

ロマニは尖塔を飛び降りる。土埃を立てずに歩き始めると門前に向かった。

 

「お、おはようございます! ロマニ様!」

 

「ほほ本日もご様子相お変わらぬようでございまする!」

 

「落ち着け、慌てすぎてなにを云っているのかわからなくなっている。もう何年もいるんだ、慣れてきただろう?」

 

「いえ! 何年もいようとロマニ様ロマニ様です! 私たちに話しかけるなど……」

 

「え、ええ。ロマニ様はそれはそれは恐ろしく強くて! 剣を振られる姿がかっこよくて! なんかもう意味わからないくらいにすごくて……!」

 

 あはは、と乾いた笑いをロマニは浮かべる。ロキ・ファミリアにはたまにこういう輩がいる。二つ名を持ち、圧倒的力を持って迷宮を駆けていく姿はまさしく物語の主人公。フィン、リヴァリア、ガレスそしてロマニ。幹部級ともなれば当然勇名が馳せ、人気が出る。それが顕著に表れたのが今の二級冒険者の面々だ。ファミリアの名を上げるべく積極的に活動していた彼ら彼女らの代はその四人に憧れて加入した者も多いのだ。

 

「まあいいか……。このまま門の見張りは頼んだぞ。裏手でなにかがあったら俺が行く。二人は中から煙が出ない限り門の守りに徹してくれ」

 

「了解しました!」

 

「任せてください!」

 

 ロマニは一言声をかけると、もう一度尖塔へと戻った。

 

 

 

 

 

④  

 

 

 

 

 

 結局黄昏の館に襲撃はなく、ロキ・ファミリアの救出部隊として出て行った者の中に死人はいなかった。他のファミリアにはいたようだが、そちらを気にして足を鈍らすほど余裕があったわけでもない。神アストレアも助け出され、今はギルドに保護されている。目に見えて傷つけられた様子もなく、女神の身体に尊厳を踏みにじるような者もさすがにいなかった。女神の身体に傷を残したとなれば、神威の行使の正当性が取れ、あまりにも自分たちに不利になると考えたのだろう。

 翌日、アストレア・ファミリアの一同は救出作戦に参加したファミリアに礼を云いに回った。団長や副団長あたりは、どこかのファミリアに莫大な報酬を毟り取られる覚悟はしていたようだが、その心配は杞憂に終わった。今回の騒動で眷属、神も含めて理解したのだ。アストレア・ファミリアの重要性を。だからこそ、ここでアストレア・ファミリアの運営にかかわるようなことをしてはいけないと暗黙の了解で伝わったのだ。もっとも、いたずら好きなフレイヤ・ファミリアの主神などにからかわれたようだが……。

 

「これでギルドは闇派閥(イルヴィス)にさらに対策することになるだろう。ディオニュソス・ファミリアの一件はしょせんきっかけに過ぎなかった」

 

「しょせん、か……。本来はもっと早く対処してほしかった」

 

「それを云うのはおかと違いだ。やろうと思えば君も対処できた。めちゃくちゃなことかもしれないけど、アストレア・ファミリアに改宗(コンバート)するとかね!」

 

「それは極論だろう?」

 

「ははっ、違いない」

 

「わかってくれてなによりだ」

 

「――それで、どういう用件で帰ってきたんだ神ヘルメス(・・・・)

 

「どういう用件って……オレは一応ファミリアの主神だよ? オラリオにファミリアがいるんだからおかしくはないだろ」

 

「その団長ともにレベルを偽って、納税をさぼってる主神が帰ってきてなにもないとは思われない、ということをそろそろ本心から理解するべきだ」

 

「あ、はは……そこを突かれると痛いなぁ。君はそういう子供だったかロマニ?」

 

「君の前、だからだ。なんだかんだ知り合って数十年経つ」

 

「そういうのはオレじゃなくて女の子に云うべきだよ? 君はロキのファミリアの団長並みに人気なんだ、より取り見取りだ」

 

「俺が本当にそういうことをしていいのか?」

 

「…………ああ、いや。冗談だ、さすがのオレも火の海になったオラリオを鎮火する魔道具は作れないし持ってない……」

 

「好きや愛しているなんて云ったことも云われたこともないが、なんとなくな……」

 

「ああ、君たちは老成しきった夫婦みたいなものだからね。年齢も含めて」

 

「おい」

 

 ばつが悪くなったような表情を浮かべるヘルメスに、ロマニは相変わらず適当だと腕を組みながら鼻を鳴らした。

 日が少し傾き始めている。

 街灯はあるが、それも少し心もとない。黄昏の館より少し離れた、林の中に隠れた高台。人目のつかない場所に二人はいた。

 

「本題に入ろう」

 

「もちろんだ、オレも君に用件を伝えたらすぐに行かなければならない――いや、逃げ(・・)なければならない」

 

 ヘルメスの顔から表情が――消える。

 

「――動き出したようだ」

 

 ロマニの目元が痙攣するように動いた。

 

「かつて、二大ファミリアと云われたゼウスとヘラを襲った悲劇――!」

 

 滅び、滅ぼされ。

 圧倒的弱肉強食を見せつけられたあの記憶。

 

 

 

 

 

「“黒龍”の再来だ――――!!!」

 

 

 

 

 

 新月が、妖しく蠢いた。

 

 

 

 

 

第四話「 不穏な影 」

 

 

 

 

 

「――大神(ゼウス)が去り、そのヘラ()もいなくなった。今のオラリオに残ったのはその後釜を狙う猛者。しかしそれだけじゃあ足りない……!」

 

 ロキか――。

 フレイヤか――。

 ソーマか――。

 ヘファイストスか――。

 ミアハか――。

 イシュタルか――。

 

 それともウラノスか――?

 

「違う。全員違う――、全部違う! 彼だ、彼のみだ、彼だけだ!」

 

 普段の胡散臭い様子は一切感じさせない。

 誰もいなくなったそこにいるのは、主神ヘルメスではなく文化を司る神。本質的な部分を剥き出しにした――神。

 

「オレは楽しみだよ、ロマニ」

 

 

 

「君の物語が――」

 

 

 

「ハッピーエンドか、それともバッドエンドか……」

 

 

 

「さぁ、新しい英雄譚(・・・・・・)の誕生だ……!」

 

 

 

 

 

⑤  

 

 

 

 

 

 慟哭が聞こえる。

 どこから聞こえるのだろうかと耳を傾けても、その居所はわからない。「戦え」と、「殺せ」と、「勝ち取れ」と。

 

 「大いなる宿命が、お前を見つめている」

 

 と。

 

 毎日、夢を見る。

 花畑に包まれた、平凡な国。

 人より花が多い、平和な国。

 甘い香りに包まれて、喧噪があれば最後は笑いあって終わるような国。

 そんな国に、彼は生まれた。

 王族だとか、貴族だとか、変な能力を持っていたとか、物語の主人公めいたことはなにもなかった。どこにでもいる、そのへんの男の子。

 運命は彼を見ていなかった、彼もまた運命を見ることなかった。花のように咲き始め、花のように枯れ終わる人生。

 

 本当にただの、人だったのだ……。

 

 やがて花の国は瓦解へと進む。

 他国との戦争とかに巻き込まれたとか、モンスターに襲われたとかではない。自然に還ったのだ。繁栄とも云えず、些細なものが集まった静かな国はいつの間にか無くなっていた。それに嘆く者もいなければ、悔しがる者もいない。そこに家を建て住み始める者もいれば、新しい国に向かった者もいた。

 当時、彼の歳はその国の成人である十八であった。

 彼は家族に別れを告げると、旅に出た。大きな志があったわけはなく、ただ――世界を見てみたい、と小さな夢を持って。

 草原の中心に伸びた道を歩き、鼻歌を口ずさみながら雲の形を眺めていたい、なんて思いながら。

 

 運命は彼を見つめておらず、彼も運命を見ることはなかった。

――人はふとしたとき、なんらかの不幸に巻き込まれている。

 

 青い空が澄んでいる。

 白い雲が泳いでいる。

 赤い陽が輝いている。

 

 

 

 

 

 彼はその日――運命に出会った。

 

 

 

 

 

ほんの少し、運が悪かっただけなのだ。

それが大いなる英雄譚の、誰も知らない序章である。

 

 

 

 







「なんじゃヒト族か。そんな腕で戦えるのか」

――ロキ・ファミリア 酒好きなドワーフより
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